1999年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書 「国際共同研究・フィールドワーク研究費」
海外企業へのヒアリング及びデータ収集に伴うフィールドワーク -「サイバースペースにおけるブランド・マネージメント研究」-
研究代表者名:総合政策学部 助教授 桑原武夫 学生代表者名:政策・メディア研究科 永田大輔  E-mail:tubu@sfc.keio.ac.jp




●報告書 要旨

本研究はサイバースペースにおけるブランド・マネージメント研究を行うものであり、申請の段階において
下記の課題と研究のゴールを明確化した。


1、論文、事例などの収集、研究
2、実務の現場へのヒアリング、提携研究
3、プロジェクト担当者が結果を論文化


最新の情報をリサーチする為に森基金への海外フィールドワーク費を申請、受理され1999年9月に渡米した。
結果、現地の企業5社を訪問。数多くの事例及び、データを入手し、それを元にプロジェクト内で方法論を
考察し、新しいブランド論を見出した。それを永田が代表して論文にまとめた。





■研究主旨

インターネットを代表とする新しいメディア空間、いわゆる「サイバースペース」を用いて、どのような
ブランド・マネージメントが可能であるのかという点を考察する。先進的な企業がどのようにブランド・
ビルディングに取り組んでいるのかということを踏まえた上で、それが今後の消費社会下においてどのよ
うなブランド・マネージメントのパラダイム・シフトを生み出していくかを考察する。


■1、研究の背景と目的の定義


 近年、国内外の企業間において「ブランド」の価値が大変重要視されはじめている。誰もが飛びつくよう
な商品が出ることも少なくなり、消費社会の成熟化と、消費のグローバル化、IT(Information Technology)
化によって、消費の機会は幅広く提供され、消費者に価値を約束することの出来る商品やサービスのみが生
き残れる時代になってきたのである。つまり、今までのような利益重視のマーケティング・パラダイムだけ
では通用しなくなっている為、今、新しいブレイクスルーが求められている。そこで注目を浴びているのが
「ブランド」が生み出す価値である。



■1-1 研究の背景

 ブランドとは、受け手側にあるものである。ブランドは、受け手側の心の預金口座にあり、企業はそこに
定期的にメッセージを振りこまなければならない。それによって、受け手側を消費行動へと導く橋渡し的な
価値としてのブランドが構築されていくといわれて久しい。今後のブランド論の中でも、その概念は中核に
位置付けられ、重要な要素として捉えられていくであろう。しかし、本当にそれだけで良いのだろうか。

 今まで多くの企業は同じスピード、同じ球種のボールを全ての人に対し投げ続ければ、飛ぶように商品は
売れていた。相手の返球を受け取る前に、自分の送球が的確に相手に届きさえすればそれで満足していたの
である。21世紀が真の意味での始動期となる情報化社会では、今までの画一的なブランド戦略は、変らざる
をえない。画一的なマス・メディアを利用したブランド戦略は、未成熟であった消費社会下においては有効
な手法であった。しかし、特に日本国内では、長引く不況により、多くの消費者が商品やサービスのベネフ
ィットとコストの相対的な関係を重視しはじめている。また、多くのプライベート・ブランド(PB)が溢れ
ている市場において、ブランドの価値自体をも問いはじめているのである。

 多くの消費者が、それぞれの価値観を持ち、他との同一化を嫌がる傾向のあるこの成熟消費社会下では、
企業は個々の消費者と、お互いが今後築きあげていくであろう、「それぞれのブランド」について語りはじ
めなければならない。情報化社会の急激な進展により、一般社会にITが浸透していくに従って、企業側は消
費者との間に有益な対話方法を得ることが出来る。それが「個別的アプローチ」である。これらは、今まで
One-to-Oneマーケティングや、リレーションシップ・マーケティングなどのマーケティング・パラダイムに
よって多くを語られてはいるが、それらの議論は、ここでブランド論へと適用されはじめなければならない。
これからのブランド論は、受け手側からの多岐にわたるリアクションをより重視していくべきである。送り
手側にフィードバックされた価値をもとに、送り手側はより良いブランド・アイデンティティを構築しよう
とし、受け手側はそのブランドを共に育てあげていくという継続的な共創作業が、今後のブランドを大きく
変えていくのである。これまで行ってきた自己中心的なキャッチボールでは、短期的に自分の実力を見せつ
けるアピールの場であった。しかし、これからは、継続的に相手とキャッチボールを行いながら、お互いに
素晴らしい価値を創造していく時が訪れようとしている。



