E-CELL project
E-CELLSystemを用いたEscherichia coli
DNA複製システムのモデリング
INDEX
E-CELL Systemを用いてDNA複製に関して詳細に幅広く 研究されている大腸菌の DNA複製の中の開始部分、伸長部分及び細胞周期のシミュレーションを行った。 それぞれに関してモデルを構築し、自活増殖細胞に必須であるDNA複製システム 構築へ向けての結果を出すことができた。
複製は正確に遺伝子情報を伝えるための機構であり、あらゆる生物が存続・ 繁殖するのに欠かせない機構である。そのため古くから、複製に関する研究 が行われ、その知識の蓄積も非常に多い。
複製はあらゆる生物が兼ね備えている反応であり、これをモデリングするこ とはE-CELL Projectが目指している全細胞モデル、つ まり実存の生命と比較可能な細胞モデルを構築するために必須である。また、 一塩基ごとに行われているDNA複製を抽象化する方法を模索することは、我々 のプロジェクトの重要な課題である。このような複製のモデル化におけるシス テムの構築は、今後様々な細胞内現象をモデリングする際に活用可能である。
DNA複製開始のモデル図、ReactorをDNA複製 開始タンパクとも呼ばれるDnaAの反応を中心に作成し、シミュレーションを行っ た。 Escherichia coli(以下 E.coli)の染色体は47Mb長の二重螺旋DNAか らなるが、DNAの複製は245bpか らなるoriC領域で開始する。oriC内には9bpの四つのDnaA-boxが存在し、 それらにDnaAが結合することによってDNA複製は開始する。 図1に全体のモデル図を示す。
図1: DNA複製開始全体のモデル図
DNA複製はATP結合型のDnaA(以下DnaA-ATP)がoriC中のDnaA-boxに結合することによって開始するが、 DnaAは相互に結合して塊をつくる性質があり、DnaA-boxの周りに20-40個の集合体を形成しDNAがそのまわりに 巻き付く。 これがInitial Complexである。
DnaA-ATPの各DnaA-boxへの解離定数(Kd)は下の表からも分かるよう異なる。また結合はランダムではなく、順序 だてて 起こることが分かっており、その順序はR4、R1、R2、R3である。DnaAは先にも述べたように各DnaA-boxのまわりに も次々に 結合して集合体を形成する。この反応はDNAの屈曲によってDnaAが一カ所に密集していくために促進する。図1の 反応 モデル図から分かるように、先学期は4つのDnaA-boxを区別せずに一つのReactorを用いていたが、解離定数の値 が異なる ためにそれぞれにReactorを作成した。
DnaA-box | Kd |
---|---|
R1 | 0.9±0.5nM |
R2 | 39±28nM |
R3 | ≧200nM |
R4 | 1.2±0.5nM |
Kdは、DnaA-ATP、DnaA-box、DnaA-boxに結合しているDnaA-ATPの濃度をそれぞれA、B、Cで表すと、
で定義される。よってDnaA-boxに結合しているDnaA-ATPの個数(Z)はDnaA-ATPとDnaA-boxの個数をそれぞれ X、Yとすると ![]()
で表現できる(ただしNAはアボガドロ数、Vは体積)。少数の扱いは四捨五入で常に正数の値をとるよ うにした。 ![]()
ところで、DnaA-ATPのDnaA-boxへの結合は細胞中のDnaA-ATP濃度に依存するた め、DnaAをMichaelisMentenReactorを用いて発現させるようにし、ATPとの結 合反応はRapidEquilibriumReactorを用いた。DnaAの発現は現時点ではDNA複製 開始の制御を考慮したものではないが、DNA複製が開始する時点でDnaAの濃度 が妥当な値になるようにした。
Initial Complexを形成した後、DnaA-ATPがoriC内に存在する13bpからなる DnaA-boxに作用してその部分の二重螺旋が開裂する。この開裂した状態がOpen Complexである。DnaA-ATPが13bpのDnaA-boxに作用するメカニズムは次のよう に考えられている。oriCがInitial Complexを形成した際に、DNAは屈曲してい る。IHFが結合する箇所が既にわかっており、DNAがその結合部位で曲がるため にDnaA-box R3がちょうど13bpDnaA-boxに接近する(図3参照)。それゆえ、4 つの4bpDnaA-boxのうちR1,R2,R4は複製開始までに多くのDnaA-ATPが結合する のに対して、R3には一つしか結合せず、その結合が13bpDnaA-box開裂させDNA の複製開始のシグナルとなる。
