2013年度学術交流資金 研究成果報告書

研究課題名:プレイス&モバイルメディア
研究代表者:小川克彦

研究の目的

 本研究は『付かず離れずの関係』を生むゲートキーパーの条件や役割を明らかにするものである。近年、「ジャスミン革命」を始めとして、ソーシャルメディア上の繋がりを活用した活動事例が増えている。これらの活動には、組織や団体の内外を繋ぐゲートキーパーが排除や強制のない「付かず離れずの関係」を通して実現された例も多い。そこで本研究では、ゲートキーパーの中でも『付かず離れずの関係』を生む者に注目した。具体的には、『付かず離れずの関係』を生むゲートキーパーの概念整備を小川・天笠が、ロボット工学を活用したミクロレベルでの実証研究を中原が、地域コミュニティでのマクロレベルでの実証研究を田島・平賀が担当した。

研究成果一覧

研究成果概要

 天笠は、オンライン上でのソーシャルメディアなどの利用が、オフライン上のコミュニケーションや生活の充実感に与える影響に関するオンライン調査を実施した。調査結果からは、更なる調査による検証が必要ではあるが、人間関係から得られる充実感は、時間的な余裕が大きな要素である事が分かった。時間的な余裕がないケースにおいて、お金で買えるコミュニケーションや、気を遣わなくて済む、非人間との「楽」なコミュニケーションに頼りがちであることが予想される。
また、上述したような量的な調査に加えて、女性の、特に物理的負担の大きい時間帯である「朝」の過ごし方やライフスタイルに着目した、家庭訪問型のフィールド調査を行った。その調査結果を用いて、利用者の負担を軽減し、サポートを最大化するソーシャルメディアのアイディアの検討をワークショップを通じて行った。結果、精神的にも、時間的にも余裕のない「朝」の時間帯においては、その人にとって「大切な人・特別な人」のみが、「ゲートキーパー」となりえるというケースが多いことが明らかになった。

 田島は小規模地域アートプロジェクトの現場において、『付かず離れずの関係』を維持しつつ、双方のコミュニティを結びつける「ゲートキーパー」に着目し、その役割や特色、発生条件などを検証した。小規模アートプロジェクトの関係者にインタビューを行い、ゲートキーパーが発生する条件を明らかにした。ゲートキーパーは、中心スタッフとは異なる地域住民や芸術家が行うことが多く、彼らの特色を活かした交渉や助言などを行っていた。また、こういったゲートキーパーが生まれるためには、中心スタッフがプロジェクトを占有する状態では難しい。自らの理想をある程度犠牲としつつも権限と役割を分散し、共有することで、多くの人間が主体性を持つような環境でこそ、ゲートキーパーが生まれることが明らかになった。

 平賀は、国内のアートプロジェクトを調査し、アートプロジェクトのデータベース化を図ることで、それらより読み取れるアートプロジェクトの傾向を分析した。アートプロジェクトの開催地域・主催団体・会期・来場者・総スタッフ数・展示会場の大きさなどを20近くのアートプロジェクトで調査を行った。この研究を進めていくなかで、地域の内外を繋げるゲートキーパーは開催地域と主催団体によって大きく変化することが明らかになった。地方で開催されるアートプロジェクトはアートをツールとして来場者との繋がりを形成し、都市で開催されるアートプロジェクトはアートを含めた文化都市として来場者との繋がりを形成している。また、主催団体が行政である場合には地域活性化を目的として内外の繋がりを形成する場合が多いが、企業の場合には観光を目的として内外の繋がりを形成する場合が多い。さらに、開催地域の規模が都道府県~市区町村レベルのアートプロジェクトはトップダウン型の運営が主であるのに対して、地域・自治体レベルのアートプロジェクトにはボトムアップ型の運営が主であることが観察され、ゲートキーパーが形成する内側の繋がりについても開催地域の規模で変化することが明らかになった。

 中原は、「ゲートキーパー」役となるロボットに必要なインタラクションの要件として、遠隔ユーザへの割込みタイミングに着目し、その情報を提示する遠隔コミュニケーションエージェントの実装と評価を実施した。想像の余地を残す必要最低限のデザイン要素として人間の「目」を抽象化及び誇張化した表現により、遠隔ユーザのプレゼンス情報を強調表現したロボットデザインに基づく実装を行った。評価実験としては、エージェントを介す場合及び介さない場合における比較実験を行い、遠隔対話開始時の相手の文脈や状況の想像内容及びその割込みに与える影響を検証した。その結果、「目」の動きのあるエージェントの存在は、割込み判断に影響を与えるメディアとしてより強い想像を促すことが確認できた。また、割込み判断へ影響を与える因子として、「目」の動きの速さ・遠隔ユーザの忙しさ・発信ユーザの躊躇いの関係性が存在することが確認できた。さらには、エージェントは遠隔ユーザに対してポジティブな想像を促し、「つながっている」感覚による安心感を及ぼす可能性があることが確認できた。

今後の課題

 今年度の研究では、各人がそれぞれ担当した分野において、調査や評価が行われ、上記のような結果が観察されてた。次年度はそれらをもとに、各人が以下の内容を実施し、『付かず離れずの関係』を生むゲートキーパーの条件や役割について模索していきたいと考える。天笠は、本研究成果に関して、来年度10月に学術書への書籍化を予定している。田島は、今回得られた知見を十分に活かし、有効なゲートキーパーが生まれる「小規模地域アートプロジェクトのモデル」を提案していく。平賀は、調査の母数を増やしていくことでアートプロジェクトにおけるゲートキーパーが担う役割や立ち位置の違いを明らかにし、ゲートキーパーが与えるアートプロジェクトの影響について比較していく。中原は、今回開発したゲートキーパー役となるエージェントをもとに、多人数の遠隔ユーザを想定したアプリケーションの実装及び実証実験を実施していく。