1999年度森泰吉郎記念研究振興基金 博士課程 研究助成金 報告書

移動計算機のデバイス特性に適応するWWWサーバおよびプロキシ技術に関する研究


遠山 緑生
政策・メディア研究科 博士課程1年
next@tom.sfc.keio.ac.jp

安田 絹子
政策・メディア研究科 博士課程2年
kinuko@tom.sfc.keio.ac.jp

木田敦子
政策・メディア研究科 修士課程1年
kida@tom.sfc.keio.ac.jp


研究課題 --- 移動計算機に適したWebベース情報共有環境の実現

研究テーマと研究の背景

本研究では、移動計算機のデバイス特性に適応するWebサービスの提供を行うための 技術に関するする研究を行った。移動計算機によるモバイルネットワークにおいて、 Webベースコンピューティング環境を利用した情報共有環境を実現するための新しい サービスの提案とその基盤技術の構築がそのテーマである。

現在、コンピューティング環境の一つの形態として、Webベースコンピューティング と呼ばれる形態が広く普及しつつある。これは、情報共有の基盤としてWWW(World Wide Web)システムを用いることで、計算機システム間やソフトウェア間の壁を越え、 広域的で自由度の高い情報共有を実現する環境である。

また同時に現在、ラップトップコンピュータやPDA、携帯電話などの各種の移動計算 機の普及により、可搬であり常にユーザと共に移動するような計算環境が広く実現さ れつつある。

しかし、移動計算機はそのネットワークへの接続可能性や入出力装置の制約から、 いわゆるデスクトップ型の計算機をその基盤として考えられてきたWebベースコンピュー ティング環境への参加は限定された形でしか行う事ができない。

本研究の目指す計算機環境では、ラップトップコンピュータや各種のPDA、携帯電 話などの各種の移動計算機が、そのネットワークの種類、入出力装置などの特性や状 態などの特性について、透過的に適応した形での情報の送受信を可能とする。これに より、移動計算機がその特性を生かした形でWebベースコンピューティング環境へと 参加可能な環境を目指す。また、移動計算機をサービス受信者としてだけでなく発信源とし て位置付け、モバイルの特徴を活かした新しい発信型サービスを実現する。

また本研究では、WWWに関する標準化団体であるW3C(World Wide Web Consortium)に よって仕様策定が行われている、新しい標準仕様を積極的に採用した形でのシステム の実現を検討する。

研究活動

以下の二つに大別される研究を行った。

  1. 1.移動計算機によるサーバ機能の実現に関する研究
  2. 携帯端末に対する適応的なWebサービス提供に関する研究

1. 移動計算機によるサーバ機能の実現に関する研究

研究の概要

従来、移動計算機は固定計算機に対する補助的な役割を果たしてきた。しかし、 近年の移動計算機の能力向上は著しく、次第にそのユーザにとって最も利用頻度の高 い主要な計算環境へと変化しつつある。結果として、移動計算機上での作業の結果生 成される情報を、他の計算機やユーザと共有するための効率的な情報公開手段が必要 とされている。、このような環境を実現するため、従来は固定計算機が行っ ていたサーバ機能を移動計算機において提供する事を可能とするシステムに 関する研究を行った。

移動計算機がサーバ機能を提供する際の問題は、そのネットワークへの接続性が時間 と共に変化する事である。特に、移動計算機はネットワークからの切断状態が避けら れない。MobileIPを用いる事で、移動計算機の識別子の一意性保証と複数ネットワー ク媒体を用いたネットワークへの接続は可能となる。しかしMobileIPのみを利用した 場合、アプリケーションレベルでのセマンティクスが考慮されないという問題がある。

この研究では、移動計算機上のサーバを支援するProxyエージェントシステムを構 築することにより、これらの問題の解決を目指した。 本システムは移動透過性の実現にはMobileIPを利用するが、アプリケーションレベル でのセマンティクスとネットワークへの接続性を考慮したサービス形態の変更を可能 とする。特に、ネットワークからの切断時においてもサーバ機能を他のホストから利 用可能とするための代理応答機能を実現する。

また、このシステムのアプリケーション例としてWWWサーバシステムを構築した。 移動計算機の接続状態に対してサービス形態を適応させるHTTP Proxyサーバを本シス テムを用いて実装し、移動計算機の各種のネットワーク接続状態におけるサービス可 能性の検討を行った。

