2000年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書



坂本純子

saka1006@sfc.keio.ac.jp

政策・メディア研究科 修士1年








― 研究テーマ ―


「エコマネーがもたらすコミュニティの可能性についての研究」
     〜自然環境問題における情報の効果〜

Key Words メディアとしての地域通貨/環境教育の空間/企業と個人



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― Contents ―


問題意識


「情報」というメディアの存在を、「情報供給」と「価値流通手段」の
両方向から捉えていきたい。その、具体的インターフェイスとして、
地域通貨(エコマネーやLETS)に注目している。
 <1.メディアとしての地域通貨>


 そして、その「情報」を流通し、活用させていく空間として、
「環境教育の場」の効果についても、その空間を創造しながら、
検証していきたい。
  <2.環境教育の空間>


 さらに、その「情報」によって生み出された価値を、
いかにして、社会全体に組み込んでいくのか、
自然環境問題における情報技術の効果の側面から、
その可能性についても考察していきたい。
<3.企業と個人の関係性>









研究対象



1.メディアとしての地域通貨

環境・介護・福祉・文化に関する情報を地域住民が主体となって流通させ、
コミュニティ間に新たな価値と信用をもたらす「エコマネー」に注目

Key Words  共通の価値判断基準/環境価値の貨幣評価/
       個人の環境意識/エコマネー



2.環境教育の空間

▼ ecotainment <環境教育プロジェクト>

▼ Green Artist Network <環境NPO>



3.企業と個人の関係性

「環境問題における情報技術の効果」
〜 企業と個人の新たな関係性の構築〜

→ 自然環境問題における「情報技術」の効果を通した、
  「企業と個人の連携の可能性」についての考察



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問題意識
――――――

人々は、生産性・効率性と、さらに、同時に、豊かさを求めて行動する。そのような歴史的な繰り返しのなかで、私たちは、いま、緊迫した自然環境問題に直面している。

自然環境問題にとっての問題は「時間的無自覚」・「空間的無自覚」に依存するのではないかと私は感じている。「空間的無自覚」は、いまの自分の行動が最終的に、どこの地域に影響を与えるのかを自覚していないこと。例えば、ゴミをだして、自分の目の前から消えてしまえば、ゴミ処理における社会的負荷などを考えることもない。さらに、世界に目を向ければ、環境規制の緩い途上国への技術移転によって、先進国が経済的効果を得てきたという過去の事実は否めない。目の前の自分の生活領域に被害が及ばないものは、自然環境破壊・自然環境問題と認めない。


さらに、「時間的無自覚」とは、自分の行動がもたらす環境負荷が瞬間的に自分にフィードバックしないことから生じる無自覚であり、深刻な問題への鈍感さのことである。例えば、ゴミ焼却の際に生じる汚染化学物質は、発生者である私たちだけだけでなく、世代を超えて悪影響を及ぼしている。しかし、自分の生活行動と自然環境への負荷の関係性を自分で体感できない限り、時間的・世代的影響を自覚することができない。


このような時空間的無自覚こそが、私たちの自然環境問題をさらに複雑化している。これらに対する自覚への意識をもつことこそが、自然環境政策に、早急に、求められているのではないか。つまり、そこに、「空間的情報」「時間的情報」を与えることにより、自分の生活行動と自然環境への負荷の関係性を「可視化」していくことが必要である。しかし、自分と地球環境とを同次元で捉えることは難しい。そのために、自己と他者との関係性を明確にすることから始めたい。まずは、自分と目の前にいる人との人の関係性の把握から始まり、自分と自分の友達たち、自分と自分の暮らす地域、自分と自分の関心を共有する人たち、そして、最終的には、自分と地球環境にまで、その関係性は、自ずと、広がっていくのではないか。「情報による関係性の構築」を通して、自然環境に対する個人の意識や自発性を引き出したい。


 そこで、「情報提供・発信」の手段として、「ネットワーク」を利用する。「ネットワーク」とは、人的ネットワークとシステム的ネットワークの両方を指し、それらは、補完しあいながら、互いに影響を与え合う、不可分なものと捉えている。「ネットワークによって構築される情報」を使って、これまで、外部不経済だったものが、どれだけ、社会システムに組み込むことが可能になるのかについて考察していく。


