1999年度 研究成果
翻訳開始領域のコンピュータ解析
政策・メディア研究科博士課程3年 斎藤輪太郎
翻訳開始コドンは通常ATG(AUG)であるが、ATGという配列パターンはゲノム上
いたるところに存在し、開始コドンの近くに存在することもある。このような
状況でも細胞小器官リボソームは混乱せずに正しく開始コドンを識別できるの
だろうか?この問いに答えるべく、本研究ではATGの出現率が開始コドン周辺
でどのように変化するかGenBankデータベース中の翻訳開始領域周辺の配列を
コンピュータを使って調べた。その結果、開始コドン周辺ではATGの出現頻度
が明らかに低下していることが判明した。これはおそらく開始コドン周辺に
ATGが存在するとリボソームは開始コドンを見分けることが困難になるため、
開始コドン周辺のATGは進化的に淘汰されたものと思われる。興味深いことに、
ATGの頻度をプロットしてみると、原核生物の場合は頻度を表す曲線が開始コ
ドンを中心にして左右対称になるのに対して真核生物では上流 側の方が頻度
が低くなっていた。


これは原核生物と真核生物の翻訳開始のメカ ニズムのちがいを裏付けるもの
で、原核生物の場合はリボソームが直接翻訳開始部位に結合するのに対して
(図\ref{discr_pro})、真核生物の場合はmRNA上を上流から下流へ移動しなが
ら翻訳開始部位を探すためだと思われる(図\ref{discr_euc})。


古細菌という系統上の分類単位がWoeseによって発見され、進化上、古細菌は
原核生物より真核生物により近縁であることが示されているが、翻訳開始のメ
カニズムは原核生物に近いのか、真核生物に近いのか、不明な点が多い。それ
を調べるべく4種類の古細菌(M.janaschii,
M.thermoautotrophicum, A.fulgidus, P.horikoshii)の開
始コドン周辺のATGの出現頻度の変化を調べた。 その結果、
M.janaschiiとP.horikoshiiに左右非対称なATGの分布が見られ
た。

この結果より、一部の古細菌では真核生物の場合と同様リボソームがmRNA上を
移動して翻訳開始領域を探しているのではないかという推測が得られた。 ま
たこれらの生物は原核生物に特有のShine-Dalgarno配列を持っているため、原
核生物と真核生物両方の翻訳開始のメカニズムを持っていることが推測される。

発表実績
「古細菌の翻訳開始メカニズムが真核細胞と真正細菌の機構を併せ
持つ可能性:ゲノムのコンピュータ解析による予測」第22回日本分子生物学
会年会 1P-0091