2015年度学術交流支援資金 報告書

 

大学院プロジェクト科目名:医療福祉政策・経営

研究課題名:高齢者減少地域に対応した可変的医療提供体制に関する研究

研究組織:

 慶應義塾大学総合政策学部教授 印南一路

 成蹊大学文学部現代社会学科 専任講師 渡邉大輔

 山口県立総合医療センター へき地医療支援部 原田昌範

 自治医科大学地域医療学センター 助教 阿江隆介

 自治医科大学地域医療学センター 助教 古城隆雄

 

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1.研究背景と目的

日本が人口減少時代を迎え、今後少子高齢化と人口減少が同時に進展することは良く知られている。医療提供体制の観点からは、その中でも高齢者人口の減少が、非常に重要な変化である。なぜなら、高齢社会の主要産業である医療・介護において、利用者である高齢者が減少することは、その地域の医療提供体制の縮小・撤退を意味するからである。

問題の難しさは、生命や生活に直結する医療提供体制は、簡単には縮小・撤退できず、必要な医療の提供を維持しつつも、高齢者人口の減少に合わせて緩やかに縮小・撤退しなければならない点にある。これまで行った研究結果と合わせれば、そうした地域では、(1)初期救急と在宅医療(特に看取り)を提供でき、(2)高齢者減少に合わせて縮退可能な人員配置を取れ、(3)維持費の少ない、伸縮かつ効率的な医療提供体制が求められていると思われる。

本研究は、過去に人口減少(特に高齢者人口減少)が起きている市町村を対象に、医療提供体制がいかに対応してきたのかを、ヒアリング調査、医療資源・経営調査等を通じて明らかにする。今年度は、公立医療機関の経営データ(パネルデータ)の構築と人口減少地域(主にへき地部分)を面で支える取り組みについてヒアリング調査を実施した。次年度は、本年度で構築した経営データに基づいた分析と、人口減少地域を面で支える取り組みを全国規模で分析する予定である。

 

2.本年度の報告

 本年度は、(1)へき地保健医療計画の収集・内容を分析し、(2)公立病院経営データベースの構築、(3)特徴的な取り組みをしており、協力が得られた地域の県庁、医療機関に訪問し、ヒアリング調査を実施した。

 

  へき地保健医療計画の収集

医療へのアクセスを確保することは、医療政策における最重要課題であり、特ににへき地と呼ばれる地域においては、昔から医師確保が重要なテーマになっている。実際、昭和31年に第1次へき地保健医療計画が策定され、第9次計画(平成1317年度)には都道府県ごとに計画を策定することになり、現在は第11次計画(平成2327年度)が実行されている。

上記にあげた都道府県で、いかに医師確保がなされているかを知るため、へき地保健医療計画を取り寄せ、内容を分析した。

へき地保健医療計画の内容については、どの都道府県でも、医師確保・育成については、自治医科大学の卒業生医師と地域枠の卒業生を中心に考えられており(地域枠の学生は平成26年度、平成27年度に卒業する県が大半であるため、まだ主戦力にはなっていない)、巡回診療や代診医の派遣を通じて、必要な医師や医療が提供できるよう努力がなされている。しかし、人口減少を迎えるにあたって、いかに対応していくかについては記述がなされていない状況であった。ただし、一部では診療所の常勤医師の非常勤化や、特定の診療所に医師を集約し(センター化し)、出張診療所にするなど、一部の都道府県では対策が講じられつつあった。

 

  公立病院経営データベースの構築

公立病院には、民間医療機関では採算や実施しにくい事業を行うことが求めてられている。公立病院改革ガイドラインには、公立病院の果たすべき役割として、@山間へき地・離島などの過疎地域での医療、A救急、小児、周産期、災害、精神等の不採算医療、B高度・先進医療の提供、C研修等の実施を含む広域的な医師派遣の拠点機能である。公立病院改革では、こうした公立病院の役割を明確にし、安定的かつ自律的な経営の下で良質な医療を提供できる体制を構築することが求められており、@経営効率化、A再編・ネットワーク化、B経営形態の見直しの3つの取り組みが掲げられている。

本研究では、地方公営企業年鑑を活用し、地方公共団体が運営している病院が、少子高齢化・人口減少地域において必要となる医療を提供しているのかについて分析を行う。今年度は、基盤となるデータベースの構築に注力した。構築したデータベースの概要は、下記の通りである。

 

期間:2004年〜2013

病院数:10012004)→9082013)※全期間データがある病院847

データベースの主な項目

 

1.施設及び業務概況

2.損益計算書

3.資本的収支

4.費用構成及び医業収益に対する比率

5.経営分析に関する指標

6.職種別給与に関する指標

 

2004年に登録されていた病院1001のうち、2013年までの10年間データが登録されていた病院は847あり、残りの病院は、独立行政法人化、民営化、診療所化、統合化、廃止等によって、データベースに登録されなかった。また、理由が不明な病院も44あった。

