1998年度森泰吉郎記念研究振興基金・修士課程研究助成 報告書

研究課題名:非営利組織の力を生かした、高齢者生活支援のためのネットワーク型複合地域施設の提案

研究テーマ:高齢者生活支援地域施設の複合化・配置計画手法の研究

氏名:宿谷いづみ

所属:慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程1年

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(1)研究の背景および内容

現在、急速に進行している高齢化に対応するため、平成9年12月に成立した介護保険法により、平成12年4月1日から介護保険制度が施行されることになった。これに伴い、各地方自治体においても介護保険事業計画や高齢者保健福祉計画の見直しを行い、介護保険制度が示す、高齢者の在宅介護及び施設介護を行うための施設整備や人材育成に力を注ぎ始めている。この背景には、高齢者(65歳以上人口)の全人口に占める割合の増加と同時に、そのコーホートのボリュームの大きさがこれまでにないものである一方、ライフスタイルの変化と少子化による単身や夫婦のみの高齢者世帯の急激な増加、高齢者の長寿化による老老介護(高齢者が高齢者の介護を行うこと)とよばれる現象、複数の高齢者を一人の人が介護する現象などがあり、高齢者の介護・生活支援の社会化が急務となったことが挙げられる。


本研究は、介護保険制度の掲げるサービス水準を実現するためには、地域のボランタリ−な活動および民間の団体の活動により高齢者介護を支える組織の活性化が重要であるという視点に立脚し、高齢者の生活支援施設のハード面の不足を解決する一方、ソフト面での整備不足をボランティア団体など市民の力および民間企業の力を高齢者介護支援サービスのマンパワーとして生かしていくために、高齢者生活支援をめぐるさまざまな状況の将来推移を、高齢化率が高く、地域特性のゆえ施設整備が遅れている鎌倉市をケーススタディとして行った上で、活動拠点となる施設の配置計画の手法を地理空間的視点から開発することを試みるものである。


修士過程1年次終了の現段階では、鎌倉市の高齢者生活支援をめぐる基礎的現状把握を中心に研究に取り組み、関連既往研究のまとめ、資料収集および分析、各施設および団体へのヒアリング、アンケート調査などを通して、高齢者生活支援施設の配置計画を鎌倉市を事例に具体的に行うための地理空間的分析の基礎を整えた。


以下示す内容は、鎌倉市の高齢者支援地域施設をめぐる様々な基礎的調査・分析の一部である。


(2)鎌倉市高齢者の実態


鎌倉市の高齢者(六十五歳以上人口)についての実態を、鎌倉市行政が行った「高齢者生活実態調査」を通して把握した。

●鎌倉市高齢者生活実態調査
(広報かまくら 平成10年12月 1日 第891号より)
1. 調査方法
調査は、市内在住の65歳以上の高齢者20%(無作為抽出した6,623人)を対象に郵送で実施した。調査期間は、平成10年6月19日から7月6日までで、回収率は64%(4,249人)だった。
2. 世帯の状況
回答者の性別:男性45%、女性53%
年令:65〜69歳 34%
   70〜74歳 27%
   75〜79歳 18%
家族構成:
「夫婦二人暮し」が最も多く、次いで子供と同居しているなどの「その他の世帯」、「一人暮らし世帯」の順になる。

高齢者で一人暮らししている人が全体の1割以上ということが分かり、高齢者の夫婦のみ世帯を含めると、高齢者のみ世帯は全体の半分以上ということが分かる。

介護が必要になったときに身の回りの世話をしてくれる人:
「配偶者」という解答が最も多く、次いで「同居の子供やその家族」、「別居の子供やその家族」の順となっている。「いない」とする高齢者は全体の10%で、男女別に見ると、「配偶者」と回答した人は、男性では78%であるのに対し、女性は30%という結果になった。


このことから、高齢者の介護の負担が、特に女性である配偶者や同居家族の子供(おそらく嫁か娘)などの特定の1人の人に集中しやすいことが分かる。

3. 住まい
現在の居住形態は持ち家が大半を占める。現在の住宅の困っている点として最も多いものは、「玄関や床、廊下に段差がある」、「廊下や階段に手すりがない」である。

