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2000年度　森基金報告書

Interaction Design for Cybersound

慶應義塾大学大学院　政策・メディア研究科　笹岡大樹

　《tokyo boogie-woogie》

　実際に作品制作を行うにあたって，次のようなことを踏まえる．

１．与えられた場に身体を介在させるものであること
２．身体の動きによって何らかのアクションを得るべく，身体情報を取り込むセンサー楽器の技術を応用すること
３．よりダイナミックに身体を使って入力すること，できれば歩いたりダンスを行えるようなものであること

《tokyo boogie-woogie》がその作品の名前だが，これは政策・メディア研究科の豊田振一朗君とのコラボレーションにより制作された．大きくふたりの役割を分けると，コンセプトを私が担当，豊田君はプログラミングを担当し，実装作業はふたりで行なった．お互いの役割についてもアイデアを出し合いコンセンサスをはかった上で制作は行わた．
《tokyo boogie-woogie》は鑑賞者が主体的に関わる体験型のインスタレーションである．鑑賞者がその上をダンスしたり歩いたりする行為をセンシングし，その行為によって街の音のような「日常の音」と，正弦波やホワイト・ノイズのような「抽象度の高い音」をミックスさせ，それらの独特の音響を提供するものである．
 

　システム・コンセプト

　鑑賞者は《tokyo boogie-woogie》上で床面にあるパネルをダンスや歩くことを通して踏む．パネルに内蔵されたセンサーがそれを感知し，コンピュータにより処理され，正弦波，ノイズ，その場の環境音や鑑賞者が発した声などを出力する．
　青色のパネルに正弦波を，黒にノイズを，黄色に雑踏の音を，赤色には鑑賞者へのわかりやすさへの配慮から，既成の音楽のフレーズ・サンプリングを，白色にマイクでひろったその場の音を，それぞれ再生できるように割り当てた．
　青色のパネルは鑑賞者の加重の仕方によって音域が動くようにした．白色のパネルは10回，20回などと回数を割り振ってその場の音をリアサインできるようにプログラミングし，もはや過去となった鑑賞者自身の声や誰か他の人の声などを鳴らせるようにした．これは鑑賞者に時間や場を意識させる．
　ある音の波形は正弦波に解析することが可能であるが，このことはちょうど20世紀を代表する画家ピート・モンドリアンが描いた絵画とにアナロジーがある．モンドリアンは絵画の本質を赤・青・黄の三原色と白・黒・グレーの明暗に抽象化した．作品のデザインのヒントをモンドリアンの絵画より得て，彼に敬意を表し作品名を《tokyo boogie-woogie》と名付けた．モンドリアンの晩年に《ブロードウェイ・ブギウギ》（1944）という作品があり，日本には「東京ブギウギ」という昭和時代のポピュラー音楽があるという奇妙な符合を見せたのが，私には面白く感じられたからだ．
　センサーは鑑賞者が踏みつけるということを考慮し，その耐久性から，I-Cubeという民生品のセンサーとインタフェースを使用した．プログラミングにはセンサーの処理と音楽のプログラミングに長けているMAX/MSPを使った．
 

　センサ楽器との相違

《tokyo boogie-woogie》は鑑賞者がダンスをしたり歩いたりすることによって成り立つインスタレーションだ．センサーを使用した楽器について触れてたが，そこで提示された楽器と《tokyo boogie-woogie》とはどこが異なるのか．
　センサーを使用した楽器には問題点が大きくふたつ存在する．それは「身につける必要があること」と「楽器であること」というものだ．バイオ・ミューズにしてもMIBURIにしても，演奏者はまずそれを身につけなければならない．バイオ・ミューズは筋電位センサーが取り付けられたバンドを医療用のゼリー・パッチを用いて腕や脚につける．MIBURIは専用のスーツを身に纏わなくてはならず，専用の音源などの一式が必要である．《tokyo boogie-woogie》はダンスや歩くことより自由に行えるようにするため，身に着ける必要のないデザインになっている．
　問題点のふたつめは「楽器であること」である．MIBURIにせよ，バイオ・ミューズにせよ，長嶋の制作した「ハープセンサ」にせよ，それは演奏者のためのものであって，一般ユーザのものではない．そこには当然，楽器を扱うための高度なプレイヤビリティのようなものも要求される．《tokyo boogie-woogie》は，音楽に長けている演奏家によって体験されるよりもむしろ，その場を通りかかる一般の人々によって体験されるべき趣旨の作品である．練習をする必要なく，ただパネルを踏むことで音が出せるようにした．
 

　他の事例との相違

　鑑賞者のダイナミックな運動によって音を鳴らすというシステムを持った場は，われわれの身近なところにも存在する．
　東京・銀座にあるソニービルの１階から地下へと向かう階段には，そこを上り下りすることでピアノの音階を鳴らすような階段が設置されている．人が階段を上ったり降りたりする動きをセンシングし，階段脇にある直径10cm程度のスピーカからピアノの音色が出力されるものである．
　またゲーム・センターにも似たようなインターフェイスを持つ機器がある．コナミが製品化した「ダンス・ダンス・レボリューション，DDR」と呼ばれるゲーム機は，ユーザが音楽に合わせてダンスをすることにより，ゲームの得点を競い合うというものだ．
《tokyo boogie-woogie》は一般の人々を対象にしているので，これらの事例は参考になりますが，問題点がいくつか存在する．
　ソニービルの階段では複数のユーザで能動的に音を鳴らし，上下に移動することが可能，というメリットが存在するが，その一方でピアノの音色ひとつしか鳴らすことはできない．
　DDRの場合は，足下にあるスイッチを踏みつけることによって，ユーザは入力作業を行うが，これはゲーム機本体からの所与の信号と，ユーザの入力のズレを得点化しゲームに結びつけている．このことからユーザは受動的になってしまう点が挙げられる．
《tokyo boogie-woogie》では複数の音色を組み合わせることで，より深みのある音響を提供する．その音響は鑑賞者自らが主体的にダンスしたり歩いたりすることで鳴らせるのだ．