学術交流支援資金:外国語電子教材作成支援(2015年度)報告書

アナログ・デジタル電子回路基礎

 

申請代表者:環境情報学部 高汐 一紀

 

1 本報告書の概要

標記科目は,「モノ創り」の基礎となる電気回路・電子回路の基礎を修得する目的で2014年度新カリキュラムより新たに設置された4単位科目である.従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目群のひとつとして設置され,順次,GIGAコース対応を進める予定である.コンピュータの基礎となるデジタル電子回路.コンピュータシステムと人とのインタラクションの基礎となるアナログ電気・電子回路.ミクロな視点で見れば物理的な特性に何ら変わりのない両者ではあるが,マクロな視点で見れば,電気をエネルギーとして有効に利用するためのアナログ電気・電子回路,電気を情報の伝達や処理の手段として用いるデジタル電子回路と,はっきりとした違いが見えてくる.本教材は,各種電気・電子回路,汎用マイコン基板,携帯デバイス等,リバースエンジニアリングする素材を継続的に整備・提供することにより,ミクロな視点からのパーツ/モジュールの動作原理理解を,マクロな視点からのプロダクトの動作原理理解を支援し,電気・電子回路の基礎を,体系的に修得することを目指す.

 

2 教材開発の背景と目的

CPSCyber Physical System)指向のモノ創り

コンピューティング環境のユビキタス化が進行する中で,自動車,ロボット,家電機器,さらには居住空間から家具,日常のオブジェクトに至るまで,あらゆるモノがコンピュータの力を借りてネットワークに繋がる状況が現出しつつあり,モノがスタンドアローンで機能する状況は,既に過去のものになりつつある.そこでは,個々のモノが持つセンシング機能,プロセッシング機能,アクチュエーティング機能が,ダイナミックかつ有機的に結合することで,次々に新たな機能やサービスが生み出されていく.実世界の情報を取り込むセンシングと実世界上でのモノの作動を担う機械システム,そして情報通信システムの融合は,移動・物流・医療・介護・製造など様々な分野での改革を引き起こし,新たな社会的価値の創出を促す.SFCにおいてもこれら変革の先導に貢献する人材の育成は急務であった.

 

SFCの中でのモノ創り 〜デザインと実践力〜

デバイス,ソフトウェアを問わず,モノ創りの基本は,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCAサイクル)を実施し,完成度を高めることにある.すなわち「試行錯誤」の実践であり,そこでは,高度な工学的センスと科学的センスの両者が不可欠となる.SFCでのモノ創りに関する教育の取り組みとしては,建築系科目における制作活動や,エクストリームデザイン系の科目における制作活動を挙げることができる.これらは,アートとしての側面が強く,制作物自体を目的とした活動である.情報系科目においても,先々代カリキュラムから導入された情報技術ワークショップにおいて,一部の担当教員による講義・演習にモータを使った制作活動などが導入されてきた.

申請者は,これら提供されている科目の多くが制作活動そのものを重視したものであり,PDCAサイクルの視点で言えば,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do)で留まっている点がSFCのカリキュラムの問題点であるという意識を持っていた.このような背景から,申請者らは,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を磨くことを目的とした「モノ創りの科学」を,さらには,ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象とし,次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置き,CPS指向でのモノ創りのプロセスを実践的に議論する科目として「モノ創り実験工房」を未来先導カリキュラム(2007年度カリキュラム)の中で新規に設置し,デザインと実装力の両者で勝負できる人材の育成に注力した.

