森泰吉郎記念研究振興基金研究助成金報告書

緑被地環境の評価基準データの作成

 慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 修士課程2年 臼田 裕一郎

 

本研究は筆者の修士論文「アジア大都市の発展と緑地の変遷 -リモートセンシングによる時空間分析-」(森基金研究助成金申請時題名「東アジア大都市の緑地環境比較分析 -東京、上海、バンコクを対象都市として-」)の一環として行った。

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1.はじめに

1.1.緑地の定義

本論文に入る前に、まず「緑地」という言葉の概念を規定し、本研究におけるその意味内容を明確にしたい。

我が国で従来使用されていた「緑地」という言葉は、昭和8(1933)年内務省に設置された「東京緑地計画研究会」による次のような内容であった(高原,1974)。

「緑地とは、其の本来の目的が空地にして、宅地、商工業用地、頻繁なる交通用地等により建蔽されない、永続的なものをいう」

これは欧米で使用されてきた「Open Space」という言葉の定義と全く等しい。しかし、この定義には、「緑地」という言葉に含まれている「緑」、すなわち「植物」の存在に関しては全く触れられていない。よって、植物の存在しない空間も「緑地」として扱われたり、逆に植物が存在している空間でも緑地として扱われないことがある。図1.1.1は左側が従来使用されてきた定義による緑地、右側が人工衛星画像から抽出された植物に覆われている土地である。この図から、「緑地」と定義されていない場所にも植物が存在していることが分かる。よって、この「緑地」の定義では、例えば気温低減効果など、「緑地のもつ機能」と呼ばれる存在効果を計ることは不可能である。

一方、このような定義に対し、「公園などのように草木が茂っている土地」を「緑地」と定義しているものもある(例えば久松,1985)。この定義では植物が存在していれば「緑地」と考えることができる。

本研究では、この「植物に覆われた土地」という定義を、先述した都市計画上の緑地の定義に加え、合わせて「緑地」と呼ぶこととした。また、特に植物に覆われた緑地を「緑被地」と呼ぶこととした。

 

1.2.研究の背景

現在、世界では歴史上例を見ないスピードで都市化が進んでいる。人口で見ると、1800年に世界人口の3%足らずであった都市人口は、1970年には37.2%、1985年には41.2%にもなり、2000年には46.7%が都市に居住する人口となると推計されている。その中で、近年注目を集めているのが発展途上国の都市化である。現在世界の都市人口は26億人であるが、そのうち16億人が発展途上国の人口で占められている。国連では2015年には世界都市人口41億人のうちの32億人が、2025年には51億人のうちの40億人が発展途上国の人口で占められると発表している(国井,1990)。

こうした世界の都市化の中で、世界の人口の大部分を抱えるアジア(図1.2.2参照)の都市人口は世界の都市人口の年間増加分の3分の2以上を占めている(国連人口基金,1996)。アジアの発展途上国の諸都市では、農業から工業化への転換が図られ、都市開発により都市面積も拡大している。しかし、都市インフラストラクチャの整備がこの都市化のスピードに追いつかず、人口過密やスラム、交通渋滞などの社会問題や、大気汚染、ヒートアイランド現象などの環境問題を引き起こしている。

こうした流れの中で、緑地は開発により減少の一途を辿っている。開発が盛んな地域では、開発による経済成長が重要視されるため、経済価値がないとされる緑地は開発の第一対象となってしまうためである。しかし、緑地には表1.2.1のような様々な機能があり、これを消滅させることは、同時にその存在が持つ様々な機能の放棄でもある。よって、それが都市環境汚染や都市の無秩序な拡大を促進してしまい、都市環境を悪化させる要因の一つにもなっている。

一方、このような発展著しいアジア諸国に対し、日本は一足先に経済成長を遂げ、現在ではアジア最大の先進国として比較的安定した状態にある。緑地に関しても、その価値が認められはじめ、環境に配慮した都市計画の必要性からもその存在価値が重視されてきている。特に1995年に起きた阪神・淡路大震災によって、密集住宅地における緑被地や空地の防災機能が大きく取り上げられたため、その需要は一層高まっている。よって、日本では今や緑地は快適な都市環境を構成する重要な要素の一つであるということができる。しかし、開発・整備され尽くされた都市においては、一度消滅してしまった緑地を回復したり、都市内に新たに緑地を創造することは非常に困難であるため、緑地の確保は日本の都市においても大きな課題となっているのが現状である。

