2000年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

「国際共同研究・フィールドワーク研究費」


 


次世代ビジュアルトレーニングシステム開発に向けたフィールドワーク


研究代表者 : 環境情報学部教授 福田忠彦

学生代表者 :  政策・メディア研究科博士課程1年 加藤貴昭






1.研究概要

 本研究では、スポーツにおける視機能を向上させるためのビジュアルトレーニングに関して、主にメジャーリーグベースボールチーム、日本プロ野球チーム、社会人野球チーム、大学野球チームをはじめとするスポーツ現場において現状調査を行うとともに、アメリカにおいて先端的トレーニング指導を行っているトム・ハウス氏とベースボールアカデミーのディレクターであるケン・ボレック氏に取材を行った。また、スポーツビジョン研究先進組織であるスポーツビジョン研究会や4Dビジュアライゼーションシステムを活用している理化学研究所、さらにはハードおよびソフト開発を行う各企業においてフィールドワークを行い、本研究の最終目標である次世代のビジュアルトレーニングシステムの開発に寄与する調査結果を得た。

 

2.研究の構成

 

 

 

3.研究の背景と目的

 主にスポーツをはじめとする領域において、「眼の良し悪し」が運動のパフォーマンス成果を左右することは既知のとおりである。しかし、眼の特殊機能を取り扱うスポーツビジョンの研究分野においても、いかにして眼の諸機能を鍛え、運動行動へ結びつければよいのかについては現在も試行錯誤の段階である。1970年代半ばまでに、スポーツと視覚に関する研究は急増し、それに伴って研究機関の設立を望む声も大きくなってきた。1976年、optometristの集まりであるAOA(American Optometric Association)にスポーツビジョン研究部門設立の動きが現れ、翌1977年プロジェクトチームが結成された。その後、1979年からスポーツ選手の視覚能力の検査を開始し、1984年にはロサンゼルスオリンピックでビジョンケアサービスを提供した。以降アメリカオリンピック委員会と共同研究を進め「Vision and News」を発行している。そのAOAにより、スポーツに必要な視機能として以下のような項目が挙げられている。

  1. Static Visual Acuity(静止視力):一般に「視力」と呼ばれる。最小分離閾。

  2. Dynamic Visual Acuity(動体視力):動いている目標を識別する視力。日本では前方から直線的に自分のほうに向かい移動する目標を見るときの動体視力をKinetic Visual Acuity(KVA)、目の前を水平方向に移動する目標を見るときの動体視力をDynamic Visual Acuity(DVA)と呼んでいる。

  3. Peripheral Vision(周辺視力):網膜における周辺部で感受する刺激に対する視機能。

  4. Depth Perception(深視力):距離感や距離的誤差を感じる能力。

  5. Eye Motility(眼球運動):6つの外眼筋が協調して眼球の向きを変える。素早く、正確に目標に目を向けることが問題となるが、それ以外にも「眼の動かし方」という、モータースキルとしての眼球運動の重要性が考えられる。

  6. Eye-Hand/Body/Foot Coordination(眼と手/体/足の協応運動):視覚を介した手(または体、足)による反応運動の能力。

  7. Visualization(視覚化能力):次に起こる状況をイマジネーションにより視覚的に予測する能力。

  8. Speed of Recognition time(瞬間視力)瞬間的に表示された目標を素早く認識する能力。

ほか、全17項目。さらにAOAは、この項目を競技種目ごとにその重要度について分析している。

 特に動体視力、瞬間視力、眼球運動など一部の視機能については、ビジュアルトレーニングにより視覚能力が向上したという報告がこれまでになされている。現在のスポーツの現場では、実際にビジュアルトレーニングによって視覚能力を向上させ、競技力、運動パフォーマンスの向上を図かっている。

