2000年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書
「国際共同研究・フィールドワーク研究費」

「企業のブランド構築の変化と消費者の主観的なブランド認識モデルの考察」
研究代表者名:総合政策学部 助教授 桑原武夫
学生代表者名:政策・メディア研究科 古橋正成
(macoudu@sfc.keio.ac.jp)



研究概要

本研究は、企業のコーポレート・ブランド構築活動の具体的な方法論を提示することを目的としており、そのため
に当分野に関して先進的な取り組みを行っている企業に対してのインタビューをもとに行われたものである。主に、
日本企業に対する調査(2000年8月)と米国企業に対する調査(2000年10月)を行った。以上の調査から、代表と
して古橋(修士課程2年)論文としてまとめた。




研究背景  

近年、日本においてコーポレート・ブランドの重要性が唱えられるようになった。1999年には、マツダや本田
技研工業が、2000年には日立製作所や富士通、日産自動車や日興証券など数々の企業がコーポレート・ブラン
ド構築の専門の部署を創設し始めた。それに伴い、ブランド・コンサルティング業務も注目を集め、コーポレート・
ブランドの構築作業(以下、コーポレート・ブランディング)がコンサルティング会社や広告代理店の利益の種に
なりつつある。ではなぜ、最近になってコーポレート・ブランドに対する重要性が高まってきたのであろうか。そ
の理由としては、企業が提供する商品・サービスの変化が挙げられる。これは、単一製品・サービスの提供から複
合的商品・サービスの提供に移ってきたということである。例えば、フォードのナッサー社長は、99年、フォー
ドが「偉大な自動車会社から、偉大な消費者サービス業へ変わる」とコメントしている。具体的には販売金融やレ
ンタカー事業の拡充、インターネットを利用した販売網の構築などに現在注力しているのである。このように今ま
で自動車を売ってきた会社が、これからは自動車を媒介にした幅広いサービスに事業のウェイトを移そうとしてい
る。つまり、個別個別のサービスだけではなく、会社全体として製品・サービスを提供していく方向に移行しつつ
ある。その際に重要になってくるのが、企業全体としての信頼性の獲得、評判の獲得、良好なイメージの獲得など
である。ゆえに、 その受け皿としてのコーポレート・ブランドが現在注目されているのである。

近年のようなコーポレート・ブランドに対する注目は、過去のコーポレート・アイデンティティ(以下、CI)・
ブームと同質のものだ、という意見もある。しかし、両者を厳密に比較してみると、根本的にはその目的・効果、
具体的な手法、等全く異なった作業であることがわかる。いわゆるCIの作業は企業ロゴやデザインを中心としたビ
ジュアルアイデンティティを中心とした作業であり、日本では企業理念やビジョンの再構築といった作業がそこに
加えられている。これは、デザイニング、コピーライティングを中心としたいわゆるクリエイターを中心とした作

業であり、根本的には企業の事業戦略とは乖離した作業であることが多い。一部、ベネッセ・コーポレーション

(旧 福武書店)やINAX(旧 伊奈製器)など企業の事業戦略と密接に結びついた成功例は存在するが、一般的なCI
作業はクリエイターの仕事領域であることが多い。CI構築を専門とした会社もその多くはデザイン会社からスター
トしたものである。
以上のような考察はCIブーム当時からでており、そこが批判の対象にもなっていた。ゆえに、効果測定が非常に
難しい作業であるということもあり、企業の金余りプロジェクトとして位置づけられてしまっている場合も多い。
その批判に答える形で実務サイドからいくつかの方法論が展開されてはいたが、いずれも企業内部のドメイン設定
についての議論が多く、消費者や社会に対する具体的なブランドの構築手法についてはCIの手法に依ったままで
あった。Keller(1998)や青木(1998)など、いくつか基礎となる議論はされてはいるが、実際にどういう手法が
現在行われているのか、という部分に体系的に触れた議論はほとんどされていない。





研究目的

企業のコーポレート・ブランド構築活動は、主にCorporate Identity(CI)活動という形で以前から取り組まれ
ていた。しかし、近年の環境変化から異なった目的のブランド構築活動が求められるようになった。それは、顧客
が知覚している企業の事業領域を変化させるための活動である。たとえば、今まではHardware Makerとして顧客
に認知されていた企業がService Providerとして顧客に認知されるために行う活動である。これらの活動に関す
る先行事例は、いくつかあり、成功例とみなされる事例も存在している。しかし、そのための具体的な方法論につ
いては、現在、単発的にしか議論されておらず、体系的にまとめられてはいない。さらにはクリエイティブ要素に
依った部分が大きい。ゆえに、現在、この分野における具体的な方法論の体系的な確立が求められているのである。
今までの認知を変化させるためのコーポレート・ブランド構築活動は、今までのクリエイティブ要素に依存した活
動ではなく、長期的に継続される戦略的活動として行われる必要がある。そのための具体的な構築方法の提示を本
研究では目的として設定した。





調査概要

この研究に関して米国企業への調査と日本企業への調査を行ったが、それに伴い、2000年8月を中心に日本企業に
対してインタビューを行い、2000年10月には、米国のN.Y.とSilicon Valleyに赴き、渡米調査を行った。特に、
今回調査を行った米国企業群は、コーポレート・ブランド構築に先進的に取り組んできた企業群であり、今回の研
究を進めるにあたって、調査が欠かせない企業群であった。

具体的に調査とインタビューを行った企業は以下のとおりである。

○米国企業

・Hewlett Packard Company
・IBM Corporation
・Sun Microsystems
・Corporate Branding


○日本企業

・IDEX
・伊藤忠テクノサイエンス
・資生堂
・日本電気
・日立製作所
・富士通

以上の企業においてコーポレート・ブランド構築の担当者にお会いし、具体的な活動についてのヒアリングを行った。



研究成果  

本研究においては、事例分析からコーポレート・ブランディングの個々の手法を抽出した。それが以下の4つである。

1.事業スローガン設定
2.事業スローガンのサブ・ブランディング
3.事業スローガンの事業活動への反映
4.中核技術・サービス等のネーミングとブランディング

その上で以下の3点を中心とした「下位ブランド群を利用した」コーポレート・ブランド構築活動を提示することが
できた。

@ 構築活動のプロセスの明示
A 他社に対する差別化創出活動
B 企業スローガンの具体化活動  

@は、構築活動の段階によってとるべき活動が異なってくることを明示したものである。全体的には、AとBを達
成させるために、コーポレート・ブランドの位置付けを変化させるための活動として、コーポレート・ブランドの
下位ブランド群を利用したコーポレート・ブランド構築活動を提示することができた。