事業スローガン設定

 この事業スローガン設定とは、コーポレート・ブランドの提供する製品・サービスを位置付ける作業であり、コーポレート・
ブランドの事業領域を表現する作業である。事例研究で言うと、HPの"e-services"、IBMの"e-business"、Sunの".com
(dot-com)"が挙げられる。各社とも幅広い事業展開を行っているが、現在、コーポレート・ブランドが提供する商品・サー
ビスの位置付けを定めるために、このようなスローガンを用いている。つまり、ただの事業的なスローガンではなく、事業
全体の中での当該コーポレート・ブランドのブランド・ポジションを明確にするスローガンである。 この事業スローガン設定
の目的としては、以下の2点が挙げられる。

(1) コーポレート・ブランドの位置付けの強化
(2) コーポレート・ブランドの知覚される事業領域の特定(ブランド・ポジションの決定)

 まず、(1)のコーポレート・ブランドの位置付けの強化であるが、これは、実際の事業展開から導き出される事業スロー
ガンを設定することで、コーポレート・ブランドの位置付けをより明確にするということである。例えば、HPは、"invent"キャ
ンペーンを通じて、同社をinventiveな企業として位置付けた。しかし、この段階では、顧客にとっては、HPが"invent"を
掲げたことで結局何が変化するのかがわからない。その後に、HPの実際のサービスを位置付ける"e-services"という事
業スローガンが設定され、実際のHPのサービスが"e-services"に括られた形で広告キャンペーンが実施されたが、この
ように、ITサービス事業に注力するということを示した"e-services"という事業スローガンが設定されたことで、HPの
"invent"スローガンが事業活動に具体化されたことになり、実践されたことになる。ゆえに、事業スローガンはコーポレー
ト・ブランドの位置付けを強化するものであるといえる。 次の(2)のコーポレート・ブランドの知覚される事業領域の特定で
あるが、これは、当該企業が顧客に知覚してもらいたい事業領域を設定することであり、コーポレート・ブランドのブランド・
ポジションを明確にするということである。
 例えば、IBMはハード、ソフト、サービスという3つの主要な事業を抱えていたが、"e-business"という形でサービスにブ
ランド・ポジションを置いた事業スローガンを設定した。これにより、インターネットを活用した新しいビジネスの仕組みを提
供する"e-business"というサービスを基軸としてIBMのブランド・ポジションが規定されたことになる。 前述したとおり、こ
の事業スローガンは、コーポレート・ブランドが提供する商品・サービスの位置付けを表したものである。この事業スロー
ガン設定が行われた次の段階に置いて、次の2つの作業が必要になる。それは、差別性の創出と事業スローガンの具
体化、の2つである。
 差別性の創出とは、当該コーポレート・ブランドが設定したスローガンに対する他社の追随に対する施策である。事業
スローガンは、コーポレート・ブランドを位置付けるスローガンとは異なり、自社の提供する製品・サービスを位置付けるも
のである。ゆえに、同じ業界の競合他社からの模倣を受けやすい。例えば、IBMの"e-business"というスローガンは、そ
の後、CompaqやIntelも使用した。当然、そのスローガンに込められている意味は企業によって異なっているが、スロー
ガンを表現する相手となる顧客にとっては、このように競合他社間で似たようなスローガンが使用された場合、そのス
ローガンが表す意味が混同されてしまうことになる。ゆえに、競合他社間において、何らかの差別性を創出しなければな
らなくなる。差別性の創出とは、他社と比較したときのスローガンが表す意味の独自性を創出することである。
 次に挙げた事業スローガンの具体化とは、事業スローガンが表している意味を顧客が認知することを支援する作業で
ある。これは、コーポレート・ブランドが提供する商品・サービスを位置付ける形で事業スローガンは設定されるが、その
事業スローガンによって実際の商品・サービスがどう変わっていくのかを顧客に浸透させる作業が必要になってくる。そ
の事業スローガンを、「事実」として顧客に認知してもらうためのブランディング活動である。
 Sunは、98年に"Stop the technology madness"キャンペーンを行ったが、前述したように、Sunはこのキャンペーンを
不十分であったとし、その理由として、ヴィジョンだけの提示では顧客の認知を変革するためのメッセージとしては弱かっ
たという点を挙げている。その原因としては、Sunが発するメッセージを顧客に認知させる作業がキャンペーン作業だけ
で終わってしまい、そのメッセージが具体的に何を意味するものなのかという点を顧客に伝えようとしなかったという点が
挙げられる。このように事業スローガンにおいても、そのスローガンが具体的に意味しているものを、顧客に伝えていか
なければならないのである。 この差別性の創出に関する作業が、サブ・ブランディングであり、事業スローガンの具体化
に関する作業が、事業スローガンの事業化、中核技術・サービスのネーミングとブランディング、である。