 このビジュアルトレーニングは、スポーツビジョン研究の1つの大きな目標であり、各研究機関、企業によりトレーニング方法やトレーニング機器が各種開発されており、前述のAOAやNASV(National Academy of Sports Vision)の研究発表会場などでは、それらが多数展示されている。しかし、そのいずれをみてもその効果を証明するデータの裏づけのないものばかりである。フィジカル、メンタルに限らず、全てのトレーニングにあてはまることではあるが、トレーニング手段を思いつくことは比較的容易である。しかし、その効果を客観的に実証することができなければ、効果のあるものとして公表することはできない。ビジュアルトレーニングの研究を進めるにあたり、最も難しいのがこういったトレーニング効果の実証であり、現在も様々な方法で試行錯誤が繰り返されている。

 現在特にこのビジュアルトレーニングが積極的に導入されている競技として野球競技が挙げられる。アメリカのメジャーリーグベースボール組織であるレッド・ソックスにおいては、キャッチャーミットの色を変えたビジュアルトレーニングにより、ピッチャーのストライクゾーンに対する視認性の強化を行っている。また、日本でも広島東洋カープにおいては、毎年選手のスポーツビジョン能力を測定し、積極的に球団独自のビジョントレーニングを行うことで、チーム全体のスポーツビジョン能力を向上させているという報告がある。こうしたビジュアルトレーニングの効果は、野球のみならず、スポーツ全般、さらには運動行動全般において応用されるべき事実であると考えられる。

 こうした現状に向け、次世代のビジュアルトレーニングシステムの開発を行うためのプロジェクトを発足させた。本システムは、コンピュータディスプレイ上に運動視標を提示させ、それを眼で追う人間の眼球運動を同時に測定し、そのデータをもとに運動視標のパラメータをリアルタイムで変化させて、測定結果として記録するものである。特に運動視標として、現実のスポーツ現場状況のビデオを刺激として用いるほか、3DCGによって現実を忠実に再現したのものを用いることを考えている。また、FreeView(樺|井機器工業社製)という非接触型眼球運動測定装置を改良し、刺激提示とデータ処理部とをリンクさせ、リアルタイムでデータ解析、新たな刺激作成、刺激提示を行うためのプログラムを記述する。このようにコンピュータ、眼球運動測定装置を、ビジュアルトレーニングのために用いるといった点が、この次世代ビジュアルトレーニングシステムの画期的な特徴であるといえよう。

 そこで本年度を主に研究調査期間とし、アメリカをはじめとする研究組織、スポーツ現場において、今現在どういったビジュアルトレーニングが行われているのかについてフィールドワークを実施した。現在行われているビジュアルトレーニングの現状を把握し、現場の生の声から、将来のビジュアルトレーニングにおいて何が必要とされているのかを把握することは、次世代ビジュアルトレーニングシステム構築にとって欠かせない事実である。

 

4.研究成果


今年度の次世代ビジュアルトレーニングシステム開発に向けたフィールドワークの活動は以下のとおりである。(*は現在も継続中)

  1. スポーツ現場における調査

 

  1. 研究機関における調査

 

  1. ソフトおよびハード開発企業における調査

 

  1. 関連研究の発表

        SFCオープンリサーチフォーラム2000(2000年9月)

        日本人間工学会(2000年6月)

        運動学習研究会(2000年8月)

        スポーツビジョン研究集会(2000年8月)

        ベースボールフォーラム2001(2001年1月)

        「アエラ」2001, 1/29, vol.14, no.5, pp.37-38.

        「Baseball Clinic」2001, 3, pp.26-29.

        「野球小僧」2000, 10/27, No.6.

        「スポーツうるぐす」TV(予定)

        「所さんの目がてん」TV(予定)

 

4.1.スポーツ現場における調査結果(アメリカ)