 さらに、外部不経済を社会システムに取り入れる手段として、「個人の意識を反映させた、個人によって評価された環境意識・環境価値」に注目する。そして、それらの意識や価値を社会で流通させることを最終目的とする。価値流通を可能にするものの1つとして、貨幣という価値基準の存在がある。しかし、価値の流通さえ可能であれば、価値基準の手段は何でも構わないと考えている。そこで、貨幣でなくとも、「情報」という形態でも、個人の価値判断基準を組み込んだ価値の流通が可能なのではないかと期待を寄せている。「情報」による価値の流通が、貨幣による価値の流通と同次元で捉えられることにより、そこから、連鎖的な影響を期待している。

「情報」というメディアの存在を、「情報供給」と「価値流通手段」の 両方向から捉えていきたい。その、具体的インターフェイスとして、 地域通貨(エコマネーやLETS)に注目している。
 <1.メディアとしての地域通貨>


 そして、その「情報」を流通し、活用させていく空間として、 「環境教育の場」の効果についても、その空間を創造しながら、 検証していきたい。 <2.環境教育の空間>


 さらに、その「情報」によって生み出された価値を、 いかにして、社会全体に組み込んでいくのか、 自然環境問題における情報技術の効果の側面から、 その可能性についても考察していきたい。 <3.企業と個人の関係性>







研究対象
――――――



1.メディアとしての地域通貨
―――――――――――――――――――――

環境・介護・福祉・文化に関する情報を地域住民が主体となって流通させ、
コミュニティ間に新たな価値と信用をもたらす「エコマネー」に注目

Key Words  共通の価値判断基準/環境価値の貨幣評価/
       個人の環境意識/エコマネー



<研究意義>

Key Words 共通の価値判断基準/環境価値の貨幣評価/個人の環境意識/エコマネー

私たちは、日常生活を取り巻く環境において、自然環境・福祉・介護など、多様な問題に直面している。例えば、自然環境問題に注目すると、そこでは、開発推進側と環境保全側の感情的な対立は後を絶たず、かつ、解決にも至っていない。今の私たちに必然的に求められているのは、合意形成を目的とした自然環境をはじめとした身のまわりの生活環境に対しての共通の価値判断基準をもつことではないだろうか。

既存の基準としては貨幣が一般的であり、CVM(仮想市場評価法)をはじめとした環境価値の貨幣評価が行われている。徳島県吉野川の可動堰化計画の際にも、CVM調査が行われている。そこでは、全国世帯を対象にすると評価額は2648億円となり、可動堰建設費用950億円をはるかに上回っている。しかし、この評価額と一般住民の環境意識の整合性は疑問を抱かざるを得ない。もちろん、環境価値を経済に内部化することによって、開発と環境とが同じ次元で捉えられ、両者の対立の焦点が明確になる。

しかし、価値判断基準を貨幣にのみあてはめるのは限界があるのではないか。貨幣には換算できないけれども、共通して受け止めることのできる複数の価値判断基準の存在を認めていかなければならないのではないか。もちろん、ここの「共通」とは同意ある妥協の産物で構わないと思う。

合意形成に有効な環境評価の実現のために必要なのは、一般住民が、身のまわりの環境価値を日常生活の中でどのように位置づけているのかを明確にする手法を身につけることであろう。個々人の環境意識を表出する有効な方法を身につけるべきである。そして、それを可能にするものが、エコマネーであると考えている。

あらゆる環境問題は、問題の根源を考えてみても、もはや、「環境」という1つの枠組みの中で解決できる状況にはない。そこで、地域コミュニティを媒体として、他の社会問題とのバランスを考慮に入れながら、問題解決のプロセスをつくりあげる必要があろう。そして、エコマネーならば、あらゆる生活環境に価値と信用をつくり出すことによって、結果的に、個人の環境意識を生かした環境負荷軽減に向けての環境政策も期待できると考えている。

さらに、個人の環境意識を日常生活のなかで価値付ける習慣は、将来的には、個人意識の反映という点において、CVMなどの経済手段を従来よりも政策決定にとって有効なものにするであろう。エコマネーを通して環境価値を社会システムに組み込むことによって、結果的に、CVMなどのような環境価値を経済システムに組み込む手法にも影響を与えていきたい。そして、最終的には、社会システム・経済システムの枠を超えて、個人の環境意識の反映する手段を模索していきたい。



