〜 1999年度 森泰吉郎記念研究振興基金 「国際共同研究」 報告書 〜

帰納論理プログラミングによる技能の解析に関する研究

研究代表者 古川 康一 (大学院 政策・メディア研究科 教授)


研究課題

人間の技能の解明を行うために,技能的な動作に伴う筋電図などのデータを取得し,そのデータを,人工知能に基づく新たなデータ解析手法として注目を集めている帰納論理プログラミングの手法により,解析する.そして,その解析結果から,技能的動作を実現するための,基本的な動きや力の入れ具合いなどを抽出し,高度な技能にとって必要な筋肉の制御モデルの構築に役立てる.

研究成果の概要

本研究は,チェロの演奏技能を例に取り,その技能の解明に帰納論理プログラミングを用いる方法を探ることを目的としている.本研究を推進するために,York大学のStephen Muggleton教授,およびNew South Wales大学のClaudeSammut教授,Mike Bain博士との共同研究を行った.

Stephen Muggleton教授との共同研究は,研究協力者の尾崎知伸(博士課程2年)がYorkを訪問して,実施した.その内容は,帰納論理プログラミングとデータベースの結合についての検討である.それは,膨大な実験データを効率よく処理するための方式を追求する目的でなされた.その詳細に付いては,付属の報告書を参照されたい.

Claude Sammut教授,Mike Bain博士との共同研究では,プロの演奏家が獲得している技能を,訓練によって獲得した筋肉群の整合的な動きと捉え,そのような動きをデータマイニングの方法によって獲得する可能性について,議論した.また,筋電図のデータをどのようにして帰納論理プログラミングの入力とするかについてのより詳細な検討が,New South Wales大学を訪問した研究協力者の植野研(博士課程1年)によって実施された.本研究の詳細に付いては,添付の報告書を参照されたい.

筋肉群の整合的な動きは,言い換えれば,筋肉群の使い方において,ある種の制約を守ることである.筋肉群の使い方の制約を守ることによって,プロは他の筋肉の妨害を受けることなく,困難なタスクをスムースにこなすことができる,というのが我々の新たなConjectureである.その例としては,右手の弓の単純動作での2頭筋と3頭筋あるいは三角筋の同時使用の例がごく初心者にみられることは,実験で明らかにされた通りである.この問題は,単純すぎて,3ヶ月くらいの訓練でそれが解消される.それは,その運動が一つのシナジーの運動に過ぎないからである.ところが,それが二つ以上のシナジーが関係してくると話は別になる.右手で言えば,上げ弓,下げ弓の運動と弦の移動がそれに当たる.また,重音と弓の返しもその例である.スタッカートと弓の返し,あるいはスタッカートと移弦などもその例である.左手では,指の動きと,腕の動きがその代表例である.とくに,ハイポジションへの移動は常に大問題である.親指の利用も新たな問題を生じる.

左手と右手の干渉もあり得る.スピッカートでは,一弓でスタッカートを行うが,その際,指を正確に動かす必要がある.もしテンポが狂うと音が正確に出ない.さらに弦が代るともうほとんど不可能である.

このように考えてみると,困難な場合は,このような複合動作の時に発生することが良く分かりる.そして,プロの演奏者は,複合演奏の時にもお互いの動きをじゃましないように,経験的に上手い筋肉の使い方を身につけているものと考えられる.我々はそれができていないので,基本動作はできても組合わせの応用動作が出来ないのであろう.

左手で言えば,ポジション移動の時に,背筋を伸ばして,腰の筋肉から全部を使えば,その筋肉の動きが指の筋肉の動きを邪魔することがないと考えられる.

これらの筋肉群の制約的な動きを筋電図データから自動的に抽出するのが帰納論理プログラミングである.本研究の具体化はこれからであるが,ここでは,その方針が明らかにされたことに大きな意味がある.