4. 日常生活
表1.現在の活動状況および今後の活動意向  (%)
現在している 今後もやりたい、続けたい やってみたいができない 無回答
自治会や老人クラブなどの地域活動 8.0 2.5 4.7 84.8
国際交流、自然保護などの市民活動 1.5 4.0 5.0 89.5
高齢者や障害者の援助などの福祉活動 3.6 2.1 5.0 89.3
各種活動の指導員などの青少年の育成活動 0.9 1.4 3.8 93.9
絵画、書道などの趣味や学習活動 23.2 7.8 5.7 63.3
ハイキング、ゲートボールなどのスポーツやレクリエーション活動 12.1 3.7 4.9 79.3
シルバー人材センターでの活動などの生きがいや健康づくりのための仕事 1.3 5.1 4.9 88.7
その他 7.9 0.7 1.4 90.0
特にない 現在していない 9.7 今後やりたくない  1.7

現在取り組んでいる活動では、「絵画、書道などの趣味や学習活動」が最も多く、「ハイキング、ゲートボールなどのスポーツやレクリエーションの活動」、「自治会や老人クラブなどの地域活動」の順となった。「今後やりたい、続けたい」という活動意向では、「学習活動」の次に「シルバー人材センターでの活動など生きがいや健康づくりのための仕事」があげられている。
高齢者向けのサービスとして希望するものは、「バス利用券」の希望が最も多い。「サービスの利用者負担についての考え方」では、「一部負担はやむ得ない」とする割合が半数を超えているが、この割合は、年齢が上がるにしたがって減少している。


5. 健康管理
「普段心掛けていること」として最も多いのは、「食事に気をつけている」、次いで「規則正しい生活を心掛けている」だった。
また、「市が行っている健康管理に関する事業の利用状況」については、「健康診査・ガン検診」の認知度・利用意向が共に高くなっている。
6. 身体状況
表2.ふだん生活する上で不自由な点  (%)

普通にできる 不自由だが自分でできる 介助が必要 無回答
屋内での歩行 68.1 5.4 1.0 25.5
食事 68.8 3.2 0.7 27.3
トイレ 68.3 3.2 1.0 27.5
入浴 67.9 2.6 2.3 27.2
着替え 68.2 2.7 1.6 27.5
買い物 63.4 5.0 4.7 26.9
調理 57.7 5.5 5.1 31.7

日常生活の動作について見ると、「買い物」、「調理」が、他の項目と比べて「介助が必要」である割合が高い。
ボランティア団体の「お弁当給食サービス」、「家事補助サービス」が、高い必要性を有していることが、この結果から裏付けられる。


表3.健康状態

とても健康 7.9
大した病気もなく普通に生活している 46.7
バスなどの交通機関を使って一人で外出可能 28.7
隣近所なら一人で外出可能 7.4
屋内生活はおおむね支障はなく介助があれば外出可能 2.4
屋内生活はおおむね支障はないが介護者がいても外出はまれ 1.6
介助なしで椅子に座り、食事や排泄も寝床を離れて行う 0.6
車椅子や椅子に移るには介助が必要 0.4
一日中寝床の上で過ごすが、寝返りは自分でうてる 0.4
一日中寝床の上で過ごし、寝返りも自分ではうてない 0.4
無回答 3.5



7. 保健福祉サービス
市が行っている保健福祉サービスの認知状況
「入浴サービス(※1)」24%
「デイサービス(※2)」22%
「ホームヘルプサービス(※3)」20%
「短期入所事業(※4)」20%
市民参加型のグループが行っているサービス
「給食サービス」「家事援助サービス」25%から33%の人が利用を希望
※ 1入浴サービス:家庭への訪問入浴を行う
※ 2デイサービス:日帰りで、健康チェック、食事、日常動作訓練、入浴など行う
※ 3ホームヘルプサービス:日常生活に支障がある高齢者の家庭にホームヘルパーを派遣する
※ 4短期入所事業:家庭での介護が一時的に困難になったとき、特別養護老人ホームで短期間お世話する


