1999年度森泰吉郎記念研究振興基金
博士課程 研究助成金 報告書
エージェントベース経済学の構築にむけて I
井庭 崇
iba@sfc.keio.ac.jp
政策・メディア研究科 博士課程1年
研究課題
エージェントベース経済学の構築にむけて I
研究成果
【Boxed Economy Model】
現在、多数の実験的な社会経済シュミレーションモデルが提案され、エージェ
ントベース(自律的主体をベースとした)のモデルが脚光を浴びてきている。
しかし、これらシミュレーションは、作成の際に毎回ゼロから新しく作られるた
め、シミュレーションの開発コストが膨大にかかることになる。また、シミュ
レーションプログラム自体が公開されていないため、他の研究者が追試を行い
難いという問題があり、シミュレーションプログラムのオープンソース化を望
む声が多くある。
このような社会シミュレーションの現状をふまえて、シミュレーショ
ンモデル&プログラムの一つの基盤としてBoxed Economy Modelを提案し、次
なるステージへの跳躍を試みた。Boxed Economyとは、「箱詰めされた経済」
「箱庭経済」というニュアンスをもつ、コンピュータ上につくり込まれたひと
つの経済社会モデルである。経済主体として 複数の消費者(エージェント)、
複数の企業、政府があり、市場としては、金融市場、労働市場、商品市場があ
る。ここで複数のエージェントの相互作用で経済活動を再現するため、従来の
経済学では取り入れることのできなかった様々なモデルを内部に取り入れるこ
とができ、複雑な社会経済現象が再現できると思われる。
本年度は、シミュレーションアプリケーションの基盤となるBox Simulator
Framework、および具体的な経済モデルの基盤である Boxed Economy Model
Frameworkという、2つのフレームワークのプロトタイプを作成した。

図1:Boxed Economyのイメージ図

図2:Boxed Economy Modelにおける経済循環の例
【社会シミュレーション工学の提唱】
Boxed Economy は、実装においてオブジェクト指向言語であるJava言語を採用
した。インターネット上でオープンリソースにすることにより、共有財産
化とモデルの活性化を狙う。オブジェクト指向言語の利点として、モデル部品
の再利用・拡張が比較的容易であることがあげられる。また、各オブジェクト
は内部の情報がカプセル化されているため、モデル部品の複数人による同時開
発を可能にする。これにより、詳細な社会モデルの構築が従来に比べ早く行え
るようになる。プログラムやモデル、最新情報等はBoxed Economyのホームページに公開し
ていく予定である。
エージェントベース社会シミュレーション研究の進展に伴い、科学的信頼性の高
い大規模なシミュレーションが求められている。そのため、シミュレーションを
単なる実験の道具として捉えるのではなく一種の開発製品として扱い、その設計
や開発プロセスに注意を向けることが重要である。
そこで、再利用可能なイディオム・メカニズム・フレームワークの概念を整理し、
社会シミュレーション開発への応用を考察を行った。そして、
再利用性や拡張性を意識した
開発は,開発効率の向上という工学的利点や、シミュレーション結果の信頼性
の向上,モデルの交換・拡張による理論発展の可能性という科学的利点があること
を指摘した。このような社会シミュレーションの技術的な議論をする場として、
「社会シミュレーション工学(Social Simulation Engineering)」を提唱した。

図3:Boxed Economyのプロトタイプ画面
【新しい経済分析方法の模索】
Boxed Economy Modelでは過去の統計データを取り入れ、各エージェントが相
互作用するダイナミクスのなかで経済予測を行う。ミクロの消費者、企業のデー
タを取りいれ、なおかつその相互作用からマクロデータの抽出、つまりGDP、
失業率、貯蓄率などを導き出せる。これは従来分離されていたミクロ経済学と
マクロ経済学の融合ともなり、より正確な分析・予測が期待できる。さらに心
理学のデータをエージェントに取り込むことにより経済学では説明できなかっ
た景気変動の詳細なぶれの説明や、政策効果のインパクト分析などにも適用可
能であると考えられる。Boxed Economy Modelの開発手法は、政策分析・経済
予測等のためのシミュレーションモデルを、政策分析者、社会科学者、実務家
などが、共同で開発していくことを可能とするものである。
具体的には、
計量経済学における従来の帰納的方法のような推計方法に対し、シミュレーション
を用いたパラメータの「演繹的推計(Deductive Estimation)」を提唱し、
その方法の考察を行った。

図4:Boxed Economy Modelを用いたシミュレーション分析の手順
本年度の研究成果発表
【学会発表】
Takashi Iba, "Agent-Based Simulation Model for Bubbles, Crashes and Winner-Take-All Market", Master Thesis, Graduate School of Media and Governance, Keio University, 1999
Takashi Iba, Heizo Takenaka, Yoshiyasu Takefuji, "An Agent-Based Simulation
of Bubbles and Crashes in Economy", Computational Intelligence Methods and
Applications: Soft Computing in Financial Markets (SCFM'99), 1999
[Best Presentation Award of Session A4 授賞]
Takashi Iba, Hiromasa Mizoe, Heizo Takenaka, Yoshiyasu Takefuji, "Agent-
Based Social Simulation as Novel Method for Economics", Joint Conference of
Information Systems Analysis and Synthesis & Third Conference of Systemics,
Cybernetics and Informatics (ISAS & SCI), 1999
井庭崇, 廣兼賢治, 吉川知宏, 武藤佳恭, 竹中平蔵, 「Boxed Economy モデルに
よる政策分析手法の提案」, 政策分析ネットワーク 政策メッセ99, 1999
Takashi Iba, Masaharu Hirokane, Yohei Takabe, Heizo Takenaka, Yoshiyasu
Takefuji, "Boxed Economy Model: Fundamental Concepts and Perspectives",
Computational Intelligence in Economics and Finance (CIEF2000), 2000
Takashi Iba, Masaharu Hirokane, Hiroyoshi Kawakami, Yoshiyasu Takefuji,
Heizo Takenaka, "Exploratory Model Building: Toward Agent-Based Economics",
第4回進化経済学会 (JAFEE2000), 2000
岩村拓哉, 廣兼賢治, 井庭崇, 竹中平蔵, 武藤佳恭, 「エージェントベース経済シ
ミュレーションのためのフレームワークデザイン」, 第8回マルチエージェントと
協調計算ワークショップ (MACC99), 1999
Hiroki Shima, Takashi Iba, Taro Ozawa, Yoshiyasu Takefuji, "Information
Propagation and Price Fluctuation on Multi-Brand Market", Computational
Intelligence Methods and Applications: Soft Computing in Financial Markets
(SCFM '99), 1999
Takuya Iwamura, Takashi Iba, Yoshiyasu Takefuji, "Emergence of Cooperative
Behavior by Simple Reactive Agents", Joint Conference of Information Systems
Analysis and Synthesis & Third Conference of Systemics, Cybernetics and
Informatics (ISAS & SCI), 1999
【講演】
「複雑系科学とCreativity」, 琉球大学 情報工学科 知能情報システム特論, 1999
「複雑系科学への扉 〜生命・知能・社会をつくる〜」, 函館情報科学セミナー, 1999
以上の論文は、Boxed Economyの論文ダウンロードページからダウンロード可能である。
※なお研究遂行状況により、申請時における研究テーマ「学習機能をもつエージェントの汎用モデル化と実装」という具体的な部分研究から、研究テーマが
若干変更になりました。研究課題に変更はありません。
Takashi Iba (iba@sfc.keio.ac.jp)