4.1.1.メジャーリーグ球団におけるビジュアルとレーングの現状

 シカゴカブスにおいてはメジャーリーグおよびマイナーリーグ組織における体系的なビジュアルトレーニングが特にこれといって行われていないのが現状である。しかしながら、組織から全選手に手渡される「Player Handbook」において、[The Complete Player」という選手に必要な能力の項目の中に「Stamina」、「Body Control」、「Athletic Ability」、「Durability」、「Physical Description」、「Instincts」、「Hustle」、「Reactions」、といったものと同様に「Eyesight」(視覚能力)という項目がある。組織として選手に要求する能力として視覚の能力を挙げている。それにもかかわらず体系的なトレーニングが導入されていないのは、ビジュアルトレーニングが現在の時点でパフォーマンスを向上させるために適した方法であるという認識がされていないと考えられる。シカゴカブスのブルペンコーチであり、現役時代は名内野手としてならし、サンディーアロマ−Jr、ロベルトアロマ−というメジャーリーグを代表する選手らの父であるサンディーアロマ−氏によると、ベースボールのパフォーマンスにおいてまず鍵となるのは視覚能力であり、次いで身体能力が重要になる。特に彼が強調したのは「Visual Reaction Time」が早ければ早いほど、ベースボールのパフォーマンスに良い影響を与えることであった。打撃コーチのジェフペントランド氏も打撃において最重要となるのは視覚で、打撃パフォーマンスと視覚パフォーマンスとの相関はきわめて高いことは経験的に分かっているが、現場では視覚のみのトレーニングは行われていないと言っていた。スポーツ場面、特にベースボール競技のパフォーマンスに影響を与えるスポーツビジョン能力の特性についてさらなる現場の理解を求めるとともに、効果的なビジュアルトレーニングの開発とトレーニング効果の証明が要求されている。

4.1.2.メジャーリーグを代表するトレーナーのトムハウス氏の取材から

 トムハウス氏は自身がメジャーリーグで輝かしい成績を残し、引退してからも主にピッチングコーチおよびトレーナーとして活躍し、特に数々のメジャーリーグ記録を打ち立てたノーラン・ライアン選手の専属コーチとして有名で、現在もなおベースボールコーチングおよびフィットネス・トレーナー業を営みながら、メジャーリーグ組織にも影響を与えている人物である。そのトムハウス氏の取材において指摘していたのが、やはりメジャーリーグ組織全般において体系的なビジュアルトレーニングが行われていないといった事実であった。特にメジャーリーグの組織においてその技術指導にあたるコーチらは基本的に自分の体験したトレーニングや技術方法に従って選手に指導を行っているということである。つまり、比較的に新しいトレーニング方法であるビジュアルトレーニングについては特に行われていないのである。しかし、彼はどんなスポーツにも「Vision」の能力は最重要すべきであり、さらに「Perception」にも注目してトレーニングを行っていかなければならないであろうと語った。こうした現状の中で、ビジュアルトレーニングに関する研究がより盛んに行われ、積極的に現場に取り入れられて、より良い成果をあげることが必要であると思われる。

4.1.3.ベースボールアカデミーにおけるビジュアルトレーニング現状

 アメリカを代表するベースボールアカデミーのひとつであるフロリダのニックボレッテリ・スポーツアカデミーに属するベースボールアカデミーにおいても、メジャーリーグの現状と同様に現在効果的なビジュアルトレーニングは行われていない。そこのディレクターを務めるケンボレック氏はもし視覚パフォーマンスを効果的に向上させることのできるようなトレーニング方法があればぜひ導入したいと語ってくれた。そのアカデミーでは例えば打撃に練習に使われるスイング矯正マシンやプラスチックボールを用いたピッチングマシンやノックマシンなど、一般的に発売されているトレーニングマシンを積極的に用いてトレーニングを行っている。こうしたアカデミーのように年齢が低い選手を育成する場でスポーツビジョン能力を効果的に向上させるようなビジュアルトレーニングが行われることでベースボール界全体のパフォーマンスの底上げにつながると考えられる。

 

4.2.スポーツ現場における調査結果(日本)

4.2.1.プロ野球の現状

 読売巨人軍で主にトレーニング全般について指導を行っている東京大学教育学部教授の平野祐一先生によると、巨人軍においてスポーツビジョン向上を目指した具体的なトレーニングは行っていないそうである。これはスポーツビジョンが果たしてどれほど野球のパフォーマンスにとって効果があるのか、またそうしたスポーツビジョン能力を向上させるためのビジュアルトレーニングは確立されているのかといった疑問が残るといった問題点から具体的なトレーニングにまでは結びついていないというのが現状である。平野先生の野球の打撃における視覚の重要性の見解は次のとおりである。