8. 介護保健制度の認知状況および介護に関する費用
介護保険制度(※5)の認知度は、年齢が上がるにつれて認知度が下がっている。


「介護が必要になったときどのような形で介護を受けたいか」については、24%の人が「自宅で介護サービスを受けずに、家族の世話を受けながら生活を続けたい」とし、32%の人が「自宅で各種在宅介護サービスを受けたり、老人保険施設に入退所しながら生活を続けたい」とするなど、「在宅指向」が半数以上を占めている。



「介護が必要になったとき、介護に関する費用として一ヶ月間に払える額」としては、「3万円以上5万円未満」が18%で最も多く、次いで「5万円以上10万円未満」が16%となっている。


※5介護保険制度:高齢化社会の最大の心配事である介護を、社会全体で支え、利用者の希望を尊重した総合的なサービスが安心して受けられる仕組みをつくろうとするもの。運営は市町村が行い、平成12年4月から開始する。40歳以上の人が全員加入し、所得に応じた保険料を支払う。65歳以上で、寝たきりゃ痴呆など、常に介護を必要とする状態になったときは、市町村に介護認定を申請し、介護保険からサービスを受けることができる。サービスには、在宅サービスと施設サービスとがあり、サービスに要した費用の1割を自己負担する制度。

以上のことから、

1。単身および高齢夫婦のみ世帯が増加すること

2。在宅介護指向の人が過半数を占めていること

3。高齢者介護に多額の費用を支出することが困難であること

が分かった。

従って、地域で高齢者のみ世帯を支えるシステムを構築すること、在宅介護を支援するシステムをつくること、多額の費用を支出しないですむシステムをつくり出すことが重要であるということが言える。


(3)鎌倉市高齢者支援施設の実態

主に「台在宅福祉サービスセンター」の事例を通して捉える。


鎌倉市社会福祉センター

鎌倉市社会福祉センターには、社会福祉法人鎌倉市社会福祉協議会の事務室およびケアセンターの機能、ボランティア団体の活動室があり、鎌倉市の福祉活動の中心となっている。

台在宅福祉サービスセンター

台在宅福祉サービスセンターは、開設して1年建つ、鎌倉市の施設である。

支援センター相談室

支援センター相談室は、七里が浜老人ホーム(特養)の在宅介護支援センターであり、鎌倉市の高齢者福祉課の窓口が広がったものとして捉えることができる。市の提供する在宅介護サービスを利用を希望する人と結び付ける役割を果たす。


案内

この建物は、在宅介護支援センター、機能回復訓練室、デイサービスセンター、事務室・相談室、在宅サービス拠点室(ボランティア活動室)により構成されている。

機能回復訓練室

医師の認定を受けた人で、リハビリを必要とする人が、2週に1度機能回復訓練を受ける部屋。鎌倉市高齢者福祉課の保健婦の人がリハビリに付き添う。一回15名の人が通う。一年たって、通われる方々は、外に出る機会を得ることによって、元気を取り戻している。

二階のデイサービスセンター

午前9:30〜10:00に高齢者の方を車で迎えにいってきて、(徒歩、家族の送迎でこられる方もいる。)その後、休憩しながら、血圧、体温を図り、その後入浴。休憩後、昼食をとり、その後、レクリエーションを通して簡単なリハビリを行う。15:00に送りだす。

食事は、日本福祉サービス(民間営利企業)によりつくられており、配食サービスも行っている。高齢者のお世話は、ボランティア(有償)の人たちが行っている。市から補助があるため、料金は実質の半分である。

現在1日に12〜13名の人の利用があり、4月には15名の利用になるよう、人をふやす予定である。利用者は、週に一日の利用であり、曜日によって利用者が異なる。担当地区内を5つに分けて、二台の車で送迎を行っている。現在、利用待ちの人は50名にのぼる。

