2014年度学術交流支援資金 報告書

 

大学院プロジェクト科目名:医療福祉政策・経営

研究課題名:高齢者減少地域に対応した可変的医療提供体制に関する研究

研究組織:

 慶應義塾大学総合政策学部教授 印南一路

 成蹊大学文学部現代社会学科 専任講師 渡邉大輔

 山口県立総合医療センター へき地医療支援部 原田昌範

 自治医科大学地域医療学センター 助教 阿江隆介

 自治医科大学地域医療学センター 助教 古城隆雄

 

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1.研究背景と目的

日本が人口減少時代を迎え、今後少子高齢化と人口減少が同時に進展することは良く知られている。医療提供体制の観点からは、その中でも高齢者人口の減少が、非常に重要な変化である。なぜなら、高齢社会の主要産業である医療・介護において、利用者である高齢者が減少することは、その地域の医療提供体制の縮小・撤退を意味するからである。

問題の難しさは、生命や生活に直結する医療提供体制は、簡単には縮小・撤退できず、必要な医療の提供を維持しつつも、高齢者人口の減少に合わせて緩やかに縮小・撤退しなければならない点にある。これまで行った研究結果と合わせれば、そうした地域では、(1)初期救急と在宅医療(特に看取り)を提供でき、(2)高齢者減少に合わせて縮退可能な人員配置を取れ、(3)維持費の少ない、伸縮かつ効率的な医療提供体制が求められていると思われる。

本研究は、過去に人口減少(特に高齢者人口減少)が起きている市町村を対象に、医療提供体制がいかに対応してきたのかを、ヒアリング調査、医療資源・経営調査等を通じて明らかにする。今年度は、既に減少地域が進んでいる地域の整理や、これまで実施されてきた保健医療計画の収集、へき地医療機関におけるヒアリング調査を行い、高齢者減少地域における医療提供体制の基礎的な実態把握に努めた。次年度からは、本年度の調査をベースに、具体的な医療提供体制の確保方法や投入されている医療資源(医師数や看護師、経営形態や人件費や設備費等の維持費用)について詳しく調査を行う予定である。

 

2.本年度の報告

 本年度は、(1)高齢者減少地域の現状を整理し、(2)へき地保健医療計画の収集・内容を分析し、(3)ら協力が得られた地域の医療機関に訪問し、ヒアリング調査を実施した。

 

  高齢者減少地域の現状

 2000年と2010年の国勢調査を比較すると、(1)20002010年以降高齢者人口が減少している市町村は165あり、(2)そのうち高齢化率が3040%である市町村は8940%以上の市町村が59あることが分かっている。人口規模で見ると、1万人以下の市町村が1341000人未満の市町村が19であり、自治体の人口規模が非常に小さいことが分かる。都道府県の分布を見ると、北海道から沖縄まで散らばっているが、市町村のまとまりで見ると、特定の都道府県に偏っていることが分かる。便宜的に(1)と(2)に該当する市町村が5つ以上ある都道府県を列挙すると、高齢化率が3040%では、北海道、山形、長野、島根、岡山、鹿児島が該当し、40%以上の市町村では、北海道、長野、奈良、島根、高知が該当した。

 これらの地域では、今後ますます人口総数と高齢者人口の減少、高齢化率の上昇が予想され、いかに必要な医療を確保しながら、医療提供体制を縮小していくかが課題となる。

 

  へき地保健医療計画の収集

医療へのアクセスを確保することは、医療政策における最重要課題であり、とくにへき地と呼ばれる地域においては、昔から医師確保が重要なテーマになっている。実際、昭和31年に第1次へき地保健医療計画が策定され、第9次計画(平成1317年度)には都道府県ごとに計画を策定することになり、現在は第11次計画(平成2327年度)が実行されている。

上記にあげた都道府県で、いかに医師確保がなされているかを知るため、へき地保健医療計画を取り寄せ、内容を分析した。どの都道府県でも、医師確保・育成については、自治医科大学の卒業生医師と地域枠の卒業生を中心に考えられており(地域枠の学生は平成26年度、平成27年度に卒業する県が大半であるため、まだ主戦力にはなっていない)、巡回診療や代診医の派遣を通じて、必要な医師や医療が提供できるよう努力がなされている。しかし、人口減少を迎えるにあたって、いかに対応していくかについては記述がなされていない状況であった。ただし、一部では診療所の常勤医師の非常勤化や、特定の診療所に医師を集約し(センター化し)、出張診療所にするなど、一部の都道府県では対策が講じられつつある。

 来年度の計画では、この点について詳しく調査する必要があると思われる。

 

  ヒアリング調査の実施

□ 調査概要

本調査では、過去に人口減少(特に高齢者人口減少)が起きている市町村を対象に、医療提供対象がいかに対応してきたのかについて、聞き取り調査を通じて明らかにする。  

具体的には、過去・現在人口減少に直面している医療機関を訪問し、救急医療や在宅医療への対応、また介護施設との連携、さらには、医療機関の体制変更、経営状況について、医療機関に従事する医師へ聞き取り調査を行った。訪問日程、担当者は、下記の通りである。

 

□ 訪問先

1.南さつま市野間池診療所:〒897-1301 鹿児島県南さつま市笠沙町片浦15378

2.鹿児島県立薩南病院:鹿児島県南さつま市加世田高橋1968-4

 

