E-CELL project
E-CELLSystemを用いたEscherichia coli
araオペロンのモデリング政策・メディア研究科 三由文彦
INDEX
E-CELL Systemを用いて、遺伝子発現系であるaraBAD operonと代謝 系であるPentoseand glucuronate interconversionsという反応速度が大いに 異なる系に関するモデル化を行った。その際、遺伝子発現系に関しては、RNA polymeraseの量、ActivaterやRepressorの解離度に基づくReactorを作成した。 また代謝系に関しては、文献より得られたパラメータを用いて酵素反応速度式 に基づくReactorを作成した。その結果、araBAD operonに関する遺 伝子発現と代謝のシュミレーションを行なうことができた。
生物はエネルギーを得なければ生きていけない。このエネルギーを得るため に様々な仕組みがあり、その一つとして糖代謝がある。糖代謝は、体内に取り 込まれたり、体内で作られた糖を分解することでエネルギーを得ているが、そ の機構は複雑であり、古くからこの分野に関する研究が進められている。
我々が、開発を進めているE-CELL Systemにおいて、反応速度の異なる系にお いて同時にシミュレーションを行なうことは、大きな研究テーマの一つといえ る。このシミュレーション技法の確立は、我々の目標である全細胞シミュレー ションを行なう上で必須事項といえる。しかし、反応速度の異なる系でシミュ レーションを行なうことは、計算方法や時間幅など、問題点が数多く存在する ため容易ではない。そこで今回、反応速度の大きく異なる、代謝系と遺伝子発 現系の同時シミュレーションを行い、解決方法を探ってみることにした。
araBAD operonは、糖の一種であるアラビノースの代謝に関するオペ ロンであり、araB(リブロキナーゼを生成)、araA(アラビノー スイソメラーゼを生成)、araD(リブロース-5-リン酸エピメラーゼを 生成)で構成されている。araBAD operonの転写は、araCの産 物であるAraCの量とcAMP-CAPの量によって負と正の調節を受けている。以下、 araBAD operonの制御に関してそれぞれの場合に分けて説明する。
図1:araCの転写開始
まずAraCの濃度が低い場合、araCの転写が開始され、AraCが生成され る。この時、araBAD転写は抑制されている。
図2:araC、araBAD operonの転写抑制
AraCの濃度が高く、CAP-cAMPの濃度が低い場合、AraCがaraO1に結合 することで、araCの転写が停止する。つまり、AraCの合成が自己制御 されている。同時に、もう一分子のAraCが、araO2とaraI1に結 合し、上図のようなDNAループが形成される。この結果、araI1付近の araBAD遺伝子のプロモーターにRNA polymeraseが結合できず、 araBADの転写が阻害される。
図3:araBAD operonの転写開始
CAP-cAMPが多量に存在し、アラビノースがAraCに結合しているときには、 AraCの高次構造が変化し、araO2に結合していたAraCが離れDNAループ が開き、araI2に結合する。その結果、まずCAP部位にCAP-cAMPが結合 し、次にaraBADのプロモーターにRNAポリメラーゼが結合して転写が開 始される。しかし、araO1には依然としてAraCが結合した状態であるた め、araCの転写は抑制されたままである。
図4:Pentose and glucuronate interconversions(KEGG)
この系では、アラビノースをペントースリン酸であるキシルロース5-リン酸 に変えることでエネルギーを生成している。この過程で、アラビノースから、 D-キシルロース5リン酸への反応を触媒しているのが、araBADから発現 した三つの酵素である。 またこの系は、Nucleotide sugars metabolism、 Pentose phosphate、そしてGlycolysisと繋がるエネルギー合成経路の一 部である。
以下が今回モデル化した全体の反応図である。
図5:araBAD operonとPentose and glucuronate interconversions
今回のモデルはaraBAD operonから転写される三つの酵素によって、L- arabinoseが分解され、反応が進み、結果としてD-xyloseが作られNucleotid Sugars metabolismへとつながる系、D-Ribulose-5Pが作られPentose phosphate cycleへとつながる系までを表現した。
また、E-CELL Systemにおける代数式に関する仕様が変更になり、これに伴い 転写開始を促進するActivatorや抑制するRepressorが転写開始に与える影響を、 転写開始頻度として掛けあわせた形で表現していた遺伝子発現Reactorを改良 する必要がでてきた。