 

1.3.研究の目的

このように、発展著しいアジアの諸都市で「緑地が減少している」というのは事実である。しかし、その実態は必ずしも十分に解明されていない。すなわち、「緑地が減少している」という定性的な事実は様々な場でよく言われていながらも、「緑地が都市においてどのように分布していて、それがどのように変化してきたのか」ということが明確化されていないのである。

よって筆者の研究では、総じて

アジアの大都市における緑地の分布および変遷について、その実態を定量的に把握する

ことを目的に研究を行っている。そして、そのための1段階として、本研究では、

都市における緑被地の存在に関する評価を行う上で、評価基準となるデータを作成する

ことを目的とした。

 

1.4.研究の意義

1.4.1. 緑地研究の意義

本研究では対象とした都市の緑地分布の現状、およびその変化を把握することができるため、その後の各都市の緑地整備における計画作業の基礎資料となる知見を得ることができるという点で意義がある。

また、緑地に様々な機能があることは1.2で述べた通りであるが、緑地にはこの機能を最大限果たす形態(分布状態、面積、種類など)というものがあり、これらに関する研究も多々行われている。このような研究に対し、実際の都市における緑地の実態を把握する本研究は、機能評価の結果からその都市の緑地が機能をどのくらい果たせる状態にあるかのシミュレーションを行う際の基礎データとなる。従来、こういったシミュレーションは土地利用データなどで行われていたが、土地利用の要素だけでなく、土地被覆の要素も加えることで、より正確なシミュレーションが可能となる。

1.4.2. アジアの大都市を研究対象地域とする意義

アジアの発展途上国における諸都市は、一足先に経済成長を遂げ、巨大都市化した「東京」を1つのモデルとしてみる傾向がある(城所他,1996)。これは結果として各都市に東京以上の速度での経済成長をもたらし、そしてその一方で東京が経験した公害などの都市問題も、急激な成長のためにより深刻化した状態で抱えることになってしまっている(通商産業省通商政策局経済協力部編,1997)。さらに、今度はアフリカ、ラテンアメリカなどのアジア以外の発展途上国が、それぞれの政策形成や制度づくりにおける1つのモデルとして、現在の成長著しいアジアの諸都市を1つのモデルとしている(デビッド,1996)。これに、過去の東京が欧米の都市をモデルに急激な経済成長を遂げ、同時に様々な都市問題を経験したことを加えると、地球上の都市が常に自分よりも進んだ都市をモデルとして参考とし、そしてそのモデル都市以上の経済成長の速度とモデル都市以上に深刻な都市問題を経験するという構図となる。この考えはあくまで個人の推測に過ぎないかもしれないが、少なくとも現在のアジア諸都市の経済成長と今後のラテンアメリカ、アフリカの発展を考えれば、先行者の経験を追随者に生かしたほうがよいのではないかというのが筆者の考えである。

よって、東京等の先進都市を含めたアジアの諸都市の研究を行うことは、アジア諸都市の将来を占うことができるだけでなく、今後発展する地球上に存在する他の途上国諸都市の発展にも影響を与えることができるという点で大きな意義があるといえる。

 

2.研究の方法

2.1.対象都市・対象時期の選定

アジアには日本のような世界トップクラスの経済大国から、ネパールのような世界最貧国の一つであるような国まで、経済状態が大きく違う国家が存在し、また、資本主義、社会主義といった社会制度の違い、仏教、儒教、ヒンドゥー教といった宗教の違い、人種の違いなど、世界でも最も複雑な地域であるといえる。これは都市化の広がりや速度にもいえることであり、「アジア」という一つの括りを代表する都市というものを選ぶことは不可能である。

