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脳に関するモデリング/シミュレーションは、計算論的神経科学(Computational Neuroscience)やニューラルコンピューティングなどの分野で行われている。シナ プス・樹状突起や数百個以下の神経細胞(群)によるネットワークなどの電気的活 動のコンピュータシミュレーションや、視覚・運動などの感覚情報の概念的なモデ リングなどが盛んに研究されている。しかし、大脳皮質が百億個以上の神経細胞ネッ トワークから成ることを考えると、数百個の神経細胞によるネットワークは大脳皮 質上では非常にミクロなレベルであるといえるし、またそれ以上のレベルになると モデリングが解剖学的に忠実でない概念的な数理モデルが殆どである。
上記ようなミクロレベルでの神経細胞の活動に基づくものではなく、大脳皮質全体 の活動が統合された結果によって特に高次な脳機能が実現されている。 従っ て、このような脳機能解明のためには、これまでのようなミクロレベルでの研究で はなく、大脳皮質全体を取り扱うマクロな視点からの研究が必須となってくる。 我々の研究グループではそのような試みが可能である。ヒト大脳皮質の世界で 唯一の解剖学的データであるConel Databaseとその解析結果や、電気生理学的実 験データなどに基づいてモデリング/シミュレーションを行えるからである。
大脳皮質全体にわたって、多くの解剖学的共通点が見られる。大脳皮質の 層構造は、大脳皮質全体にわたり見られる。またその構造はそれぞれの層の神経細 胞の入出力を明らかにコラム構造は大脳皮質全体にわたっていて、特に視覚、運動、 聴覚、体性感覚などの初期感覚野を除けば、その構造はほぼ一様である。このコラ ム構造の解剖学的に忠実なモデルを構築し、そのモデル自体のパラメータをConel Databaseを適応することなどしたものを組み合わせることにより、大脳皮質全体 のモデルを構築し、シミュレーションすることにより、大脳皮質全体のダイナミク スを解析することが可能となる。
今年度は、以前より成果をあげているConel Dataの解析をシステマティックに行え る環境を構築することができた。spike.mag.keio.ac.jp上にConel databaseのリレー ショナルデータベースマネジメントシステム(RDBMS)を構築した。また、モデリ ング面では、1つのコンパートメントを細胞群で表現し、population density approach(Nykamp et al., 1999)を用いて、電位を導出するところまで漕ぎ着け た。この手法は、細胞群のパラメータに、我々の所有する最大かつ唯一の発達にお けるヒト大脳皮質の解剖学的データベースであるConel databaseを使用することが でき、来年度以降のヒト大脳皮質全体のモデル構築実現への見通しがついてきた。
今年度のはじめに以下の4つの研究計画を掲げたが、それぞれの研究ががバランス よく捗ったということができる。特にWWW上でアクセス可能な解剖学的データベー スシステムの構築、ヒト大脳皮質の発達における神経回路網の変遷とその考察の研 究については、多数の学会発表を行った。
- WWW上でアクセス可能な解剖学的データベースシステムの構築
- ヒト大脳皮質の発達における神経回路網の変遷とその考察
- 大脳皮質コラム構造のモデル構築
- シミュレーションソフトウェア環境の構築
それらは、多数の学会発表や論文発表等のかたちで成果として表れている。 以下は今年度の活動概要である。
日時 場所 活動内容 2000年 4月 San Diego, USA ShankleがExperimental Biology 2000で口頭発表。 2000年 6月 -----
福田の主著論文がNeurocomputing誌に掲載される。 [Abstract] [Full text] 原の主著論文がNeurocomputing誌に掲載される。 [Abstract] [Full text] Shankleの主著論文がNeurocomputing誌に掲載される。 [Abstract] [Full text] 2000年 7月 静岡文化芸術大学 福田が日本認知科学会第17回大会で口頭発表。
2000年 7月 Brugge, Belgium 福田がComputational Neuroscience Meetingに参加/発表。
2000年 8月 Washington, D.C. ,USA ShankleがAmerican Psychological Association confereceに参加/発表。
2000年 11月 Taejon, Korea 福田が7th International Conference on Neural Information Processingで口頭発表。
前述のように、我々は「ヒトの詳細な解剖学的データに基づくコンピュータモデリングシミュレーション」をすることを目指している。そのためには、カリフォルニア大学の研究グループのもつデータ(Conel Database)とモデリングの知識が必要である。
これは世界中でも非常に珍しく、かつ、価値のある研究で、日本はおろか、世界中 でもほとんど行われていない。また前SFC脳研究グループのの原が、カリフォルニ ア大学、カリフォルニア工科大学で研究を続けており、SFCとそれぞれの大学の 橋渡し役やSFCの学生の指導をしている。
カリフォルニア大学医学部解剖学科教授のFallon氏には、解剖学的知識を、カリフォ ルニア大学認知科学科助教授のShankle氏には、データ解析の手法や、認知科学的 知識を提供し続けてもらっている。我々の研究は、Computational Neuroscienceと いう分野にあたるのだが、学際的な最新の知識の必要を迫られており、かつ、日本 が遅れをとっている分野でもあり、国際共同研究は我々にとって不可欠のものと言 える。また、データを共同で解析しており、今後ともカリフォルニア大との共同研 究は大きな成果をあげていくことが期待されている。(カリフォルニア大のグルー プの成果は2000年1月4日のNew York Timesの科学面1面で取り上げられてい る。)
以下に今年度の成果として、それぞれの論文発表、学会発表、講演等を列挙する。
*** 学術雑誌論文 ***
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Proposition of cortical connectivity between 30 cytoarchitectural areas of human cerebral cortex",
Neurocomputing, 32-33, pp749-755, 2000.
- Hara, J., Shankle, W. R., Fallon, J. H., and Fukuda, R.,
"Estimating cortical connectivity for developing human cerebral cortex",
Neurocomputing, vol. 32-33, pp.1035-39, 2000.
- Shankle, W. R., Landing, B. H., Rafii, M. R., Hara, J., Fallon, J. H., Romney, A. K., and Boyd, J. P.,
"CYBERCHILD: A database of the microscopic development of the postnatal human cerebral cortex from birth to 72 months",
Neurocomputing, vol.32-33, pp.1109-1114, 2000.
*** 口頭発表 ***
- 福田竜太,原淳子,William R. Shankle,冨田勝,
「ヒト大脳皮質発達のネットワークモデルの構築」,
日本認知科学会第17回大会,静岡文化芸術大学,O4-04,7月,2000 年.
- Fukuda, R., Hara, J., and Shankle, W. R.,
"Estimating connectivity and its dynamics of cortical network for developing human brain",
7th International Conference on Neural Information Processing(ICONIP-2000), Taejon, Korea, November, 2000.
- Shankle, W. R. and Hara, J.,
"Brain Debelopment from birth to 72 months.",
Experimental Biology 2000(EB2000), San Diego, USA, April, 2000.
*** ポスター発表 ***
- Fukuda, R., Hara, J., and Shankle, W. R.,
"Development of connectivity of human cerebral cortex",
Computational Neuroscience 2000(CNS*2000), Brugge, Belgium, July, 2000.
- Hara, J., Shankle W. R., and Brannock,
"Neurophysiological, behavioral and neuroanatomical correlates in the human brain development from birth to 72 months",
American Psychological Association(APA) conferece, Washington DC, USA, August, 2000.