両科目がスタートした2007年度は,科目設置の趣旨に添う工作設備や教材の整備が間に合わず,市販の各種教材を想定した講義・演習の運用を余儀なくされた.しかし,2007年秋から「モノ創り工房」の構想が急速に具体化,2008年度には,モノ創り系科目で共同利用可能な,電源や工作机等のインフラ,基板加工機,デジタルマルチメータ,デジタルオシロスコープ,3Dプリンタ等,必要最小限の機材が整備されるに至った.2010年度初頭には,体育館前仮設建物を利用した,工房の大幅な拡充も実現した.さらに2013年度には,SFCメディアセンターの一角に3Dプリンタが設置され,学生が自由に利用できる状況までになった.これらの活動は,先のカリキュラムの設置期間を通して,一定の成果を得ることができたと認識している[1][2]

[1].  学術交流支援資金:外国語電子教材作成支援(2011年度)報告書
http://www.kri.sfc.keio.ac.jp/report/gakujutsu/2011/3-14/

[2].  学術交流支援資金:外国語電子教材作成支援(2013年度)報告書(提出済み)

 

2014年度新カリキュラムでの新規科目「アナログ・デジタル電子回路基礎」

各モノ創り系科目の教材が整備・充実されていく中,「受講者の基礎力,特に電気・電子回路に関する基礎学力の不足」が新たな問題点として浮かび上がってきた.モノの振る舞いを決定するロジックの基礎となるデジタル電子回路(論理回路).モノと実世界,モノと人とのインタラクションの基礎となるアナログ電気・電子回路.ミクロな視点で見れば物理的な特性に何ら変わりのない両者ではあるが,マクロな視点で見れば,電気をエネルギーとして有効に利用するためのアナログ電気・電子回路,電気を情報の伝達や処理の手段として用いるデジタル電子回路と,はっきりとした違いが見えてくる.これらアナログとデジタル両面での電気・電子回路への正しい理解と応用力なくしては,今どきのモノのコアを効率的にデザイン,実装することは困難である.本教材開発課題となる『アナログ・デジタル電子回路基礎』は,このような背景の下,「モノ創り」の基礎となる電気回路・電子回路の基礎を体系的に修得する目的で,2014年度新カリキュラムより新たに設置された4単位科目である.

講義では,電気回路の基礎,各種受動素子や能動素子を用いた代表的アナログ電子回路の構成法,さらには,論理演算回路の実現方法と,それらの組合せとして実装される様々なデジタル電子回路までを網羅的に解説し,講義内容に有機的に連携したシミュレータ上での演習や実回路での実験を通して,その内容を深く理解してもらうことを目指した.いずれもSFC でデザインやモノ創りを学ぶ学生や,コンピュータシステムを学ぶ学生には必要不可欠な知識とスキルであり,工学的側面と科学的側面の両面から,CPS時代の一翼を担うモノ創りの発想法の体系的なトレーニングを可能とする教材の整備と,継続的な内容のアップデートが求められている.

 

3 教材開発の目的と手法

本教材は,講義資料だけでなく,講義内容に有機的に連携したシミュレータ上での演習や,CAD上での実際の回路設計,どう回路を用いた検証実験までを含めた内容とした.さらには,各種電気・電子回路,汎用マイコン基板,携帯デバイス等,リバースエンジニアリングする素材を継続的に整備・提供することにより,ミクロな視点からのパーツ/モジュールの動作原理理解を,マクロな視点からのプロダクトの動作原理理解を支援し,電気・電子回路の基礎を,体系的に修得することを目指した.2015年度の『アナログ・デジタル電子回路基礎』で取り扱うテーマと開発する教材・課題の内容は,概ね次のようなものであった.今年度は,回路設計力と実装力の強化に注力した内容とした.

 

【アナログ電子回路編】

l   電気回路と電子回路(アナログ信号とデジタル信号)/アナログ回路を読む(電子回路の構成要素,電子回路の基礎的解析法,アナログ回路シミュレータ)( 1
教材:
講義資料

l   受動素子(抵抗器,キャパシタ,インダクタ,フィルタ回路,発振回路)/能動素子(ダイオードとトランジスタ,CMOS回路とトランジスタの増幅作用,MOSトランジスタ増幅回路,増幅回路の周波数応答)
教材:講義資料
講義資料講義資料講義資料

l   作動増幅回路とオペアンプ(作動増幅回路の動作,オペアンプとその応用)
教材:
講義資料

l   アナログ電子回路設計課題:ヘッドホンアンプの設計と実装( 2
教材:
講義資料

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1 電子回路シミュレータ LTspice

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2 アナログ電子回路課題製作

 