この結果、遺伝子発現Reactorは代数部分と、そうでない部分に分けてE-CELL Systemで計算することとなった。よって今まで遺伝子発現Reactor内部で計算し ていたActivatorとRepressorに関しては、別のReactorで前もって値を計算し、 その結果を遺伝子発現Reactor、AraCGXReactorとAraBADGXReactorに代入する形 に改良した。
以下、araCとaraBADに分けて、それぞれの発現頻度調節に関 係するReactorに関してそれぞれ説明する。
図6:RepEqAraCReactorの構造式
前述のように、araCの発現はAraC自身によって抑制される。そして、 araCの発現は、araO1にAraCが結合することによって停止する。 以上の二段階の反応を上図の反応図に基いてRepEqAraCReactorとして表現した。 また斜線で囲んである物質に関しては、1以下の正の実数値になるので、混乱 を避けるためReactor内だけの変数として扱っている。以下の図でも同様であ る。
図7:ActEqReactorの構造式
araBAD operonにおける転写調節は前述のように非常に複雑である。 そこで、これを以下二つの場合に分けて表現した。
lac operon同様、araBAD operonにおいても、CAP-cAMPは Activatorとなっている。それを上図のような反応図に基いてActEqReactor用 いて表現した。
図8:SwEqReactorの構造式
次にaraBAD operonが転写を開始するためには、形成されていたDNA ルー プが開かなければならない。この部分を右図のような反応図に基づいて、 SwitchEqReactorとして表現した。
遺伝子発現Reactorは、最大四つ変数を掛け合わすことで転写開始頻度を表現で きる。以下、遺伝子発現ReactorであるAraCGXReactorとAraBADGXReactorについて説 明する。
- RNA polymeraseがpromoterに結合する確率(Kmrf)
- RNA polymeraseがpromoterに結合した時、DNA鎖を融解する確率(Ki)
- Activatorによって反応が促進する確率
- Repressorによって反応が抑制されない確率
AraCGXReactorの転写開始頻度は以下のように表現した。まず、KmrfとKiそれ ぞれの確率に関しては、ルールファイル上で指定した。次に、Repressor (AraC)によって反応が抑制されない確率は、RepEqAraCReactorで計算された 値を用いた。そして最後に、この三つの値をAraCGXReactor内部で掛け合わせ、 これを転写開始頻度とした。
図9:araBAD operonにおけるRNA polymeraseの状態図
AraBADGXReactorの転写開始頻度は、以下のように表現した。まず、Kmrfの確 率に関しては、ルールファイル上で指定した。次に、Activator(CAP-cAMP) が転写開始を促進する確率は、ActEqReactorで計算された値を用い、 Repressor(DNAループ)によって反応が抑制されない確率は、 SwitchEqReactorで計算された値を用いた。またKiの値は、上図の式[7]を Reactor内部に入れることでRNA polymeraseの量より計算できるようにした。 そして最後に四つの値をAraBADGXReactor内部で掛け合わせ、これを転写開始 頻度とした。
以下が使用したReactorとそのパラメータである。
主要反応 | リアクター名 | パラメータ | 出典 |
araBAD expression | AraBADGXReactor | Kd= 3.0e-10(M),k2(s-1)=60 | [7] |
L-Arabinose → L-Ribulose | CompetitiveInhibitionReactor | Km=6.0e-2(M),Ki=1.8e-2(M) | [1] |
L-Arabinose → L-Ribulose | CompetitiveInhibitionReactor | Km=6.0e-2(M),Ki=6.0e-3(M) | [1] |
L-Ribulose → L-Ribulose-5P | sequentialBiBiReactor | KmA=1.11e-4(M),KmB=7.6e-5(M) | [2][3] |
L-Ribulose-5P → D-Xylulose-5P | RapidEquilibriumPReactor | Keq=1.86(M) | [3] |
D-Xylulose → D-Xylulose-5P | BiBiReactor | KmA=8.0e-4(M) | [4] |