今年度は、データベースの構築に予想外に時間を取られたため、次年度以降、このデータベースを用いて、人口減少・少子高齢化地域における自治体病院の経営状況について詳しく分析を行いたい。

 

  ヒアリング調査の実施

□ 調査概要

本調査では、過去に人口減少(特に高齢者人口減少)が起きている市町村を対象に、医療提供対象がいかに対応してきたのかについて、聞き取り調査を通じて明らかにする。  

具体的には、過去・現在人口減少に直面している医療機関を訪問し、救急医療や在宅医療への対応、また介護施設との連携、さらには、医療機関の体制変更、経営状況について、医療機関に従事する医師へ聞き取り調査を行った。

 

□ 訪問先

1.青森県庁、国民健康保険大間病院

2.高知医療センター

 

□ ヒアリング内容

<青森県>

 青森県は、人口が約131万人で、県内7市町村以外では、人口減少が進む地域である(平成27年国勢調査速報)。高齢化率は、平成25年は27.0%であったが、社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2025年には112万人(34.9%)、2035年には105万人(38.2%)に急激に人口減少、高齢化率とも進むことが見込まれている。日本の全人口の高齢化率の推計は、30.5%(2025年)、33.7%(2035年)であるから、日本の10年先を行っていることになる。

 青森県の医療提供体制の特徴は、(1)全国に比べて精神病床、一般診療所病床は多いが、(2)医師数は少なく、(3)一般診療所の受療率が高く、(4)南の医療圏は、域内で完結していることがあげられる。

 人口10万対病床数は、療養病床及び一般病床は、1342床(青森県)と1238床(全国)よりも100床ほど多く、特に精神病床は、339床(青森県)と269床(全国)よりも70床多く、一般診療所の病床が264床と全国の101床の約2.5倍ある。医師数は、人口10万人当たり185人と全国の227人に比べて少なく、全国平均を上回っているのは、6医療圏中津軽医療圏のみである。

 受療率をみると、入院受診率(病院)は、全国と同じ程度であるが、一般診療所は90人(全国41人)と多く、外来受診率も3955人(全国3372人)に比べて多い。

  青森県の2次医療圏は、北から下北、上十三、青森、西北五、津軽、八戸の6つの医療圏に別れており、入院の流出患者割合は、下北、上十三、西北五の3つの医療圏では25%前後と、南の青森、津軽、八戸の3つの医療圏では6%弱と対照的である。

 このような人口減少・高齢化が全県的に進む高知県のへき地医療体制は、どのようになっているのであろうか。

 県内の無医地区は24地区あり、へき地診療所は16か所、へき地医療拠点病院は6か所設置されている。青森県では、自治体病院の機能再編を合わせて行うことで、へき地の拠点病院(大間病院、三戸中央病院)に自治医科大学卒業医師を集中的に派遣し、昔は病院であった施設を診療所化し、拠点病院から医師派遣を行うことで、面として医療を支える仕組みに移行している。

例えば、下北地域では、大間病院に自治医科大学卒業医師を集中し、域内にあった病院を有床診療所化し、隣村の診療所は非常勤の派遣にする体制に変更した。救急医療体制については、大間病院が初期救急医療を担うと共に、むつ総合病院が二次救急医療を担う。また、圏域内の全医療機関がアクセスできる電子カルテシステムを構築し、医療機関の連携を深め、医療機関・患者双方の負担を軽減するようにしている。

 西北五地域においても、それまであった5つの病院を1つの総合病院(高度救急や高度専門医療)と2つのサテライト病院(回復期、へき地、外来診療等を行う医療機関)とに機能分化させ、2つの病院はサテライト診療所(無床)に体制を変更した。これにより5つの医療機関を一体的に運営する(人事・予算の一本化)と同時に、中核病院とサテライト医療機関の医療機能の役割分担、連携を図るとしている。

 それ以外に、全県的な医師確保対策として、良医を育成するための取り組みを進めている。具体的には、@中高生を対象としたガイダンス、職場体験、修学資金貸与制度、A臨床研修医対象のワークショップの開催、B青森県地域医療支援センターを中心に、センター登録医師の配置や総合診療医のキャリア支援を充実、C女性医師が働きやすい環境を整備するための取り組み(医学生と女性医師との交流会、相談窓口の設置、職場環境改善支援センターの設置)、D地域医療を支える住民活動を支援する等、多様な取り組みを行っている。

 

<高知医療センター>

 高知県は、人口約73万人(鳥取県、島根県に次ぐ第3位)、県内全34市町村で人口減少が進む地域である(平成27年国勢調査速報)。高齢化率は、総務省の人口推計で32.2%(平成26年)であり、高知市に人口の46.3%が集中して住んでいる。社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2025年には70.8万人(35.8%)、2035年には59.6万人(37.4%)に人口減少、高齢化率とも進むことが見込まれている。日本の全人口の高齢化率の推計は、30.5%(2025年)、33.7%(2035年)であるから、日本の20年先を行っていることになる。

