学術交流支援資金 外国語電子教材作成支援(2015年度)報告書
科目名:モバイル・メソッド(Mobile Methods)
研究代表者:加藤文俊(環境情報学部)

本研究は、2015年度より新設された大学院・プロジェクト科目「モバイル・メソッド」について、その学術的基盤となる教材を作成し、ウェブや小冊子で公開するものである。まず『モビリティーズ』(アーリ, 2015)や “Mobile methods”(Büscher, Urry & Witchger, 2010)等で参照されている基本文献の包括的なレビューを行い、研究領域の全体像を描くとともに概念的な整理を試みる。その上で、相互に関連するサブプロジェクトを通して、「移動」をめぐる社会実践およびプロトタイピングを行った。

研究の背景・目的

ネットワーク環境を前提として、われわれの「移動」に関わる諸側面の再編がすすんでいる。たとえばソーシャルメディアにおいては、位置情報はもとより行動軌跡やアクセス履歴といった情報の活用が進み、われわれのコミュニケーションや人間関係を変容させつつある。
本プロジェクトは、Büscher、Urry、Witchgerら(2011)、アーリ(2015)等が提案する「モバイル・メソッド」の視座や、「ロケーティブ・メディア(locative media)」研究(たとえばWilken & Goggin, 2014)の動向をふまえて、人、モノ、情報、アイデア等の「移動」に関わる調査・研究と、デザインリサーチやソーシャルファブリケーション領域との接続を試みるものである。「モバイル・メソッド」では、おもに地理学、社会学をベースにしながら、人びとが日常のなかで(時には不可避的に)生成し続けている多様な「生活記録(life document)」の理解と、方法論の開発、調査・研究の設計等について探究した。
アーリ(2015)は、「移動の社会学」という視座において、われわれの社会関係を理解する上で「ネットワーク資本」に着目することの重要性を示唆している。アーリの挙げる8つの「ネットワーク資本」 -- ①数々の適切な文書、ビザ、貨幣、資格 ②離れたところにいる他者(仕事仲間、友人、家族) ③運動能力 ④居場所に制約されない情報とコンタクト・ポイント ⑤通信デバイス ⑥適切で安全で備えが十分な会合の場 ⑦自動車などへのアクセス ⑧①〜⑦を管理、調整するための時間などの資源 -- が有機的に結びつき、安定的な関係を保つことによって、さまざまなつながりが生まれ、社会関係の維持・強化に寄与すると考えられる。
本研究では、こうした「ネットワーク資本」のあり方を理解するとともに、デザインの観点から都市空間における公共スペースの活用(転用)や、場づくり/空間づくりのためのツール(メディア)、「移動」の理解とデータ表現等について、実践的に探究した。
申請者は、モバイルメディア利用の社会的・文化的研究について、SFC研究所「ケータイ・ラボ」(2004年4月〜2013年3月)において、調査・研究を遂行してきた。また、2013年度より、メルボルン・上海・東京の3都市におけるソーシャルメディア利用に関する質的調査にも参画している。本研究では、その問題意識と成果を継承しつつ、ケータイから、スマートフォンやタブレットPC等へとモバイルメディアの受容・普及が変化するなかで、人びとの「生活」や「暮らし」に焦点を当てた。

成果の公開

『モバイル・メソッド』(Mobile Methods)

obi.jpg定例ミーティングにおいて「モバイル・メソッド」研究の基盤となる文献を包括的にレビューし、研究者・研究コミュニティーにおいて共有しうるフォーマットを模索した。具体的には、申請者および分担者による文献解題を中心に、それぞれが論考を執筆し、おもに大学院生のための教材として公開した。わが国におけるケータイ(モバイルメディア)研究の動向もふまえて、海外の研究者の調査研究にも資する構成を目指した。
2015年11月に開催された「オープンリサーチフォーラム(ORF2015)」において、「モバイル・メソッド」を担当する3教員のブースを隣接させ、一体的な展示を行うとともに、ブースにおいて、本プロジェクトの活動をまとめた冊子『モバイル・メソッド』(A5変型版・148頁)を配布した。冊子の内容は以下のとおり(目次より抜粋):

  1. モビリティーズ研究の実践に向けた個人的マニフェスト(大橋香奈)
  2. 複数のデジタルメディアを使った「行為の中の省察」のための記録方法の検討(徳山夏生)
  3. キャンパスを再描する(石川初)
  4. モビリティーズからみるアマチュア:コスプレ実践を通して(松浦李恵)
  5. クリティカル・デザインとしてのタイポグラフィ:デザインのための仮想的な未来シナリオとジョン・アーリ『モビリティーズ』の接点(村尾雄太)
  6. 移動性から見た近代都市の諸相:未来の鎌倉における中速の都市マスタープランを目指して(太田知也)
  7. 「ゆるさ」があれば(加藤文俊)
  8. On Mobilities and the Artist’s Gaze(Joyce Lam)
  9. 都市への戦術的介入:タクティカル・デザインの試み(水野大二郎研究室)
  10. 爽やかな解散(加藤文俊研究室)

サブプロジェクト

また、サブプロジェクトとして以下の社会実践・プロトタイピングを行った。

設営と撤収(加藤文俊研究室)
都市空間において、「移動」を前提とするさまざま活動を「設営と撤収」という観点からとらえなおす。たとえばフリーマーケット、オープンカフェ、屋台(移動販売トラック)、大道芸、ストリートミュージシャン等の基本装備や空間づくり・場づくりに関わる創意工夫を調査した。フィールドワークおよびインタビューを通して「設営と撤収」に必要な姿勢やツール群を明らかにするとともに、あたらしいツールのプロトタイピングを行った。

地上学への研究(石川初研究室)都市空間をはじめとするわれわれの「生活世界」を読み解く力を養い、日常的/局所的な物事と、広域的/地理的な物事をつなぐ視点やセンスを獲得するためのツール(メディア)のデザインを試みた。データ獲得、分析、さらには可視化・表現にいたる一連のプロセスを理解し、「移動の社会学」の基礎となる知識・ツール群の体系的な整理を試みた。フィールドワークやワークショップを通して、具体的な利用実践の報告を行った。

タクティカル・アーバニズム(水野大二郎研究室)
都市空間における公共スペースを即時的・一時的に転用するためのデザインについて考察した。公共スペース(公園・駐車場・道路等)の利用実態に関する詳細な観察・記録を通して、「市民」による介入の可能性、アクターネットワークの形成、都市空間の(一時的)転用のためのデザイン課題を整理するとともに、社会実験を行った。

それぞれについて、経過および実践の成果(デモムービー)をまとめ、ウェブ等で公開した(一部については、随時公開予定)。

ウェブ

冊子『モバイル・メソッド』の内容(抜粋)、サブプロジェクトの経過等については、ウェブ上で公開した。(原則として、英文・邦文併記)

モバイル・メソッド http://mobile-methods.net/

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ワークブック

次年度以降の活動をふまえ、ワークブックを制作した。今年度のふり返りをすすめるとともに、担当教員および受講者があらたに情報を加えることで、コンテンツの充実をはかりたい。省察については、2016年度6月に成果の公開を予定している。

まとめ

上述のとおり、外国語による電子教材化をすすめることにより、「移動」を主要概念とする現場志向の調査研究のための基盤づくりを行うことができた。アーリ(2015)が列挙する「ネットワーク資本」へのアクセスおよび活用について理解を深めることで、インターネット環境を前提とする「移動の社会学」に関する体系的理解の第一歩を踏み出した。「実学」を志向するSFCにおいては、理論と実践の両面からアプローチする研究プロジェクトの成果公開が必要だと認識している。