D-Xylose → D-Xylulose | RapidEquilibrium | Keq=1.05(M) | [3] |
D-Ribulose-5P → D-Xylulose-5P | RapidEquilibriumPReactor | Keq=1.5〜3.0(M) | [3] |
D-Ribulose → D-Ribulose-5P | BiBiReactor | KmA=2.7e-4(M), KmB=7.6e-5(M) | [2][3] |
L-Ribulose-5P → L-Xylulose-5P | RapidEquilibriumPReactor | Keq=1.5〜3.0(M) | [3] |
L-Xylulose → L-Xylulose-5P | BiBiReactor | KmA=8.0e-4(M), KmB=4.0e-4(M) | [5] |
L-Xylose → L-Xylulose | RapidEquilibriumPReactor | Keq=1.81(M) | [3] |
L-Xylulose → L-Xylulose-1P | BiBiReactor | KmA=1.0(M) | [4] |
L-Xylulose-1P + Glycoladehyde→ Glycerone-P | RapidEquilibriumPReactor | Keq=8.3e-5(M) | [3] |
これまでに説明したaraBAD operonとPentose and glucuronate interconversionsについて、E-CELL Systemを用いてシミュレーションを行なっ た。
グラフ1:RepEqAraCReactorの状態図
グラフ2:AraCの状態図
初期の段階では、AraCが欠乏しているため、AraCが発現される。その後、 AraCが細胞内に蓄積すると、徐々にRepEqAraCReactorの値が小さくなる。この ことは、AraCGXReactorによって表現された自己抑制機構が活発になっている ことを意味し、徐々にaraCの発現が弱まっていることを示している。 その結果、AraCの個数がある一定値を超えると、AraCがaraOに結合し、 反応が停止していることがわかる。
グラフ3:araBAD operonの発現
開始後はaraBAD operonから転写が開始する条件が整っておらず、発現 は全くおこらない。その後、AraCの発現やDNAループの形成、アラビノースの AraCへの付加を経て、DNAループが解除される。その結果、CAP-cAMPがCAP部位 に結合してaraBAD operonからの転写が開始していることがわかる。
開始後は、迅速に平衡状態へ移行するため反応が急速に進む。その後、 araBAD operonからの転写が開始されると、リブロキナーゼ、アラビノー スイソ メラーゼ、リブロース-5-リン酸エピメラーゼの三つの酵素が生成され る。その結果、平衡状態の均衡が崩れて、あらたな平衡状態へと移行する方向 に反応が進むことがわかる。
シミュレーション結果が妥当であるかどうかの判断を行なうことは、作られた モデルの正当性を証明する上で必要不可欠である。
今回、araBAD operonに関しては、araBAD operonから転写さ れたmRNAのin vivoにおける時間的推移に関するグラフ[12][13]を得る ことができ、それに従い再現した。しかし、発現蛋白質や酵素の細胞内時間的 推移に関するグラフやデータに関しては参考となるものが見当たらず、実験値 との比較によって今回のモデルの妥当性を証明することができなかった。
我々が欲しているパラメータの多くは、1960〜1980年代までに行なわれた研 究の結果によるものが多い。しかも、同じようにシミュレーションを行なった モデルがない場合は、実験によるパラメータを様々な論文から探し出さねばな らない。しかし古い年代になるほど、必要となる論文が入手しづらく、その結 果として、一つのパラメータを得るのに莫大な時間がかかってしまう。特に今 回モデル化するために必要であったPentose and glucuronate interconversionsにおけるデータは、解糖系などに比べて非常に入手困難であっ た。今後、同様なモデルを作成していく上で、効率よくパラメータを入手する 方法を確立する必要があると思う。
今回モデル化したのは、糖代謝の一つであるaraBAD operonに関して であったが、細胞内には他にも様々な糖代謝機構が存在する。そのうちすでに lac operonと解糖系に関しては同研究室の妹尾紗恵氏により、モデリ ングが行なわれている。araBAD operonとlac operonは、グルコー スが多量に存在するときには共に不活性であり、共にCAP-cAMPを正の制御因子 として使っている。このことからも、二つのモデルをつなげることは可能であ る。これが実現されれば、複数の機構をどのように調節して糖代謝を行なって いるかを知る手がかりになると期待できる。
