政策・メディア研究科修士課程2年/89831646/宿谷 いづみ (izm@sfc.keio.ac.jp)
高齢者人口の推移はその人口が増加するということだけでなく、「後期高齢者」(75 歳以上の者)が急速に増加することも内包している。1990年では「前期高齢者」(65歳から74歳までの者)の総人口に占める比率は7.2%、後期高齢者は4.8%であったが2025年には前期高齢者11.3%、後期高齢者14.5%と推計され、後期高齢者が前期高齢者の数を上回ることになる。後期高齢者になると健康上何らかの障害を有する者の比率(有訴者率)、あるいは受療率が高くなる傾向がある 。よって、介護を必要とする高齢者層が増加することが予測される。高齢者を含む世帯は、ライフスタイルの変化と少子化により単身や夫婦のみの世帯が主となり、これらは2020年には高齢者を含む世帯の3分の2を占めると推計されており 、家族による介護力が低い世帯が増加することが予測される。したがって高齢者の介護・生活支援の社会化が急務となることは明らかである。
これらの流れを受けて、2000年4月1日から施行される介護保険制度は、従来の老人福祉が施設入所型であったのに対し、入所型施設の整備の難しさ、医療機関入院後に在宅介護が困難などを理由に入院しつづける高齢者の「社会的入院」の増加による医療費の増加、要介護者の終の住まいとして住み慣れた自宅を希望していることなど、さまざまな要因に応え、「要介護状態になった場合においても、可能な限り、その居宅において、その有する能力に応じた自立した日常生活を営むことができるように配慮されなければならない」とし、在宅介護重視の基本理念のもとに制度が組み立てられており、これからの高齢者介護は在宅介護が主流になるといえる。しかし、介護保険制度施行まで数カ月となった今、在宅介護支援サービスのための施設整備および人材育成は、目標水準と比べ遅れている。
これまでの在宅介護支援サービスは行政等公的な機関により提供されることが主であったが、在宅介護支援サービスのための施設整備および人材育成の遅れを解決するために、市民団体や民間企業などの力を生かすことが挙げられている。市民団体は介護保険制度の枠内で活動するには、法人格を取得して都道府県から指定事業者として認められる必要があるが、法人格を持たなくても厚生省の省令の人員や施設、整備、運営基準を満たせば、介護保険制度上でサービスを提供することが可能になるとされている。
市民団体による在宅介護支援サービスは、「昭和50(1975)年代後半に都市部を中心に、サービスの担い手と利用者が同じ会員として、有料、有償を基本とする、住民の助けあい活動として始まった。このような活動は急速に普及し、昭和62(1987)年当時に121団体であったものが、平成9(1997)年には1183団体となり、9.8倍に達している。またこの活動は都市型の活動といわれてきたが、近年は地方都市や町村部にも広がりつつ」あり、その活動内容は「ホームヘルプサービス中心から、食事サービス、移送サービスに広がり、それに加えて、ミニデイサービスや託老、グループホーム等に取り組むところもでてきて」 おり、そのサービス供給量も増加していることから、日本の在宅介護支援サービスを充実したものにしていく上で見逃すことのできない存在となっている。
市民団体による在宅介護支援サービスの特徴として以下の4点が挙げられている。
(1)従来の公共的福祉供給とは異なり、住民参加、住民主体という性格を持ち、行政が支援する組織も多く見られるが、組織形態は行政とは一線を画したものである。
(2)多くは、サービス提供者とサービス利用者が会員制度の組織により、平等のメンバーシップが与えられている。
(3)サービス提供に際し、利用者は一定の対価を支払うという意味で有料のサービスであり、他方、サービス提供者は有償でサービスを提供する。
(4)対価の水準は低廉であるとともに、非営利性を貫き、個人や組織の金銭的利益は追求しない。