 

事業スローガンのサブ・ブランディング

 Keller(1998)は、サブ・ブランディングについて、「マスター・ブランドよりも低いレベルに、意味を洗練もしくは装飾させる
ために新しい要素を導入する 」ものとして定義しており、Aaker(2000)は、「マスター・ブランドにつないでつけられ、マス
ター・ブランドの連想を増やしたり、修正したりするブランドである 」としている。さらにAakerは、サブ・ブランドの役割とし
て、マスター・ブランドを意義のある新セグメントに拡張することである としている。
 
コーポレート・ブランディングのサブ・ブランディング手法は、具体的には、事業スローガンをロゴ化することである。事例
研究から考察すると、IBMとSunがこの手法をとっているが、ロゴ化するということは、消費者が持つ認識やイメージをため
る受け皿をつくるということであり、その上でコーポレート・ブランドのサブ・ブランドとして位置付けようとするものである。
このブランドを軸としたコミュニケーション活動を行うことにより、スローガンであった言葉が、コーポレート・ブランドに新し
い意味を持たせる一つのサブ・ブランドとなる。
  サブ・ブランディングの働きとしては、差別性の創出にある。これは、事業スローガンを一つのブランドにすることにより、
そのロゴに意味が蓄積されていくことになり、類似の事業スローガンが乱用されても、当該企業が伝えたい意味はロゴ
で表現されることになるので、顧客が意味を混同しにくくなる、ということである。 先のIBMの例でいうと、IBMは、"e"ロゴ
には商標をとってあるが、"e-business"というスローガン自体に商標はとっていない。これは、一般語に近いスローガン
なので商標をとりにくいという事情もあるが、IBMは意図してそのようにした。これは、IBMが、"e"ロゴ自体に差別性を求
めているからであり、よって、キーワード自体には差別性を求めていないことになる。事業スローガンは、同じ業界の競合
他社間で、非常に似通ったものになりがちであるが、事業スローガン自体をサブ・ブランドし、それをもとにコミュニケー
ション展開をすることによって、自社の独自性が確保できるのである。
  類似のケースに、TOYOTAの「ECO」がある。これは、トヨタ自動車が環境対策におけるサブ・ブランドを作った事例であ
る。具体的には、「ECO」というスローガンをロゴ化し、それをもとにコミュニケーション活動を行うことによって、TOYOTA自
体のイメージアップを図ろうとする、サブ・ブランディング事例である。これは、どの自動車メーカーでも行っている環境対
策を、「ECO」というスローガンをロゴ化した上で、コミュニケーション展開を行うことによって、競合他社に対して差別性を
持った「環境配慮に関するTOYOTA」というイメージを引き上げることを目的としたものである。ちなみに、その後、PRIUS
が販売されることで「ECO」というサブ・ブランドが具体化されることになる。 このように、コーポレート・ブランドに対するサ
ブ・ブランディング手法は、コーポレート・ブランドのブランド・ポジションを行う上で、非常に有効な手法であるといえる。


 