文献によって全ての酵素反応速度パラメータを入手することは理想であるが、 実際それは不可能に近い。また手動によるチューニングや研究者の勘のみで反 応の定常状態を得ることは非常に手間のかかり、建設的であるとは言いがたい。 そこで今後は、同研究室の齋藤裕介氏を中心に開発が進められているE-CELL Systemにおけるパラメータチューニングをモデル作成に利用することで、より 効率のよいモデル作成手法の開発が可能となる。
本研究を進めるにあたって数々のアドバイスをして頂いた橋本健太氏、中山 洋一氏、そして研究の機会を与えてくださった冨田勝教授にこの場を借りて感 謝の意を表したい。
- Patrick JW, et al. Purification and properties of an L-arabinose isomerase from Escherichia coli. J Biol Chem. 1968 Aug 25;243(16):4312-8.
- Lee N, et al. Crystalline L-ribulokinase from Escherichia coli. J Biol Chem. 1967 May 10;242(9):2043-50.
- 赤堀四郎, 奥貫一男, 上代淑人, 徳重正信, 八木達彦, 一島英治. 酵素ハンドブック. 朝倉書店.
- BRENDA, the enzyme database,http://srs.ebi.ac.uk
- Sanchez JC, et al. Activation of a cryptic gene encoding a kinase for L-xylulose opens a new pathway for the utilization of L-lyxose by Escherichia coli. J Biol Chem. 1994 Nov 25;269(47):29665-9.
- Kehres DG. A kinetic model for binding protein-mediated arabinose transport. Protein Sci. 1992 Dec;1(12):1661-5.
- Zhang X, et al. Transcription activation parameters at ara pBAD. J Mol Biol. 1996 Apr 26;258(1):14-24.
- Wellington SR, Spiegelman GB. The kinetics of formation of complexes between Escherichia coli RNA polymerase and the rrnB P1 and P2 promoters of Bacillus subtilis. Effects of guanosine tetraphosphate on select steps of transcription initiation. J Biol Chem. 1993 Apr 5;268(10):7205-14.
- Soisson SM, MacDougall-Shackleton B, Schleif R, Wolberger C. Structural basis for ligand-regulated oligomerization of AraC. Science. 1997 Apr 18;276(5311):421-5.
- Zhang X, Schleif R. Catabolite gene activator protein mutations affecting activity of the araBAD promoter. J Bacteriol. 1998 Jan;180(2):195-200.
- Donald Voet, Judith G Voet. ヴォート生化学(上)(下) 東京化学同人
- Johnson CM, Schleif RF. In vivo induction kinetics of the arabinose promoters in Escherichia coli. J Bacteriol. 1995 Jun;177(12):3438-42. Hahn S, Hendrickson W, Schleif R. Transcription of Escherichia coli ara in vitro. The cyclic AMP receptor protein requirement for PBAD induction that depends on the presence and orientation of the araO2 site. J Mol Biol. 1986 Apr 5;188(3):355-67.