2014年度 学術交流支援資金(外国語電子教材作成支援)報告書

 

 

科目名:社会起業とイノベーション

担当者:宮垣元(総合政策学部)

 

 

1.背景および現状認識

1990年の阪神・淡路大震災、それに続く1998年の特定非営利活動促進法(NPO法)などを契機として、日本においてもNPO/NGOという用語の社会的認知が高まった。その後も、コミュニティビジネス、ソーシャルビジネス、社会起業などの概念と実践活動へと展開するなど、今日においては極めて多くの分野にその領域を広げつつある。このことに呼応し、日本の大学教育においてもNPOや関連諸活動について学ぶ講義科目が2000年頃より増加し、さらにはこうした諸活動との連携やインキュベーションを視野に入れるカリキュラムが生まれている。SFCの社会イノベータコースもまた、こうした取り組みのひとつといえる。

 

一方、これらの諸活動に関する教育・研究はいくつかの面で大きな課題を抱えながら今日に至っている。第一に、従来のNPO/ソーシャルビジネス研究、およびその動向に立脚した教育が諸外国のそれに依存することが多く、いわば輸入学問として発展してきているという点である。もとよりNPOをはじめとする関連諸概念自体は、米国をはじめとする欧米にそのルーツを見出すことができ、事実、阪神・淡路大震災以後のNPOの議論も、いわゆる”Global Associational Revolution”の実証的発見とそのフレームワークに強く影響を受けてきた。しかし、当初より指摘されてきたことではあるが、欧米のフレームワークがそのまま日本社会の状況に適合するという訳ではない。たとえば、江戸期などにみられる相互扶助的な地域コミュニティ活動や自発的結社、官製ボランティアなどと称され政策的に組み込まれたボランティア活動、善意銀行などに代表される中間支援組織のバリエーションなど、日本の市民社会・市民活動の歴史を遡れば、独自の発展ともいうべき歴史的事実も多く見出せる。こうしたことを踏まえると、日本特有の状況を国際的な比較をも視野に入れながら理解するフレームワークが必要となろう。

 

第二の課題は、このこととも関連し、日本の市民活動史を振り返った場合、極めて豊かな諸活動が存在するにも関わらず、それらの評価が十分に定まっていないという点である。市民的な公益活動は一国の歴史に沿って存在してきており、日本もその例外ではない。古代・中世における宗教的諸活動はもとより、近世における民衆社会の土壌、戦前における欧米からの諸概念・活動の輸入と定着、また民法34条における民間の公益活動の位置づけに至る流れ。また、戦後のボランティア活動の興隆から2つの大きな震災を経て組織化する過程など、その歴史は長い。近年の動向を追うだけでも、今日では当たり前となった介護サービス(移送、配食、24hのホームヘルプなど)や、若者の社会的包摂(フリースクールや就労困難者のケアなど)、2000年代以降のソーシャルビジネスの展開など、NPOなどの諸活動が生み出し、その後社会的な取り組みのモデルとなったイノベーション事例が数多く存在している。このように、日本の市民活動には独自の発展があるものの、こうした豊かな事例を包括的に把握したり十分に評価されたりしてはこなかった。近年では一部の事業型NPOやソーシャルビジネスの積極的な紹介がなされるようになったものの、全体としてはまだごく一部の直近の事例であり、また繰り返し同じ事例が紹介されるという状況が続いている。

 

第三の課題は、こうした日本の市民社会の歴史や状況が十分に諸外国に発信されていないという点である。先に述べたように、日本のNPO/ソーシャルビジネスに関する教育プログラムは、欧米の先端研究や先進事例に少なからず依存してきているが、逆に日本の歴史や現状の海外への発信は十分になされてこなかったという反省がある。しかし、日本の豊かな市民活動史を顧みれば、そこから導出される教育研究上の意義は大きいものと考えられる。経済体制や政治体制が多様であるのと同じく、市民社会にも実は多様な姿があり得る。日本の市民社会の歴史や現状を国外へ発信することは、こうした複眼的な理解にとって重要となるだけでなく、日本社会の多面的理解にも資することが期待される。

 

2.目的

「社会起業とイノベーション」(宮垣担当)では、NPOをはじめとするソーシャルビジネスや市民活動などの展開過程から、日本の社会起業や社会イノベーションの特性や課題、発展方策を扱う。国際社会において日本の状況の発信を行い理解の深化を行うには、主に英語を用いる留学生への対応、日本語を母語とする学生の英語による発信力の涵養が必要であろう。こうした観点から、本講義の英語対応を行うべく、英語教材の開発を行う。

 

具体的には、前項にも記したように、日本の市民社会の展開について、「社会起業とイノベーション」の講義内容でカバーする内容、すなわち、1)社会的背景、2)理論的枠組み、3)歴史、4)諸データ、5)諸活動・組織の状況(事例)、6)制度・政策、7)その他の観点から、日本の市民社会にとって重要なもの(2〜4、6)を選定し、その理解を促進する教材(講義資料、資料データ等)の英語対応版を作成する。

 

3.成果

上記「目的」に示したように、「社会起業とイノベーション」(宮垣担当)の講義構成に対応した以下の英語版資料(ppt/pdfで各項目あたり2643ページ)を作成した。全体として4学期科目に対応できる構成としている。

 

1)定義

2)歴史

3)データ

4)理論

5)制度・政策

5)歴史年表編

 ・日本の市民公益活動の歴史年表A

 ・日本の市民公益活動の歴史年表B

 ・日本の市民公益活動の歴史年表C

 ・日本の市民公益活動の歴史年表D

6)詳細資料編

 ・市民活動団体の推移等のデータ

 

4.課題・今後の展望

本教材は「社会起業とイノベーション」の講義部分の資料として使用する目的で作成されたが、単に日本語教材の英語化だけでなく、日本の歴史や現状の国際社会への発信という側面もある。その点では、今後具体的な事例収集などを行うことで、ケース教材を拡充していくことが必要であり、こうした方向性での今後のバージョンアップの可能性も考えたい。また、作成初年度のため骨格となる部分の作成に注力したが、今後は必要なデータを拡充することで教材としての有用さに加え、資料的価値を高めることが課題であると考えている。