学術交流支援資金:海外の大学等との共同学術活動支援(2015年度)報告書

Sociable RobotCloud of Things基盤の連携による

論理的身体感覚の形成支援

 

申請代表者:環境情報学部 高汐 一紀

 

1 本報告書の概要

生体固有の知覚機能の解明が進み,コンピュータシステム上で人間の五感を模倣することも可能になりつつある.そのときロボットは,人間と同等の知覚機能を持ち,ネットワークを通してその情報を人間と共有することが可能になるだろう.必要なとき必要な場所のロボットを適切に選択し,感覚情報の伝達と知覚機能の一部を担う外部知覚共有神経網(exo-Neuronet)をダイナミックに構成,ユーザ毎に知覚機能を支援することができれば,人間の感覚の空間的拡張,すなわち,物理的な身体構造や物理空間に制約されない論理的な身体感覚の形成が可能になる.本研究課題では,ミュンヘン工科大学Gordon Chen教授らのグループと共同で,人間にとっての遠隔知覚プローブとして機能する小型ロボット,外部レセプタ(exo-Receptor)を設計・実装する.さらに,Singapore Management UniversityLiveLabsグループとCarnegie Mellon UniversityUbicomp Labグループをアドバイザに迎え,Cloud of Things基盤技術をベースとする外部知覚共有神経網のプロトタイピングを行う.

 

2 研究の背景

Making robots more acceptable..” ミュンヘン工科大学(TUM: Technishe Universit_t M_nchen)で研究機関ICSInstitute for Cognitive Systems)を率いるGordon Cheng教授の言葉である[1].常時ネットワークに接続された次世代のロボット(Networked Robot)は,自らM2MMachine to Machine)コミュニケーション,M2SMachine to Service)コミュニケーションを駆使する存在として,あるものはユビキタス情報サービスのアクターとして人々と共存し,またあるものは人の身体の一部として機能する.

申請者は,2012年度の1年間, 同研究所(TUM/ICS)にて,マルチモーダル感覚センサ・パッドの研究に従事していた[2].ロボットへの装着を前提とした人工皮膚パッド(Artificial Skin Pad)である.次世代のロボットには高度な社会性(Sociality)が求められるが,ロボット自身が持つ知覚能力は,人とのインタラクションの中でロボットの所作を決定する重要なファクターとなる[3].同センサ・パッドは高度にモジュール化されており,皮下受容細胞に相当する触感センサ(近接,直接の2種),温感センサ,さらには運動感覚,平衡感覚を受容する高精度な動きセンサを備え,複数のパッドを連接して使用することで,人間の皮膚に近いレベルでの実世界情報収集と状況認識が可能となる(図1).

生体固有の知覚機能の解明も進んでおり,コンピュータシステム上で人間の五感を模倣することも可能になりつつある[4].ロボットが人間と同等の知覚機能を持ち,ネットワークを通してその情報を人間と共有することができるとしたらどうだろうか?必要なとき必要な場所のロボットを適切に選択し,感覚情報の伝達と知覚機能の一部を担うネットワークをダイナミックに構成,ユーザ毎のルールに基づいて知覚機能を支援することができれば,より密なヒューマン・ロボット・インタラクションを実現できるだけでなく,人間の感覚の空間的拡張,すなわち,物理的な身体構造や物理空間に制約されない論理的な身体感覚の形成が可能になる.ロボットを身体性拡張のツールとして使用する代表的な事例としては,サイバネティクス(Cybernetics)やサイバニクス(Cybernics)が存在する.しかし,ロボットと人との感覚の共有,知覚能力の空間的拡張に関しては,まだまだ未知の要素も多く,神経工学の分野で大がかりな侵襲式のブレイン・マシン・インタフェース(BMI)がようやく実験段階にある状況である[5]Gordon Cheng教授(TUM)と申請者は,人間と同等の感覚を持ち,周囲の状況を正しく認識し,個体同士だけでなく人ともその情報を正しく共有し,個々の行動・動作に反映できるロボットを,ソーシャブル・ロボット(Sociable Robot)と呼び,今後のロボティクス・デザインの目標としている.

一方,申請者が所属するプロジェクト「ユビキタスコンピューティング&ネットワーキングプロジェクト」では,日欧共同研究プロジェクト(ClouTプロジェクト)として,リアルタイムにデータを生成するInternet of Things技術とクラウドコンピューティング技術の融合を目指した基盤技術,Cloud of Thingsの研究開発を進めており,日欧で共通の基盤に基づいた都市のスマート化に取り組んできた[6]

 

   説明: Macintosh HD:Users:kaz:Desktop:DFG Symposium:2012:tg5.jpg

1: マルチモーダル知覚センサ・パッドとSociable Robotのプロトタイプ

 

[1]   http://www.ics.ei.tum.de

[2]   http://www.hex-o-skin.eu

[3]   P. Mittendorfer and G. Cheng, “3D Surface Reconstruction for Robotic Body Parts with Artificial Skins”, IEEE International Conference on Intelligent Robots and Systems 2012.

[4]   Calvert GA, Spence C, Stein BE and editors, “The Handbook of Multisensory Processes (Bradford Books)”, A Bradford Book, 2004.

[5]   吉峰俊樹 監修,“日本発!! ブレイン・マシン・インターフェース新時代”,週間医学会新聞, 2959201212.

