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2000年度森泰吉郎記念研究振興基金 国際共同研究・フィールドワーク研究

ネットワーク環境における
協調学習を支援する環境の設計と実践

成果報告書

研究代表者  総合政策学部  教授  井下 理

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1.本研究の趣旨
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 本研究は、インターネットを利用した高等教育・遠隔教育の新たなスタイルの模索と、教育メディアとしてのネットワーク環境の開発と評価、および教室やオンラインにおける教授法開発を目的として行われている。

  「知識伝達型」の学習観から、「知識創造・構築型」の学習観へのシフトが生じている昨今に、学習者同士の学びあいを支援する教師と教育メディアが注目されている。従来、教える「教師」教える「教材」であったものが、「学習を支援する教師」あるいは「学習を支援するメディア」としての役割を期待されるようになった。このような「学習者中心型」の学習環境のなかで、学習者にいかに自らの手による知識の構築や体得を促しうる教授法や授業枠組みを構成することは重要な課題である。

  学習者同士の学びあいは、学習者自身による知識構築に効果的であるという研究がすでになされている(Brown & Palincsar, 1991)。また、こうした学びあいを支援する学習環境としてインターネットの可能性が注目され(三宅, 1997)、Learning Scienceと呼ばれる分野で実践的な研究開発が進んでいる。

  こうした中で、本研究プロジェクトでは、大学のオープン化の動きも睨み、遠隔間協調学習のためのツールとしてのインターネット、およびそれを利用した授業の教授法について研究を行うことが、その趣旨である。

2.本研究の概要
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  本研究は、主に京都大学=慶應義塾大学連携ゼミ:KKJ(Kyoto-Keio Joint Seminar)実践を通じて行われた。

■KKJ(Kyoto-Keio Joint Seminar)実践とは
  KKJ実践は、京都大学全学共通科目「教育とコミュニケーション」(高等教育教授システム開発センター開設科目、田中毎実教授担当)と慶應義塾大学総合政策学部「井下研究会」(井下理教授担当)の間で行われた遠隔間連携ゼミナールの授業実践である。2000年度は4月〜7月にかけて行われ、6月末〜7月頭の週末には両大学の「合同合宿」プログラムが実施された。

 この実践においては、通常のゼミナールはそれぞれの大学の授業者が独自に行うが、授業外にインターネットにおいて両大学の協調学習を促進し、学期末に合同合宿を行い、議論を行うというユニークな形態の下で行われている。遠隔間協調といっても、映像配信を行ったコミュニケーションではなく、CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)を利用したコミュニケーションが行われている。

 こうしたオンライン・オフラインの両メディアにおけるインタラクションを通じて、異文化間の接触、コミュニケーションを通して自己を他者に開く経験、また、メディアへの思考の外化を通した自他とのコミュニケーションを実践的に行う中で、自己表出・自己相対化・自己統合をめざすことが目的とされている。

KKJ説明図

CSCLとしての掲示板
  インターネットやLANを利用した協調学習支援をCSCL(Computer Supported Collaborative Learning)と呼ぶ。多くの研究で利用されているシステムは、いわゆる Web掲示板システムにインターフェイスは似ているが、単なる情報伝達だけでなく、議論過程を構造化したり、人間の認知活動を支援する機能が実装されているものが多い。

  この分野は昨今広く研究が進められているが、高等教育において、システムを実際に授業に導入し、学生の授業中の活動も含めて協調学習を捉えていこうとする研究は多くない。本研究では、授業にCSCL を導入するとともに、教室内の学生の活動を参与観察するフィールドワーク、アクションリサーチを行うことで、オフラインの学生活動とオンラインの学生活動の関係を探り、オンライン学習環境の有効活用のあり方をさぐっている。

  まず、開発部門では、本年度は自分がオンラインで発言する「投稿内容」の再吟味が可能となる協調学習ツールを開発し、授業実践に供与した。再吟味(reflection)は人間の理解過程において重要な役割を図っているとされ(三宅,1999ほか)、再吟味を行うことによって自分の思考の理解と構造化をはかり、ひいてはCSCL上での議論の理解の増進につながることをねらったものである。開発部門は慶應義塾大学と北陸先端科学技術大学院大学の共同で構成した。

  評価部門では、オフラインの相互作用の研究として、授業への参与観察を行い、授業者と学生活動を詳細に分析した。と同時に、オンラインにおける活動を記録して分析を行った。これにより、オフラインの活動と CSCL上での活動の連関を調査した。学期後には、履修者に対して半構造的インタビューを行い、これら分析を補完するための要因分析を行った。評価部門は京都大学と慶應義塾大学のスタッフがこれにあたった。