【デジタル電子回路編】

l   論理回路(論理演算,CMOS回路によるスイッチング動作,論理演算回路の構成)/論理の可視化法(ブール代数と論理回路,カルノー図)

l   アナログとデジタルの狭間(サンプリング定理,A/D変換-アナログのモザイク化-D/A変換-デジタル情報の翻訳-)/組み合わせ回路(エンコーダとデコーダ,比較回路,パリティ回路)/演算回路(加算器と並列加算器,減算器と加減算器,乗算器と除算器)

l   順序回路(各種フリップフロップの構造と動作)/カウンタとレジスタ(非同期式カウンタの構造と動作,同期式カウンタの構造と動作,シフトレジスタの構造と動作)

l   デジタル電子回路課題:早押し判定回路の設計と実装( 3 4
教材:
講義資料

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3 デジタル電子回路課題(設計過程)

4 デジタル電子回路課題(実装例)

 

4 教材の効果と総括

本プロジェクトの目的は,理工学部等でよく見られるような,講義科目と実験・演習科目が独立設置された形態ではなく,基礎理論,設計論,実装方法論と実回路演習が有機的に連携した教材を整備し,運用・評価することにある.教材に求められる要件としては,以下のようなものが挙げられる.

 

l   「アナログ・デジタル電子回路基礎」の講義趣旨を実現すること

l   50人程度の学生に対する講義・演習が可能であること

l   安全性が十分に考慮されていること

l   学生の不注意による機材の紛失,破損の可能性が少ないこと

l   教材としての耐久性が高く,長期間の使用に耐えられること

l   情報システム,デバイス,機械システムの分野の題材をバランスよく扱えること

l   教材使用とその指導方法が分かりやすく,経験の浅い教員でも活用可能であること

 

開講初年度となった今年度は,特に意識して,数式で知識を積み上げていくのではなく,SFCらしく,回路をまずシミュレータや実機上で動作させて,その挙動を「現象」として捉えながら,プロトタイピングを通して理解してもらうアプローチを試みた.本格運用を開始した「モノ創り工房」等のインフラに合わせて,より安全かつ効率的に,上記の主題を満たす教育を実現するための体系的な教材の実現を目指した.具体的には,学生が個別に使う教材,グループごと,あるいは,クラスごとに使用する教材を検討・開発し,授業運営の要件を満たす教材を整備した.

 

本プロジェクトで開発した教材を講義・演習で用い,学生からのフィードバックをもった.SFC-SFSでの授業調査結果も,以下に示すように概ね良好であった.

 

l   学んだ考え方や知識は研究や実践を進める上で役立つと思うか?:思う50%

l   授業内容は履修者を惹きつけ理解を促すよう工夫されていたか?:思う70%(前年度33%

l   履修してよかったと思うか?:思う60%(前年度67%

 

本課題の対象である『アナログ・デジタル電子回路基礎』に加え,申請者が担当する「モノ創りの科学」,「モノ創り実験工房」は,従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目として,新カリキュラムの中でも重要な位置を占めている.その趣旨は,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「本物を見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を持つことにより,CPS指向でのモノ創りに不可欠な工学的センスをも同時に磨くことにある.本教材を整備することにより,「モノ創りにおけるデザイン力の強化」,さらには「ハードウェア,ソフトウェア両面での実装スキル」の集中的な育成が可能となる.

開発された教材は,講義・演習を実のあるものにし,学生に実践的なモノ創りの発想法とその実現プロセスの基礎となる知識と技術を学ばせ,SFCの研究活動の高度化に貢献することが期待される.科目自体はCI分野からの提案であり,扱う課題も主に,情報システム,デバイス,機械システムの基礎というべきものである.しかし,情報システムの分野だけでなく,認知身体の分野,環境の分野,デザインの分野においても,上記したプロセスの実践は重要である.本プロジェクトの成果は,分野を問わず,現在各学生の手探りで行われているモノ創り(造り)のプロセスの洗練化,効率化に貢献できると考える.