2014年度学術交流支援資金(海外の大学等との共同学術活動支援)
活動報告書
課題 学術交流ネットワークを活かしたシリア国内避難民・貧困層支援の試み
研究代表者 奥田 敦 (慶應義塾大学総合政策学部・教授/SFC研究所イスラーム研究・ラボ代表)
■研究の概要■
本研究は、SFCが有する学術交流ネットワークを活かし、現地の人的ソーシャル・キャピタルともいえる慈善活動者たちと協力しながら、シリア国内、特に現在なお激しい内戦下に置かれているアレッポに残された避難民、現地貧困層の状況を明らかにするとともに、彼らのニーズに合った効果的かつ継続的な支援の方法を探り、実際に支援を行う。また、ヨルダン、レバノン、トルコなど周辺国に国外難民の状況を調査し、「シリア復興」も含め包括的な支援活動を開始の足がかりとするものである。
■研究活動成果■
本プロジェクトの中で特に中心的であったと思われる3つの活動
T アレッポ復興支援プロジェクト
U アラブ人学生歓迎プログラム
V 方法論としてのイスラーム
について、すでにORF2014にて発表したものをベースに概略を報告する。
T アレッポ復興支援プロジェクト
シリア・アレッポ復興支援プロジェクト
SFC研究所イスラーム研究・ラボが有する学術交流ネットワークを活かし、シリア国内、特に激戦地となっているアレッポに残された避難民や現地貧困層 SFC研究所イスラーム研究・ラボが有する学術交流ネットワークを活かし、シリア国内、特に激戦地となっているアレッポに残された避難民や現地貧困層に対する食糧支援、教育・就労支援等を目的とする活動を展開しています。イスラーム社会に根づく施しや慈善活動についての研究を
基礎とし、現地の慈善活動者たちと協力することで、現地の人々のニーズに合った支援を目指しています。また、トルコ南部のメルスィン県やガジアンテップ県などのシリア難民支援の可能性も検討しています。
パイロットパイロットプロジェクト@
<貧困家庭に対する食糧支援>
実施日:2014年2月24日
支援額:500 USドル
内容:
3頭の羊(合計154キロ)を屠り、アレッポの反政府軍支配下の貧困地区にて、羊肉を60世帯の貧困家庭に配布しました。今回は額が少額ということで、できるだけ多くの家庭に行きわたるよう、穀物ではなく食肉の配布がよいと現地協力者が判断しました。少額支援ではありましたが、現地協力者への安全な送金・受領方法および支援活動実施の可能性を確認することができました。
パイロットプロジェクトA
<慈善薬局プロジェクト>
実施時期:2014年4月〜現在
支援額:920 USドル
内容:
アレッポ東部のシャイフ・サイード地区という貧困地区にある薬局に、不足していた在庫薬800 USドル分を補充。貧困層に向けて比較的安価に販売すると同時に、その売り上げから、薬代を払うことのできないさらに貧しい層に対する無料薬局としても機能させる、半営利プロジェクトを開始しました。売上げによって新しい薬を仕入れることができる
ので、支援の効果が持続することが期待されています。
今年の初夏には、ハエの一種が媒介する伝染病、皮膚リーシュマニア症の治療薬の投与が地域住民に無償で行われました。
トルコにて現地パートナーとの会合、支援金の受渡し
2014年8月、現地パートナーとの打ち合わせのため、トルコのメルスィンを訪問。同年6月に設立された慈善団体「バラカ(祝福)」(シリア難民支援団体)の活動視察および設立メンバーとの会合の後、支援金の受け渡しを行いました。バラカはメルスィン貧困層、特に未亡人家庭の子供や母親に対する生活・教育・就労支援を行っています。そのメンバーの中に、私たちとともにアレッポ国内避難民支援を行っているパートナーがいます。
2014年7月にイスラーム研究・ラボと奥田敦研究会が共催したラマダーンナイトで寄付いただいた1万4,235円を含め、有志によるサダカ(喜捨)で4,531 USドルおよび20,650SYPをアレッポ国内避難民支援費用に、2,500 USドルを慈善団体「バラカ」に寄付させて頂きました。今回の寄付総額は74万円相当になりました。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
今回の支援金は、政府による教育サービスが行われていない地区でボランティアによって運営されている小学校の運営費用として使われるほか、現地のニーズに合わせた各種プロジェクトに拠出される予定です。持続的な支援のため、今回の資金を頭金に、アレッポもしくはトルコで何らかの事業をはじめることも検討されています。