 「情報(光)の受容器は眼であり、視神経に入ったシグナルは大脳皮質後頭葉の視覚野を経由して、動きに関しては頭頂葉連合野で認識される。その認識に基づいて予測がなされ運動野に指令が送られることになる。したがって、まず眼の向け方が認識・予測の第一歩となる」

 以上のように打撃における視覚能力の重要性を強調している。こうしたパフォーマンスと深く関わりのある視覚能力をいかに鍛えるかが、打撃能力向上の鍵となっているのは言うまでもない。現在、後述するアシックス社から発売される視覚能力向上ソフトを巨人軍の2軍において導入しようとする動きになっている。これは2軍トレーナーが積極的にチームにそうした手軽に行えるトレーニングを紹介することでパフォーマンスのレベルアップを図ろうとしている動きである。このソフトの妥当性についてはここでは問題としないが、こうした手軽にできる視覚能力向上のトレーニングの需要は大きい。

4.2.2.社会人野球および大学野球をはじめとするアマチュア野球の現状

 アマチュア野球界の上位に位置付けられる社会人野球界と大学野球界全般をみまわしても特に積極的にビジュアルトレーニングを導入しているチームはほとんどないのが現状である。しかし、そのなかで比較的視覚能力に早くから注目し、独自のビジュアルトレーニング方法を練習の中に取り入れているのは、社会人野球チームの日石三菱(旧:日本石油)である。その背景には近年のトレーニング改革により多くのチームがメンタルトレーニングや動作解析などを取り入れて練習を行っていることもあり、日石チームとしては体力面のみならず視覚的な能力を向上させることで他のチームとの差をつけたいと考えたようである。その主な具体的なトレーニング内容は、

  1. ボールをよく見る

    効果:眼球運動、動体視力、視覚集中。

    方法:日常の打撃練習の中で常にボールをよく見るよう習慣をつける。

  1. ハーフバッティング

    効果:深視力、眼球運動、視覚集中力。

    方法:スローボールによる打撃練習を行う。

  1. 投球練習のボールを見る

    効果:眼球運動、動体視力、視覚集中力。

    方法:ブルペンの打席に立ち、投球練習のボールをよく見る。

  1. 数字、マークを欠いたボールでのトスバッティング

    効果:動体視力。

    方法:数字やマークを書き込んだボールをトスアップしてもらい、その数字やマークを読み取りながら正面のネットへ打ち返す。

  1. 小さいボールと細いバットによるトスバッティング

    効果:眼と手の協応性、視覚集中力。

    方法:直径3cm程度のスポンジボールをトスアップしてもらいノックバットで正面のネットに打ち返す。

  1. ドロップマシン

    効果:瞬間視、縦の眼球運動と動体視力、眼と手の協応性。

    方法:ドロップマシン(ミズノ社製)を使用する。マシンから落ちてくるボールを瞬間的に眼でとらえ、地面に落下する前に正面のネットに打ち返す。

  1. ストライク・ボール反応マシン

    効果:瞬間視、眼と手の協応性。

    方法:手動スイッチ式のランプボードを用いて、ストライクゾーン内に点灯したランプのコースに向けてスイングする。ボールゾーン内にランプが点灯した場合はスイングを行わないようにする。

 以上のような創意工夫されたビジュアルトレーニング方法は他に類を見ないといっても過言ではないであろう。実際にこうしたビジュアルトレーニングによって大会前の短期集中型のコンディショニングに十分効果が現れたそうである。さらに実際のパフォーマンスを可能な限り一般化し、そこから導き出されるプレーに直結したビジュアルトレーニングの効果を明らかにすることが要求されている。

 

