(2000年度森泰吉郎記念研究振興基金報告書)

住民との社会的合意形成による交通環境整備方策の研究

 

代表=有澤誠(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員)

 

                                           はじめに

 

 慶應義塾大学大学院・東日本旅客鉄道株式会社寄附講座では,従来の交通工学・交通経済学・地域交通学などの個別学問の限界を問題意識とし,技術開発から技術導入までを包括的に捉え,慢性的な財政的制約を課題とする事業者ならびに支援行政などの公共交通環境開発者と従前から主観的に施設改良を唱えてきた生活者との社会的合意に則った,一層現実的な交通整備方策の構築を共通主題に据え研究活動を展開している.まさに,工学的な交通技術・交通計画法と従来の商学・経済学分野に含まれる交通政策のクロスディシプリンを実践し,現状を改善していく上での必要技術の優先順位・最適量を開発者・生活者の総意に基づく形で客観的に測定し,それを社会的規則として公共交通環境を改善していく方策を研究する,慶應SFCらしい研究集団として学会などから高い評価を得るまでに至った.昨年度から今年度にかけては,慶應義塾大学大学院・森泰吉郎記念研究振興基金の助成対象にも選定されており,今年度は下記のふたつのサブプロジェクトを研究活動の中心に据えて活動した.

 

(1)「中−長距離移動環境における現実的なノーマライゼイション推進方策の研究」

(2)「特別車両の価値意識分析に基づく鉄道車両アコモデーションの改善策の研究」

 

 上記のいずれの研究も,自然環境と交通施設の公共財的性格の類似性に着目し環境経済学の仮想評価法を援用し,開発者側の制約条件を把握した上での,生活者の関係交通施策に対するプライオリティと貨幣尺度に基づく価値を客観的に計測し,社会的合意による現実的な交通環境の構築方策を探究するものである.前者は,本プロジェクト構成員のひとりである西山敏樹(政策・メディア研究科後期博士課程)が中心になり修士課程時代より継続しているものであり,今年度からは価値計測を行うノーマライゼイション推進施策の範囲を今後の福祉交通政策の重点課題である中−長距離移動環境(2時間を超える移動)に広げてサブプロジェクトを推進している.最終的な結果は,2003年冬に西山自身の博士学位論文として帰結する予定である.一方の後者は,同じく本プロジェクト構成員のひとりである内垣大輔(政策・メディア研究科修士課程)が中心になり昨年より進めているサブプロジェクトで,研究成果は内垣自身の修士学位論文として完結した.以後,本報告書では,当研究グループが推進する上記サブプロジェクトの本年度の研究活動状況ならびに成果をまとめる.なお,この報告書は2部構成になっており,内容構成は同様であるものの,各サブプロジェクト別に内容をまとめていることを予めお断りしておく.

 

 なお,慶應義塾大学大学院・東日本旅客鉄道株式会社寄附講座では,近年の景気状況の不安定により基金の運用益が年々少なくなっており,研究資金の確保が難しくなってきている.交通環境という公共性の強い重要な社会的インフラストラクチュアを研究対象にしているため,研究では社会調査・フィールドワークなどが必須となり多大な資金が必要になることは今後も確実である.次年度以降も,変わらぬご支援を頂戴できれば幸甚である.

 

                                           研究プロジェクト体制

前項で述べてきたふたつのサブプロジェクトは,以下の7人で進めてきた.なお,括弧内は現在の所属である.

 

 有澤 誠(慶應義塾大学環境情報学部教授 兼 大学院政策・メディア研究科委員)

 片岡正昭(慶應義塾大学総合政策学部助教授)

 野村 亨(慶應義塾大学総合政策学部教授 兼 大学院政策・メディア研究科委員)

 鈴木 勤(慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員 兼 東日本旅客鉄道株式会社技術開発推進部)

 西山敏樹(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程)

 内垣大輔(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程)

 後明賢一(慶應義塾大学大学総合政策学部)