2000年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告
「国際共同研究・フィールドワーク研究費

討論民主主義に関する実証研究

研究代表者名:総合政策学部 助教授 小澤太郎
学生代表者名:政策・メディア研究科 若尾信也



研究要旨

 本研究の目的は、諸外国で先行的に研究が進んでいる討論民主主義理論の実証分析の現状を把握することにある。特に、James S. Fishkinらによってこれまで開かれた"Deliberative Opinion Poll"の詳細をヒアリング調査と実際の実験への参加によって明らかにし、同実験の日本における開催の検討を行うことを最終的目的とした。



研究の背景と目的

 
討論民主主義(deliberative democracy)は政治学において新しい問題ではなく、政治学の歴史と同様の歴史を持つ。しかしこの理論が1990年後半になり再び注目されるようになった。その背景として、戦後約50年をかけ議会制民主主義制度を成熟させてきたのにも関わらず、投票率の低下や政党・政治家への不信など、必ずしも今日民主主義制度の機能不全が顕著になってきていることが挙げられる。言い換えれば、現在の民主主義の機能不全を改善すべく政治的装置を構築する必要があるということである。
 そこで注目を浴びているのが、Fishkinらが中心となりこれまで行われている討論民主主義の実践的試みである。
 サンプリングで選ばれた数百人の一般市民が一カ所に集い、数日間に渡り政治問題を議論するという仕組みである。この集いを「熟慮フォーラム(deliberative forum)」と呼び、その過程を「熟慮過程(deliberative process)」と呼ぶ。
 このように集まった一般市民が、十分な時間と情報を得て熟慮を重ねたとすれば、政治問題に対しどう判断を下すのかを明らかにするのが討論民主主義の実証研究の目的である。
 

 しかし、このフォーラムにはいくつかの問題点がある。例えば、数百人の人々を数日間拘束するという仕組みから、膨大なコストが必要となる。また、「熟慮フォーラム」はアメリカにおいてはNGOが中心となり過去30年に渡り全米で小さい規模ながらも行われてきたという背景から多くのノウハウが構築されている。


 日本においてFishkinらと同様の実証研究を行うには、先行されているフォーラムの問題点を明らかにし、またフォーラム開催のノウハウを知る必要がある。


 そこで、本研究は、討論民主主義の実証研究の第一人者である、James S. Fishkin並びに、オーストラリアで1999年にフォーラムを開いたPamela Ryan氏、さらに30年間、アメリカにおいて市民への政治的啓蒙を目的として熟慮フォーラムを開催しているKettering Foundationにインタビュー調査を行い、また文献調査を行うことによって、これまで開催されたフォーラムのノウハウ並びに問題点を明らかにする。
 さらに、実際にオーストラリアで「アボリジニとの対話」をテーマとして開催された"Australia Deliberates"に参加することにより、詳細を明らかにする。



研究成果


(1)Center of Deliberative Pollissues deliberates AUSTRALIAへの取材


 9月にテキサス州立大学オースティン校において、テキサス大学教授James S. Fishkin氏並びに同大学助教授Robert C. Luskin氏に、さらにオーストラリア・アデレイドにおいてPamela Ryan氏にインタビューを行い、これまでに開催された熟慮フォーラムの説明並びに問題点をお聞きした。さらに文献調査から、これまでのフォーラムにおける問題点が以下のように明らかとなった。


(1−1)コストの問題


 まず、コストの問題に関しては、1996年にオースティンで開催されたフォーラムには約2億円が必要となったということであった。その半分はそのフォーラムを放映したPBS関連の番組費であることが明らかになった。さらに、これら莫大の予算をどう確保するかについては、開催者自身による一からのファンド探しから始まることなどが明らかになった。さらに参加者に対する謝礼も一人100ドル渡していることが分かった。また、オーストラリア開催のフォーラムはアメリカでのフォーラムの数分の一に抑えることができたこととそのノウハウも教授してもらうことができた。


(1−2)ノウハウ的問題


 フォーラムを開催するにあたり特に気をつけなければならないことは、


●参加者はあくまでサンプリングで決定


●参加者に与える情報のバランスに対する厳しい選択


であることがわかった。


(2)オーストラリアにおけるフォーラムへの参加


 2001年2月16日〜18日、オーストラリア・キャンベラの旧国会において、サンプリングで選ばれた344人の一般市民が「アボリジニとの対話」をテーマとし話し合う熟慮フォーラムが開催された。2000年9月に行ったインタビューにおいて本フォーラムの開催が開かれた際に参加することを許可された筆者は、全ての過程に参加した。





 この参加によって、インタビュー調査では明らかにされなかったフォーラムの詳細が明らかになった。特に一般の人々を対象とし、約2日間拘束するという過程は、フォーラムの内容は勿論のこと、そのマネージメント能力が非常に重要であることがわかった。今回の場合、スタッフ数は50人、その殆どはボランティアで構成されていた。また、討論を行う際には二人のモデレーターを配置させ、全員が議論に参加できるような仕組みをつくっていた。


今後の課題

 本研究は日本では未だ進んでいない研究であり、いわば本研究が第一号といえる。さらに、日本において熟慮フォーラムを今後開催するためには、本研究で築いたテキサス州立大学Ceter of Deliberative Poll並びにオーストラリアのissues deliberates AUSTRALIAとの協力関係を維持し、さらにその研究拠点を慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに築く必要があり、そのための基盤づくりが本研究によってなされたといえることをここに明記する。

 尚、今後の研究に関しては、
http://www.socc.sfc.keio.ac.jp で活動報告を随時行っていく。