 さて、高知県の医療提供体制の特徴は、(1)全国に比べて病床数が多く、(2)受療率も高く、(3)中央部の医療圏に患者が集中していることがあげられる。

 病院病床は、全国平均が1238床(10万人当たり)に対して、高知県は2490床(同)と約2倍であり、療養病床の占める割合も36.9%(全国は20.9%)と高い。入院受療率は、全国が1068人(10万人当たり)に対して、2208人(同)と約2倍あり、外来受療率も同6291人(全国5784人)と高い傾向にある。全国的に低下傾向が見られる平均在院日数も病院全病床の平均が32.2日に対して、高知県は52.2日と20日も長い。

 高知県の2次医療圏は、中央、安芸、高幡、幡多の4つの医療圏に別れており、県全体の72.6%が中央医療圏に住んでいる。中央医療圏に隣接する安芸と高幡の外来患者の域内受療率は、安芸81.9%、高幡75.4%と低く、入院受療率に至っては、安芸56.3%、高幡61.4%とさらに低い値となっている。

 このような人口減少・高齢化が全県的に進む高知県のへき地医療体制は、いかのようになっているのであろうか。

 無医地区は18町村45地区(北海道、広島県に次ぐ3位)あり、へき地診療所は27か所、へき地医療拠点病院は8か所整備されている。高知県では、へき地を抱え医師不足に悩む市町村が自治医科大学卒業医師の受け入れにあたって、労働条件の均てん化や研修機会の確保等を目的に、高知県へき地医療協議会を昭和61年に設立した。この協議会では、高知県、市町村、医師の3者が一体となって、へき地等における質の高い地域保健医療活動の確保や医学生のへき地医療研修を行っており、年1回総会が行われ、幹事会が3カ月に一度開催されている。

 ヒアリング調査では、従来の医師確保から、医療確保に考え方がシフトしており、その実現に向けて様々な取り組みを行っていることが伺われた。

 まず一つ目は、県の基幹病院、へき地の中核病院に医師を集中的に配置し、最前線のへき地医療診療所を安定的かつ継続的に支援する取り組みである。これにより、医師派遣、代診医の派遣が可能になると共に、へき地診療所へも一定期間赴任し、帰ってくるということが可能になる。

 もう一つは、医学生や研修医の教育拠点になっているということであった。現在、5つの地域グループに対して、継続的に初期研修医を派遣している。平成24年度実績では72名が派遣されており、1施設1名ずつ切れ目のない継続派遣が行われていた。地域医療・へき地医療を学べる研修プログラムとして、全国的に認知されてきていることもあり、東京からの研修医が年間約30人参加している。初期研修医は、一定期間で元の地域に帰ることになるが、へき地医療機関においては、重要な戦力として見込まれており、へき地に従事する医師にとっても、教育という刺激を受ける機会となっている。

 3つ目の取り組みは、ITを利用した支援体制、情報共有の取り組みである。現在、へき地医療拠点病院(7か所)、へき地診療所(11か所)、その他の14か所の医療機関を結ぶ、高知県へき地医療情報ネットワークが構築されている。これにより、ウェブ型電子カルテが4つのへき地診療所に設置され、ウェブ会議や遠隔画像伝送装置、多地点ウェブ会議が可能になっている。また、ドクターヘリが20113月に導入され、ドクターカーと共に、へき地の救急搬送、救急医療の底上げに役立っている。

 最後は、面で医療を支える取り組みである。人口減少が進む地域にあっては、これまでのように常勤医師をへき地診療所に配置することは難しい。そこで、高知県では、地域の実情に合わせて、次のような取り組みを行ってきている。@へき地診療所の一体型運営(集約化)、A常勤型体制から医師派遣型、B指定管理型への意向、C兼務(併人)による業務連携、D民間病院からへき地診療所への医師派遣、E民間病院からへき地医療拠点病院への医師派遣、Fへき地診療所(有床)に対する週末当直支援、G公立病院機能の再編事例(一部診療所化)。

 

  次年度に向けて

今年度は、全国の都道府県のへき地医療計画について収集し、対策内容について確認した。また、少子高齢化・人口減少が進む地域における公立病院の実態を把握するため、地方公営企業年鑑(病院事業票)を用いて、データベースを構築した。さらに、人口減少が進む地域において、限られた医療資源を用いて、どのように面で地域医療を確保しているのかについて、複数の地域にヒアリング調査を実施した。

次年度は、今回、構築したデータベースを利用し、人口減少地域における公立病院の役割について定量的に分析する予定である。