大学院プロジェクト科目名:グローバル環境システム

研究代表者氏名:蟹江憲史

所属 / 役職:政策・メディア研究科 / 教授

 

研究課題名:持続可能な開発目標に関する協働へむけたフィールドワーク

 

研究概要:

20159月の国連総会にて持続可能な発展目標(SDGs)が採択された。この採択の過程において、国際交渉の場で科学者とステークホルダーがどのような協働をしてきたか、また国内のSDGs策定に向けて、今後どのような協働がありうるかという課題を中心にして、より実社会の実態に沿った問題を同定し、共通課題の解決に向けて多面的なアプローチを可能とするトランスディシプリナリー研究の概念から分析した。

 

問題の背景:SDGs

2015年以降の持続可能な発展に関する世界的な合意として、20159月の国連総会において、合意文書「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下、2030アジェンダ)に含まれる形で採択された。SDGsは、この文書に含まれており、2030年までの持続可能な発展に関する目標となる。SDGsは、ミレニアム開発目標(MDGs)の未達成課題を含む形で、貧困や保健などの開発に関する目標と、国内外の不平等の是正、エネルギーアクセス、気候変動の対策、生態系の保護、持続可能な消費と生産など全部で17の課題を含んでおり、それぞれの分野の下に具体化された169のターゲットがあげられている。途上国と先進国を対象としており、環境、社会、経済の3つの側面が統合された形で達成されるべきこと、それぞれが不可分である性質を持っていること、そして目標の一つひとつが他の目標分野とリンクしていることが特徴としてあげられる。

2016年より各国で本格的に実施していくフェーズに入るが、科学の重要性は認識されているものの政策とのインターフェースのあり方が明らかではないこと、ステークホルダーがどのように協働しながら実施できるかという点が明らかではないこと、日本においてSDGsを実施促進するような具体的な政策はないことなどが問題設定としてあげられる。

 

研究成果報告

研究項目1:国連レベルにおけるSDGs実施へ向けたトランスディシプリナリティの分析

 SDGsの議論プロセスでは、SDGs課題の複雑性や科学的知見の重要性、エビデンスに基づく議論への関心の高まりなどを鑑みると、科学が果たす役割は大きい。また、2016年より各国でSDGsを実施するフェーズに入るが、国内での目標の策定やその実施を持続可能な方法で進め、状況に応じた社会的課題と関連する形で科学との連携を進めるためには、科学者と政策決定者、またその他のステークホルダーが適宜連携しながら、協働実施による問題解決が求められている。しかし、どのように問題を同定しながら解決するかといった手法は確立していない。そのため研究項目1では、SDGsの議論プロセスにおいて有効なトランスディシプリナリティを構築することを目的として、ワークショップを実施することにより社会的及び研究の実態にそった課題問題を設定できたか、その手法を開発することとした。

 上記を実施するために、まずワークショップを通して課題問題の仮設定を行うこととした。ワークショップには、SDGsにおける社会的及び研究の実態にそった課題問題を同定するため、NGOの代表者やEarth System GovernanceプロジェクトをはじめとしたSDGsに関連した海外の研究者に参加を依頼した(2015389日。ルンド、スウェーデン)。参加者は、以下の2点について議論した。

@    政策決定者がポスト2015年開発アジェンダの制度設計に求める事項は何か

A    国連は、持続可能な発展に関する実施活動や評価を行う際に、いかにその他の国際機関、そして科学者やステークホルダーと連携してきたか、また連携する際に発生する課題は何か

これらの議論を通して、SDGsにおける科学と政策とインターフェースのあり方という点を問題課題として仮設定した。そして、トランスディシプリナリティを実践する場として2回目のワークショップを開催することを決定した。

 その後の国連のSDGs交渉の動向、国連高官や専門家との意見交換、また類似の国際シンポジウムなどの動向をみながら、その課題の妥当性について考察した。地球システム研究、ガバナンスに関する研究者とローカル、ナショナル、グローバルレベルにおける政策実務者を含んだ形での議論が有効であることを確認し、2回目のワークショップは参加型手法を導入して、国連交渉が開催される時期に合わせて、国連や国際機関の官僚、交渉官やこれまでに交渉を担当した経験がある者や国連交渉を専門とするNGO代表などの実務者、また国内外の研究者など幅広く参加者を募って開催することを決定した(201561920日、ニューヨーク・アメリカ)。