事業スローガンの事業活動への反映

 これは、事業スローガン、もしくはサブ・ブランドを、顧客が知覚できる「事実」にする作業である。具体的には、事業ス
ローガンを具体的な事業活動にしてしまうことであり、その目的としては、事業スローガンを実際に顧客に体験してもらう
ことにある。この手法の具体的な方法は、事業スローガンの事業化、既存サービスへのサブ・ブランドの適用、モノによ
るスローガンの具体化 、の3点が挙げられる。
  事業スローガンの事業化とは、事業スローガン自体をそのまま事業活動化してしまうことである。例えば、Sunは、
".com(dot-com)"という事業スローガンを事業活動化した。自社のサービス体系をdot-comアーキテクチャとして設定し
た 。これは、dot-comという事業スローガンの下に同社の製品を統合したのである。つまり、".com(dot-com)"というサ
ブ・ブランドを、今までのBox Vendorとしてではなく、Value PartnerとしてのSunというコーポレート・ブランドが提供する
サービスそのものにしたということになる。
  次に、既存サービスへのサブ・ブランドの適用とは、既存の商品・サービスブランドに事業スローガンから創出されたサ
ブ・ブランドを適用させていくことである。例えば、IBMは、"e"ロゴの適用範囲を広げていった。事業スローガンである
"e-business"は、主にサービス事業にブランド・ポジションしたものであるが、事業スローガンを中心として、サービス分
野であれば"e-business consulting"というフレーズとともに"e"ロゴが用いられ、ソフトウェア分野であれば"e-software"、
ハードウェア分野であれば、 "e-business tools"、"e-infrastructure"、"e-servers"というように、各分野に"e"ロゴを
用いていくことで、"e-business"という事業スローガンをコア・サービスにあてはめていったのである。つまり、IBMが行う
コア・サービスは"e-business"であり、そしてこれを軸にして、ソフトウェア製品・ハードウェア製品が統合されている。
  最後の、モノによる具体化とは、今回の事例研究からの抽出ではないが、既存研究で既に挙げられている手法 なの
でここでも考察対象とする。これは、事業スローガンやサブ・ブランドの象徴となる製品を開発・販売するということであり、
先のTOYOTAの「ECO」というサブ・ブランドを象徴するPRIUSの販売であり、SHISEIDOの「サクセスフル・エイジング」と
いう事業スローガンを象徴する「アクテアハート」の発売、などがそれに該当する。

 この事業スローガンの事業活動化のうち、事業スローガンの事業化、既存サービスへのサブ・ブランドの適用、の2つ
の手法は、今後の方向性を明確にしている企業にとっては、事業スローガンで表現している当該コーポレート・ブランドの
ブランド・ポジションをさらに明確化することになるので非常に有意義な手法である。Sunのサービスであれば、"dot-com"、
IBMのサービスであれば、"e-business"と顧客に認知されるからである。しかし、そうでない企業の場合は、この2つの
手法は実行に移しにくい。例えば、日立は、"Inspire the Next"のもと、"Cubium"というブランドをつくったが、これは既
存のネット事業だけを括ったブランドであり、日立のサービス全体を統合するブランドではない。これは、日立が事業ス
ローガンを明確に掲げていないので、"Inspire the Next"と"Cubium"の関係が曖昧なせいもあるが、日立は、意図的に
厳格なブランド・ポジションを規定しようとはしていない 。これは、電力・産業システムや家電、材料など幅広い事業展開
をしていることがその理由である。


 

中核技術・サービス等のネーミングとブランディング

 この手法は、当該コーポレート・ブランドの事業スローガンの裏付けとなる中核技術・サービス等を顧客に認知してもらう
ことを目的としている。具体的には、中核技術・サービス等のネーミングを行い、その上でブランド化し、それら を、事業ス
ローガンを支援する形で、事業スローガンと連動させて顧客に表現していくことである。 この手法の類似した例に成分ブ
ランディングがある。成分ブランディングとは、Keller(1998)によれば、ブランド化されたほかの製品に必然的に含まれる
原材料、部品などのブランド・エクイティを構築することである 。事業スローガンにおける中核技術・サービスも、事業ス
ロ ーガンを展開していく上での象徴的な原材料であり、部品である。
  Kellerは、消費者行動の見地から、ブランド化された成分は品質のシグナルとして見られることが多い、と述べている 。
中核技術・サービス等のネーミングとブランディングもその中核技術・サービスが、一つのネームもしくはブランドとして顧
客 に認知されれば、事業スローガンの裏付けとなる品質のシグナルとして働くことになる。さらに、前述したとおり、ブラ
ンド化された中核技術・サービスは、それをもとにコミュニケーション活動を行っていくことで、自社の差別性を維持してい
くことができる。
  例えば、HPは、"e-speak"という中核技術のネーミングを行った。この事業スローガンの裏付けとなる技術を前面に
押し出すことにより、このような技術があるからこそ事業スローガンが達成できる、という論理性をメッセージに与えること
になる。
 