そこで、本研究ではアジアにおける大都市として数え上げられる諸都市のうち、「分析先駆的都市」として、東京(日本)上海(中国)バンコク(タイ)の3都市を取り上げた。また、分析の対象時期は80年代後半、90年代前半の2時期を選定した。その位置関係を以下に示す。

図2.1.1はアメリカ海洋大気庁(NOAA : National Oceanic and Atmospheric Administration)によって運用されている極軌道気象観測衛星NOAA画像による植生指標から筆者が作成したアジア大陸マップである。NOAAには搭載されているセンサーには地上解像度1kmのAVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer model)があり、この画像のように地表面の状態がわかるだけでなく、雲の分布、植生の状態、表面温度分布などを把握することができる。

図2.1.1:アジア大陸マップにおける東京、上海、バンコクの位置関係

これらの3都市は、地理的自然条件はもちろん、都市の発展段階、土地利用及び都市環境の変化の歴史、それに対し取られてきた政策・計画、そして残された緑地環境等、様々な相違点がある。しかし、共に急激に発展し、急激な開発が行われてきたという過程を経るという共通点も持っている。さらに、これら3都市は、日本、中国、タイのそれぞれの国における中心的都市であり、その都市計画はその国内全体の都市計画に大きな影響をもたらすことが予想されるため、その計画への一つの示唆となりうる本研究には大きな意義があるといえる。また、筆者の所属するプロジェクト(科学技術振興事業団「ヒートアイランドの計測・制御システム」プロジェクト、および慶応義塾大学「東アジア都市環境」プロジェクト)において、研究の対象都市となっており、現地調査がしやすいという点も選定理由の一つである。

ここで「分析先駆的都市」としたのは、この3都市がアジアの大都市の代表とするのではなく、あくまで今回の研究で扱う都市として選んだ都市であるとし、空間的にも時間的にも同精度で扱えるという大きな利点を持つ人工衛星画像を用いた分析の手法を確立することで、今回扱わなかった都市に関する分析も今後行えるようにすることも、本研究の目的であるためである。今回はこの3都市を取り上げたが、本研究の方向性や分析手法を将来的にアジアの他の都市、さらには地球上すべての都市に適用し、各国、各都市における緑地存在の特徴を明確化していくことが本研究の最終目的である。

また、条件の異なる複数の都市を選択した理由としては、複数の都市間で比較を行うことで、緑地の分布や種類など、その都市の様々な特性を明確にすることが出来るためである。

図2.1.1から図2.1.3はアジアにおける大都市の分布と今回選定した分析対象都市である東京、上海、バンコクの位置を示している。図2.1.2はDMSPという人工衛星画像から筆者が作成したアジア大都市の分布図である。DMSPはDefense Meteorological Satellite Programの略で、搭載されているOLS(Operational Linescan System)によって地表における夜間照明などによる光を感知するセンサを搭載している。都市部における夜間の光としては、街灯、ネオン、室内照明などが考えられるため、この画像はその都市の経済状況や存在形態を把握する一つの指標として、都市の形態や面積を測るという方法が提案されている(例えば、Christopher,1997)。この図から、各3都市が抽出されていること、また、同じく名古屋、大阪、ソウル、北京、台北、香港、クアラルンプールなどが抽出されていることが分かる。

図2.1.2:DMSP夜間証明画像によるアジアにおける大都市の分布

図2.1.3はUNEP/GRID-NCGIA-により提供されている1995年の人口密度予測データで、アジア全域がカバーされている。この画像から中国における人口が華北平原、長江河口域、四川盆地、そして海岸沿いに点状に集中していることがわかる。また、上のDMSP夜間光分布図と比べると、ヴェトナムなどでは人口密度は高いが、都市からの光はほとんどないことがわかる。

図2.1.3:人工密度分布によるアジアにおける大都市の分布

 

2.2.研究の流れ

本研究では、都市における緑被地の存在に関する評価を行う上で、評価基準となるデータとして、以下の手順でいくつかのデータを作成することとした。

2.2.1.都市における緑被地の存在状況(第3章)