他に5ケ所、介護支援センターがあり、5ケ所で鎌倉市全体の担当地区を分けている。

介護保険制度が導入されるまでに施設の増設が図られる。

鎌倉市では、他の施設、特別養護老人ホームなど全て数が足りなく、老人保健施設は存在しない。



(4)ボランティア団体および民間企業の実態とその役割

大船NPOセンター入り口

鎌倉市のボランティア団体は、「鎌倉NPOセンター」「大船NPOセンター」に登録しており、活動場所として2つのNPOセンターを利用している。

大船NPOセンターは、保育園などと複合施設になっている市の建物内にある。

鎌倉NPOセンターは、独立2階建ての建物で、市の所有となっている。

大船NPOセンター内掲示板

高齢者福祉サービスの中で、デイサービスに関する活動場所は、台在宅介護福祉センター・在宅介護支援センター、特別養護老人ホーム鎌倉静養館・在宅介護支援センター、鎌倉プライエムきしろ・在宅介護支援センター、鎌倉市福祉センター内・ケアセンターやまざくら、鎌倉市在宅福祉サービスセンター内・りんどう(痴呆専門)の5つで行われており、ボランティアの人々、民間企業で市から委託をされているものは、これらで活動を行っている。

また、配食サービスを有償ボランティアで行っている人々は、上記の施設に複合されている台所で活動を行っている。

民間で配食サービスを行っている団体(「キッチンかまくら」など)は、事務所と台所を独自に持っている。

これらのサービスを提供するボランティア・民間企業の数はまだ、鎌倉市の需要に見合うだけ運営されていない。


(5)まとめ

1年間の研究を通して、鎌倉市の高齢者生活支援地域施設をめぐる様々な要素をつかむことができた。高齢者生活支援地域施設の整備に成功している例として、横浜市、茅ヶ崎市、平塚市などがあることも分かった。横浜市の場合は、民間企業の参入を利用して、市からの委託事業として小地域を対象とする40ものケアプラザが現在運営されている。また、茅ヶ崎市では、早期からの取り組みによって、高齢者生活支援をめぐる施設が種類・数ともに市の需要に見合うものが整備されている。高齢者の生活を支援するための施設を整備していくにあたっては民間企業の力が非常に大きく、また、施設を運営し、サービスを供給していくためには、民間企業の人材の力、ボランティア(有償ボランティアを含む)の人々の力が非常に重要になるということが分かった。

また、鎌倉市および神奈川県の財政面での厳しさを勘案すると、事例としてまとめた「台在宅福祉サービスセンター」のように、鎌倉市からの委託事業として複数の民間団体・民間企業・ボランティア団体が財政面(台在宅福祉サービスセンターの建物は鎌倉市の持ちものであるが、建物の出資も含めて)および人的資源の面で出資しつつ、市からの援助を受けて、高齢者生活支援サービスを供給していく形式が、これからの主流になると考えられる。

介護保険制度が導入されることにより、高齢者介護に関する様々なサービスが、市のサービスから、社会保険制度によるサービスへ移行するため、市がこれまでサービスの需要と供給をマッチングするため、小地域と施設および施設サービスを対応させ、サービス供給をしていたものが、ケアマネージャーによる介護の必要性の認定を受けた上で、基本的には利用者の選択の自由が生まれることになる。その時に、高齢者の生活圏として鎌倉市が定めている「中学校区規模」の枠組みの意味はどのようになるのか、サービスの質を向上および最大限の成果を発生させるためには、個個人の選択の自由を守りつつ、ある程度の小地域による区分けによって、高齢者生活支援サービスの需要と供給のマッチングが重要になるのではないか、という考えが一層強くなった。

鎌倉市では、人口2万人程度「中学校区規模」を日常生活圏域と設定し、「ケアセンターを日常生活圏域に1ケ所以上=11ケ所」「在宅介護支援センターを日常生活圏域に1ケ所=9ケ所」を「鎌倉市高齢者保健福祉計画」で計画目標として定めている。現在、鎌倉市高齢者福祉課に、今後の在宅介護支援センターおよびケアセンターの配置計画に関する予定を伺っている。

これまでに作成してきた平成7年度鎌倉市町丁・字等別人口に基づくデータ、そして平成2年度版も作成し、鎌倉市小地域の高齢者と高齢者世帯をめぐる人口構造の把握を、将来推計を行い、地理空間に落とすことによって、さらに高齢者生活支援サービスの需要を把握していく。

修士2年時において、1年次に得た様々な知識・情報を踏まえ、上記の、施設の高齢者生活支援サービスの供給範囲と高齢者のサービス需要を地理空間において分析することで、需要と供給の分析を行い、最も高齢者がサービスを受けやすい施設の配置方法を見い出し、高齢者生活支援施設の配置計画手法を確立していく予定である。