4.3.研究機関における調査結果

4.3.1.日本におけるスポーツビジョン研究

 日本におけるスポーツビジョン研究の主要組織であるスポーツビジョン研究会(東京メガネ・スポーツビジョン研究室室長:阿南貴教)によると、スポーツビジョン測定は決められた測定器により8種類の測定項目において測定が行われる。その測定結果からこれまでの測定データと照らし合わせ、選手のスポーツビジョン能力が判定される。また選手はそれぞれの競技におけるスポーツビジョンの重要性を理解することで、ビジュアルトレーニングに取り組むきっかけを作る(表1)。

 

静止視力

動体視力

眼球運動

調節/輻輳

深視力/立体視

視覚反応 時間

眼と手の 協応運動

中心/周辺視野

視覚化能力

アーチェリー

野球(打撃)

野球(投球)

バスケットボール

ボーリング

ボクシング

フットボール(QB)

ゴルフ

体操

ホッケー(ゴールキーパー)

ビリヤード

カーレース

ラケットボール

ランニング

スキー

サッカー

水泳

テニス

走り高跳び

棒高跳び

レスリング

表1 : 競技種目別視機能重要度スコア表

 視覚情報に対して進退の動きをいかに素早く正確に結びつけるかということを目的として行うのがビジュアルトレーニングであり、直接的に視機能を鍛えるというのではなく動体視力や瞬間視といった視覚能力はあくまでもビジュアルトレーニングの結果として向上するものであると考えたほうが良いそうである。測定方法はそれなりのハードウェアを用いて精密な測定が行われなければならないが、スポーツビジョン研究会が推奨するビジュアルトレーニングは日常の生活で簡単にできるものもある。例えば以下のようなものである。

  1. 走る電車の中から看板の文字を読む

    眼の動き(眼球運動)を早くさせることにより電車により近い位置にある看板の文字が読めるようになる。同時に手足の動きも加えると良い(眼と手の協応動作)

  1. 文字を書いたボールでキャッチボールをする

    ボールに数字、漢字、ひらがな、ローマ字、記号など大小おりまぜて書き込み、キャッチボールする際に声を出して読む。ボールの速度を変えたりボールの大きさを変えたりしてバリエーションを広げる。

  1. スタートダッシュを工夫する

    選手はコーチと正対し、コーチの示した指の方向に素早くダッシュをする。また指で示すだけでなく、指の数によって奇数なら右、偶数なら左というようにしたり、簡単な計算をさせるなどして工夫する。

  1. トリッキーボールを使う

    普通の球状のボールに小さな6つのこぶがついたゴムボールがトリッキーボールである。これを壁に当て跳ね返ったものをキャッチする。トリッキーボールは不規則な動きをするので予測がつきにくく敏捷性を養うビジュアルトレーニングとしては最適である。

 こうした日常の生活においても簡単にできるビジュアルトレーニングは、選手にとってもやりやすいのではないかと思えるが、一方でTask Specificなビジュアルトレーニングの必要性も感じられる。

4.3.2.4Dビジュアライゼーションシステム(理化学研究所)

 理化学研究所情報基盤研究部情報環境室室長である姫野龍太郎氏を中心として、2000年10月よりデジタルモーションプロジェクトが発足した。これは姫野氏がこれまで研究してきた野球ボールの変化球の流体力学的解析によるコンピュータシミュレーションを4次元可視化システムを用いて表現し、最終的には本格的な野球の打撃シミュレータシステムを実現することが目的となっている。このシステムは当フィールドワーク研究の目的である次世代ビジュアルトレーニングシステムと非常に類似していることもあり、今後はデジタルモーションプロジェクトのメンバーとして共同研究を行うことになった。現在は大量の数値データをコンピュータ・グラフィックス(CG)によって立体的に投影し、そのCGを時間的に変化する様子を可視化するところまで完成している(図1)。

図1 : 理化学研究所の4Dヴィジュアライゼーションシステム

 

 今後は更なるグラフィックス関数を充実させ、フレーム落ちを減少させることが課題となっている。また、バットの位置情報を計測する磁気センサーの改良も課題である。このようなシステムにさらに眼球運動のデータや各種身体動作のデータが同時に計測され、CG刺激に反映されるようになれば次世代ビジュアルトレーニングシステムとして応用できる可能性もある(図2)。今後も理化学研究所との共同研究を進めていく。