ご寄付・ご協力のお願い
本プロジェクトでは、皆様のご寄付およびご協力を必要としています。ご関心をもたれた方は、植村さおり ( saori@sfc.keio.ac.jp )非常勤講師 までお問い合わせいただけますと幸いです。
U 第13回アラブ人学生歓迎プログラム(ASP2014)
「わ」〜みんなにとっての「わ」を考える2週間〜
2014年11月2日〜11月16日
1.「はじまりは感謝の気持ち」
相互交流プロジェクトの発端は、2002年3月に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスアラビヤ語授業の一環としてシリアのアレッポ大学で開かれたアラビヤ語現地研修です。日本とアラブの学生が等身大の学びあいと密接な交流を経たことにより、信頼関係の構築・発展への意識が両者の間に高まりました。そして、お世話になったアラブ人への感謝の気持も動機となり、同年7月に「アハラン・ワ・サハラン・プログラム(ASP)」の第一回として「シリア人学生歓迎プログラム」に日本語を学ぶシリア人学生3名を招聘しました。以降、日本とアラブの学生が等身大の学び合いと密接な交流を重ね、2013年の第12回アラブ人学生歓迎プログラムまでにアラブ7カ国から、計58名を招聘を行ってきました。同時に、アラビヤ語を学ぶ日本人学生が定期的にアラブ・イスラーム諸国を訪れ、スキットビデオの協働制作、ワークショップ、文化交流等を実施し、継続的に関係を構築しています。(*「アハラン・ワ・サハラン」は「ようこそ」の意)
2.「目指すのは、お互いが変わること」
このプロジェクトは、一回ごとに交流活動を実り豊かなものになるほかに、長期的な視野に立ち、将来にわたって日本とアラブ世界の関係を友好的に発展させることのできる人材の育成を目的としています。プロジェクトは大きく2つの柱からなります。第1は、お互いの言語を学ぶ日本とアラブの学生が行う、スキットビデオ撮影という協働作業。第2は、言語の相互学習や文化体験です。この二つの柱を通じて、より実践的で双方向的な交流と学び合いが可能となります。双方が互いに変わることができれば、言語や文化の違いを乗り越えてビジョンを共有することも可能になり、それによって、信頼と友好に基づく日本とアラブ世界の関係を構築すると同時に、それを担う青少年を育成し、学生主体の相互交流のモデル作りも目指します。
3.2014年度のテーマ「わ〜みんなにとっての「わ」を考える2週間〜」
今年のASPのテーマは、「わ」です。この「わ」には、いろいろな意味が込められています。アラブ人招聘者と研究会の学生が、宗教や人種などの違いを超えて対「話」し、学問を追究する学生同士として共に学び、平「和」の「輪」をつくり出します。そしてその「輪」のつながりをおわりのない形(「環」)としてどのように築いていくか考えていくという想いがこの「わ」に込められています。また、「و(ワ)」とは、日本語で「〜と」という意味をもちます。これは、アラブと日本を「つなげ」、その架け橋となる学生を育てるというASPの目標も表しています。
4.「開かれた自由な関係へ」
信頼と友好に基づくアラブ世界との関係構築は、日本のみならず国際社会全体にとっても重要な課題となっています。しかし、その関心の多くは依然としてオリエンタリズム的な言説や、イスラームを脅威とみなす考え方にとらわれています。また、たとえ交流活動が行われたとしても、交流者同士が現状を肯定したままで何かを共有したり、かえって相互の差異ばかりが際立ってしまうことも少なくなかったのではないでしょうか。そうした状況においてなお、私たちが敢えてアカデミックな場で相互交流活動を行うのは、こうした従来型の交流のカタチにとらわれることなく、真に発展的なアラブ・イスラーム圏との関係を築くためです。同じ目的のための協働プロジェクトを通して、お互いを理解しながら、影響し合う。それは、不変的で共有できるものを探しながら、常に自分自身に変化を
求めていくための有効な方法です。そうした柔軟な姿勢をもち、共通のビジョンを持った人材を日本とイスラーム圏双方で継続的に育てることができれば、両者の間に、国益や私益にとらわれない関係を築くことができると考えています。
5.アラブ人学生歓迎プログラム沿革
2002年3月:アレッポ大学にてアラビヤ語現地研修
2002年7月:ASP2002「第1回シリア人学生歓迎プログラム」(日本語を学ぶシリア人学生3名を招聘)
