2014年度学術交流支援資金外国語電子教材作成支援 報告書

 

【研究課題名】 認知科学(07)/構成的認知論(14)

【申請者】 環境情報学部教授 諏訪正樹

 

【研究背景】

 認知科学とは、身体を介して環境とインタラクションして知を醸成する様相を明らかにする学問である。ひとは一人で生きる存在ではなく、周りに多くの他者が存在する。「環境」のなかで他者が与える影響は大きい。他者と交流することも環境とのインタラクションの一大要素である。

 例えば、あなたが、自分らしさとは何かということを考えなさいと命じられたとしよう。あなたは普段あまりそのことを考えたことはなかったが、つらつらと考え、それを語ることになる。語るときには相手が存在する。あなたが語ったことばに反応して、相手は質問するかもしれないし、「え? 僕はこれこれこんなこともあなたらしい側面じゃないかなと思っていたんだけれど‥」と、あなたがあまり考えていなかった側面について意見するかもしれない。質問に答えたり、これまであまり考えたことがない意見に接して自分なりに考えたりしているうちに、あなたの心には、自分らしさに関する新たな考えがもたげてくるかもしれない。

 他者とインタラクションして知が醸成されるとは、こういうことを指すのである。本講義は07学則では認知科学、14学則では構成的認知論という名称である。「構成的」という概念が、この授業の中心的概念である。他者とインタラクションしてあなたの知(例えば、「自分らしさということについての考え」自体が知である)が醸成されるとき、あなたの知は構成的につくられると称する。自分らしさを語る言語行為自体が、あなたの考えを促進し、進化させる。語るという行為には必然的に相手が存在し、相手とのインタラクションから、新しい考えが生まれる。

 本研究は、インタビューの仕方に関する新しい方法論を開拓するものである。従来のインタビュー手法では、インタビュアーがインタビュイーに介入することを避けようとする不文律が存在する。その不文律には、インタビューという観察行為が観察対象に影響を及ぼすことを避けたいという、自然科学主義の客観性を遵守せんとする意図が潜んでいる。この思想は、アンケートやエスノメソドロジーにおいても色濃く存在する。インタビュイーに影響することなく、その心のなかから「静かに」自覚的意識を取りだしたいという意図である。

 この従来思想は明らかに、構成的認知論の考え方と反する。インタビュイーは自分の思っていることを語る(ことばで外的に表象しようとする)ことによって、新たな考えが浮かぶものである。心のなかから「静かに」自覚的意識を取りだそうという思想は、わたしたちの知の現実と合っていない。インタビュー行為も一種のコミュニケーション、つまり他者とのインタラクションであると捉える必要がある。ホルスタイン[1]は、アクティヴ・インタビューという概念を掲げ、インタビュアーが積極的にインタビュイーに介入し、インタビューというコミュニケーションの場を活性化することを通じて、インタビュイーの自覚的意識をデータ化することを推奨している。また、清水・諏訪[2]は、ひとはコミュニケーションを通じて学ぶ生き物であり、ホルスタインのインタビュー手法は、学ばせながら自覚的意識をデータ化するという構成的探究手法のひとつであると説いている。

 

【目的】

本研究の目的は、自覚的意識をデータ化する構成的なインタビュー手法を開拓し、その新しいインタビュー手法を電子教材として作成することである。

 本教材を利用する学生は、自分の身体と環境(他者と含む)とのインタラクションから構成的に知を醸成する様を明らかにすることが認知科学の目的であることを理解した上で、その一環として、自覚的意識をデータ化する構成的なインタビュー手法を学ぶ。母国語の異なる学生どうし,同じ日本人でも異なる文化圏の学生どうしであってもこの構成的手法が有効であるかどうかを検証して欲しい。

 

【成果】

 本研究では、インタビュワーとインタビュイーの交流を活発化するインタビュー手法として以下の手順を提案する。

1.        インタビュー中にインタビュイーの写真を何枚か撮り、そのなかから2〜3枚の写真を基に手描きのスケッチを行う(図1)

2.        スケッチをみながら、インタビュイーが語ったことを反芻しながら、振り返ってインタビュワーが考えたことを、スケッチ上の空きスペースに(異なる色これを第二色目と呼ぶのペンで)メモ書きする(図2)

3.        2のメモ書きされたスケッチを見ながら再度インタビューを行う。インタビュワーも内容に介入し、質問したり、意見を述べたりすることを積極的に行ってよい。インタビュー中にインタビュワーが考えたことはスケッチ上の空きスペースに、第三色のペンでメモ書きする

4.        インタビューを振り返り、新たに考えたことを、スケッチ上の後に空きスペースに、第三色のペンでメモ書きする(図3)

5.        4のメモ書きされたスケッチを大きな紙(A3の大きさ)に貼り、それを見ながら再度インタビューを行う。インタビュワーも内容に介入し、質問したり、意見を述べたりすることを積極的に行ってよい。インタビュー中にインタビュワーが考えたことはA3用紙の空きスペースに、黒色のペンでメモ書きする。

6.        更にインタビュー後にスケッチをみながら振り返り、考えたことを、A3用紙の空きスペースに、黒色のペンでメモ書きする(図4)

7.        上記のインタビューはすべてICレコーダーで音声を録音しておく。その音声データの書き起こしと、図4をみながら、インタビュー内容を最終的にまとめる

 

図1:写真をもとにスケッチの例  

図2:第二色でメモ書きされたスケッチの例

 

 

図3:インタビュー中もしくは後に第三色でメモ書きした例

 

図4:図3のスケッチをA3の紙に貼り、再度インタビューを行い、考えたことを黒色で周辺余白スペースにメモ書きしたものの例

 

 

 インタビュー中にインタビュイーの表情を撮影し、それを基にスケッチを行うことは、インタビュワーがインタビューにおける問題意識や疑問をあぶり出すことに絶大な効果をもたらす。その問題意識を次回のインタビューにもちこむことは、インタビューにおける両者のインタラクションを活性化し、インタビュイーの心の奥に潜在する意識をあぶり出すことにつながると考えられる。

 

【参考文献】

[1] ジェイムズ・ホルスタイン他(山田富秋ほか訳):アクティヴ・インタビュー,せりか書房,(2004)

[2] 清水唯一朗,諏訪正樹:オーラル・ヒストリメソッドの再検討:発話シークエンスによる対話分析, KEIO SFC Journal,SFCが拓く知の方法論”特集号, Vol.14, No.1, pp.108-132, 2014).

 

【本電子教材のwebアドレス】

http://web.sfc.keio.ac.jp/~suwa/electronicematerial/webplatform2014.htm