図2 : 次世代ビジュアルトレーニングシステムの概観(予想)

 

4.4.ハードウェアおよびソフトウェア開発企業における調査

4.4.1.アシックス社の開発した「SPEESION」について

 株式会社アシックスはスポーツビジョントレーニングソフトとして「SPEESION」を2001年3月より発売する。これはスポーツで必要とされるスポーツビジョン能力のうち特に動体視力、眼球運動、周辺視野、瞬間視の測定およびトレーニングをするためのPCソフトである。前述したスポーツビジョン研究会に属し、日本におけるスポーツビジョン研究の第一人者である愛知工業大学の石垣尚男先生が開発に携わった。石垣先生がこれまでの研究で用いてきたPCによる映像刺激を改良することで、誰でも簡単にPC1台でスポーツビジョンの測定とトレーニングをすることを可能としている。当フィールドワーク研究の目的である次世代ビジュアルトレーニングシステムとはその対象が異なるものではあるが、これほど手軽にビジュアルトレーニングができるといった点は注目すべきであると考えられる。そうしたことから前述した読売巨人軍のように、日本のスポーツ界の需要に見合った商品であると考えられる。しかしその手軽さの影にはいくつかの問題点も見られる。大きな問題として人間の視覚能力と運動パフォーマンスとの関連についてはあまり考慮されてないということである。その背景には、高速に移動する物体の詳細(文字や色など)を把握する能力(中心視システム)とその物体の位置や速度を把握する能力(周辺視システム)という2つの視覚システムが人間の視知覚と運動行動に深く関わっているがあるという事実がある。今後はこうした視覚システムと運動システムの協調関係を考慮したビジュアルトレーニングの構築を考えていかなければならない。

4.4.2.NACイメージテクノロジー社の眼球運動測定装置EMR-8

 NACイメージテクノロジー社の眼球運動測定装置EMR-8は、瞳孔/角膜反射方式を採用し、装着ずれによる計測誤差を解消した非常に小型コンパクトの眼球運動測定装置である。ヘッドユニットとして野球帽を改良することにより軽量かつ比較的違和感のない装着を可能としている。現在研究室ではこのEMR-8を用いて各種実験を行い研究論文を作成すると同時に測定装置の評価および提案を行っている。今後は測定装置の評価から出てきた結果をもとにEMRの最新型への改良を提案するとともに次世代ビジュアルトレーニングへの応用も考えていく。

4.4.3.竹井機器工業社の眼球運動測定装置FreeViewおよび委託研究

 竹井機器工業の眼球運動測定装置FreeViewは非接触型の眼球運動測定装置で、モニタ映像に対して被験者に負担をかけることなく眼球運動を計測することができる。現在研究室で主に用いている眼球運動測定装置はこのFreeViewである。また、本年度から刺激映像をTVモニタで表示する方法に加え、PCによる刺激映像を液晶ディスプレイによって表示させることでより鮮明な刺激映像を被験者に提示することが可能となり、より詳細な測定データが計測できるようになった。このようなこれまでとは異なる眼球運動の測定方法を考案する研究を株式会社竹井機器工業より委託されている。今後も共同研究を行い、非接触型眼球運動測定装置FreeViewの評価を行うとともに新たな眼球運動測定装置の開発を目指し、さらには次世代ビジュアルトレーニングシステムへの応用も考えていく。

 

5.今後の展望

 前述したとおり理化学研究所情報基盤研究部情報環境室室長である姫野龍太郎氏が主催するデジタルモーションプロジェクトのメンバーとして関わりながら、野球の打撃シミュレータシステムおよび次世代ビジュアルトレーニングシステムにおける共同研究を行うことになった。現時点における様々な問題に対して対処していくためにも、今回のビジュアルトレーニングの現状調査とともに、今後はハードウェアに関する研究調査も行っていく必要があると考えられる。具体的には、

といった内容でこれからも研究を続けていく。