2003年10月:ASP2003「第2回アラブ人学生歓迎プログラム」(外務省文化交流部との共同プロジェクト、アラブ5カ国から6名を招聘)
2004年9月:エジプト・シリア・レバノン訪問
2004年12月:ASP2004「第3回アラブ人学生歓迎プログラム」(国際交流基金の支援により日本語を学ぶアラブ人2名を招聘)
2005年2・3月:シリア・チュニジア訪問
2005年6月:ASP2005「第4回アラブ人学生歓迎プログラム」(日本人学生が現地研修を行う際の現地コーディネータ2名を招聘)
2006年3月:イエメン・シリア・レバノン訪問
2006年11月:ASP2006「第5回アラブ人学生歓迎プログラム」(国際交流基金等の支援によりアラブ3カ国から学生6名を招聘)
2007年3月:シリア・モロッコ訪問
2007年9月:シリア訪問 日本フェア参加(於:アレッポ大学)
2007年11月:ASP2007「第6回アラブ人学生歓迎プログラム」(トヨタ財団等の支援によりアラブ3カ国から学生6名を招聘)
2008年3月:シリア訪問
2008年8・9月:シリア・リビア・レバノン訪問 日本フェア参加(於:アレッポ大学)
2008年11月:ASP2008「第7回アラブ人学生歓迎プログラム」(トヨタ財団等の支援によりアラブ3カ国から学生5名を招聘)
2009年3月:シリア・レバノン・イエメン訪問
2009年8・9月:シリア・レバノン訪問 日本フェア参加(於:アレッポ大学)
2009年11月:ASP2009「第8回アラブ人学生歓迎プログラム」(慶應義塾大学150年記念未来先導基金等の支援によりアラブ4カ国から学生6名を招聘)
2010年3月:モロッコ・シリア・レバノン訪問
2010年9月:シリア訪問 日本フェア参加(於:アレッポ大学)
2010年10・11月:ASP2010「第9回アラブ人学生歓迎プログラム」(慶應義塾大学150年記念未来先導基金等の支援によりアラブ3カ国から学生6名を招聘)
2011年3月:シリア訪問
2011年9月:シリア訪問 日本フェア参加(於:アレッポ大学)
2011年10・11月:ASP2011「第10回アラブ人学生歓迎プログラム」(慶應義塾大学150年記念未来先導基金等の支援によりアラブ3カ国から学生6名を招聘)
「アラブ人学生歓迎プログラム10周年記念事業」実施(アラブ4カ国より20名を招聘)
2012年3月:モロッコ・ヨルダン訪問
2012年9月:ヨルダン訪問 ASP説明会実施(於:JICA同窓会日本語教室)
2012年11月:ASP2012「第11回アラブ人学生歓迎プログラム」(シンポジウム・研究ネットワーク・ミーティング基金(慶應義塾大学湘南藤沢学会)、学術交流支援基金(SFC研究所)等の支援によりアラブ5カ国から学生6名を招聘)
2013年3月:トルコ・ヨルダン訪問
2013年9月:ヨルダン訪問 ASP説明会実施(於:JICA同窓会日本語教室)
2013年11月:ASP2013「第12回アラブ人学生歓迎プログラム」(シンポジウム・研究ネットワーク・ミーティング基金(慶應義塾大学湘南藤沢学会)、学術交流支援基金(SFC研究所)等の支援によりアラブ3カ国から学生4名を招聘)
2014年3月:モロッコ・ヨルダン訪問
2014年9月:トルコ・ヨルダン訪問
個別説明実施(於:アリババ国際言語センター)
V 方法論としてのイスラーム
方法論としてのイスラーム—人間であることを取り戻す‐
真実のレベルのプラットフォーム
デカルトにとっては人間の理性を照らすものとしてのみあった「完全者」であるが、イ
スラームにおいては、理性を映すだけでなく理性の持ち主を照らし真理へと導く完全者である。デカルトのいった理性の光、すなわち自然の光には影があり、闇が控えるが、アッラーの光には、影もなければ闇もない
。社会学は、しばしば自然の光に照らし出された、遊びか戯れでしかない現世の生活を真理として描写し、叙述しようとする。たとえ遊びや戯れしか観察されなかったとしても、社会学にとってはそれが真理となる。しかしながら、人間の真実は別のところにあるのではないか。見てわかることと、見るという方法で歯が立たないこととがある。真実が引き出せないのは、観察される側の問題というよりむしろ観察する側の問題なのではないか。国益にしか関心のないものにとって、人類に普遍的な価値など視野に入ってこない。