  この技術のネーミングをさらに押し進めたのが、Sunの"Java"のブランディングである。Sunとしては当初は、明確な
意図のもと、"Java"にロゴを付与したのではないが、現在は、"Java"ブランド、そして"Jini"ブランドの使用に明確な規
定を設け、"Java(Jini) is a Sun trademark and brand."という形で"Java"と"Jini"という名前とロゴの使用管理を徹底し
ている 。 Sunのケースと形態は異なるが、富士通も99年6月に「Everything on the Internet」というスローガンを発表
したあとの11月に@niftyを100%子会社化し、自社のスローガンの裏付けとなるコア・サービスとして@niftyブランドを
活用している。現在は、富士通の「The Possibilities Are Infinite」のキャンペーンに@niftyブランドも組み込んで広告展
開を行っている。この手法は、当該コーポレート・ブランドのイメージに影響を与えうる。この中核技術・サービスが当該
コーポレート・ブランドの能力を表現するものであるからである。 ここで、その参考として、この手法の代表的な事例であ
るSunの"Java"のコーポレート・ブランドに対して与える影響を見る。
  効果測定に用いるデータは日本経済新聞社が毎年9月に実施している日経イメージ調査のデータを用いる(この部分
における詳細は、古橋(2000)『下位ブランド群を用いたコーポレート・ブランディング手法の研究』政策・メディア研究科
修士論文を参照のこと。)。
 
企業イメージ調査は、対象企業に対して、主に27項目のイメージについて聞いたものである。その中の21の質問項
目の10年間の調査結果について因子分析を行ったデータを用いる。バリマックス回転後の主因子法による分析の結果、
ここでは、3つの因子が検出されている 。因子1は、主に顧客ニーズに対応し、親しみやすく、活気があり、営業・販売
力が強いイメージを表している。因子2は、主に成長力があり、社会の変化に対応でき、研究・商品開発力が旺盛で、
技術力が高いイメージである。因子3は、主に伝統があり、信頼性、安定性があるイメージである。
Sunの各因子の因子得点を考察すると、因子1、因子2に対する得点はさほど変化は見られない。しかし、因子2に対す
る得点は、96年度に大きく跳ね上がっている。"Java"が発表されたのは95年だが、日本において"Java"が各メディア
で本格的に取り上げられるようになったのは96年からである。日本経済新聞を例にとって見ると、やはり96年から
"Java"関連の記事が急増している。"Java"以外のSun関連の記事は、多少の上下はあるが、95年以降の3年間は安
定している。96年に大幅に得点が上がっている因子2は、主に成長力があり、社会の変化に対応でき、研究・商品開発
力が旺盛で、技術力が高いイメージを表す因子である。 日本において"Java"が積極的に取り上げられるようになった
96年の9月の調査の結果で、主に成長力があり、社会の変化に対応でき、研究・商品開発力が旺盛で、技術力が高い
イメージを表す因子2が急激に上昇したということから、"Java"がSunというコーポレート・ブランドに対して何らかの影響
を与えたと推察できる。  


 

今までの4つの手法をまとめると、事業スローガン設定とは、当該コーポレート・ブランドのブランド・ポジションを明確 にす
る手法であり、事業スローガンのサブ・ブランディングは、事業スローガンの差別性を創出する手法である。事業スローガ
ンの事業活動への反映や中核技術・サービス等のネーミングとブランディングは、その事 業スローガンを具体化していく
ための手法であるが、事業スローガンの事業活動への反映は、事業スローガンを具体的な 事業活動に組み込む手法で
あり、中核技術・サービス等のネーミングとそのブランディングは、中核技術・サービ スを一つのネームまたはブランドに
集約し、そのネーム/ブランドを、事業スローガンを支援する形で、顧客に表現して いく手法である。