■1-2 研究の目的、意義

 今までのマス・メディアでは、消費者に対し個別的にアプローチする手法は皆無に等しかった。全ての受
け手に同じメッセージを送信していた為に、個々の預金口座に適したプランを個別に提供することは出来な
かった。しかしITの力により、受け手側に個別にアプローチするチャネルは広く用意されはじめている。

 また、これまでのメディアでは、企業のマーケティングが顧客の購買行動に結び付き、最終的に売上げ・
収益となってリターンしてくるまでに、時間的な隔たりが存在していた。これは、テレビなどのメディアと、
店舗などの購買チャネルが物理的、時間的に異なっていたからであり、ブランドはこのような隔たりを前提
としつつ、これを仲介する消費者の「記憶」を期待効果としてきた。しかし、これからの新しいメディアを
消費者が利用することで、その隔たりは消失する。つまり、マーケティングの期待効果が「記憶」から「反
応」へと変っていくことを示している。結果として、ブランドの役割も大きく変らざるを得ない。例えばそ
の役割は、単発の購買促進よりも、反復的な関係性構築につながるかどうかが一層重視されてくるのではな
いだろうか。具体的には、知名度よりもそれぞれの消費者へのロイヤルティが重要な指標となってくると考
える。

 1950年代から語られてきた多くのブランド論争は、昨今大きな変化を遂げてきた。ブランドとはしかし、
現在のブランド論争まだこのフェーズに差しかかっていない。それは、現在のブランド研究が非常に混沌と
しており、まだブランド論においてITを利用した個別アプローチを論じるところまでたどり着いていないと
いうのが現状である。しかし、これからの新しい消費社会における論争は素早いスピードで展開していく必
要があり、研究上の論争が、消費者の変化や企業の変化に追いつかなくなってしまっては、何の為の研究を
行っているか分からなくなってしまう。

 そこで私が研究の対象としたのは、インターネットを代表とする新しいメディア空間、いわゆる「サイバー
スペース」を用いて、どのようなブランド・マネージメントが可能であるのかという点である。今後、企業
はどのような価値を顧客と共に作りあげ、それを長期的な企業資産としてストックしていくのかということ
を焦点とし、先進的な企業はどのようにブランド・ビルディングに取り組んでいるのかということを踏まえ
た上で、それが今後の消費社会下においてどのようなブランド・マネージメントのパラダイム・シフトを生
み出していくかを考察する。また、これまでのようなマス・メディアを前提とした一律の情報発信に代わっ
て、ターゲットの特性ごとにメッセージを細かく変えて発信することにより生み出される、ある種の個別的
なサブ・ブランドと、親ブランドとの一貫性の兼ね合いをも考察する。

 この研究は、結果として既存のブランド論とは大きな違いを表すと予想される。今後、人々の消費の中で
大きな部分を占めるであろうサイバースペースで、企業はどのような方法でブランドを捉え、構築していか
なければならないのかという、基本設計を最初に論じるということは大きな目的と意義が認められよう。

当研究の初期フェーズとして取り組まなければならないのは、既存の研究史の中から有効な要素を抽出する
事例研究と併せ、サイバースペース上でいわゆる「メガ・ブランド」を築き上げている企業のケーススタデ
ィ、及びその担当者へのヒアリングである。しかしながら、サイバースペース上でメガ・ブランドを持つ企
業の多くは海外にあり、その企業及び担当者、研究者へのコンタクトは地理的、金銭的に困難な状況である
事は否めない。当研究はサイバースペース上において世界的なメガ・ブランドを持ちうる企業に対して接触
する事に意義があり、その対象は海外にあるのが現実であることを認識した。そこで、本基金を利用し1999
年度9月に情報、データ提供を行ってくれる「USWeb/CKS」「Agency.com」「T3Media」「Yahoo!」「Milenet」
の5社に対してシリコンバレー、シリコンアレーにてヒアリングを実施し素晴らしい成果を得た。



■2、研究成果

当フィールドワークにおいて得られる収集データ、それを用いて行われる研究方法、最終的な研究成果は下記
の通りである。



   収集予定のデータ                予想される研究方法

良質な最新のヒアリングデータ      →  先端的な方法論を分析ケーススタディ
一部のマーケティングデータ提供     →  ケーススタディの分析に対する裏付け
当研究が示す理論、可能性への意見等   →  新たな課題発見、及び最終的な結論へのフィードバック



以上の3点のデータを得ることにより、日本国内では決して知り得ない最新の方法論を把握し、今後行う研究
をへの課題発見、フィードバックを行った。結果それを論文としてまとめ当助成金へ成果報告を行うことが
できた。


本プロジェクトの海外フィールドワーク詳細は研究論文を参照のこと:
永田(1999)修士論文「サイバースペースにおけるブランド・マネージメント」 付録:2000年2月5日 発表資料

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