二重螺旋が開裂する詳しい反応メカニズムがわかっておらず、反応にかかる時 間も、Initial Complexが形 成され次第瞬時に起こるのか、それとも時間を要するのかは分かっていない。 そのためReactorはInitial Complexが形成される(DnaA-ATP がR3に結合する)と13bpが開裂してOpen Complexを形成するという形で表現 し、反応が瞬時に起こるようにした。
Open ComplexにDnaBとDnaCの複合体が導入される。この状態が PreprimingComplexIであり、その後DnaCが解離してDnaGプライマーゼがプライ マーを形成した状態をPrepriming ComplexIIという。また、この段階までくる とDnaAは必要ではなくなるので、DnaAもoriCから解離する。
この部分の反応メカニズムもあまり調べられていないため、Open Complex同様 に瞬時に起こる反応としてReactorを作成した。プライマー形成の手前までを モデル化した。
グラフは4つのDnaA-box、R1、R2、R3、R4に結合しているDnaAの個数の推移である。 前述のようにDnaA-ATPは4つの9bpDnaA-boxに順序だてて結合する。しかしシミュレーション結果には反映されて いない。 これはDnaA-ATPの初期値がある程度の量であったために、両DnaA-boxにすぐにDnaA-ATPが結合してしまったた めと考 えられる。DnaA-boxR2は、R1,R4と比較して解離定数が大きいので結合が少し遅れている。 先に述べたように、DnaA-ATPのR3への結合が次のステップ(Open Complex形成)への鍵となるが、その時点で oriCには29個の DnaAが結合している。つまり、Initial Complexが20-40個のDnaA-ATPの集合体を形成している事実が再現できた といえる。
上のグラフは左からDnaA、ATP、DnaA-ATPの個数変化を表している。 DnaAが発現されて増加すると、ATP結合型のDnaAも増加している。DnaAとATPの結 合はRapidEquilibriumReactorを用いたが、後述するように実際の反応ではDnaA の不活性化反応が起こっていない限り発現されたほとんどのDnaAはATPと結合し てDNA複製開始を活性化する。以上よりシミュレーション結果を考察する と、発現されたDnaAのほとんどがATPと結合してoriCへの結合が活性化さ れる反応がシミュレーションできたといえる。またInitial Complexを形成する時点でのDnaAの総数、DnaA-ATPの 数はそれぞれおよそ900個と730個で、妥当な量である。
上のグラフは左から、DnaC、Opencomplex、PreprimingcomplexI、IIができる様子を 示したものである。 DnaBC複合体が導入されるのはOpencomplexが形成されて間もなくである。PreprimingcomplexI、IIに関しても同様 である。 これらについては簡単な形で表現できた。
E-CELL SystemでDNA複製伸長反応をモデル化するにあ たり、RNA複製反応をKineticモデルを用いて表現し、シュミレーションを行っ た論文([6])を参考にした。DNA複製伸長反応とRNA複製反応には異なる部分も あるが、共通点も多く見られる。よってRNA複製反応とDNA複製伸長反応の共通 点と相違点を明確にし、RNA複製反応のモデルを応用して、DNA複製伸長反応を Kineticモデルで表現し、シュミレーションを行った。
以下にRNA複製反応の反応モデル図、反応速度式、使用されたパラメータを示す。
RNA複製反応とDNA複製伸長反応を比較した結果、図3のような反応モデル図が できた。これはNTPが一つ付き、ピロリン酸が一つ取れることでヌクレオチド 鎖が伸長していく部分の反応を示していて、RNA複製反応で示されていたよう な複製開始機構や終結機構は、反応機構が大きく違うため省いた。またRNA複 製反応においては、合成されたRNAがRNA複製速度を抑制し、反応が進むに連れ てRNA複製反応の活性が低下するようになっていたが、その抑制定数(K H)は RNA複製反応の式からもわかるように複製開始、終結部分に関係するパラメー タによって導き出されているため今回は省いてモデリングした。以上より、 DNA複製伸長反応の反応速度式は以下のように表現できる。
