森基金結果報告書

枯草菌におけるロー因子非依存性ターミネーターのコンピュータ解析

博士課程2年 鷲尾尊規

目的

 バクテリアのRNAポリメラーゼはmRNAのステム・ループ構造とそれに続くpolyUによって転写終結すると言われてきた。この様な転写終結機構をロー非依存性ターミネータと言う。

 しかし奈良先端科学技術大学院大学の小笠原研究室らの枯草菌のノーザンハイブリダイゼーションの結果から、RNAポリメラーゼは、このロー非依存性ターミネータを通り過ぎる「リードスルー」を頻繁に起こしていることが分かってきた。これまでの常識では考えられないこの「リードスルー」という現象が、ゲノム中のどこで、いつ、どの様に起こっているのかを知るには、従来の分子生物学的手法では非常に難しい。その様な理由から「リードスルー」する箇所としない箇所のロー非依存性ターミネータの特徴をコンピュータによって比較し、ゲノム全体における「リードスルー」現象の役割を探る。

 これまでの我々の部分的なデータからこの「リードスルー」は、ロー非依存性ターミネータのステム・ループ構造の強さや大きさ、polyUの長さなどに影響されるのではなく、ロー非依存性ターミネータと次の遺伝子の転写開始制御と関連しているらしいことが分かってきた。

 また、研究を進めるに従って統計的な解析を行う必要性が出てきたため、小笠原研究室に加え、長野大学関口研究室、福山大学藤田研究室のノーザンハイブリダイゼーションのデータも加えた。総計631個の遺伝子に関して転写終結の「リードスルー」をする箇所としない箇所との比較を行いその機能の解明を行う事を目的とする。また、この研究を通してバクテリアの転写制御についての新たな体系を見いだし、情報生物学的手法による分子生物学適に意味のある結果を残したいと考えている。

方法

 小笠原、関口、福田研究室ででたノーザンハイブリダイゼーションのデータを情報学的手法により解析する。具体的な実施項目は以下のようになっている。

  1. コンピュータによってターミネーターの位置を特定

    • 立体構造予測プログラム RNAfoldを利用し、枯草菌の全遺伝子の末端領域に関してmRNAの自由エネルギーを計算する。

    • その自由エネルギーのデータをデータベース化し、ロー非依存性ターミネータの存在箇所を特定する。

  2. ロー因子非依存性ターミネータ配列の解析

    • ロー非依存性ターミネータの配列を切り出し、長さ、自由エネルギー、左右の遺伝子の向き、左右の遺伝子までの距離を計算する。

    • ターミネータの特徴を、ステム・ループの長さ、自由エネルギーの大きさ、polyUの長さやUの数などを統計的に示す。

  3. 「リードスルー」の原因の探求

    • データを「リードスルー」する箇所としない箇所に分けて比較を行い、リードスルーする箇所の特徴を抽出しそのメカニズムを探る。

  4. 遺伝子の前に存在する転写開始の制御配列の調査

    • 研究が進むにつれ、「リードスルー」は転写開始を制御する配列と関連があることが分かってきたことからリ、ードスルーする箇所の次の遺伝子の転写開始制御配列についても網羅的に解析することにした。

     

    研究の実施経過

    • 4月1日−6月

    すべての遺伝子の後ろの自由エネルギーの計算。データのデータベース化。リードスルーする箇所としない箇所の自由エネルギー、遺伝子間距離を計算し比較を行った。

    • 6月27日−7月1日

    The 10th International Conference on Bacilli に出席。これまでのデータを発表。

    • 7月6日−8月14日

    転写終結配列の比較を行った。また、全ての遺伝子の前の自由エネルギーを計算し、転写開始制御配列の存在しそうな遺伝子をピックアップした。

    • 8月15日−8月20日

    ゲノム班会議出席。小笠原研の人たちと情報交換。

    • 8月26日−28日

    枯草菌研究会に出席。小笠原研ほか、全国の枯草菌関連の研究者とディスカッション。

    • 9月1日−10月15日

    転写開始制御配列の存在する遺伝子と転写終結のリードスルーする遺伝子との関連性について調査。既知の遺伝子に関する論文から転写開始制御についてまとめる。総合的なデータのまとめに入る。

    • 12月7日−10日

    日本分子生物学会に出席。3大学の枯草菌関連の研究者とディスカッション。

    • 12月11日−2月15日

    個々の配列に関して、polyUpolyAの長さ、ステムの長さ、自由エネルギーの強弱に付いて調査を行ったが主立った傾向をみることができなかった。

    研究の成果

     枯草菌の転写終結のリードスルーを起こすと思われる箇所とそうでない箇所との比較を行った結果、いくつかのリードスルーの箇所には次の遺伝子の転写開始制御の配列が存在することが分かった。この転写開始制御の配列はロー因子非依存性ターミネーターを含み、大腸菌で言うアテニュエーターに相当する機能を持っている。枯草菌ではこれらの制御配列はS-Box, T-Boxと呼ばれており、大腸菌と同様にアミノ酸合成系の遺伝子の制御に多く見つかっている。また、以下の図に示したとおり、リードスルーするターミネーターでは次の遺伝子内や次の遺伝子の直前に存在するもの(赤枠内)もあり、これらが翻訳機構との関係でリードスルーを起こす可能性が示唆された

    以上のような事からリードスルーは

    1. 次の遺伝子の転写開始と関連している。
    2. 次の遺伝子の翻訳開始と関連している。

    の2つの可能性が示唆された。

    学会発表

    (実績)研究成果を以下の学会でポスター発表致しました。

    • The 10th International Conference on Bacilli. June 27th ? July 1st, 1999, Baveno, Italy

    • 枯草菌研究会, 焼津1999826 - 28

    • 日本分子生物学会, 福岡1999127 - 10

    • 3rd Annual Conference on Computational Genomics, Nov 18 ? 21, 1999 Baltimore, U.S.A

     

    (予定)研究成果を以下の学会でポスター発表ならびに口頭発表する予定です。

    • The Fourth Annual International Conference on Computational Molecular Biology Tokyo, Japan., April 8 - 11, 2000(ポスター)
    • 日本農芸化学会, 東京ビッグサイト2000331 - 42日(口頭発表)

    今後の課題

     以下のデータから現状としてあげられる課題は以下のような点である。

    1. ノーザンハイブリダイゼーションの結果から、リードスルーしている43箇所のうち、明瞭なロー因子非依存性ターミネーター配列が確認できたのは全体の65%でしかない。この原因として、ロー因子など他の因子が転写を終結させているのか、もしくはデグラデーションによるノーザンハイブリダイゼーションの誤認ということも考えられる。
    2. 転写終結のリードスルーとの次の転写開始機構とに何らかの関係が見られた個所は43個所のうちの10箇所(20%)でしかない。実験データから様々な遺伝子の転写開始点に同様の制御配列が存在することが確認されてきているため、そのような情報をまとめていくことで解決できるかもしれない。
    3. 転写終結配列自体の詳細の比較を行ったが明確な違いをみることはできなかった。ノーザンデータ自体をもう一度見直し、リードスルーの状態と配列の特徴との関係をみる必要性がある。