[6]   ClouT Project web page, http://clout-project.eu

 

3 研究の目的と実施内容

プラットフォーム実装

本研究課題では,前述のマルチモーダル感覚センサを受容器として備え,人間にとっての遠隔知覚プローブとして機能する小型ロボット,外部レセプタ(exo-Receptor)を設計・実装した.併せて,生体神経網をモデルとし,それらを有機的に結合,知覚情報をユーザに効率的に伝送可能な無線アドホック・ネットワーク,外部知覚共有神経網(exo-Neuronet)を提案した.外部レセプタは,外部知覚共有神経網の末梢ノードとしては,皮膚受容器センサ・データや視覚センサ・データ,統合感覚データ,位置情報等を実時間に圧縮エンコーディングする実体として機能し,中継ノードとしては,ネットワーク内実時間コンテクスト推論処理(中間処理)エンジン及びその反応としての反射機能を提供する.アドホック・ネットワークの視点からは,大規模な知覚情報の転送というこれまでになかった要求において,低レイテンシでのソース・ルーティング機構を如何に提供するかが,外部知覚共有神経網の技術的課題となる.さらに,外部知覚共有神経網のユーザ側終端として,ウェアラブル非侵襲型知覚信号ディスプレイ(ps-Display)を想定し,プロトタイピングと実証実験を通して遠隔コグニティブ・システムとしての有用性を議論,論理的身体感覚形成の可能性を探った.

本年度の目標と担当機関(ICSTUM),LiveLabsSMU),Ubicomp LabCMU),申請者(慶應))は次の通りであった.

 

[P-1]. 外部レセプタの基本ハードウェアデザインと知覚アルゴリズムの検討
(担当:ICSTUM)/申請者)
先行関連研究の分析と問題点の洗い出しを進めるとともに,皮膚感覚情報や運動感覚(自己受容感覚)のセンシングから,知覚コンテクストへの加工(知覚処理)までを,リアルタイムに実行可能な高機能小型ロボットの機能要件をハードウェアとソフトウェアの両面から整理し,プロトタイプを実装した.本課題では,ミュンヘン工科大Gordon Chen教授らのグループ(ICS)と情報交換を行いつつ,設計と実装を進めた.

[P-2]. 外部知覚共有神経網の基本設計とプロトタイプ実装
(担当:LiveLabsSMU)/申請者)
単純化した問題として「外部レセプタ(ロボット)とユーザが多対一で接続されたトポロジ」を想定し,実験プラットフォーム上に外部知覚共有神経網のプロトタイプを実装,知覚処理アルゴリズムの基礎的評価を行った.本課題では,LiveLabsグループと情報交換を行いつつ,プロトタイピングを進めた.

[P-3]. 知覚共有ネットワークの遠隔コグニティブ・システムとしての評価
(担当:Ubicomp LabCMU)/申請者)
生体神経網をモデルとする「ネットワーク内中継ノードにおける知覚反射機構」を実装,より一般化された問題下にあっても,外部レセプタの適切な選択により,感覚情報の伝達と知覚機能を効率的に提供可能なシステム・アーキテクチャを提案した.本課題では,Ubicomp Labグループと情報交換を行いつつ,本研究課題で検討した方式を統合的に評価,検証することで,遠隔コグニティブ・システムとしての評価を行った.

 

フィージビリティ・スタディ

前述のプラットフォーム実装と並行して,以下の3点に関して,欧州プロジェクト,米国プロジェクトに関連する諸機関を調査し,比較検討の上,今後の研究開発の具体的な方向性を決定するとともに,本プロジェクトでの注力項目の明確化を図った.

 

[F-1]. 参加型実世界情報プロービング技術

[F-2]. 大規模分散型知覚ネットワーク構成技術

[F-3]. ヒューマノイド型高感度コグニティブ・システム構築技術

 

夏期休暇期間(平成27810日・11日)には,Carnegie Mellon University (CMU) にて,同大学Ubicomp Lab.グループ他とのCMU-Keio Joint Workshopを開催し,本年度の研究開発成果の情報共有ならびに機能間連携作業を行った.その後,西海岸へ移動し,12日〜15日にかけてGooglePlug and Play CenterCiscoToyota ITCAppleを歴訪し,本研究課題の現状紹介とプロジェクトの今後についてディスカッションを行った(別紙資料).

 

4 総括

本研究の独創性は,本研究課題で取り組む外部レセプタ(exo-Receptor)実装技術と,外部知覚共有神経網(exo-Neuronet)構築技術,ウェアラブル非侵襲型知覚信号ディスプレイ(ps-Display)実装技術のいずれもが,ロボットへの知覚能力の付与,すなわちSentient Robotの実現のみならず,人間そのものの知覚の空間的エンパワーメントをも可能にする技術であるという点にある.本研究課題により,知覚能力とある種の社会性を備えた次世代ロボットと,それを繋ぐネットワーク,さらには人の五感を模倣し,人の感覚器にアクセスするアクチュエータが現実のものとなる.媒体としてのユビキタス情報空間,ソーシャブルなロボット,そして空間的に拡張される人の知覚能力.それらが三位一体となったインタラクションの研究もまた,新たなフェーズに移行するだろう.

本研究課題の成果を,オフィスや家庭,公共空間といった人間の生活環境全般を対象として適用することで,実用的な知的生活空間,ユビキタス情報空間,ロボットとのより自然な共同生活空間の実現に向けて大きなインパクトを与えることが期待できる.