1999年度森泰吉郎記念研究振興基金研究助成金


研究経過報告書

研究課題名 会話に於ける情況編成と辻褄合わせの認知機制
氏名・所属 中村 太戯留 (政策メディア・研究科 後期博士課程)

概要

実際の会話を進めるにあたって、人々は、意味づけの諸相(対象把握・内容把握・意図把握・態度把握・表情把握)のうち、どの相の辻褄合わせに特に気を遣っているのであろうか。予備調査の結果から、意図把握の辻褄合わせに気を遣っていることが明らかになった。この結果をうけ、本研究では、意図把握(行為意図の把握)に焦点をあてながら、会話における情況編成と辻褄合わせの認知的モデルの構築を試みたい。

キーワード

情況編成、意図把握、辻褄合わせ、関連性、認知的不協和

会話は行為主体による、コトバを介して行われる、情況の協働編成のプロセスである(Garfinkel 1967, Sperber and Wilson 1995)。このことは、話者AのコトバはAの情況を反映するということ、そして相手BはそのコトバからAの情況を推量しつつ自らの情況を編成し、それと辻褄の合うように解釈を試みるということを含意する(Clark 1996, 田中・深谷1998)。

本研究は、会話の遣り取りにおける鍵概念である「情況編成」と「辻褄合わせ」の2つに注目し、それらの働きを実証的に捉えようとするものである(Nakamura and Tanaka 1999)。本研究では、辻褄合わせを動機づけるため、敢えて一見不自然な遣り取り10パターンを40名の被験者に行ってもらい、そのときの被験者の情況と発話の変化を観察した。ここで注目したのは、印象、影響力、関係性の三つである(後述)。

実験にはコンピュータを用い、「モニタ画面に刺激を提示し、キーボードとマウスを用いて回答してもらう」 という形式を採った。遣り取りは、刺激文の提示(相手の発話)と被験者の反応(評価と応答)を2〜4回繰り返すという形式で行われた。刺激文としての相手の発話は予め用意されており、一部、被験者の評価によって提示内容が変化するようになっている(詳細は後述)。そこで得られたデータのうち、相手の評価に関するものは、条件による平均値の差の検討、評価値の推移の検討、パス解析による既に形成された情況が現在の評価に与える影響の検討、に用いる。また、記述された「相手に対する応答」の部分は、意味分析による応答パターンの検討、相手の評価との比較検討、に用いる。具体的には、例えば、以下のような刺激を提示した。

相手は「同僚の女性」です。
相手の発話 「恋人いらっしゃいますか?!

このような刺激(相手の発話)に対して、自分はどう反応(評価と応答)するのかを回答してもらった。評価は、〈実験者からの質問とそれに対するSD法での回答〉という形式を採り、以下に示す3つの項目について行ってもらった。まず、「この様な相手に対する、あなたの印象は?」 という質問文に対して、「マイナスの印象 ― プラスの印象」 という対概念を両端とする5段階のSD法(左から順に 1, 2, 3, 4, 5 という数値を割り振ってある)で回答してもらった。同様にして、「この様な相手から、あなたが受けるであろう影響力は?」 に対して 「弱い ― 強い」、「この様な相手について、あなたが望む関係性は?」 に対して 「近づけておきたい ― 遠ざけておきたい」 も続いて回答してもらった。さらに、「この様な相手の発話に対する、あなたの応答は?」 という質問文に対して、自由記述形式で回答を記入してもらった。これに対する回答は、「[2-1] I:4 F:4 R:2 T:30 B:いませんよ。」 という形式で記録される。即ち、印象(I)はややプラス(4)、影響力(F)はやや強い(4)、相手との心理的距離(R)はやや近い(2)、相手に対する応答は「いませんよ。」、回答に要した時間は30秒、ということをこの記録は示している。以上の手続きを1ステップとする。

相手は「同僚の女性」です。
相手の発話 「今度、お食事行きましょうよ!!」 または 「悪いこと聞いたみたいですね...

次のステップでは、このような刺激文に対する回答を同様にして行ってもらう。ただし、前回の〈印象〉に対する回答によって、提示する刺激(相手の発話)が変化するようにしてある。即ち、印象が3〜5の場合には「今度、お食事行きましょうよ!!」、1〜2の場合には「悪いこと聞いたみたいですね...」が表示される。また、別のグループにはこの条件を逆にして刺激の提示を行った。例えば、上記の回答例の被験者は印象の値が4なので、「今度、お食事行きましょうよ!!」という刺激が提示され、それに対して「[2-2] I:4 F:4 R:2 T:55 B:いいですよ。」と回答している。別のグループの被験者には、「悪いこと聞いたみたいですね...」という刺激が提示され、例えば「[2-2] I:2 F:2 R:2 T:15 B:いいよべつに」という回答が得られた。

その結果、会話では意図把握の辻褄合わせが重要な役割を担っており、それは情況内に編成される相手との関係性に左右されること、その関係性は相手のコトバ(発話)の影響を強く受けること、しかし通常は認知的負荷の低い無難な受け答えが多用されること、が明らかになった。

参考文献

  • Clark, H. (1996). Using language. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Garfinkel, H. (1967). Studies in ethnomethodology. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.
  • Sperber, D. and Wilson, D. (1995). Relevance: Cognition and communication (2nd edition). Oxford: Blackwell.
  • 田中茂範・深谷昌弘. (1998). 『〈意味づけ論〉の展開: 情況編成・コトバ・会話』. 紀伊國屋書店.
  • Nakamura, T. and Tanaka, S. (1999). "Context-dependency of sense-making: How is a verbal expression interpreted in context?". ICCS/JCSS99. P1-10, pp.503-6.

研究成果

  • 「会話に於ける情況編成と辻褄合わせの認知機制:受け手のメンタルモデルをめぐって」(心理学会) (中村・波多野, 2000) (審査待ち)
  • 「会話に於ける情況編成と辻褄合わせの認知機制:意図把握をめぐって」(認知科学会) (中村・田中, 2000) (審査待ち)
  • Metaphorical Interpretations and Second Language Acquisition. (AILA 99) (Nakamura, 1999)
  • Context-dependency of sense-making: How is a verbal expression interpreted in context? (ICSS/JCSS 99) (Nakamura & Tanaka, 1999)
  • 「会話に於ける情況編成と辻褄合わせの認知機制」(認知科学会) (中村・田中, 1998)


Tagiru Nakamura (Graduate School of Media and Governance, Keio University)