<研究目的>

Key Words エコマネー/地域コミュニティ/電子マネー


個人の環境意識を社会システムに表出する手段として「エコマネー」を取り上げる。環境配慮への個人の自発性を高めることで、最終的には、エコマネーによって形成されたコミュニティにおける環境負荷軽減を目的とする。そこでは、コミュニティにおける環境価値の位置づけを明確にし、個々人が環境価値の相対性を生活実感として認識することを可能にしていきたい。
環境やボランティアなど貨幣には換算できないが「価値」として影響力をもつものを、地域住民が主体となって相手との話し合いのなかで価値評価をおこなうことによって、特定のコミュニティ内に多様な価値の創造を可能にし、環境問題をはじめとしたあらゆる社会問題の解決を促していくことを目的とする。



<研究手法>

1.<貨幣システムの限界とエコマネーの必然性についての検証>
→「公」「私」「共」の再編と貨幣部門・非貨幣部門の分類の認識

2<エコマネーのもたらす組織論的効果の検証>
→コミュニティマネーが、地域住民やボランティア組織に与える影響
→拘束されない組織形態がもたらす効果

3.<エコマネーのもたらす経済的効果の検証>
→資金循環の実現による地域経済の活性化への期待
→コミュニティマネーやLETSが既存の経済システムに与える影響

4.<エコマネーと環境問題との相関関係の検証>
→地域内での物質循環の形成による環境負荷軽減化への期待
→個人の環境意識の自発性の尊重と、それを組み込んだ環境政策の実現

5.<エコマネーのもたらす新たな地域コミュニティの検証>
→地域コミュニティという、住民のコミュニケーションの場の構築

6.<電子マネーを活用したエコマネーの可能性>
→コミュニティ内部における、価値情報の共有化
→外部の他のコミュニティとの連携における電子マネーの活用




地域通貨・エコマネーの現状


各国の地域通貨

地域通貨は、特定の地域内で、通常の国家通貨以外の通貨を発行するシステムで、世界各国、各地域で、さまざまな動きが見られる。

システムの種類としては、@紙幣発行型、Aタイムダラー型、B通帳記入型、C小切手型などがあり、世界的には、 ロバート・オーウェン → 労働交換証券 / マイケル・リントン → LETS < Local Exchange Trading System > / ゲゼル → スタンプ通貨 などがある。

現在、世界には、2000以上の地域通貨があり、規模の大きいもので、スイスのWIR(ここでは、スイス企業の17%が参加)、さらには、アルゼンチンのRGT(約10万人が参加)などが存在している。




□地域通貨の社会的効果


<国民通貨と地域通貨>

LETSのような地域通貨はあくまでも国民通貨の補完であり、代替ではない。
地域通貨と国民通貨の並行通貨制こそが望ましいのではないか。

国民通貨
:個人の消費活動や資産に関わるプライバシーを守る装置

地域通貨
:市場経済のなかの個人の私秘性・匿名性を公共空間へ開いていく装置

地域通貨と国民通貨の共存
:自己をどの程度外部に開示していくかを個々人に自律的に選択させ判断させるもの


<地域通貨をどの程度組み込んでいくのか?>

そこで、重要なのが「地域通貨をビジネスとして企業が承認し、いかに活用していくか」である。

具体例↓
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「サステイナビリティ・プロジェクト」(キッチラノ)

目的;自立的資金循環の形成・地域経済の安定化

手段;コミュニティ・ウェイと呼ばれる、地域に根ざした一般企業からの資金調達法を利用

企業の利点:現金がなくてもコミュニティ援助が可能
     :顧客の認知と愛顧を獲得可能

住民の利益:金銭的犠牲がなくコミュニティ援助が可能
     :地域ベースの企業から商品やサービスを購入することで
      人々は自分たちが望ましいと思うプロジェクトを選択し、投票できる

全体の利益:公的プロジェクトが住民からの資金調達と民間企業からの寄付によって実行
     :公的プロジェクトを介してその地域の自律的資金循環を形成
     :より持続的で、発展性のある地域プロジェクトの実現

