2015年度 学術交流支援基金
研究成果報告書

認知・言語の発達と学習

珠算の学習と熟達が認知制御と数の概念に及ぼす影響
- そろばん熟達者の脳活動の計測 -

今井 むつみ(政策・メディア研究科)
青山 敦(環境情報学部)
江部 正周(政策・メディア研究科)

本研究は珠算(そろばん)の熟達者と未経験において安静時の脳波の違いを計測することにより, 珠算の熟達者の常人では考えられないほどの数を操る能力の脳内メカニズムを明らかにすることを目的として行った. その結果, 熟達者では, そろばんを弾く利き手に対応する運動野が視覚入力によって自発的に強く活動することを示された. したがって, 視覚野と運動野の機能的結合がそろばん熟達者の超人的な能力を生み出している可能性が示唆される. これらの結果はOpen Research Forum 2015で発表された.

研究概要

目的と背景

 珠算(そろばん)の熟達者は, 常人では考えられないほどの数を操る能力を持っている. 例えば, フラッシュ暗算では高速に流れる数字を足しあわせたり, 10桁以上の数の四則演算を高速で行ったりできる. しかしながら, この非常に高い数を操る能力がどのような脳内メカニズムに起因しているのはあまり明らかになっていない.
 近年, 安静状態の脳波(Resting-State EEG)を測ることにより, 認知状態や能力を推定する手法が注目されている. 例えば, 絶対音感保持者では, 非保持者と比べて, 安静時の聴覚野と前頭前野の同期性が高いことが報告されている (Elmer, et al. , 2015).
 そこで本研究では, そろばん熟達者と未経験者の安静状態における脳活動の違いから, 超人的な能力を生み出す脳内メカニズムの検討を行った.

方法

実験条件

安静時の脳波(Resting-State EEG)を測るため, 目を開けた安静状態と目を閉じた安静状態の2条件で実験を行った.

計測

64チャンネル脳波アンプactiCHamp(Brain Products社製)を用いて, 開眼条件と閉眼条件の2条件をそれぞれ5分間計測した. また, 水平方向と垂直方向の2種類の眼電も同時に計測した.

結果

LORETA(活動源推定)によって, そろばん熟達者が未経験者より有意に活動した部位を赤く示した.

熟達者と未経験者の比較

開眼時において, 熟達者は未経験者に比べて, 左運動野のα1/α2帯域の強度が大きかった.

開眼時と閉眼時の比較

熟達者では, 開眼時の方が閉眼時に比べて, 左運動野のα2帯域の強度が大きかった.

考察

熟達者の開眼時に左運動野におけるα帯域の活動(μリズム)が強く見られたことは, 熟達者では, そろばんを弾く利き手に対応する運動野が視覚入力によって自発的に強く活動することを示している. したがって, 視覚野と運動野の機能的結合がそろばん熟達者の超人的な能力を生み出している可能性がある.

活動報告・学会発表

これらの結果はOpen Research Forum 2015で発表された.以下が発表されたポスターである.

今後の展望

今後は実験協力者数を増やすことで信頼性を高めていきたい. また, 課題を安静時の脳波だけではなく, 暗算などの活動時の脳波も計測したい.