教えのレベルのイスラームは、イスラームの信者たちにだけ共有されているものにとどまらない。信じるか信じないかはともかくも、それは、「人間である」すべての人々に通じる教えなのである。そのことがクルアーンとスンナという啓示によって明示されている。ここにこそ、単なる鏡ではなく、人々の鑑となり導きとなる「完全者」「一なるもの」の教えを読み取ることができる。そして、そのことがあるからこそ、イスラームの方法論としての地平が用意される。
方法論としてのイスラームは、人類全体にとっての、あるいはこの世に創造されたものすべてにとっての真実のレベルをプラットフォームとして開いてくれる。その意味でこの方法論は対象を選ばない。イスラームを何かの方法で理解し再構成し支配しようとするのではない。イスラームを方法としてあらゆる対象を見えない次元の中に開くことによって、あらゆる種類の構築物による拘束あるいは圧迫から解放してくれる。
「一なるもの」への信仰とは
宗教を扱う社会学者が、実際にその信者になることがあってはならないという主張がある。ある宗教を正しく理解するためにはその宗教に帰依しなければならないという宗教者による主張は、受け入れることができないのだという。それは「実のところ、すべての学問分野における距離を置いた自由で客観的なアプローチを否定すること」だという
。つまり、思い込みの激しい、恣意的かつ主観的な研究になってしまうということであろう。
しかしながら、方法論としてのイスラームにとっての信仰とは、歴史的な、あるいは現実的な意味での特定の宗教に対する信仰の話ではない。もちろん、人間が作り出した巨大な構築物に押しつぶされることを信仰と思い込む話でもない。もちろん、このレベルで特定の信仰に入り、そこから研究を行おうとすることは、地域自体を信奉し、批判精神を一切持たないタイプの地域研究と同様であり、研究にならないのは当然である。
方法論としてのイスラームが戻ろうとしているのは、例えば真の意味での客観性を完全に引き受けてもらえるような、そんな地平である。つまり猥雑な構築物の真偽を照らし出してくれる「完全者」「一なるもの」に戻ろうとしているのであって、人間のつくり出した構築物に巻き込まれる意味での信仰をいっているのではない。むしろそうした構築物の檻の中に捕えられ、押しつぶされないための「完全者」「一なるもの」への信仰である。所詮、不完全な人間には、完全なテキストであっても、不完全に学び教えることしかできないのかもしれないし、不完全な構築物を信奉するという愚をいつ犯すかもわからない。しかし、それでもなお、いやそれだからこそ逆に、闇を照らす光に浴し、最上の住み家への導きに従う契機をすべての人間に等しくお与えくださる「完全なもの」「一なるもの」が下された教えを読み、学び、伝えることが「人間であること」を取り戻し、忘れないために必要不可欠なのである。
(奥田敦「『方法論としてのイスラーム』のための序説」(KEIO SFC JOURNAL Vol.14 No.1 2014)より抜粋)
■まとめ■
トルコにおける短期間のフィールドワークを通してではあるが、シリア、とりわけアレッポにおける人道の危機的状況が明らかになった。とくに過激派組織IS(イスラミックステート)による、市民生活への被害状況、過酷な状況が明らかになった。
国外避難民の過酷な状況と支援の必要性が明らかになると同時に、地域による差異、キャンプ避難民と市中への避難民との間にもかなりの差異があることが明らかになった。そうした中で、シリア人たちの立ち上げた支援団体が様々な制約の中で、活発に活動しているさまも確認できた。
アレッポ市内、特に自由シリア軍が支配する地域は、政府が支配する地域に比べ、より多くの支援が必要とされる状況と、どのような支援活動が行われているのかを、すでにコンタクトのある支援活動を行っている個人に接触し、直接聞くことができ、実験的にではあるが、支援も届けることができた。今後、こうした活動をいかに継続していくか、いかに多くの人々を巻き込んでいくかは、来年度以降への課題といえる。
シリア内戦については、ISの暗躍・拡大という新たな要素が加わり、解決への道のりはさらに遠のいた。しかしながら、その一方でアレッポの人々は、ASPで招聘したナダーさんに明らかであるが、それでも忍耐に忍耐を重ね、力強く生きてもいる。彼らの辛抱強い生き方も、また人々が互いに助け合うのも、宗教的動機に起因するものとみてよい。イスラームの教えが本来持っている力の顕在化が確認できるともいえる。これをイスラーム的ガバナンスとして束ねることによって、ISのテロ行為など包囲してしまうようなセーフティーネットが敷けるのかどうかについては、イスラームの教えのレベルの基礎研究も含め、今後の課題としたい。