現在の脳研究領域におけるコンピュータシミュレーションでは、数個の神経細胞の 電気的活動シミュレーションといった非常にミクロなレベルでのモデリングが主流である。このように非常に限られた枠内での研究が行われるようになった 背景として、ヒトの大脳皮質全体についての系統的な解剖学的データがなかったこ と、また、ヒト（特に正常なヒト）に対する実験が非常に困難であったことが挙げ られる。

脳機能、特にヒトの脳機能は、上記ようなミクロレベルでの神経細胞の活動に基づ くものではなく、大脳皮質全体の非常に統合された活動の結果である。　 従って、ヒトの脳機能解明のためには、これまでのようなミクロレベルでの研究で はなく、大脳皮質全体を取り扱うマクロな視点からの研究が必須となってくる。　 このような研究手法を実現するのが、我々の目指すものである「ヒトの詳細な解剖学的データに基づくコンピュータモデリングシミュレーション」である。　

現在唯一の詳細なヒト大脳皮質データとして存在するのが、J. L. Conelによって収集されたデータ(Conel Data)である。1997年よりカリフォルニア大学との共同研究において、Conel Dataの数理的解析を行ってきた。　この解析を通じて、ヒト大 脳皮質内の発達ルールや各脳エリア間の成長における相関、それらを表現する関数 式等が導き出され、学会等で非常に注目を集めている。また、大脳皮質内の解剖学 的な変化と認知発達、行動発達の関係についても、分析が行われている。

今年度は、以前より成果をあげているConel Dataの解析に加えて、ヒト大脳皮質モ デリングの第一歩が踏み出すことができた。大脳皮質の最小の機能単位といわれる コラム構造のモデリングをＣ＋＋言語や、汎用シミュレーションソフトのＧＥＮＥ ＳＩＳで実装することができた。

今年度のはじめに以下の４つの研究計画を掲げたが、それぞれの研究ががバランス よく捗ったということができる。特にデータ分析と統合、コラム内、コラム間ネッ トワークの構築の研究については、多数の学会発表を行った。

• データ分析と統合
• コラム内、コラム間ネットワークの構築
• 実験環境ソフトウェアの構築
• モデルを用いたシミュレーション、比較研究

それらは、多数の学会発表や論文発表等のかたちで成果として表れている。また、 国際共同研究も必然的に進み、特に２月には学部生を含めたプロジェクトメンバー がカリフォルニア大学に集まり、共同研究を進める。

以下は今年度の活動概要である。

日時	場所	活動内容
1999年 6月	SFC	原が来日。 ＳＦＣにて数回ミーティングをする。原自身の研究の進捗報 告や、大脳皮質の発達に関する講義、ＳＦＣのプロジェクトメンバーなどをする。
1999年 7月	Washington, D.C.	福田がInternational Joint Conference on Neural Networks 1999 (IJCNN99)に 参加／発表。 福田、原、Shankleの共著の論文の内容を福田が口頭発表する。
1999年 7月	Pittsburgh	Shankle、原、福田がComputational Neuroscience Meeting 1999 (CNS99)に参加／発表。 ３人がそれぞれポスター発表をする。この学会を通し て、共同研究などに関する論議を行った。
1999年 7月	早稲田大学国際会議場	福田が第２回国際認知科学会に参加／発表。
1999年10月	Miami	Shankle, 原がSociety for Neuroscienceに参加／発表。
1999年10月	国際高等研究所	福田が「言語の脳科学」研究会で講演する。
2000年 2月	カリフォルニア大学	学部生を含めたプロジェクトメンバーのほとんど全員がカリフォルニア 大に集まり、研究を進める。

前述のように、我々は「ヒトの詳細な解剖学的データに基づくコンピュータモデリングシミュレーション」をすることを目指している。そのためには、カリフォルニア大学の研究グループのもつデータ（Conel Data）とモデリングの知識が必要である。