在宅介護支援に関わる市民団体のこれまでの活動を見ると、次のような意義を見出せる。第一に、行政の社会福祉措置の枠組みから外れてしまった要介護者を、低価格で質の高いサービスにより支えていたという事実があり、福祉を厚みのあるものにすることに重要な役割を果たしているということである。第二に、市民団体は元気な高齢者の生き甲斐創出の場になっているということである。これは、在宅介護支援サービスのマンパワーとして市民団体を生かすのみならず、孤独や不安、寂しさを抱えながら生活を送っている多くの高齢者が生き生きと地域で活動する場を持つことによって、要介護の状態になるのを防ぐという効果があるということを示していると言える。第三に、市民団体による活動は、参加者に福祉的意義や態度の変容を促す役割も果たし、福祉コミュニティづくり、福祉のまちづくりへと繋がるものであるということである。「我が国では、人口の高齢化に対応するため、寝たきり、痴呆などの介護を要する高齢者への支援策の充実が緊急の課題となっている。一方、65歳以上の高齢者全体に対する要介護高齢者の比率は現在約6%
であり、9割以上の健康、虚弱高齢者に対する支援策もまたきわめて重要である」
ことから、これらの意義は、これから将来に渡る高齢者福祉において重要な意味をなすものであると言える。
在宅介護支援サービスを提供する市民団体を含めた、「ボランティア活動等インフォーマルな活動の問題点は、参加意向を持つ国民が過半数を超えている状態にもかかわらず、実際活動に参加している人は5%〜10%にとどまっているという、参加意向と実際活動との間の大きなギャップが存在すること」 であり、その要因の一つとして、活動拠点となる地域施設の不足が挙げられている。
我が国の高齢者の生活を支援する地域施設(以下、高齢者生活支援地域施設)は、80年代後半まで、次の七つの施設種にほぼ限られてきた。養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム(A・B型)、老人福祉センター(以上老人福祉施設)、有料老人ホーム、老人憩いの家、老人休養ホーム(その他の老人施設)である。これらは、1963年制定の老人福祉法を基本に制度化され、およそ20年間の長期に渡り、施設内容・サービス水準とも極めて不十分なまま定型的に設置されてきた。80年代に入り、高齢者の増大と家庭内での介護力の低下が顕著になり、高齢者の介護の多様化・高度化しつつあるニーズに対しての社会的な対応策を早急に講じる必要に迫られた。世界のノーマライゼーションの思潮 を受けて、また将来の財政的負担の軽減を図り、在宅福祉を基調とする地域福祉の推進が掲げられた。このような状況の中、1982年老人保健法が制定され、1986年に入所型施設と通所型施設の中間施設である老人保健施設が制度化されたのを皮切りに、老人短期入所施設、ケアハウス、老人デイサービスセンター(A・B・C・D・E)型、高齢者生活福祉センター、シニア住宅、老人在宅介護支援センター、特定有料老人ホームなどが制度化・事業化されていった。これらのうち保健・福祉の各施設については、1989年高齢者保健福祉10カ年戦略(ゴールドプラン)、その後サービス量を上方修正した1995年新ゴールドプランにより目標水準が示された。1990 年の福祉八法の改正は、都道府県から市町村へ権限を大幅に委譲させるもので、高齢者サービスの提供主体として市町村自治体が明確に位置付けられ、全国の市町村は1994 年までに老人保健福祉計画の策定を義務付けられた。老人保健福祉計画は、保健・福祉施設のマスタープランであり、高齢者生活支援地域施設の計画は、市町村の手に委ねられることになった。
市町村行政は、地域の人口の高齢化の状況と市民のニーズを汲み取り、民間企業・市民団体との連携により展開する在宅介護支援サービスの体系を構築しつつ、高齢者生活支援地域施設の整備を進めていかなくてはならない状況に置かれている。また行政は、財政上の問題を乗り越えるためにも、新設施設のみならず、既存施設の再編成の方向から高齢者生活支援地域施設の整備計画を作成しなければならないという問題を抱えている。
高齢者の在宅介護支援サービスは、その内容が日常生活の根幹に関わるものであるため、地域密着型のきめ細かい柔軟なものである必要がある。またその性質からも、継続的かつ安定したサービス供給が必要となる。第2章以降で詳しく分析するが、在宅介護支援サービスを支える存在として期待される市民団体の活動は、地域の高齢者福祉に対する関心が高い市民により行われているため、地域密着型できめ細かいものになっている。一方、行政による支援が十分でないため、その活動は参加者の熱意と工夫により支えられている。特に活動拠点の確保は、市民団体にとって大きな問題となっており、継続的かつ安定したサービス供給に大きな影響を与えている。
