学術交流支援資金:外国語電子教材作成支援(2013年度)報告書

モノ創りの科学/ユビキタスサービス論

CPS指向のデザインと実装 -教材とその評価-

 

申請代表者:環境情報学部 高汐 一紀

 

1 本報告書の概要

標記両科目は,従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り」の基本を,実践的かつ体系的に学ぶ科目群のひとつとして設置され,本年度より順次,GIGAコース対応を進めている.デザインおよび実装の工学的センスを磨くには,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「本物を見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を持つことが重要である.その「眼」は,本物に数多く触れ,構造の分解と再構築を繰り返すことによって培われる.本教材は,各種ソフトウェアシステム,デバイスをリバースエンジニアリングする素材を継続的に整備・提供することにより,ミクロな視点からのパーツ/モジュールの動作原理理解を,マクロな視点からのプロダクト/サービスの動作原理理解を支援し,CPS時代のモノ創りの発想法と実装スキルをトレーニングするものである.

 

2 教材開発の背景と目的

 

CPSCyber Physical System)指向のモノ創り

コンピューティング環境のユビキタス化が進行する中で,自動車,ロボット,家電機器,さらには居住空間から家具,日常のオブジェクトに至るまで,あらゆるモノがコンピュータの力を借りてネットワークに繋がる状況が現出しつつあり,モノがスタンドアローンで機能する状況は,既に過去のものになりつつある.そこでは,個々のモノが持つセンシング機能,プロセッシング機能,アクチュエーティング機能が,ダイナミックかつ有機的に結合することで,次々に新たな機能やサービスが生み出されていく.実世界の情報を取り込むセンシングと実世界上でのモノの作動を担う機械システム,そして情報通信システムの融合は,移動・物流・医療・介護・製造など様々な分野での改革を引き起こし,新たな社会的価値の創出を促す.SFCにおいてもこれら変革の先導に貢献する人材の育成は急務であった.

 

SFCの中でのモノ創り

デバイス,ソフトウェアを問わず,モノ創りの基本は,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCAサイクル)を実施し,完成度を高めることにある.すなわち「試行錯誤」の実践であり,そこでは,高度な工学的センスと科学的センスの両者が不可欠となる.SFCでのモノ創りに関する教育の取り組みとしては,建築系科目における制作活動や,メディアデザイン(現,エクストリームデザイン)系の科目における制作活動を挙げることができる.これらは,アートとしての側面が強く,制作物自体を目的とした活動である.情報系科目においても,2004年度から始まった情報技術ワークショップにおいて,一部の担当教員による講義・演習にモータを使った制作活動などが導入されている.これらの取り組みを鑑みると,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do)で留まっており,かつ,制作物そのものを目的としている感があることは否めなかった.

 

モノ創り系科目の新規設置

このような背景から,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を磨くことを目的とした「モノ創りの科学」が,さらに,ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象とし,次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置き,CPS指向でのモノ創りのプロセスを実践的に議論する科目として「ユビキタスサービス論」が未来先導カリキュラムの中で新規に設置された.両科目がスタートした2007年度は,科目設置の趣旨に添う工作設備や教材の整備が間に合わず,市販の各種教材を想定した,講義・演習の運用を余儀なくされた.しかし,2007年秋から「モノ創り工房」の構想が急速に具体化,2008年度には,モノ創り系科目で共同利用可能な,電源や工作机等のインフラ,基板加工機,デジタルマルチメータ,デジタルオシロスコープ,3Dプリンタ等,必要最小限の機材が整備されるに至った.2010年度初頭には,体育館前仮設建物を利用した,工房の大幅な拡充も実現した.さらに2013年度には,SFCメディアセンターの一角に3Dプリンタが設置され,学生が自由に利用できる状況までになった.このような背景のもと,各モノ創り系科目の教材が整備・充実されていく中,本教材開発課題である「モノ創りの科学」,「ユビキタスサービス論」でも,両科目の設置主旨にある「ミクロな視点から各パーツ(モジュール)の動作原理を,マクロな視点からそれらの集合体としてのプロダクト/サービスの動作原理を理解し,工学的側面と科学的側面の両面からCPSの一翼を担うモノ創りの発想法の体系的なトレーニング」を可能とする教材の整備と,継続的な内容のアップデートが求められていた.

 

説明: CIMG2309  説明: CIMG2310

2-1 モノ創り工房(o23)の様子

 

教材開発の目的と手法

「モノ創りの科学」および「ユビキタスサービス論」の講義・演習で取り扱うテーマと開発する教材・課題の内容は概ね次のようなものである.本プロジェクトの目的は,スタート当初においてテーマごとにアドホックに構成してきた各種教材を,本格運用を開始した「モノ創り工房」等のインフラに合わせて,より安全かつ効率的に,上記の主題を満たす教育を実現するための体系的な教材としてまとめることにある.具体的には,学生が個別に使う教材,グループごと,あるいは,クラスごとに使用する教材を再度検討・開発し,各クラスの授業運営を満たす教材を整備し,講義・演習での実使用を通してその有効性を検証した.