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地域通貨の導入とは↓

 :地域やコミュニティを外部市場から閉じてしまうことではない
 :部分的な閉域化によって地域経済の自律性を制御し、
  住民側の自発的な意思決定にその制御を委ねることである
 :グローバリゼーションとローカリゼーションの融合における住民の意思表示としての機能






日本の地域通貨(→エコマネー)


地域・団体名 目的 活動 エコマネー名
北海道 栗山町 介護・福祉・
市街地活性化
H.12.2月より、2ヶ月間、第1次実証実験開始/ 夏、2次実験。H.13より、本格開始。 クリン
北海道 下川町 地域活性化 H.12年度より、事業化調査
北海道 富良野市 地域活性化 H.12年度より、事業化調査
北海道 女満別町 地域活性化 H.12年度より、研究会発足
群馬県 太田市 NPO連携 H.12年度より、実施予定
群馬県 南牧村 NPO連携 H.12年度より、実施予定
神奈川県 横浜市 100人委員会 まちづくり H.12年7月、計画発表
長野県 飯田市
飯伊地域メディア協会
環境対策 環境都市を目指し、ゴミ問題に適用の予定
長野県 駒ヶ根市
つれてってカード共同組合
駒ヶ根青年会議所
市街地活性化
まちづくり
プリペイドICカードとの連携を計画/ 青年会議所の本年の活動方針を受け、 4月から模擬実験活動開始 ずらー
長野県 長野市
長野青年会議所
まちづくり H.12年度中、小学校に「エコマネー」導入を計画
富山県 高岡市
商工会議所
まちづくり
地域活性化
商店街活性化とボランティア活動の連携を計画/ 3月末に第1次報告 どら―
富山県 富山市
社会福祉生協
高齢者福祉 元気な高齢者の生きがいづくりに導入を計画 キトキト
静岡県庁 介護・福祉・まちづくり・環境対策 H.11年度に調査研究会発足/ H.12年度には候補地を選定し実験予定
滋賀県 草津市 NPO連携
まちづくり活性化
H.11年6月より、草津コミュニティ支援センターを 中心としたNPOの活動に導入 おうみ
兵庫県 宝塚市 NPO連携
まちづくり活性化
行政のスリム化(アウトソーシング)と NPOの連携に導入を計画
高知県 中村市 環境対策とまちづくり 四万十川の環境対策と 下流域の中村市商店街活性化に導入を計画
愛媛県 高齢者福祉
まちづくり
地域活性化
H.11年度、調査開始/ H.12年度、5地域を選定し実施
沖縄県 座間味村 地域活性化 H.12年、研究会発足
沖縄県 石垣市 市街地活性化 H.12年、TMO発足、計画立案
日本青年会議所
市民セクター応援特別委員会
まちづくり H.12年、活動計画に組み込む/ H.12年7月計画発表


→さらに、日々、全国各地で、エコマネーの実践が広まりつつある。










2.環境教育の空間
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〜環境情報の創造・流通・活用をめざして〜


エコテイメント <環境教育プロジェクト>

 ecotainment → entertainment to ecology !


→ 自然環境問題の問題(資源制約・自己と他者の関係性への無自覚)を
  ゲームで可視化・体感

→ 2000年7月、SFC中高で、授業を実施

→ 個人の行動規制を誘導するような、既存の理想主義的な環境教育ではなく、
  自己と他者との関係性を知るなかで、自己の行動選択を豊かにすることを目的とする




グリーン アーティスト ネットワーク <環境NPO>
 Green Artist Network

→ 2000.12 設立申請、2001.3 設立認証予定

<目的>

地球環境問題の悲劇的な状況が深刻化する一方で、
将来を担う若者たちの多くは、この現実に目をそむけている。
そうした若者たちが、少しでも地球環境問題を認識し、各自が
自発的に、環境保全に向けた意味ある行動を喚起するような
エンターテイメントを用いた環境教育を通して、
意識啓発を行うことを主たる目的とする。


<事業>

(1) チャリティコンサートの企画プロデュース、及び実施・運営
(2) 環境イベントの企画プロデュース、及び実施
(3) CD,DVD、エデュテイメントソフト等の企画プロデュース
(4) 環境ミュージアムの運営プロデュース
(5) 環境グッズの企画プロデュース、及び製作
(6) 環境デジタルコンテンツの企画プロデュース、及び製作
(7) 他環境NPO団体への支援活動