京都大学との連携
  さらに、京都大学の授業に対する参与観察や、京都大学の授業における調査を実施しながら、研究を進めた。京都大学と慶應義塾大学の相互作用が、自己統合と再構成という学習目的にどの程度合致する成果を得るか、また京都大学との授業のフレーム(枠組み)の相違が、連携ゼミにどのような影響を与えうるかについて分析を進めた。

  京都大学とは共通プログラムを1度実施し、こうした共通プログラムが遠隔間連携ゼミに与える影響についても分析を進めた。

「連携ゼミ」のデザイン
  以上のようなアプローチのもと、遠隔間連携ゼミのあり方と、そこにおけるインターネット・コミュニケーションの応用可能性と問題点について考察を行っている。

3.本研究の成果
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本研究を通じて、以下のことが明らかになった。カッコ内は、当該成果に該当する論文や発表を指し示したものである。

  1. オンライン・オフラインを通じた遠隔間協調学習の学びの可能性
    遠隔間集団協調学習の中でのグループ間インタラクションとしての広義の異文化接触を通じて、学習者は自他のイメージ形成と変化を経験した。その中で、自己を客観的に見つめる目を育成する自己成長が遂げられることが見いだされた。とくに学期末の合同合宿の効果が高かった(論文1, 2)。
  2. CSCLを授業外で利用することによって生じる授業への「日常性」の導入
    ネットワークを利用することによって、授業場面以外でも議論がオンライン上で可能になり、学習者が授業と授業の間を連続して議論を形成しうる可能性が示唆された。また、授業全体として自らのあり方そのものを議論として対象化させることで、オンライン上でも日常的、身近な問題意識や思考活動を学び生かすことを促しうることが明らかになった。CSCLの利用と適切な教授法により、学習を学校の中だけに帰結させない思考力と視点を育成しうる。
  3. 学生主体型授業における教師の役割と影響力、オンライン活動へのその影響
    こうした学生主体型の授業において、授業者の授業枠の規定は学生の行動を規定する重要な要因となるおそれがある。それは、各大学の教室においても、またオンラインの場における両大学の情報発信・受信行動においてもである。こうした遠隔間連携授業における相互作用を促進するためには、授業者間の厳密なマネジメントが必要である(論文5、発表4)。
  4. CSCLの再吟味機能の効果
    再吟味の支援は、記事の投稿時と、記事の閲覧履歴の利用によりに試験的に行った。記事の投稿時には、「プレビュー」として自分の記事を、いくつかのモードで表示する機能を実装した。結果、記事を見直しながら、再度、自分の記事を推敲し、より他者にとって分かりやすい記事を投稿しようとする行為を促しうることが示された。記事の閲覧履歴を集団性を軸にしてフィードバックすることにより、自分の閲覧の偏りを認識させることで集団間のインタラクションの促進しうることが分かった。
  5. CMCの影響を考慮したツールおよび授業設計の必要性
    このようなインターネット上のコミュニケーションを活用した教育実践においては、社会心理学で言う脱個人化(de-individualization)や極化 (polarization)といったComputer Mediated Communicationの問題が顕著に現れることが明らかになった。こうした要因がオンラインでの相互作用に参加することを阻害するおそれが明らかになった(論文5)。
  6. サイバーコミュニティにおける社会的存在の重要性
    オンライン集団間学習環境においては集団内凝集性が強く現れるおそれがある。集団間の相互作用を促進するためには、対象集団の社会的存在を知覚可能なアウェアネス情報が重要になってくるのではないかと考えられる(発表1)。
  7. ユーザの文化的背景の多様さに応じた参加スタイルの提供の必要性
    さらに、コンピュータ・インターネットの利用スタイルは、日常的になるほど利用者の生活利用や所属集団の文化的背景に深く根差したものとなり、インターフェイスによってはそれが利用阻害要因となることが示唆された。CSCL も多様なインターフェイスで利用できるようになる必要があり、またそれに伴ってインターフェイスの相違による影響についても研究を深める必要がある。

4.今後の展望
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本年度の研究成果をふまえ、2001年度にもKKJ実践は京都大学との合同で実施する予定である。2001年度は以下のような問題意識のもと、継続的に研究を行っていく。

  これら発展的な研究を遂行することによりにより、「授業」「オンライン」「オフライン合宿」という3つのリアリティ(田中,2000)が有機的に組み合わさった、新たな遠隔間協調学習のあり方を提示することができる。

5.対外発表ほか研究業績
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本研究プロジェクトの成果は以下の通りである。
また、SFC Open Research Forum 2000 におけるポスター発表も行った。

本研究プロジェクトへの参加研究者

*慶大・京大プロジェクトリーダ以外は各大学スタッフ50音順