緑被地の存在に関する評価を行う上で、まず行わなければならないのが、現状と変遷の把握である。そこで、本研究の対象都市である東京、上海、バンコクについて、人工衛星画像から緑被地およびその他の土地被覆に関する現状と変遷を定量的に把握し、また、現地調査によって人工衛星リモートセンシングの妥当性、有効性を確認し、さらに詳細な土地被覆調査、土地利用調査、植生調査を行う。

2.2.2.緑被地の持つ効果に関する評価基準データの作成(第4章)

第3章では、人工衛星リモートセンシングおよび現地調査によって、「都市における緑地がどのように存在し、どのように変化してきたか」を定量的に求めている。本章ではこれを踏まえ、都市において緑地分布が変化することで都市環境に及ぼす影響の一事例として、緑被地の気温低減効果、および緑被地の大気汚染物質の吸着機能の2つに着目し、元々存在していた土地被覆が別の土地被覆に改変される事によって、都市に対する影響度がどう変わるかを明確に把握すること、そしてリモートセンシングによるマクロレベルの調査と相補完するミクロレベルの調査ということを目的としている。

 

3.都市における緑被地の存在状況

本研究では、緑被地の存在状況を把握するために、人工衛星画像を利用した。

3.1.人工衛星リモートセンシングによる分析の有効性

都市間での比較分析を行う場合、同レベルの精度を持つデータを利用し、同じ分析方法を取ることが必須条件となる。本研究の場合、緑地、特に緑被地の分布を把握することが目的であるため、各都市に共通した土地利用図や地形図などが必要となる。しかし、これら既存の地図情報では国際比較を行う際には以下のような問題が生じる。

よって本研究では、人工衛星画像を利用し、これを画像処理して作成したデータセットによって分析を行うことで、以上のような問題を回避した。

さらに、人工衛星画像を用いることには以下のような利点がある。

現在使用可能な人工衛星としては、NOAA、Landsat(ともにアメリカ)、SPOT(フランス)、JERS-1(日本・1998年運用停止)、IRS(インド)などがあるが、本研究ではアメリカのLandsat5号に搭載されたTM(Thematic Mapperの略称)センサにより取得されたデータを使用した。

Landsatはアメリカが1972年に世界ではじめて打ち上げた地球観測衛星である。この衛星の出現により、人工衛星によるリモートセンシングは飛躍的に発展したといわれている。中でもTMで取得されたデータは地上分解能が30m、取得できるバンドが7つと、高い解像度でいくつもの情報を取得できるため、陸域、水域で様々な場での応用がなされている。表1はTMのバンド組成と、バンド1つ1つが取得したデータの性質を表わしている。

 

3.2.LandsatTM画像

本研究で使用したデータは以下の表にあるとおりである。データの入手に関しては、東京のデータは「衛星データベース」プロジェクトの一環として入手した。上海に関しては、厳(1996)が上海の都市化に関する研究を行ったデータを久保研究会で所持しており、これを使用した。バンコクに関しては「東アジア都市環境」プロジェクトの一環として入手したものである。

人工衛星画像には、データ収集時の衛星の姿勢の変化、地球の自転、地表面の比高などの様々な要因による幾何学的歪みが含まれており、画像上に表現される地表面の物体の位置は、実際の位置とは異なったものになっている(大林,1995)。よって、分析を行う前段階として、この歪みを補正する必要がある。
これには、GCP(Ground Control Pointの略:地上基準点)を用いた線型変換によって、画素に地理情報を与え(ジオコーディング)、リサンプリングすることで補正する方法が一般的に行われており、本研究でもこれを採用した。GCPは既に地理座標系の与えられているGISデータ、GPSによる実地計測(3.3参照)、および既存の地図によって取得した。ただし、上海のデータは厳(1996)がGPSによる実地計測に基づく幾何補正をすでに行っていたため、このデータを使用した。

座標系はUTM(Universal Transverse Mercator systemの略:ユニバーサル横メルカトル)座標系に統一した。UTM座標系とは、国際的に統一された平面直角座標系で、経度6°ごとの子午線に円筒が接するような系を60系きめ、その系内においてガウス−クリューゲル図法で投影する等角投影法である(日本リモートセンシング研究会,1989)。UTM座標系は一般に都市スケールのGISデータや人工衛星画像のジオコーディングに用いられていることや、国際的に統一されている点からも、都市の比較に用いる図の座標系として適していると判断した。