→ Green Artist Network の立ち上げ・活動
→ D-ネット(災害援助NPO)との連携

⇒ 資金・人・現場・エンターテイメント要素のなかで、
  自立に向けたNPOの最適環境を模索していきたい。










3.企業と個人の関係性
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「環境問題における情報技術の効果」

〜 企業と個人の新たな関係性の構築〜

→ 自然環境問題における「情報技術」の効果を通した、
  「企業と個人の連携の可能性」についての考察



■Introduction

自然環境問題の危機が叫ばれて久しいが、実際、どのような政策が行われ、それに対して、結果、どのような成果を得ているのかを実感する機会は、非常に乏しい。ここでは、将来的にも、地域的にも有効な自然環境政策の可能性について考えていきたい。私自身の問題意識としては、環境改善のための技術開発と同時に、個々人の日常生活における価値観やライフスタイルの変革こそが、環境政策において、必要最低条件のように感じている。

個々人が、いかに、地球環境を自分のものとして実感できるか否かが、これからの環境政策を大きく左右してくるであろう。そのために、「何が必要なのか」、あるいは、「私たちにできることは何なのか」について考察していきたい。そこで、個人のライフスタイルの変革を可能にする手段として、「情報技術」に注目する。そして、自然環境問題への情報技術の効果について、インターネット経済が消費者に与えるエネルギー節約・環境保全の効果の観点から考察していく。




■Chapter 1 問題意識

〜なぜ、自然環境問題に情報技術が必要なのか〜


さまざまな分野における情報技術の可能性への期待が高めるなかで、情報技術は自然環境問題にどのような影響をもたらすのか。最近の動向や、あらゆる未知の可能性のために、環境問題においても期待は膨らむばかりである。しかし、ここでは、「そもそも、環境政策に情報技術に必要なのか」、そういう根本について、考察をしてみたい。そのために、自分自身の問題意識をもとに、なぜ、情報技術が必要なのかを考えてみたい。なぜなら、「どこが、従来のエネルギー革命や産業革命とちがうのか」、これらを明確にする考察こそが、今後の情報技術の可能性を左右していくものだと認識しているからだ。

まず、自分の問題意識について書く。そもそも、「環境問題の問題」について述べたい。私自身、環境問題の問題は、個々人の「空間的無自覚」と「時間的無自覚」であると考えている。「空間的無自覚」とは、いまの自分の行動が、最終的に、どこの地域に影響を与えるのかを自覚していないことである。例えば、ゴミをだして、自分の目の前から消えてしまえば、ゴミ処理における社会的負荷などを考えることもない。さらに、世界に目を向ければ、環境規制の緩い途上国への技術移転によって、先進国が経済効果を得てきたという過去の事実は否めない。自分の生活領域に被害が及ばないものは、環境破壊・環境問題と認めない。さらに、「時間的無自覚」とは、自分の行動がもたらす環境負荷が瞬間的に自分にフィードバックしないことから生じる無自覚であり、深刻な問題への鈍感さのことである。この無自覚さが複雑に絡み合い、さらに、問題を複雑化しているのではないか。私自身は、このような問題意識をもっている。

この混沌とした、無自覚の世界を切り開くものとして、個々人が、必要な情報を共有していくことこそが求められているのではないか。そして、それを可能にする手段として、「情報技術」を捉えている。「情報技術」を環境問題に取り入れていくことは、「目的」ではなく、「手段」に過ぎないのである。

必要な情報を共有することによって、個々人は、自己と他者の関係性を認識することができ、そのなかで、「環境問題の問題」を可視化・体感できるのではないかと考えている。 つまり、「情報技術でなければ実現し得ないもの」と「環境政策に求められているもの」は、同質のものなのではないか。

さらには、情報技術によって生じる「情報の価値」と私たちの身のまわりの「自然環境の価値」は、性質や流通において、「利益者を特定できないこと」、「市場の価値に変換されにくいこと」など、多くの共通点を備えているのではないかと感じている。

