2000年度森秦吉朗記念研究振興基金

博士課程研究助成報告書


研究課題名: 地球温暖化対策と経済発展:第三の道

研究代表者氏名: 政策メディア研究科博士課程3年 三ヶ田麻美 (mike@sfc.keio.ac.jp)


研究成果概要

本研究では地球温暖化問題の主要な要因である「経済活動による二酸化炭素排出」の決定要因の中で政策的に重要なエネルギー原単位を詳細に分析し、地球温暖化対策である二酸化炭素排出権国際取引制度設計への政策的インプリケーションを探った。手法的な研究のハイライトとしては、エネルギー原単位データベースの構築(85カ国、10産業)とエネルギー・エンド・ユーザー価格の推計(52カ国)、エネルギー原単位決定モデルの構築(産業別)、多部門経済モデルの構築の4点があげられる。


1. 研究の背景と方針

本研究では地球環境保護が経済発展に結びつくような『第三の道』の具体的な例として二酸化炭素排出権国際取引制度に注目する。排出権の売却による収益は、途上国にとっては新たな開発資金獲得手段となり、これを利用することで、経済効率とエネルギー効率の両方の向上に結びつくような排出権制度が設計できるのではないかというのが本研究の背景である。

この問題を分析するため本研究では、社会全体の二酸化炭素排出量を決定付ける「エネルギー需要」に焦点を絞り、エネルギー需要を産業構造と産業別エネルギー原単位の二つの要因に分けて分析する手法をとった。産業構造は多部門経済モデルによって産業別エネルギー原単位はその中のエネルギー原単位モデルによって分析した。モデル分析に先駆けて産業別エネルギー原単位データベースを整備し、また国別エネルギー・エンド・ユーザー価格の推計を行った。

 

2. 産業別エネルギー原単位データ・ベースの整備

産業別エネルギー原単位データベースの整備にあたっては国連産業開発機構から出版されている国際工業統計表、国連から出版されている国際商品統計、そして国際エネルギー機構から出版されているエネルギーバランステーブルを主に利用した。データは1971年から1996年までの10製造業を国際産業区分基準にそってカバーした。対象となった国は、先進国途上国含めて85カ国である。本研究で取り扱うエネルギー原単位は物量単位で表現された産業別エネルギー最終需要(石油換算トン)を1990年のアメリカ・ドルで表現した産業別産出量を割ることで定義した。

産業別産出量の単位の選択は分析的に重要な問題である。産出量を金額ベースであらわすか物量ベースであらわすか、付加価値であらわすか産出高であらわすか、市場為替レートを利用するかPPP(購買力平価レート)を利用するかなどにより計算される原単位の持つ分析的意味が異なってくる。本研究で@金額ベースを利用したのはその一般性により、どの産業においても単一の算出高のメジャーとなりうるから、A産出高であらわしたのはここでは技術の簡略な指標としての原単位を分析対象にしているため、経済的な産出高の増加よりも物理的な産出高の増加を分母にする必要があった、B市場為替レートを利用したのは詳細な分析の対象となったのが製造業であり、市場為替レートを用いる貿易財であるからである(この点に関しては、PPPを用いた分析結果も興味深いので今後試みてみようと考えている)。また、産業別生産高を1990年アメリカ・ドル表示に変換する際には産業別生産高を生産指数を用いて固定価格表示に直してから1990年の為替レートのみを使って変換すると言う手法をとった。これによって為替レートの変動が原単位の変動およぼす影響を避けることができた。

図1 エネルギー原単位の時系列変化 紙・パルプ、非金属、鉄・鉄鋼、非鉄金属 (DEM:先進工業国平均、MEM:その他工業品輸出国、RC:そのどちらでもない国)

Miketa, A (2000).  "Technical note on the industrial database".  unpublished.

Miketa, A (2000).  "Data consistency check for the UNIDO data and UN SNA data".  Unpublished.