2回目のワークショップ(Workshop on the Institutional Architecture for the Science-policy Interface on the Sustainable Development Goals)では、約30名が参加し、@SDGsにおける科学知識の役割、Aポスト2015開発アジェンダにおける科学と政策のインターフェースに関する制度設計の選択肢について主に議論を行った。前者では、例えば政策決定者がエビデンスを基にした意思決定をできるように情報を提供する役割という意見があげられた。後者については、SDGs実施に関する専門家を選出して科学的知識を政策決定者に提供する方法、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のように各国政府が専門家をパネルへ推薦し、そのパネルが科学的知見を集権的にまとめて政策決定者に提供する方法、分野別のタスクフォースを設定して関連の国連組織やステークホルダーが科学知識を提供する方法などの制度の選択肢があげられ、それぞれの利点や課題点を検討した。

ワークショップでの議論の結果、参加者は、SDGsの科学と政策とインターフェースという社会的及び研究の実態にそった問題を解決するにあたっては、@SDGsの政府間交渉のテキスト案に対する修正案を国連交渉においてインプットする必要があること、A制度設計に関する複数の選択肢を科学的知見に基づいてとりまとめ、政策指向のアウトプットを軸として発表する一方で、B科学的正当性を高めるように学術論文をしてまとめる必要性があることなどを決めた。

 なお、上記@については、ワークショップが行われた後、数か国の政府関係参加者を通して国連交渉へのインプットを行った結果、国連会議の交渉テキスト案に「science-policy interface」という文言が組み込まれることになったことなど、一定の成果を得た。

 このような結果から、トランスディシプリナリーの手法を構築する要素として、次のような要素をあげることができる。研究者が一方的に与えたテーマに関するワークショップを開催するのではなく、課題に関連する実務者と研究者を中心としたグループで社会的及び研究の実態にそった具体的な問題設定を行った上で、その問題設定に関連したワークショップを開催すること、実務者と研究者間の幅広い参加を確保しながら参加型手法を取り入れながら建設的な議論を行うこと、参加者全員がワークショップ後の活動について合意することという要素である。同時に、SDGsなどの国際交渉におけるトランスディシプリナリー研究においては、交渉者をワークショップの参加者に含むことによって、議論の内容を効果的に交渉の場へフィードバックすることができることがわかった。

 

研究項目2:地域、国、地方などのサブ・グローバルレベルにおけるSDGs設定のプロセス及びその達成に向けて科学者や企業などを含めたトランスディシプリナリティの分析

研究項目2では、SDGs実施にあたり、日本の各地方がどのように実施し得るかという点や多様なステークホルダーがどのように活動に参加できるかという点を考察するため、SDGsに関するワークショップやシンポジウムを開催した。

 201510月から20161月にかけて、東京、そして金沢、京都、北九州、長崎の四つの地方都市で6つのワークショップやシンポジウムを開催した。博士課程学生と学部生も参加した。

 持続可能な開発のための2030アジェンダでは、持続可能な発展の環境、経済、社会の三側面は独立したものではなく統合されたものであると認識しており、SDGsの実施にあたってもそのような認識が必要となる。そのため、参加者が環境コミュニティの専門家だけに偏らないように、イベントの集客やパネルディスカッションの登壇者の選定を行う際には、貧困、フードロス、持続可能な開発のための教育、公害、生態系、グリーンコンシューマーなどの多様な分野から、行政、NGO、企業、研究者といったステークホルダーの参加を確保できるように努めた。