これは世界中でも非常に珍しく、かつ、価値のある研究で、日本ではほとんど行わ れていない。また前SFC脳研究グループのの原が、カリフォルニア大学、カリフォ ルニア工科大学で研究を続けており、ＳＦＣとそれぞれの大学の橋渡し役やＳＦＣ の学生の指導をしている。

カリフォルニア大学医学部解剖学科教授のFallon氏には、解剖学的知識を、カリフォ ルニア大学認知科学科助教授のShankle氏には、データ解析の手法や、認知科学的 知識を提供し続けてもらっている。我々の研究は、Computational Neuroscienceと いう分野にあたるのだが、学際的な最新の知識の必要を迫られており、かつ、日本 が遅れをとっている分野でもあり、国際共同研究は我々にとって不可欠のものと言 える。また、データを共同で解析しており、今後ともカリフォルニア大との共同研 究は大きな成果をあげていくことが期待されている。（カリフォルニア大のグルー プの成果は２０００年１月４日のNew York Timesの科学面１面で取り上げられてい る。）

以下に今年度の成果として、それぞれの論文発表、学会発表、講演等を列挙する。

*** Peer-Reviewed Papers ***

• Hara, J., Musha, T., and Shankle, W. R., "Approximating dipoles from human EEG activity: The effect of dipole source configuration on dipolarity using single dipole models", IEEE Transactions on Biomedical Engineering, vol.46, no.2, pp. 125-129, 1999.
• Hara, J., Shankle, W. R., and Musha, T., "Cortical atrophy in Alzheimer's Disease unmasks electrically silent sulci and lowers EEG Dipolarity", IEEE Transactions on Biomeddical Engineering, vol.46, no.8, pp. 905-910, 1999.
• Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M., "Proposition of cortical connectivity between thirty cytoarchitectural areas of human cerebral cortex", Neurocomputing, 1999 (in submission).

*** Other Articles ***

• Hara, J. and Tomita, M., "Modeling and simulation of Human Brain Development Based on Large Neuroanatomical Database", KEIO SFC Review, no. 4, pp. 124-129, 1999.

*** Conferences ***

• Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., Inui, T., and Tomita, M., "Predicting human cortical connectivity for language areas using Conel database", IJCNN99, Oral Presentation, Washington, D. C., July, #281, 1999.
• Fukuda, R., Nagayasu, S., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M., "Suggesting human cortical connectivity for language-related areas and simulations of its computational model ", CNS99, Poster presentation, Pittsburgh, July, pp59, 1999.
• Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M., "Proposition of large-scale cortical network model derived from analyses of Conel Database", ICCS/JCSS99, Poster presentation, Tokyo, July, pp571-574, 1999.
• Hara, J., Fukuda, R., Shankle, W. R., and Fallon, J. H., "Estimating cortical connectivity from statistical properties of the microscopic features of the developing human cerebral cortex: comparison to contemporary methods and relevance to computational modeling", CNS99, Poster presentation, Pittsburgh, July, pp81, 1999.
• Kovacs, I., Feher, A., Hara, J., Shankle, W. R., and Fallon, J. H., "Delayed maturation of the ventral visual stream in humans", ECVP99, Trieste, 1999.
• Shankle, W. R., Hara, J., Fallon, J. H., Romney, A. K., Boyd, J. P., Sneddon, R., and Landing, B. H., "Insights into the structuring of the cytoarchitecture of the developing postnatal human cerebral cortex from term birth to age 72 months: relevance to computational models and access to the data", CNS99, Poster presentation, Pittsburgh, July, 1999.
• Hara, J., Shankle, W. R., Fallon, J. H., and Landing, B. H., "Dynamic patterns of myelination in postnatal developing human cerebral cortex from birth to 72 months", SFN, Slide presentation, Miami, October, 1999.

*** Other Presentations ***

• 福田 竜太、「ヒト大脳皮質の解剖学的データベース解析に基づく言語関連領野 の発達と結合性に関する考察」、「言語の脳科学」研究会、国際高等研究所、１０ 月、１９９９年。