また、幾何補正における画素の内挿法には、最近隣内挿法(Nearest Neighbor)、共1次内挿法(Bi-Liniear)、3次たたみ込み内挿法(Cublic Convolution)の3つが挙げられる。本研究では、土地被覆分類を行うため、元の画素値を壊さないない方法を取る必要性がある。よってこの理由から、補正によって元の画素値を壊さない最近隣内挿法を採用した。

以下が切り出し、ジオコーディングした各都市、各時期(上段が1980年代後半、下段が1990年代前半)のLandsatTM画像である。これらの画像は色の3原色である赤に近赤外域、緑に可視赤色域、青に可視緑色域を割り当てている。これはフォールスカラー画像と呼ばれ、植生を赤でわかりやすく表現することができる。

 

3.3.現地調査による各都市の植生・土地被覆調査

研究対象とする都市について、実際に現地に赴き、注目した地域の土地被覆が何であるかを中心に現地調査を行う。ここで調査した土地被覆はグラウンドトゥルースデータ(以下GTD)と呼ばれ、人工衛星画像における画素1つ1つが実際にあらわす地表面の情報であり、画像解析において必要不可欠な情報である。本研究では東京、上海、バンコクについて数回にわたる調査によりGTDを収集した。

現地調査に際し、GPS(Global Positioning System、下図左)とGISソフト・ArcViewをリンクすることで、ジオコーディング済みの衛星画像、道路や水路、土地利用などのGISデータをレイヤとして重ねあわせた上に、自分の位置を表示する、いわばナビゲーションソフトウェアをVisual Basicにより開発した(米村征洋君・渡部展也君開発)。これは、衛星画像のためのGTD取得用ツールとしてだけでなく、正確な地図のない地域や、地図の枠外域における地上情報として、全世界で使用できるナビゲーションソフトとしても非常に有用である。以下右に、衛星画像と道路データの上に自分の位置をマゼンダ色で表している例を掲載する。ここはバンコク・カセサート大学内である。

現地ではこのソフトウェアを利用し、衛星画像の定性判読で注目すべき土地被覆と考えられる地域について、GTD取得を行った。以下に現地調査により得られたGTDの一例を示す。

東京

 

上海

 

バンコク

なお、現地調査では、ヒートアイランドプロジェクトの皆さん、東アジア都市環境プロジェクトの皆さん、白迎玖さん、高橋俊行君、米村征洋君、田中暁子さん、渡部展也君に協力していただきました。

 

3.4.土地被覆分類図

人工衛星画像は地球表面から反射、または放射される電磁波の輝度をディジタル化したものである。例えばLandsat TMデータの場合、地上からの反射・放射輝度を8bitの整数値で表している。よって、これ自身が地図のように直接「土壌」、「植生」、「建造物」といった地表面の情報をあらわしているわけではない。しかし、地表面に存在する物質は、それぞれ電磁波の反射、吸収、透過、放射についての独自の特徴を持っている。この中で反射に関しては物質の反射特性と呼ばれ、例えば「水」、「植物」、「土」に関しては、図3.2.1のような反射特性を持っていることが知られている(リモート・センシング技術センター,1997)

よって、この反射特性の違いを把握し、それを元に画像を分類することで、各画素が持つ電磁波情報を地表面情報に変換することができる。また、これによって定量(連続)データであった人工衛星画像を、ある特定の数のクラス(カテゴリ)に分けた定性データに作り替えることが出来る。この処理を行うことで、例えば市街地や水域といったカテゴリの分布形態の把握や、面積計算、抽出などを行うことが可能となる。さらに、時系列変化を見ることで、どのような条件を持つ場所が市街化されていったのか、そして、それはどのくらいの割合で行われたのか等を空間的に把握することが出来る。

このような観点から、本研究では人工衛星画像を土地被覆分類することで、新たに「土地被覆分類図」というデータセットを作成した。土地被覆分類手法の検討に関してはここでは省略するが、本研究でとった土地被覆分類手法は以下の通りである。

