2015 年度 学術交流支援資金 「生活空間の音響デザイン」 活動報告書

慶應義塾大学環境情報学部教授
岩竹 徹


研究概要
当プロジェクトは、今後の街の音環境を社会基盤の一部として位置づけ、将来的にはInternet of Thingsの環境に音を組み込む事を目指すものとして計画された。現代美術館の様な特別な芸術空間ではなく、極く普通の生活環境に存在する音響に注目し、ちょっとした差異を導入する事で日常空間でのQOLを向上させ、楽しく快適な音環境を作りだす事が目的である。そのための興味深い場として、今回は駅前商店街に焦点を当てた。
今回の調査で一口に駅前商店街と言っても、その成り立ちかによって音への姿勢が全く異なる事が判明した。典型的な例を2つ示せば、例えば京王線の下高井戸駅前の通りは、この道に面して小学校から大学まで揃っているため児童のセキュリティに重点が置かれている。一定間隔毎に電柱などにスピーカーが設置され普段は音楽が流されているが、場合によっては不審者情報なども流れてくる。大学のある文教地域に入ると、静寂が必要なのでスピーカーは無くなる。これに対して湘南台駅前にはスピーカは設置されておらず、飲食店やスーパーマーケット、店舗やパチンコ店などのドアが開くときに内側の騒音が聞こえて来て、これが一種の「客寄せ」効果を持つことがわかる。これは湘南台駅前は文教地域ではなく商業空間である事を反映していると考えられる。
もちろんすべての商店街を調査できた訳では無いが、実際に商店街の方々のお話を伺って行く中で、新しい試みが駅前商店街で有意義に受け入れられるためにはもう少し準備が必要であるか、あるいはトンチンカンな事にならないためには別な場所を選ぶ必要性を感じた。この問題は未解決であり今後も調査が必要である。これらの調査活動と並行して、日常空間への将来の実装を想定した創作活動と研究も行ったので、以下ではその成果を報告する。


国際コンペ入選
プロジェクトからの創作活動の国際的な成果としては、田所淳くんの作品”Membranes” と、小林良穂くんの作品”auditomino solo” が、International Compute Music Conference (ICMC) 2015 に入選したことがあげられる。
ICMC2015 のサイト;
https://icmc2015.wordpress.com
2名のプログラムは以下;
http://icmc2015.unt.edu/wp-content/uploads/2014/09/ICMCMusicProgram.pdf

環境騒音と音響合成
花野井俊介くんによる、環境騒音を「美しい音」へ変容させる研究。まだ具体的な成果を出すには至っていないものの基礎研究の部分に進展がみられ、騒音を消すための方法とフィジカルモデリングによる音響合成法の融合が模索されている。

グルーヴ生成の研究
村岡和樹くんと河合泰明くんによるリズムの研究。各々独立してやや異なる視点から進められているが、どちらも「グルーヴ感」とは何か、それはどの様に生成可能か、という問題を追求している。日常的なストリートでグルーヴが発生すれば楽しいだろう。

複数の物理的ユニットの結合による音響合成
滝本花乃介くんによる研究。物理的な一個の箱ごとに1個のノブコントロールを実装し、これらを多数集合させて全体的なサウンドデザインを行う。離散的なモジュールの組み合わせによる音響生成には発展的な可能性を感じることができる。

これらの作品のほとんどは、2015年度のORFなどでも発表された。


考察
商店街や住宅地の様な日常的な秩序が存在している環境には、楔を打ち込むのはなかなか難しい。不特定多数の相手が存在するため、先進的な試みを実装するには説得に時間がかかるだけでなく、無理解や無関心、さらには反対意見などもある。この様な環境では「祭り」が楔を打ち込む機能を果たして来た。「祭り」がコミュニティーに異化作用を持たらし、これがルーティン化され、日常に組み込まれて「日常」と「非日常」が分離した文化を形作っている。この成立は十分理解できるものではあるが、しかしこれは我々が考えている音文化とは異なるものであり、日常空間こそがファイナル・フロンティアなのだろう。

今年度をもって、SFC開設以来26年間続いてきたサイバーサウンド・プロジェクトは終了する。サポートして頂いたSFCの皆様をはじめ、今までお世話になったすべての関係者の方々に、この紙面を借りて心からの感謝と共にお礼を申し上げたい。






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