構築したシステムの概要

モデル: 移動計算機によって生成される情報の公開手法
システムの構成

2. 携帯端末に対する適応的なWebサービス提供に関する研究

研究の概要

現在、携帯電話上におけるWebサービスの提供のために、 各携帯電話会社において i-mode や WAP などの さまざまな携帯端末向けのWebサービスが実現されている。しかし、 これらのサービスにおいて提供されるWebコンテンツのほとんどは compact HTML, WML といった携帯電話向けのマークアップ言語 を用いて書かれたものであり、既存のWebサービスを 利用するための枠組みはいまだ実現されていない。 これは、従来のPC(パーソナルコンピュータ)や WS(ワークステーション)に比べて、携帯電話が 限られた表示能力や資源しか持たないためである。 携帯電話に限らず、PDA やパームサイズのPCといった携帯端末では、 固定端末に比べて特殊なネットワーク特性や端末特性を持つことが 多く、それぞれに適したWebサービスを提供することは難しい。

本研究では、端末の種類に関わらず、それぞれの端末特性に 応じたWebサービスを提供するために、 W3C によって標準化策定が行なわれている XML、RDF、CC/PP といったメタ情報のための記述言語および記法を用いて、 オープンかつ拡張可能な枠組みを構築する。また、それを実証するための プロトタイプとしてモバイルプロキシと自動ネゴシエーションを 行なうモバイルブラウザの開発を行った。

これまでにも、 ブラウザの端末特性に応じたWebサービスを提供するための枠組みとして、 サーバとブラウザの間にプロキシを設置し、 プロキシにWebコンテンツの変換を行なわせるという試みは いくつか行われてきた。 しかし、このような従来の枠組みは、例えば i-mode 端末のための プロキシであればi-mode 端末属性に適したコンテンツ変換を行うなど、 ある特定の端末特性やサービスを仮定した固定的な枠組みでしかない。

本研究では、特定のサービスや端末特性に対して決められたコンテンツ 変換を行うのではなく、さまざまな端末特性やユーザ・ プリファレンスを扱うための、拡張可能な適応的Webサービスを実現する。

端末属性の記述

本研究では、端末特性やユーザ・プリファレンスを 拡張可能な形で記述するために、W3C によって標準策定活動が 行なわれている XML, RDF, CC/PP を用いる。それぞれに関する 概要を以下に述べる。

モバイルプロキシ

W3C においてプロトタイプ実装が行なわれている CC/PP のための モバイルプロキシをもとに、実験のためのプロキシを構築した。 本プロキシはCC/PPで記述された端末特性を解析し、 端末特性の記述においてほかのリソースに対するURIが出現すれば そのデータを再帰的に取得する。また、Webサーバから返された Webコンテンツを送信された端末特性およびユーザプリファレンスに 基づいて変換する。

モバイルブラウザ

本ブラウザは、端末特性を CC/PP 形式でモバイルプロキシに送信し、 端末特性に適したフォーマットに変換された Web コンテンツを得て 表示する。

また、さまざまな端末特性に対してプロキシとのネゴシエーションを シミュレートできるように、端末エミュレータの機能を持つ。 本ブラウザを用いることによって、起動するブラウザや端末を 変更することなしに、動的に表示部の能力を変更して実験を 行なうことができる。

モバイルプロキシに送信される端末特性情報は以下のようになる。 これらの情報は、CC/PP に則った形式に変換され、HTTPリクエストに 付与されてプロキシに送信される。プロキシは渡されたHTTP リクエストを最終的な宛先であるサーバに送信し、 サーバから返されたWebコンテンツをリクエストに付与された CC/PP情報をもとに変換する。実際に各リクエストに付与される 端末属性情報は前のリクエストからの差分のみであり、 また端末属性の既定値はデータ本体へのURIで指定されるため、 各リクエストに対して必要となるオーバヘッドはわずかである。

また、帯域の狭い不安定なネットワーク特性下において 効率のよいWebブラウジングを可能にするために、 以下のようなユーザプリファレンスをプロキシに送信することができる。

実際の例を示す。 端末特性を下のように指定した場合、

送信されるHTTPリクエストは以下のようになる。

80-Profile: http://http://www.no.where/kmHD/, 
http://http://www.no.where/kmSW/
80-Profile-Diff-1: <?xml version="1.0"?>
  <RDF xmlns="http://www.w3.org/TR/1999/PR-rdf-syntax-19990105#"
  xmlns:PRF="http://www.w3.org/TR/WD-profile-vocabulary#"> 
  <Description ID="HardwarePlatform" 
  PRF:ScreenSize="220x220x8"></RDF> 
80-Profile-Diff-2: <?xml version="1.0"?> 
  <RDF xmlns="http://www.w3.org/TR/1999/PR-rdf-syntax-19990105#"
  xmlns:PRF="http://www.w3.org/TR/WD-profile-vocabulary#">
  <Description ID="UserPreference" 
  PRF:SelectTag="A"
  PRF:Image="gray"></RDF>

研究成果のソフトウェア

以上のシステムは、FreeBSD オペレーティングシステム上で利用可能な ソフトウェアとして構築した。今後整理の上、一般に利用可能な形で公開する予定で ある。