この意味において、自然環境問題への情報技術の活用に、大きな期待を寄せるとともに、その活用の方法について、提案していきたいと考えている。










■Chapter 2 研究意義

〜どの分野で、情報技術を生かすことができるのか〜


情報技術の必要性を認識したうえで、では、どの分野で、情報技術を生かすことができるのかについて、考察していきたい。

そこで、自分の問題意識をもとに、どこの分野で、その活用が望まれているのかを、以下に図示する。ここでは、横軸で「対象や利益の公共性の高さ」を示し、縦軸に「解決に向けた社会システム」を提示する。そうすると、そこには、大きく分けて4つの領域ができあがる。

「公共性」が高く「市場」を利用するものとして、環境税やCVMなどの経済学手法が考えられる。そして、「公共性」が高く「ボランタリー」なものとして、環境NPO・NGOが存在する。一方で、「利益を受ける対象」が明確で、かつ、「市場」を利用したものとして、環境ビジネスがあり、そして、「利益を受ける対象」が明確で、「ボランタリー」なものとしては、「地域ボランティア」が考えられる。

これらを踏まえたうえで、「情報技術を活用した環境政策」の位置づけを考えてみると、以下の図のなかの灰色の部分になるのではないかと予想している。「個人が受ける利益」が明確でありながら、高い「公共性」を帯びているような領域をつくり出すことができるのではないか。それを可能にするシステムについては、「市場」なのか、「ボランタリー」なものかは、まだ、分からない。しかし、私自身の考えとしては、それらにおいて、新たな共生の形が生まれるのではないかと感じている。その1つとしては、「企業とNPOのコラボレーショオン」に期待を寄せているところでもあるし、自分としても、その共生の道を提案していきたいと考えている。










■Chapter 3 自然環境と情報技術の関係性

情報技術のどの要素が、自然環境問題のどの要素に影響を与えているか整理・分析する。



◆1 整理

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A:ITの要素(情報の収集・蓄積・分析・共有・伝達)
B:環境問題の要素(持続可能な発展の推進)
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地球白書2000

「環境と情報技術は、@製造・使用・処分の影響、Aモニタリングとモデリング、
Bコミュニケーションネットワークの3つの分野で関係がある」

@製造・使用・処分の影響
→半導体・回路基板・モニター装置の製造の際に使用される有害化学物質の現状把握

Aモニタリングとモデリング
→東南アジアの熱帯雨林火災のひろがり、南極上空のオゾン層破壊、
 アラル海の縮小状況、環境シナリオ(都市交通の選択肢、世界の化石燃料の燃焼)
(→現状把握と将来予測)

Bコミュニケーション・ネットワーク
→遠隔地への情報伝達→教育プログラム拡大、医療情報・応急処置情報の提供
 田舎の農家・企業家の都市市場へのアクセス拡大
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◇電気通信審議会

→情報通信を活用した地球環境問題への対応に関する答申

Point↓
 CO2排出削減に寄与する情報通信システムを洗い出し、その中から、
主要な情報通信システムについて、CO2排出削減効果を定量的に分析。

 情報通信の活用によるCO2排出削減のための施策として、総合的な施策を提言。

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◇インターネット経済・エネルギー・環境

→「インターネット経済それ自身が構造的成長と効率向上的成長の
  両方を生み出し、両者が同時に重要である」

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◆2 分析

以上の情報収集・整理をもとに、日本での期待される効果について、以下に図示しながら、分析していきたい。横軸には「環境負荷」の程度を示している。右へいくほど、それは、軽減される。そして、縦軸には、「行為者」として、企業と個人を対立させた。

そして、ここでは、情報技術を環境問題に活用することによる、「企業」と「個人」の変化に注目する。「企業」をこの情報技術を利用することにより、「企業利益と環境保全との整合性のとれた関係」を構築していくのではないか。企業にとって、環境保全はイメージアップや慈善事業の枠を超えるものになるのではないかと感じている。企業の経営戦略の手段としての環境保全も、近いうちに、実現されるだろう。一方、「個人」にとっては、情報技術を通して、他者との関係性を知ることにより、「環境問題の問題」を可視化・体感していくことが可能になるであろう。