 

3. 国別エネルギー・エンド・ユーザー価格の推計

国別エネルギー・エンド・ユーザー価格はエネルギー原単位データベース同様に1990年のアメリカ・ドル表示であらわした。同価格は利用エネルギー・ソース(石油、ガス、石炭、電気の四種類)の加重平均価格として計算した。エネルギー・ソースの価格は国際エネルギー機構から出版されている“Energy Price and Taxes”の製造業価格を利用し、石油価格に関してはさらに細かい分類の石油製品価格の加重平均として計算した。国際エネルギー機構のデータのほかアジア各国のデータはアジア開発銀行の“Energy Indicator of Developing Member Countries of ADB”、ラテンアメリカのデータはラテンアメリカエネルギー機構の“Energy Economic Statistics and Indicators of Latin America and the Caribbean”を同様な形で利用した。加重平均に利用したエネルギー・ソースごとの製造業における利用シェアは、国際エネルギー機構のエネルギーバランス表から計算した。エネルギー対象となる期間は1971年から1996年、価格の推計を行った国は52カ国である。

 

図1 平均製造業エネルギー・エンド・ユーザー価格 (USドル/toe): US(アメリカ)、FR(フランス)、JP(日本)、IT(イタリア)、DE(ドイツ)、AT(オーストリア)、NO(ノルウェー)、ID(インドネシア)、FI(フィンランド)、DK(デンマーク)

さらに本価格推計とIEAによる推計結果の比較を行った。本価格推計はアメリカドル表示で各国比較可能であるが、IEAによる推計は指数表示であるため国際比較はできない。各国の推計結果について本価格推計を指数表示にして比較したところ、基準年以前においてIEA推計よりも本推計のほうが低めに推計される傾向が見られた。これはIEAの推計では過去の石炭価格の系列が基準年以前において計算から排除されていることが原因と見られる。

Miketa, A (2000).  "Technical note on the construction of the energy price data".  COMPASS workshop, August 30 - September 10, Leuven, Bergium.  unpublished.

 

4. エネルギー原単位モデルおよび多部門経済モデルの構築 

本研究では上で準備したデータを用いて固定資本形成のエネルギー原単位に及ぼす影響を、エネルギー価格、産出量などの変数とともに産業別にモデル化した。モデルの対象としたのはデータの状況の比較的よい39カ国であり、これらの国々の産業別データをパネル分析した。このモデルの大きな目的は経済発展の基礎となる固定資本形成がエネルギー効率を改善するか、どれだけの数量的影響があるかを分析することで、二酸化炭素排出権国際取引が導入された際の収益が与える影響のパラメータがどのくらいになるかをつかむことにある。

二酸化炭素国際取引を行う上での政策的単位は国である。産業別エネルギー原単位モデルから各国のマクロのエネルギー原単位、エネルギー消費量等を計算するためには多部門経済モデルによってマクロの経済構造を分析する必要がある。そのため本研究では多部門経済モデルのプロトタイプを作った。

4.1 エネルギー原単位モデルの構築

本モデルは、パネルデータを用いた時系列計量経済モデルであり、データは産業、国、年次の3つの特性をもち、これらを産業別にプールされる。分析に用いたデータ・ポイントは約4000である。エネルギー原単位の変化(一年間)が固定資本形成、産出高、エネルギー価格の三つの要素によって説明される。本分析によって資本形成がエネルギー原単位に与える影響のパラメータ範囲が産業ごとに特定化された。また、期待していたような資本形成がエネルギー原単位を改善する効果はかなり限定的で、何らかの政策手段をとらなければ逆にエネルギー原単位を大きくしてしまう効果を持つことがわかった。

Miketa, A.  (2000).  "The effect of investment on manufacturing energy intensity: its implication to the possibility of expanding international tradable permit systems to the non-annex I countries".  Paper [resented at IEA/Energy Modeling Forum joint meeting, June 20- 22, Stanford, U.S.A.

Miketa, A. (2001).  "Analysis of energy intensity developments in manufacturing sectors in  industrialized and developing countries".  Energy Policy, forthcoming

4.2 多部門経済モデルの構築

本多部門経済モデルは製造業11産業を含めた全20産業部門からなる多部門計量経済モデルである。モデルは内生化した価格に弾力的な需要関数と供給関数によって構成され、供給関数および生産構造を決定する上で投資および資本ストックの役割を重視している。本年度はプロトタイプとして日本モデルを構築した。

Miketa, A and D. Vanwynsberghe (2000).  "Neo-classical model building workshop".  COMPASS workshop, August 30 - September 10, Leuven, Bergium.  unpublished.

 

5. 今後の課題

エネルギー原単位を改善することは二酸化炭素排出削減のための最も重要な方策のひとつである。本研究ではエネルギー原単位に注目して投資(固定資本形成)と原単位の関係、投資と産業構造、経済発展などの関係を分析するモデルを構築した。

今後は、現在プロトタイプとなっている多部門経済モデルの精度を上げつつ、途上国を中心とした他の国へこのモデルを適用し、排出権国際取引の枠組みに現在参加していない国々が、その参加によってえられるメリット、デメリットを定量的に明らかにしていく予定である。