DNA複製伸長反応の反応式が上記のように求まったため、次に、使用するパラ
メータに着目した。最初にRNA複製反応のシュミレーション時に使用したパラ
メータをそのまま入れてみたが、全く反応が起こらなかった。これはRNA複製
反応においてはヌクレオチド鎖の長さが50塩基であるにも関わらず、DNA複製
伸長反応においてはE.coliの全塩基数である4639231塩基を用いたため
にKT、KMの値が桁外れに大きく
なってしまい、きちんとした反応速度が導き出されなかったためである。
上記の反応速度式中で必要となるパラメータはKFPj、 [E0]、S*SBとtemplateのヌクレ オチド鎖の長さである。この中で[E0]とtemplateのヌ クレオチド鎖の長さに関しては文献などから正確な値を得ることができた。残 りの二つに関しては正確なデータが得られなかったため、もとのパラメータの 意味から他のパラメータに置き換えられないかと考えたところ、KFPjは単位時間あたりに解離するピロリン酸の個数に置き換え られた。K*SBはRNA複製反応のシュミレーション時に使 用したパラメータから求めたところうまくシュミレーションができなかったた め、何度かシュミレーションを重ねて最適と思われる値を求めた。以上のよう にして求めたパラメータは、表3にまとめた。
定数の意味 | 定数 | 値(単位) |
---|---|---|
単位時間当りに解離するピロリン酸の個数 | K FPj | 800(/s) |
細胞あたりのDNAポリメラーゼの個数 | [E0] | 20(個) |
単位時間あたりに1molのDNAに結合するNTP数 | K*SB | 5*10の4乗(1/M*s) |
ヌクレオチド鎖の長さ | n | 4639231(bp) |
上の二つグラフではNTPを基質としてDNA鎖が伸長し、新しいDNA鎖の分だけヌクレ オチド数が増えたことが示されている。途中で反応のActivityが変化しなくなっ ているのはヌクレオチド数がもとの二倍になり、複製が終了したことを示してい る。したがって同時にNTPの減少も、DNA鎖のヌクレオチド数の変化も止まってい る。パラメータの最適数を求めるためにDNA複製伸長反応を異なったパラメータを入 れて何度かシュミレーションしてみたが、初めのうちは全く反応が起こらなかっ たり、逆に3秒で反応が終わってしまったりと、うまくいかなかった。最終的に はE.coliDNA複製にかかる100分強で反応が終了するような値を求めること ができた。
しかしこれはヌクレオチド鎖が新たに作られていく過程を示しているのみで、リー ディング鎖、ラギング鎖の二つの鎖の区別に関しては表現していない。連続的な 伸長反応をシュミレーションしたという点でこれはリーディング鎖の伸長反応を シュミレーションしたと言える。
E.coliでは、ある体積まで細胞が成長した後、染色体複製が開始される。 染色体複製後、パーティションという二つの染色体を細胞の左右に分ける反応が 起こる。しかしパーティションの機構は不明な点が多く、また統一されたモデル がない。そこで今回パーティションのモデル作成することで、その問題点を明確 にした。また細胞分裂に関しても、細胞体積を速度式に基づいてモデル化しシミュ レーションを行った。
複製後、二つの環状の姉妹染色体を物理的に分離させる為には、 染色体の分子配列の結合を完全に解かなければならない。この過程を Decatenationという。
物質 | 働 き |
---|---|
topIV | parCと parE遺伝子によっ て発現する、トポイソメラーゼII型の酵素であり、Decatenationに必須。 |
DNA gyrase | gyrAとgyrB遺伝子によって発現する、 topIVと同じくトポイソメラーゼII型の酵素であり、Decatenationに関わっている。 働きはtopIVのものとは微妙に違い、両者のそれぞれの相互作用に よって、完全な分離が可能になる。 |
topI | topA遺伝子によって発現する、トポイソメラーゼI型の 酵素であり、トポイソメラーゼII型で解けなかった、中心にギャップされた分子を 解く働きをする。 |
topIII | topB遺伝子によって発現する、トポイソメラーゼI型 の酵素であり、topIと同じく中心にギャップされた分子を解く。 |
複製が起こる際、二つの相互の環状分子同士が奇数回組み替えを起こした場合、 結果として、Dimerという二量体分子の染色体ができる。このDimerを解く過程の 事をResolutionと言う。