この手法により作成された土地被覆分類図は以下の通りである。また、土地被覆クラスに関しては判例が右上に掲載されているが、解像度が悪く読み取れないため、下に表を掲載した。表と図中の判例の順番は同じである。

なお、土地被覆分類図の作成にあたっては、田中暁子さん、渡部展也君、小室健行君に協力していただきました。

 

3.5.市街地・緑被地を評価する尺度

3.4で作成した土地被覆分類図から、「市街地」と「緑被地」という2つのカテゴリについて着目し、これらを定量的に評価する尺度を考えた。

一般的に存在状況を定量的に評価する尺度として取られるものに「密度」がある。「密度」では、ある1つの対象が一定領域にどのくらいの「量」存在しているかを定量的に計ることができる。

しかし、緑被地を考える場合、その「量」だけでなく、「形態」も考慮に入れなければならない。緑地が様々な機能をもつことは先述したが、これを満たすためには必ず何らかの望ましい形態が求められている。例えば、村上他(1998)は緑地の気温低減効果に関して目黒駅周辺部でシミュレーションした結果、緑地の配置は大規模なものよりも点状で距離を離して存在させてほうがいいと述べている。また、井手(1993)は緑地の鳥類生息環境の場としての機能に関して、緑地は図5.5.1のような形で存在することが望ましいとしている(表の左側が望ましい形態、右側が望ましくない形態)。

このように、緑地の機能に関しては、その存在形態、分布形態が重要であるという報告がなされている。これらをある集計単位で計る際には、たとえ密度が等しくても異なる場合があり、密度だけからは計ることができない。よって、その内部における分布パターンを把握する必要があるのである。本研究では、この内部分布パターンを知るための1つの尺度として「混在度」を取り上げ、「密度」とともに評価基準のデータとして作成した。

 

3.5.1. 市街地・緑被地の密度

通常、密度を計算する際には、いくつかのメッシュを統合して行われる(例えば、250mメッシュで、など)。しかし、この方法では、密度を計算するメッシュの位置や大きさに大きく依存されてしまう。よって本研究では、移動平均を応用し、lメッシュから半径250mの円を描き、その中で密度を計算し、その値をメッシュに挿入するという方法を取った。

計算の手順は以下の通りである。

  1. 各都市の2時期の土地被覆分類図において、10個の土地被覆クラスを「市街地」、「緑被地」、「その他」の3つのクラスに統合する。

  2. 統合し新たに作られたデータにおいて、各メッシュより250mの円を描き、その中で「市街地密度」および「緑被地密度」を計算する。

以下が計算結果による市街地密度と緑被地密度である。

 

3.5.2.市街地・緑被地の混在度

従来、市街地および緑被地の混在度を定量的に求める方法として、CLUMPING理論、COLOR JOIN分析、エントロピー理論などの手法がとられている(例えば、玉川,1982、恒川他,1991)。これらはいずれもラスターデータにおける空間分析の手法で、本研究にも適用可能な方法である。本研究では、このうち特に2つの種類の混在度を捉えるのに適しているCOLOR JOIN分析の手法を適用した。

COLOR JOIN分析とは、Krishna Iyer, P.V.らの発案による隣接指標「JOIN」の概念を空間分析に応用した方法で、ラスターデータの1つ1つのメッシュについて、隣接するメッシュの数をカテゴリ毎に計算した上でこれを全てのメッシュについて集計し、マトリックスにまとめるという方法である(図参照)。図におけるマトリックスの対角要素(黒−黒、白−白)は集塊性を、それ以外(黒−白、白−黒)は混在性を表わしていると考えることができる。隣接メッシュについては玉川(1982)、恒川他(1991)は上下左右の4つのメッシュを隣接メッシュとして考えていたが、本研究ではさらに斜め方向も考慮し、8つのメッシュを隣接メッシュとして計算した。