市民団体の活動内容は多岐に渡るが、特に活動拠点の制約によりサービス展開が影響を受けるサービスとしては、昼食または夕食を調理し配達する「配食サービス」、比較的元気な高齢者が通い食事をする「会食サービス」、これにレクリエーションを加えた「ミニデイサービス」、そして「ホームヘルプサービス」が挙げられる。配食サービスに関しては調理場および作業場としての施設を必要とし、会食サービスはサービス利用者および調理者など市民団体の人がともに食事をとれるスペースを必要とする。ホームヘルプサービスは打ち合わせのための会議室や連絡、受け付け業務等から拠点施設が必要になる。市民団体は必要とする活動拠点として、公共の施設を継続的かつ占有できない状態のまま利用したり、自宅を利用している。そのため、提供できるサービス量には限界があり、またサービスを提供できる範囲も限られたものになっている。また市民団体の活動は、営利目的ではなく、善意の連帯によるものであるため、サービスの対象となる高齢者は、市民団体への参加者の意識および技術により限られることになる。例えば、利用者の介護度が重いことや居住地域などの制約が挙げられる。
市民団体の力を生かすには、地域全体の高齢者在宅介護支援サービスにおいて、市民団体の活動の特徴とそれらが果たせる役割を把握することが重要になると考えられる。市民団体の力を生かした高齢者生活支援地域施設の計画は、市民団体の活動という地域特性を踏まえた手法である必要があると考える。
このような観点から、本論文では高齢化率が全国と比べ20%と高く、市民団体による高齢者在宅介護支援サービスが活発で、行政による在宅介護支援サービスの需要・供給把握を行っている鎌倉市を事例として取り上げる。本論文は、市民団体が主体的に行っている高齢者在宅介護支援サービスとして、配食サービス、会食サービス、ミニデイサービス、ホームヘルプサービスを取り上げ、これらのサービスが、地域全体のサービス提供状況の中でどのような役割を果たしているのか、活動の特性および活動環境の要件は何かを施設利用の事例を通して考察し、市民団体の力を生かすための活動拠点となる地域施設の計画方法の方向性を示すことを目指す。
鎌倉市行政および給食サービス連絡協議会へ活動状況に関するヒアリング調査、市民団体9団体中6団体に対し、現在の活動と活動拠点の関係、サービス展開状況と参加者の居住地域についてヒアリング、アンケート調査を行った。
・活動施設5施設(市民団体給食サービス専用施設=1ケ所、行政センター=3ケ所、自治会館=1ケ所)
・全域型サービス展開団体の場合
→鎌倉市全域に約100食のお弁当を提供していた(100食が限界)
→調理担当者に比べ、配達担当者がサービス提供範囲全域に分散している
→全域型の団体は、配達担当者にサービス提供を頼っているので、担当者がいなくなると、その配達者の住む地域へのサービス提供が難しくなる
99年4月から活動拠点が整備されたことをきっかけに別れた、地域を限定してサービスを展開している2つの団体の活動範囲と参加者居住地を分析したところ、以下の知見を得ることができた。
→地域限定型の団体に比べ、全域型の団体の活動は多くの負担(経済的、時間的、精神的負担)を強いられている
→小地域分散型地域施設を活動拠点とすることにより、参加者の集まりやすさから参加者数を増加させ、また小地域を担当することから、市民がもともと持っている地域の情報を生かすことができてサービス量を増加させることが可能になった事例が現実の中でもあった
鎌倉市でサービスを展開する団体は1団体のみであった。
・自治会館を市民団体の給食サービス・ミニデイサービスに利用できる様、改築運動に関わっていた
・給食サービスに比べ、サービス利用者、提供者の居住地が活動拠点を中心に一層狭い範囲に分布していた。
→ミニデイサービスには、給食サービスと比べ、サービス利用者に対し、身体的介護が加わり、市民団体の参加者に負担を加える側面がある。この団体は、代表者の強力なリーダーシップ、既存の地域コミュニティである自治会を背景とする狭い地域に対するこだわりから、ミニデイサービスに踏み切れていた。
・介護保険制度内でサービス供給するためには、一定の基準を満たした事務所機能を持つ施設を所有し、常時担当者がいなければならないが、実質のサービス展開は、市民団体参加者が利用者宅へ直接いくため、活動拠点による活動範囲の制約はなかった。
・基本的にはヘルパーは自宅から近いところに居住するサービス利用者宅へ通う傾向が強かった。
・小規模分散型の施設が必要になる状況は見られなかった。