 ワークショップでは、登壇者や参加者から様々なコメントがあがった。例えば、「グローバルレベルの目標とローカルレベルにおける実施」というリンクについて、グローバルという「国」が存在しないことを踏まえると、既に地域レベルで行っている持続可能な発展に関する活動をグローバルレベル(あるいは隣の自治体まで)まで展開させる努力が必要であること、またそのような手法を明らかにする必要があること、別の地域で行われているSDGs活動の情報を取得して自分たちの地域において実施する機会が必要であること、などといった意見を得た。

また東京においては、一般公開シンポジウム「2030年持続可能な発展目標:日本と世界の変革へ向けて」を国連大学において開催した(20161月)。当シンポジウムには、300名以上の参加があり、どのような変革が必要かを議論することと同時に、行政、企業、NGO等がそれぞれどのような役割を果たすかについて議論を展開した。NGOを代表したパネリストは、世界を変革するためには強い危機感をもった市民社会が必要であり、市民社会セクターは地球益を守る存在であること、また日本でのNGOの役割は、実施面で住民の細かなニーズをとらえて行政にできないサービスを提供することが期待されている一方で、海外では評価や問題提起、そして政策アドボカシーを行い、多様なセクターの触媒となる存在であると指摘した。企業を代表したパネリストは、SDGsはコストから投資まで含む企業の取組のインデックスとなり、SDGsの社会実装は企業がCSRを捉え直す機会であること、SDGsで望まれるCSRとは、社会課題は価値と投資の対象であると理解することを問題提起した。また、政府代表のパネリストは、SDGsにはマルチステークホルダーを対象としているターゲット以外にも、国を対象としたものがいくつかあり、自らの施策の実施状況の点検およびステークホルダーの実施の促進することが政府の役割であることを強調した。

政府、NGO、私企業、研究者といったセクター間の協働の一例として、持続可能な消費と生産の目標を中心とした、企業のSDGsの実施促進を促すネットワークであるOpen 2030プロジェクトをあげることができる。当プロジェクトは、SDGsを利用しながら企業の変革とイノベーションを促すことを目的としており、フードロス・チャレンジ・プロジェクト、株式会社博報堂、株式会社クレアン、特定非営利活動法人国際協力NGOセンターが事務局を、当研究代表者もOpen 2030プロジェクトの実行委員長を務めるなど、企業セクターでSDGsを促進できるように、異なるセクター間が関与している。(http://open2030project.com/

これらのSDGs関連のイベントの開催を通して、各セクターが単独ではどのような役割を果たし得るのか、また協働をする際にはどのような形があり得るのかといったことを考察した。また、グローバル目標のローカルレベルでの実施とは何を意味するのかということを考察しながら、これまで異なるセクター間での交流がなかったところへ橋渡しを行うことにより、SDGs実施のためのネットワーク構築のきっかけを提供するような役割を果たすことができた。

 

研究項目3:既存の自治体環境計画や環境まちづくりの目標を国内版SDGsに総合的なものへと改善していくことの可能性とその場合の手順の解明

 日本の公害の原点の一つである水俣病は未だ社会的には解決されていない大きな課題であり、その発生の機序、解決に向けた進行中の努力から学ぶ ことは大きい。このため、本政策・メディア研究科は水俣市と研究協力協定を結び、この下で、EBA国際演習を開始するなど年々活動を強化している。平成27年度内には、同市は、開かれた恒久的な共同研究拠点として「環境アカデミア機構」を設けることとしているので、この学術交流支 援資金を用いて、本学教員と現地関係者との意見交換を行い、もって、同機構の活動が一層の効果を発揮し、本学としても裨益できるよう、助言を 行うこととした。

具体的には、多数の水俣病関係者が一堂に会する「慰霊式」の機会をとらえて、式場現地にて多数の関係者から「環境アカデミア 機構」に対する期待の大小、内容を聴取したほか、特に、最大の被害者団体の一つである水俣病出水患者会については、同患者会が建設し運営する 療養施設を訪問し、同会尾上会長などと意見交換を行った。また、水俣に赴く時に通過点となる福岡市においては、この機会を活用し、九州運輸局 を訪れ、竹田浩三局長と面談し、観光による水俣市の活性化の可能性や同局のコミットメントについて同氏の意向を聴取した。

 

 

以上