さらに、これらの「企業」と「個人」の変化を促す要因として、「企業と個人の関係性」にも注目したい。情報技術により、情報や価値観やライフスタイルをネットワークされた「個人」やそれらの集合体である「コミュニティ」には、さまざまな「価値」が創造されてくるであろう。そのなかには、「市場」というシステムには適さないけれども、社会的価値として有意義なものも含まれているであろう。それら、個人やコミュニティにおける社会的価値を、社会でより有効に生かしていくシステムが求められる。一方、「企業」は、企業利益と環境保全の共生の手段を模索している。その手段として、「企業」は、個人やコミュニティで生まれた価値を活用していくべきなのではないか。ここにこそ、企業と個人の新たな関係性が構築される。その両者の媒体となるものとして、「NPO」や「地域通貨」は、大きな役割を果たしていくのではないか。










■Conclusion

Key Words 自然環境問題と情報技術/空間的無自覚と時間的無自覚/
コミュニティのネットワーク化/環境NPO

環境政策は、「理想」と「現実」とが錯綜する世界である。しかし、理想を掲げているほど、自然環境問題の事態は緩やかなものではない。京都議定書で掲げた目標に対して、現実に、どれだけの成果が出せたのか、出せなかったのかは、すでに、明確である。必要なのは、「実行力」と「適格な評価」と「迅速な修正」である。これだけの専門家がいて、なぜ、環境問題の事態が変えられないのか、変えないのか、そんな疑問さえ生じる。

そこで、この考察においては、有効な自然環境政策への1つの提案を行いたい。私自身は、「情報技術の自然環境政策への影響」に大きな期待を寄せている。自然環境問題における問題は、個人の「空間的無自覚」「時間的無自覚」に大きく依存していると考える。ゴミを例として、「空間的無自覚」とは、自分の目の前からゴミがなくなれば、その自分のゴミが地球環境に与える影響を自覚できない。そして、「時間的無自覚」とはゴミから発生する化学物質が世代を超えて影響を与えるということに気がつかないということである。これは、個人のゴミ問題からはじまり、世界的な環境問題においても、共通していることであろう。そして、それらの無自覚が重なり合うことで、さらに、問題は複雑化する。

この問題を解決するために、何が必要か。そこには、「個」と「全体」の関係性の把握が求められているのではないか。つまり、「自分の行動」と「それが地球環境に与える影響」を体感するために、その関係性を可視化していくことが求められていると、私は考える。環境政策への技術開発と同時に、個人の意識・行動の変化による自然環境保全への新たなアプローチが必要なのではないか。私は、それを可能にする手段として、情報技術を捉えている。個人の情報や価値観をネットワークすることにより、いままで無自覚だったものが体感できるのではないか。つまり、自己と他者、自分と自分の地域、自分と自分の国、自分と自分のまわりの国、自分と地球という、小さなコミュニティのつながりを連続させることで、「個」と「全体」との関係性の把握が可能になる。さらに、コミュニティをネットワークする際、環境NPOなどが、大きな役割を担うのではないかと期待している。

また、ここで、情報技術の環境問題への適用の具体例を1つ挙げる。個人がゴミを捨てるとき、そのゴミが捨てられた後の情報を、新たな情報技術によって、その個人が瞬時に知ることができれば、その個人の行動選択に何かしらの影響を与えることは可能となる。私が求める、情報技術は、理論的な環境教育や意識啓発を行うものではなく、今までなかった情報を入手する手段に過ぎない。空間と時間を圧縮し、それを個人が体感する手段として、情報技術を捉えている。自然環境問題の問題になっている要因と、情報技術でしか実現できない要因とが一致しているように私は感じている。もちろん、情報を得た後は、各自の判断に任せる。しかし、個人の生活におけるさまざまな判断において、その情報は有意義なものになると確信している。

このような情報技術の環境問題への適用による、個人のライフプランの変化こそが、国内・国際政策を理想で終わらせない重要な要因になるのではないか。国内、さらには、国際政策にとって、個々人の意識・行動の変革こそが最小条件であり、かつ、最大条件でもあるのではないか。




□参考文献

ワールドウォッチ研究所「地球白書2000」(2000年)
 第7章"Harnessing Information Technologies for the Environment"

ジョセフ・ロム他「インターネット経済・エネルギー・環境」(2000年)

電気通信審議会答申「情報技術を活用した地球環境問題への対応」(1998年)

IPCC - WG3 TAR
       Chapter6 POLITICS , MEASURES AND INSTRUMENTS 15 May 2000

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謝辞

以上が、2000年度の研究活動報告である。

森基金の研究助成により、より有意義な研究活動の機会を得たことに、
心より感謝申し上げます。