物質 | 働き |
---|---|
XerC | xerCから発現し、パリンドローム配列のある dif部位の左側に結合してDimerを解く。XerDと同時に働く。 |
XerD | xerDから発現し、dif部位の右側に結合して Dimerを解く。XerCと同時に働く。 |
dif部位 | E.coliの遺伝子上のter域に存在し、 dimerが解かれる部位である。相同組み替えが行われた場合、 正常な細胞分裂と遺伝子の配分が行われる為には不可欠。 |
細胞分裂が起きる前に、姉妹染色体は細胞分裂が起きる場所のそれぞれ反対側 に配分されなければならない。この過程をSegregationという。
物質 | 働き |
---|---|
RodA | 細胞を棒状に成長させるタンパク質でパーティションの開 始に必要。 |
PBP2 | RodAと同じく細胞を棒状に成長させるタンパク質であり、 パーティションの開始に必要。 |
MukB | 真核細胞のキネシンに似た構造と働きを持つ。原核細胞では唯一 能動的に物質を動かせるタンパク質であり、パーティションを 行う際、染色体を動かすモーターのような役割をなす。 |
MukA | MukBと同じく染色体の移動に関わっている。 |
DnaK | heat-shock proteinのoperonの働きを止める。 heat-shock proteinの過剰生成はパーティションを妨げる。 |
FtsZ | 細胞の中央にFtsZリングを生成する事によって細胞分裂を開 始する事が知られているが、生化学的な性質によって、パーティションにも 何らかの能動的な影響がある。\\ |
今回まとめたパーティションのモデル図は以下である。
今回、E-CELL Systemを用いて細胞成長・細胞分裂のシ ミュレーションを行う前段階として、細胞体積を変化させるReactorを作成す ること目的とした。細胞体積を変化させる速度式として、次の二つがある。一 つ目の式は、細胞の体積が一定のスピードで増えていく、Linear Growth Law[7][8][10]である。二つ目の式が、細胞の体積は指数関数的に増えていく Exponential Growth Law[11][12]である。
Linear Growth Law | M(t+Δt)=M(t)+{ln(2)/τd }*Δt |
---|---|
Exponential Growth Law | M(t+Δt)=M(t)[1+{ln(2)/ τd}]*Δt]) |
これら二つの式で、M(t)が時間tの時の細胞体積、grが成長 率、そしてΔtがシミュレーション一ステップにかかる時間である。今回 はExponential Growth Lawに基づいて、細胞の体積を指数関数的に増やし、成長 させるリアクターを作成した。 図5が細胞成長に伴う体積の変化を表したもので ある。
今回、Exponential Growth Lawに基づいた細胞の体積変化を、E-CELL Systemを用いて表現する事ができた。グラフ結果から、 細胞は細胞分裂を起こす前に体積が二倍になり、その後、その体積を保ち、細 胞のdoubling timeまで達すると分裂を起こしていることがわかる。以上より、 細胞成長中の体積が指数関数的に増えている事を確認できた。E.coli細 胞周期中には色々なイベントが同時に起こり、同時に細胞体積も変化する。更 に、ある決定的な体積へ達する事によって起こされる細胞周期内のイベントも たくさん存在する為、細胞体積と細胞周期とは密接な関係がある。
今回はDNA複製反応の開始、伸長反応及び細胞周期のシミュレーションを個別に 行った。今後、複製開始と細胞周期に関しては両者を組み合わせ、DNA複製が一 細胞周期に一回行われるように制御されている複製開始のタイミング機構をモデ ル化する。また伸長反応に関しては、今回行ったシミュレーションの連続的に伸 長するリーディング鎖のモデルを、非連続的であるラギング鎖のモデルへと発展 させる。そして、最終的には一連のDNA複製反応(開始→伸長→終結)が細胞周 期と連動して行うようなシミュレーションを目指す。
最後にこのプロジェクトを行うにあたり、適切な指導および助言をして下さっ た橋本健太氏、また様々な面で研究をサポートしてくださった中山洋一氏と環境 情報学部教授の冨田勝氏にこの場を借りて感謝の意を表したい。
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