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「『地域』に根ざしたデータベース開発と人材開発」

近代日本とアジア・北太平洋のマルチメディアデータベースプロジェクト

調査報告:
 JANPでは、「地域」に根ざしたデータベース開発と人材開発を銘打っている。本年度の森基金フィールドワーク助成費においては、データベースのコンテンツとして、特に、途上国や地域の開発の現場で起こっている問題について、メンバーたちが独自の視点での調査を行い、論文執筆や学会発表を行った。具体的には、以下のような調査と発表を行うことが出来た。

  • Charurotejinda Weerawan(修士1年)
    調査実績:2000年8月・2001年2月(ともにタイ、ロイエット県)
    内容:途上国農村において、経済開発の利益から最も遠いところにいる女性たちのエンパワメントを目的としたNGOの調査を行った。具体的には、タイ東北部・ロイエット県において、女性たちに織物の技術を教え、流通ルートの確保などを通じて、彼女たちの意思決定を尊重した収入安定化を追求するNGOと、そのNGOに対する政府・地方政府からの支援の有効性を研究している。今年度は、8月と2月の二回のフィールド調査で、女性たちの得る収入の増加と、それにともなう、家庭内での意思決定の向上について調べた。
     今後は、グループ内での収入の分配の実態や、地方政府の政策の影響力・相互の係わり合いなどについての詳細な調査をする予定である。これによって、よりジェンダーコンシャスな貧困緩和策と、地方政府の果たすべき役割を経験的に実証する修士論文としたい。

  • 山本武秀(修士2年)
    内容:本年度は日本の占領期、すなわち1945年から1950年前半の期間を中心にして「民族」という言葉が知識人の間でどのように流通したのかについての調査を行った。具体的には新聞や総合雑誌における主要な知識人の「民族」に関する発言を随時ピックアップしていくことで、知識人間の共通点や相違点を明らかにし、これを政治思想史的観点からの分析を行った。なお、この作業の一部は筆者の修士論文(2000年度提出)において利用している。
    論文:修士論文「敗戦と民族」

  • 松井智子(修士2年)
    調査実績:2000年8月(タイ、パヤオ県)
    内容:本年度は、昨年度に引き続き、タイ北部パヤオ県ドッカムタイ郡の農村を事例に、国内外への移動労働者に関する研究を行った。第3回目となる現地調査(8月6日〜30日)では、移動労働経験者21名に対して(1)生い立ち、(2)移動までの過程、(3)移動先での労働と生活、(4)帰郷後の労働と生活、(5)今後の意向の五つの項目を中心とした生活史の聞き取り調査を行ない、全31名に対する聞き取りを達成した。
     本年度はこれらの聞き取りテープを起こし最終的な分析も行った。結果、移動者が国内外の移動労働の経験を累積することによって、移動し出身地を離れることを否定的に捉えず、むしろ世界各地を移動しながら生計を立てることを当然とみなすような「移動志向」が誕生しつつあることを明らかにした。
    論文:修士論文「移動志向の誕生―タイ北部農村パヤオ県ドッカムタイの移動労働者の生活史から」

  • 渡部厚志(修士2年)
    調査実績:2000年4月・2000年8月・2001年3月(タイ、コンケン県)
    内容:昨年度とはフィールドを変更し、タイ東北部のコンケン県において、移動労働者と留守家族に対するインタビュー調査および、同じ村において移動労働者を輩出していない家庭への調査を行った。インフォーマントは、三つの村、合計36人に及ぶ。
     この調査によって、先行研究においては比較的軽視されてきた、移動労働者たちの「生活圏」の認識・想像が拡大していくプロセスが明らかになった。マス・メディアや先行移民、開発政策によって農村部にもたらされる情報が、農村の人々にとって、いままで知らなかった、または不可能だと思われた新しい生活を、手に届くものだと思わせる。そのため、農村の人々は、新しい生活を自分たちに可能なものとして想像し、その生活を送る生活圏の一部として都会や海外といった場所を取り込み、移動するようになるのである。
    論文:修士論文「東北タイ出身の移動労働者〜拡大する『想像の生活圏』」

  • 吉井千周(博士2年)
    調査実績:2000年7月・2000年10月(ともに鹿児島県)
     鹿児島県川内市に増設予定の川内原子力発電所第三号炉建設をめぐる住民運動へ取材・調査を行った。2000年7月より九州電力の川内市への立地調査申請より再燃した、川内原子力発電所増設問題は、世界最大級の原子力発電所建設を目的としたもので、これにより、住民・九州電力・市・県という四者の立場から、誘致・反対をめぐって多くの議論が行われ、すでに原発が建設されている地域の反対運動としては、異例とよぶほど大きな運動として形成された。特に2000年10月中旬より、反原発運動グループによって行われた、新聞の意見広告は、鹿児島の反原発運動に巻町の流れをくまない独自の運動手法を見出そうとしたものであるといえよう。研究成果の一部は、国際開発学会分科会にて報告した。
    発表:第93回国際開発学会分科会「原子力発電所建設過程における住民運動の変容」2000/12/23、至上智大学

なお、以上の調査結果と収集した資料の一部については、森基金プロジェクト助成費によって設置したファイルサーバーに送り、試験的にデータベースとして運用している(詳細)。



うめけん
(c)2000 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科JANPプロジェクト