計算の手順を以下に示す。

  1. 各都市の2時期の土地被覆分類図において、10個の土地被覆クラスを「市街地」、「緑被地」、「その他」の3つのクラスに統合する。

  2. 各メッシュの隣接する(8方向)メッシュ数を市街地、緑被地に分けて計算し、この値をメッシュの値とする。この計算の結果、各メッシュには「クラス名」に加え、「隣接市街地の数」、「隣接緑被地の数」という2つの数値が格納される。

  3. 上の概念図に従い、JOIN値をマトリックスに集計する。この集計方法は一般的にはメッシュ幅の大きいデータ(例えば図5.5.1のような4×4メッシュ)によって集計する方法が取られるが、本研究ではメッシュの切り出し基準による差を無くすため、密度同様、統合し新たに作られたデータにおいて、各メッシュより250mの円を描き、その中で集計し、さらに集計結果の数値を各メッシュに格納する。

  4. 各都市の各時期および時系列変化の値をそれぞれ11レベルに分け、1から11へと高くなるに連れ、度合いが高くなるようにする。

以下がその計算結果である。

 

 

4.緑被地の持つ効果に関する評価基準データの作成

4.1.緑被地の気温低減効果

近年の急激な都市化に伴い、地表面が改変され、それにより都市における熱容量は変化した。特に緑地を改変し、ハードサーフィス化した地域においては、それに伴う熱容量の変化は大きいと考えられる。これは人工排熱や、海面埋め立てによる海陸風の変化などと並んで、ヒートアイランド現象の要因の一つと考えられている。よって、このヒートアイランド現象を緩和・抑制するための土地利用計画を考える際には、地表面被覆物それぞれの熱容量を考慮に入れ、元々存在していた土地被覆が別の土地被覆に改変される事によって、熱容量がどう変わるかを明確に把握していなければならない。

都市の熱収支モデルにおいて、地表面存在物が都市熱環境に影響を与えていると考えられるものに、地表面被覆物からの放射熱が考えられる。ここでいう放射熱は地表面の温度を計測する事で把握でき、これにより相対的に熱容量を計測する事ができる。

従来はこの地表面温度を放射温度計によって点走査で行ってきた。しかし、これはある1点における表面温度を測るだけで、それがその土地被覆を代表しているというには不十分であり、また長期間、広範囲の観測には不向きである。そこで、本研究ではサーモグラフィを利用した。サーモグラフィは土地被覆からの地表面温度を面的に計測できるため、地表面温度の分布状態を広範囲で把握する事ができる。さらに同一範囲を長時間計測できるため、地表面温度の時系列変化を把握する事もできる。

計測の対象としては、都市及び都市周辺における土地被覆を代表するもの、すなわち、水面、緑被地(草地、森林)、道路、裸地、建造物を対象とし、これらの表面温度分布を2,3日間連続で観測しつづけることで、時系列変化を把握する。また同時に気温、日射も計測し、相互の影響を分析する。

画像左がサーモグラフィ本体、中央がサーモグラフィのデータ取得センサ、右が気温や日射などを計測する気象観測ロボットである。

以下に表面温度計測の例を東京に関して2つ、バンコクに関して4つ挙げる。

 

東京例@

これは、SFCの5階から東方に向かって取得したデータである。画像上にはκ館、ε館、鴨池などが含まれている。ここでは4日間連続観測を行っており、時系列で変化を観測できる。画像は上が昼(12:00)、下が夜(0:00)の画像である。画像から以下のようなことがいえる。

 

東京例A

ここでは画像上にある赤い14個の四角に囲まれた領域に着目し、その時系列変化を、気温、日射量とともに観測した。その一例を以下に示す。

グラフの左縦軸が温度(℃)、右縦軸が日射量(rad)、横軸が時間である。一例として、気温(TempOut)、日射量(SolarRad)、画像奥(IPA隣)の植生濃度の濃い森林(濃林)、κ館の屋上(屋根)、メビウスリングの道路(道路)、κ館前の歩道(歩道)について表示した。このグラフから、濃林の時系列変化がほとんど気温と同様であること、屋根、道路、歩道の時系列変化がほとんど日射量と同様であることなどがわかる。

 

バンコク例@

これは、バンコク・KMUTTの屋上から南方に向いて取得したデータである。画像上には道路、建造物の屋根、街路樹、芝生、池などが含まれている。画像から以下のようなことがいえる。

