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大脳皮質内の情報伝達モデルの解明を目指す研究手段として、脳が獲得したアル ゴリズム解明を目指す研究と、そのアルゴリズム獲得のプロセスの解明を目指 す研究に分類することができる。現在の脳研究においては前者の研究が圧倒 的に多いが、発達を終えた複雑性の高い脳神経回路網の情報伝達モデルの解明 は、脳神経回路網発達のプロセスの解明に比べてはるかに難解であるといえる。 一方、発達段階における大脳皮質の研究はほとんど行われていないのだが、 その大きな理由として、大脳皮質全体についての系統的なデータがなかったと いうことが挙げられる。
現在、最大かつ唯一の系統的なヒトの大脳皮質のデータとして存在するのが、 Conel Databaseである。Conel Databaseはボストン大学のJ.L. Conelによっ て1939 年から1967年にかけて収集、解析された正常幼児の大脳皮質のデータで ある。このデータでは、Von Economoエリア(約40エリア)ごと、各大脳皮質層 ごとに神経細胞の数・密度、神経線維密度、大脳皮質層の厚さ、神経細胞体の 高さ・幅などの9つの異なる指標が解析されている。それらのデータが0歳から6 歳までの間の8時系列点(0,3,6,15,24,48,72ヶ月)において与えられている。 Conel Databaseはカリフォルニア大学のShankle助教授によってデータベース化 され始め、このデータ解析を行っているのは世界中でも現在我々を含めたこの 研究グループだけである。
Conel Databaseの数理的解析は1997年より、カリフォルニア大学アーバイン校 (UCI)と冨田研脳モデリングプロジェクトの共同研究のもと、行われている。 既にこの研究を通して数々の発表があるが、その中でも1998年のShankle 助教 授の論文(Shankle et al., Journal of Theoretical Biology, 1998)は大きな 反響を呼んだ。ヒト大脳皮質の神経細胞は生後増加しないと解剖学者の間で数 十年間信じられ続けられていたが、Conel Databaseの解析により生後2倍まで 増加することが発表された。この研究は2000年1月4日付けのNew York Times科 学面1面で紹介され、注目を集めている。私はConel Databaseの数理解析で中心 的役割を果たしてきた。言語関連領野における神経細胞数の変化と大脳皮質内 の物理的な位置関係についての考察や、データ解析からヒト大脳皮質内のネッ トワーク構造を導き出す研究を行っている。特に後者で共同研究の中でも申請 者独自の研究で、国際ジャーナルの筆頭著者論文や数々の国際学会発表など大 きな成果をあげている。この研究活動が、京都大学の乾教授の目にとまり、氏 のネットワークモデルに関する共同研究をすることになり、また氏の招待によ り国際高等研究所にて90 分間の講演をさせていただいた。
今年度は、以前より成果をあげているConel Databaseの解析をシステマティック に行える環境を構築することができた。spike.mag.keio.ac.jp上にConel Databaseのリレーショナルデータベースマネジメントシステム(RDBMS)を構築 した。このデータベースシステムを用いて、ヒト大脳皮質発達の8時系列点のネッ トワークが導出し、ヒト大脳皮質全体の神経回路網が発達に伴い、どのように 変化していくかを推定し、またその変化の機能的意味を考察した。この研究を まとめたものを3つの学会に投稿したところ、2つの学会で口頭発表を依頼さ れ、本研究の様々な分野からの関心の高さを認識した。
今年度のはじめに以下の3つの研究計画を掲げたが、それぞれの研究ががバランス よく捗ったということができる。
- WWW上でアクセス可能な解剖学的データベースシステムの構築
- ヒト大脳皮質発達のネットワークモデルの構築
- ヒト大脳皮質神経回路網発達のダイナミクスの考察
それらは、多数の学会発表や論文発表等のかたちで成果として表れている。 以下は今年度の活動概要である。
日時 場所 活動内容 2000年 6月 -----
主著論文がNeurocomputing誌に掲載される。 [Abstract] [Full text] 共著論文がNeurocomputing誌に掲載される。 [Abstract] [Full text] 2000年 7月 静岡文化芸術大学 日本認知科学会第17回大会で口頭発表。
2000年 7月 Brugge, Belgium Computational Neuroscience Meetingでポスター発表。
2000年 11月 Taejon, Korea 7th International Conference on Neural Information Processingで口頭発表。
以下に今年度の成果として、それぞれの論文発表、学会発表、講演等を列挙する。
*** 学術雑誌論文 ***
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Proposition of cortical connectivity between 30 cytoarchitectural areas of human cerebral cortex",
Neurocomputing, 32-33, pp749-755, 2000.
- Hara, J., Shankle, W. R., Fallon, J. H., and Fukuda, R.,
"Estimating cortical connectivity for developing human cerebral cortex",
Neurocomputing, vol. 32-33, pp.1035-39, 2000.
*** 口頭発表 ***
- 福田竜太,原淳子,William R. Shankle,冨田勝,
「ヒト大脳皮質発達のネットワークモデルの構築」,
日本認知科学会第17回大会,静岡文化芸術大学,O4-04,7月,2000 年.
- Fukuda, R., Hara, J., and Shankle, W. R.,
"Estimating connectivity and its dynamics of cortical network for developing human brain",
7th International Conference on Neural Information Processing(ICONIP-2000), Taejon, Korea, November, 2000.
*** ポスター発表 ***
- Fukuda, R., Hara, J., and Shankle, W. R.,
"Development of connectivity of human cerebral cortex",
Computational Neuroscience 2000(CNS*2000), Brugge, Belgium, July, 2000.