 

3 教材の具体的内容

今年度は,「モノ創りの科学」および「ユビキタスサービス論」の講義・演習で取り扱う次のテーマに関して教材開発を実施した.開発した教材の内容は次のようなものであった.

 

【モノ創りの科学】

n  Engineering vs. Science

Ø  Differences between two approaches

Ø  Decompositional analysis

教材:レオナルド・ダ・ヴィンチ飛行機械の実現 (講義資料講義資料

n  Analog vs. Digital

Ø  <Analog> Representation on a scale being proportional to the physical amounts

Ø  <Digital> Quantized representation of physical quantities

Ø  Physical world consisting of atoms

Ø  Digital world consisting of bits

教材:ノイズキャンセリング・ヘッドホンの動作原理の観測 (講義資料

 

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3-1 計測機器

 

n  Electric circuit vs. Electronic circuit

Ø  History of the amplification

Ø  From mechanical analog computers to ENIAC/EDVAC

Ø  Advent of Electronic computers

教材:電波を捉える 〜ラジオの原理からエネルギー伝搬まで〜 (講義資料

 

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3-2 ゲルマニウムラジオ実験風景

 

n  Hardware vs. Software

Ø  Sensors, logics and actuators

Ø  ASIC vs. CELL

n  Macroscopic vs. Microscopic

Ø  PC vs. Sensor nodes

Ø  MEMS (Micro Electro Mechanical System)

教材:無線センサノードとコンテクストアウェア・プログラミング

n  Fabrication Workshop I

教材:市販キット多数(真空管アンプキット,ラジオキット,蓄音機キット,エンジン模型等)

 

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3-3 モノ創り体験の様子

 

n  Fabrication Workshop II

教材:ラピッド・コーディング/ラピッド・プロトタイピング

 

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3-4 ミリングカッターによる基板試作

 

【ユビキタスサービス論】

n  uService architecture

Ø  Context-aware programming

Ø  Spatial programming

教材:Smart Spaces, Humans and Objects 講義資料

n  uMobile architecture

Ø  Mobile programming

Ø  Distributed programming

Ø  Vital sensing

教材:uService and uMobile 講義資料講義資料

n  Sensor actuator network

Ø  Sensor network

Ø  Context-awareness

教材:Renovation of Legacy Infrastructures 講義資料

n  Augmented human

Ø  Hacking and empowering human

Ø  Sentient computing

教材:Post-Human and Social Networked Robot 講義資料

n  Workshops

Ø  Robot programming (Human-Robot-Interaction)

Ø  Sensor node programming

教材:Robot programming and Sun SPOT programming 講義資料講義資料

 

4 教材の効果と総括

今年度は,各教材に求められる要件として次のものを考慮した.

l 「モノ創りの科学」および「ユビキタスサービス論」の講義趣旨を実現すること

l 100人程度の学生に対する講義・演習が可能であること

l 安全性が十分に考慮されていること

l 学生の不注意による機材の紛失,破損の可能性が少ないこと

l 教材としての耐久性が高く,長期間の使用に耐えられること

l 情報システム,デバイス,機械システムの分野の題材をバランスよく扱えること

l 教材使用とその指導方法が分かりやすく,経験の浅い教員でも活用可能であること

本プロジェクトで開発した教材を講義・演習で用い,学生からのフィードバックをもった.SFC-SFSでの授業調査結果も概ね良好であった(春学期「モノ創りの科学」).

n 授業が扱う領域やテーマの魅力や奥深さを発見することが出来たか?:平均4.2

n 今後,学習したい内容を考えることが出来たか?:平均4.1

n 授業内容は履修者を惹きつけ理解を促すよう工夫されていたか?:平均4.4

n 履修してよかったと思うか?:平均4.4

申請者が主に担当する「モノ創りの科学」および「ユビキタスサービス論」は,従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り(造り)」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目として,新カリキュラムの中でも重要な位置を占めている.前述のように,その趣旨は,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を持つことにより,工学的センスを磨くことにある.モノ創り系科目支援施設として設置された「モノ創り工房」のインフラへ対応した教材を整備することにより,同じく新カリキュラムで設置された科目「モノ創り実験工房」での「モノ創りプロセスの実践的修得」と併せて,本教材での「モノ創りにおける発想力の強化」の集中的な育成が可能となる.

開発された教材は,講義・演習を実のあるものにし,学生に実践的なモノ創りの発想法とプロセスを学ばせ,SFCの研究活動の高度化に貢献することが期待される.講義終了後に実施されたSFC-SFS上でのアンケートでも,「新しい技術を用いて何ができるかを発想したり,実際にモノを組み立てたり分解する等,知識だけでなく経験も得られる授業だと思いました」(原文のまま)等のコメントがあり,今年度の目標はほぼ達成できたようである.科目自体はCI分野からの提案であり,扱う課題も,主に,情報システム,デバイス,機械システムの融合を題材とするものである.しかし,情報システムの分野だけでなく,認知身体の分野,環境の分野,デザインの分野においても上記したプロセスの実践は重要である.本プロジェクトの成果は,分野を問わず,現在各学生の手探りで行われているモノ創り(造り)のプロセスの洗練化,効率化に貢献できると考える.