 

バンコク例A

これはバンコク・マヒドル大から南方に向かって取得したデータである。画像上には中央に道路が真っ直ぐ走っていることが分かる。この道路はアスファルトで均一に作られており、日陰も無く、車も走らないため、実際の表面温度は均一であると考えられる。しかし、実際には遠くほど低温に、近くほど高温になっていることが分かる(5℃以上の差)。これにより、サーモビューワ得られたデータには、空気などによる情報の減退が起きてしまっているということがいえる。よって取得したデータを解析する場合には、基本的に等距離にある物を対象とする必要があるということが出来る。

 

バンコク例B

これはチュラロンコン大工学部棟最上階より西方にむかって取得したデータである。画像左が昼間(13:03)の画像、右が夜間(0:04)の画像である。画像から、

ことがいえる。

 

バンコク例C

13:03 13:13

これは、例Bと同じ場所で、左が13:03、右が10分後の13:13のデータである。この日は、日中ほとんど曇天であったが、時々日射や降雨があった。これらを見ると、13時という基本的には日射の激しい時間にあるにも関わらず、13:03から13:13の間のわずか10分のあいだに放射温度が急激に下がったことが分かる。これは13:03には日射があり、13:13には日射がなくなったためであり、その影響による違いが生じているのではないかと考えられる。

なお、表面温度計測では、ヒートアイランドプロジェクトの皆さん、高橋俊行君、田中暁子さんに協力していただきました。

 

4.2.緑被地の大気汚染物質の吸着機能

緑被地の都市環境への影響として、本研究で気温低減効果とともに取り上げたのは、大気汚染物質の吸着機能である。緑被地、すなわち、植物のもつ機能として、車の排気ガスなどとして空気中に排出される有害物質を吸着し、空気を浄化するという機能がある。本節ではその機能の評価を行う基準データの取得を目的とした。

その方法としては、ガステック検知管式気体測定器によってNO2、CO、SO2の3種類の気体についての気体採取という方法をとった。気体測定器は以下の写真にある通りで、左が本体、右が検知管である。本体を決められた回数引くことで検知管に気体が入り、化学変化で色が現れ、その目盛りを読むという方法で計測する。

例としてバンコク都心での計測結果を示す。計測は以下の写真の示すサイアム・スクエア地区の渋滞の激しい道路の隣を走る歩道で行った(左側の建物が東急)。ポイントとしては緑被のない歩道(下左)、緑被のある歩道(下中)、そして緑被のすぐ真下(下右)の3ポイントを選定した。

計測結果は以下の表のとおりである。

ここから、緑被(街路樹)によって、汚染物質が十分に吸着されていることがわかる。また、SO2は検出されなかった。

これと同様の計測を東京、上海、バンコクにおいて、都心、郊外の2地域で行った。以下は上海の郊外で行った計測風景である。

なお、大気汚染物質吸着効果の調査では、高橋俊行君、田中暁子さんに協力していただきました。

 

4.まとめ

本研究は都市における緑被地の存在に関する評価を行う上で、評価基準となるデータを作成することを目的に研究を行い、結果として東京、上海、バンコクの3都市に関して、以下のようなデータを作成、得ることができた。

  1. LandsatTM画像(ジオコーディング済み)
  2. グラウンドトゥルースデータベース(景観データベース)
  3. 土地被覆分類図
  4. 市街地密度
  5. 緑被地密度
  6. 市街地・緑被地の混在度
  7. 様々な物質の表面温度
  8. 植物の大気汚染物質吸着効果

また、筆者は本研究以前に同都市、同時期に関する以下のデータを作成済みである。

  1. 行政境界
  2. 人口分布(区単位)
  3. LandsatTM Band6による都市表面輝度温度(解像度120m)
  4. LandsatTMによる植生の活性度
  5. 緑被地に対する住民意識アンケート調査

今後はこれらデータを踏まえ、各都市における緑地の存在に関する評価、そして最終的には各都市における緑地の適正配置計画へと展開することが望まれる。

 

参考文献