2013年度学術交流支援資金 報告書  2014.2.28.

 

大学院プロジェクト 「医療福祉政策・経営」

研究科題名 慢性疾患患者の定期受診に影響を与える社会的・経済的要因の分析

研究代表者 印南一路(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

研究組織  渡邉大輔(成蹊大学)・古城隆雄(自治医科大学)・阿江竜介・原田昌範・小佐見光樹

 

以下の報告書のPDFファイル

 

1.研究課題

本研究は、医療機関への早期受診あるいは定期的な受診が必要と思われる患者を対象に、カルテ調査とアンケート調査を通じて、社会的・経済的要因が受診上の障壁になっているのかについて明らかにする。受診行動については、本人の疾患や年齢、社会経済的地位(職業、所得、学歴など)、医療機関や疾患に対する知識など、様々な要因が影響していると考えられているが、そのメカニズムは明らかになっていない。そこで昨年度は、3つの医療機関に受診する883名の65歳以上の患者(医学的に定期的に受診が必要とされた対象疾患に該当する患者)を抽出し、受診実態と、社会経済的要因を探るアンケート調査を行った。今年度は、引き続き883名の受診実態についてフォローを行った。フォロー調査を行うことで、本研究で得られた受診実態の帰結について把握する。

 

2.本年度の報告

本年度は、主に以下の2点を中心に行った。

第一に、昨年度(201211月〜20131月末)に行ったアンケート調査の入力作業とデータ化をおこない、とくに定期受診を控えたか否かと、その健康影響への意識について統計解析を行った。第二に、201412月に実査を行った。昨年度に調査対象とした患者に対して1年後の受診実態とアウトカムについてデータを収集した。収集したデータは入力可能にするためのエディティング作業を行った。

本報告では、今後の論文化を考慮し、アンケート分析の結果の一つを紹介するにとどめる。具体的には、受診を控えた人の健康への意識についての分析を紹介する。

アンケート調査は、表1に示した慢性疾患1,056名の706名からの回答をえた(有効回収率:67.0%)。このうち、就労の影響を考慮するため65歳以上に限定して分析することとした。そのため65歳以上の883名に対して598名からえたデータを分析する(65歳以上の有効回収率:67.7%)。いずれも慢性疾患の患者であり、定期的な受診が必要な人である。

過去1年間に予定の受診日に通院しなかった経験があるものは113名(20.3%)であった。その理由を聞いたところ、「仕事があった」がもっとも多く31名(27.4%)、次に「忘れていた」26名(23.0%)、「天気が悪かった」22名(19.5%)となっていた。また、定期受診をしなかったことによる健康への影響をどう考えるか聞いたところ、図2のような結果となった。「影響がある」と答えた人がもっとも多く216人(38.6%)であったが、「影響がない」と答えた人も90名(16.1%)であった。

さらにこの、受診しないことによる健康への影響の判断要素を把握するために、「とても影響がある」「影響がある」を「影響がある」、「少し影響がある」「影響がない」を「影響がない」と2値化したものを従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。独立変数として、社会経済的地位を分析するために等価所得を、健康への心理的態度を分析するために健康統制感の5領域を、さらにモデル2では個人レベルの社会関係資本として一般的信頼と専門家への信頼をもちいた。健康統制感とし信頼はいずれも2値化した。統制変数として性別、年齢、配偶者の有無を投入した。

分析の結果が表2である。健康度自己評価、および、健康であることは家族や近い人からの支援と考える健康統制感の家族的側面が有意であった。健康がよいと考えている人は受診しないことによる健康への影響をないと考えており、また、家族や近い人からの支援が健康をもたらすと考える人も同様に、受診しないことによる健康への影響をないと考える傾向にあった。また、社会関係資本を投入したモデルでは、一般的信頼が10%水準で有意であった。すなわち、一般的な信頼が高い人ほど受診しないことによる健康への影響があると考えていた。統制変数はいずれも有意ではなく、属性による影響は見られなかった。

この結果はどう解釈できるだろうか。健康であると考えている人は、自身の健康に自信を持っているため、受診しないことの健康への影響を軽んじていると考えられる。また、家族や近い人からの支援が健康を作ると考えている人は、自分の行為の帰結を軽視していると解釈できる。これに対して人を信頼する人は、他者との関係を重視するための行為規範(この場合は受診をするべきという規範)を維持していることから、その規範を逸脱する帰結としての健康への影響を重視していると解釈した。ただしなぜ専門家への信頼が有意でなかったかはこの解釈では説明できず、より詳細な分析が必要となるだろう。

この分析をとおしては、受診しないことへの健康への帰結をどのような人が意識し、どのような人が意識していないかの説明を試みた。その結果、社会経済的な地位よりも、健康への自己評価や健康への考え方、および、社会関係資本が説明する可能性を示した。それでは、これがどのような「実際の健康への影響」があるのだろうか。この点の分析が今後の課題であり、次年度以降はこの具体的な健康への影響を分析してゆきたい。

 

 

1 調査概要

調査名

医療機関のかかり方に関する調査

調査対象

65歳以上の男女で、過去1年以内に対象病院において定期的な受診が必要と診断され、かつ、下記の疾病(1つないし複数)と診断されている患者。

 ・脳卒中(脳出血・脳梗塞)、心筋梗塞・狭心症、高血圧、脂質異常症、糖尿病、がん

調査デザイン

前向きコーホート調査および調査時の横断調査

・ベースラインとして201211月〜20131月に自記式質問紙調査と受診実態・アウトカム調査を実施

1年後に更なる受診実態・アウトカム調査を実施し、状態増の変化を把握  2013年度に行った実査

 

 

 

 

 

3.今後の活動と次年度以降の予定

20142月までで1年後のデータの収集を終えている。そこで、次年度はデータの入力および分析を行う予定である。とくに次年度は、入力およびデータクリーニング作業と2012年度データとの結合を行い、時系列分析を行うことができるデータセットを確定させる。この2年間かけて収集した分析を行うことで、収集したデータから得られる知見を疫学、医療政策、社会学の領域をまたぐ学際的なアプローチによって分析し、その結果を踏まえて、政策提言を行う。成果は学術雑誌、学会発表にて広く公表するとともに、研究協力がえられた医療機関に積極的に分析結果を報告し、現場でのデータ活用をサポートする。

 

 

本年度の研究成果

l  学会報告

Ø  渡邉大輔,2013,「2つのソーシャル・キャピタル概念─社会的凝集性と社会的ネットワーク」『日本社会学会第88回大会』於慶應義塾大学.