□ ヒアリング内容

<鹿児島県南さつま市野間池診療所>

 南さつま市野間池診療所は、薩摩半島の北西部の野間半島にある位置する、へき地診療所である。人員配置は、常勤医師1名、看護師2名、事務職員2名の体制であり、医師は県から派遣されてくる自治医科大学卒業医師である。診療時間は、月〜金までの5日間、ただし、水曜日は医師が研修日で不在のため、看護師による応対になる。また、火曜日の午後と金曜日の午前中は、近くにある笠沙診療所に出張診療しており、医師不在となっている。そのため、実質的には、野間池診療所の診療日は、月曜日と木曜日、火曜日の午前、金曜日の午後の合計3日であり、出張診療所1日、研修日1日という体制である。

 患者の受診状況は、午前中による受診が主で概ね10人程度であり、そのほか訪問診療4人と、笠沙診療所で6人の患者を受け持っている。疾患は、慢性期の疾患と整形外科に関する疾患を患っている患者が中心であり、高齢者の患者が主である。処方は、近くに調剤薬局がないため、院内処方となっている。

 もちろん、高齢者以外の若い世代も住んでいるが、へき地診療所には受診せず、南さつま市の中心地にある医療機関に受診しているとのことであった。南さつまの市街地へは車で40分程度であるが、自身の交通手段が無い高齢者にとっては、歩いて行けるへき地診療所、出張診療所が唯一の医療機関である。

 南さつま市の公開されている過去3年間の財政状況を見ると、歳入が11500万〜12600万程度、歳出が11200万〜11600万円程度であり、会計上は黒字になっている。ただし、一般会計からの繰入金が1300万〜3600万円あり、一般会計からの支援が無くては存続できない状況にある。

 

<鹿児島県立薩南病院>

 薩南病院は、薩摩半島の北西部に位置する南さつま市に設置されているへき地医療拠点病院である。そのほかにも、地域がん診療連携拠点病院、地域医療支援病院、災害拠点病院、救急指定医療機関、生活保護指定病院等の指定を受けており、地域の公的医療を支える役割を担っている。

診療科は、内科、消化器内科、循環器内科、外科、放射線外科の5つの診療科の他に、特殊外来として、糖尿病外来、肝臓病外来、緩和ケア外来、が設けられている。ただし、小児科は平成197月、整形外科は平成224月から休診になっている。

病床数は、許可病床数は175床であるが、稼働している病床は140床であり、そのうち一般病床は116床、感染症4床、結核20床である。看護体制は71を取得している。人員は、医師13名、看護師91名、薬剤師5名、臨床検査技師と臨床放射線技師が各5名、管理栄養士、理学療法士、臨床工学技技師がそれぞれ2名である。事務12名、現業9名を

 平成24年度の外来診療の実績は、延べ患者数が40,174人(一日当たり平均163.3人)であり、そのうち紹介患者数は2,479人(延べ患者数に対して約6%)である。時間内救急患者数は745人、救急外来患者数は238人、そのうち入院患者数は201人であった。時間外救急外来延べ患者数は1,014人、救急車来院者は270人、入院数272人、紹介数65人、心肺停止32人、電話対応571人である。

 なお、外来患者の住所地の内訳は、南さつま市74.1%、南九州市15.2%、枕崎市5.3%、日置市2.8%であった。

 平成24年度の一般病棟の入院診療の実績は、延べ患者数34,529人(1日当たり平均94.6人)、入院患者数1,997人、退院患者数2,007人(うち死亡退院160人)、病床利用率77.8%(一般病棟)、平均在院日数は16.1日(一般病棟)であった。結核病床は、延べ入院患者数443人、入院患者6人、退院患者9人、死亡退院3人、病床利用率6.1%、平均在院日数は57.9日である。手術の実績は、全身麻酔212件、脊髄くも膜下麻酔2件、局所麻酔28件、合計242件である。

 退院調整の患者数は184名であり、うち転院が136名と最も多く、次いで施設44名、在宅4名であった。がん相談は、年間1065件の相談があり、入院担当560件、外来担当505件となっている。なお、入院患者の紹介率は53.3%、逆紹介率は83.1%である。

 なお、入院患者の住所地の内訳は、南さつま市60.1%、南九州市23.7%、枕崎市7.7%、日置市が2.9%であった。

入院収益は、13.9億円(単価40,172円)、外来収益56700万円(単価13,860円)、他会計負担金1200万円となっており、医業外収益の他会計負担金として38300円が計上されており、収入の部の合計金額は約25200万円である。費用では、人件費153000万、材料費約5億円、経費3.3億円、減価償却費1.8億円、その他の合計を合わせて約256000万円が費用合計となる。その結果、約61500円の赤字になる。

 へき地診療所への医師派遣状況は、野間池へき地診療所に3.5日、姶良市立北山診療所に4.5日であった。

 

  次年度に向けて

今年度は既に総人口、高齢者人口が減少し、高齢化率が30%以上に達している市町村の状況を整理するとともに、そういった市町村が多い都道府県のへき地医療計画について収集し、対策内容について確認した。また、実際に人口減少が進んでいる地域において、いかに医療が確保されているのかを調査するため、鹿児島県の南さつまにあるへき地診療所とへき地医療拠点病院に訪問し、聞き取り調査を行った。

次年度は、鹿児島県以外の人口減少が進む地域での医療体制の実態を詳しく調査するとともに、公的病院年間等の公表資料を通じて、医療提供体制に係る必要な医療資源についても定量的に把握・分析する予定である。