他者の活動履歴に着目した実世界オブジェクト探索支援システムの設計 と実装

鳥谷部桜
政策・メディア研究科修士課程1年
saqura@sfc.keio.ac.jp


ある場所に訪れたユーザのその場所を訪れた目的の達成(オブジェクト探索など)に役立つ情報を過去に訪れたユーザが残した情報から提供するシステム"Hear Here"を提案する。特に実際のサービスとして使用される際に問題となる、過去に訪れた人からその場所で得た情報をどのようにユーザのモチベーションを下げずに取得するかを主な課題とし、その解決策を提案し、一部実装を行った。


1.背景
ラップトップコンピュータやPDA、またDoCoMoのi-modeなどの携帯電話によって、人は「いつでも」「どこでも」手軽にコンピュータにアクセスできる環境が整った。そこで、モバイルインターネットを利用し、実空間にいるユーザがその状況下で必要な情報をその場その時に得られるようになった。

また、実世界の中には、ショッピングモールや美術館など人がある目的を持って集まる場所がある。そのような場所で目的達成の助けとなる情報が得られると便利だ。しかし全ての場所で利用者の目的達成を支援するための情報を事前に用意することは手間やコストなどの面から現実的でない。一方、そのような場所は過去にも同じような目的を持って訪れ目的を達成するために試行錯誤し達成をした人がいる。このような目的の近い経験者の情報は経験に基づいた利用者にとって信頼のある情報であるため、のちの利用者の目的達成に役立つ可能性が大きい。

そこで本研究では、モバイル端末を利用し、実世界のある場所を訪れた人からその時得た経験を収集し、後にその場を訪れた人の目的達成を支援するため過去に来た人の残した情報を提供するシステムを提案する。このようなシステムは、街中で自分の好きな商品の置いてある店を探索するなどのオブジェクト探索支援や、映画を見た時に人と共感したり反対することで楽しむなどのエンターテイメントへの応用が考えられる。


2.Hear Hereで実現する世界
異時間、同空間の不特定多数の情報共有を可能にするHear Hereによって、以下のような世界が実現すると考えている。

図1.街中でのシステム利用イメージ
2-1.街中
街中で買い物をしている人は、自分の好みのサービスや商品を手に入れるためにお店や商品を探している。一方過去に来た人が持っているお店や売られている商品に対する感想やイメージは、経験に基づいた信頼性の高い情報であると考えられる。そこで、過去に来た人のお店や商品に関する情報を蓄積し、のちの買い物客に情報を提供する。

■提供される情報
 ・値段  
 ・商品
 ・混雑具合
 ・雰囲気



2-2.映画館、遊園地、水族館、コンサートホール
図2.遊園地でのシステム利用イメージ
エンターテイメント、アミューズメントパークでは、人は喜怒哀楽といった気持ちの変化を求めていることが多いと考えられる。その場にあるコンテンツに触れ、非日常的な経験によって得た気持ちの変化は、他者と共感したり反対することでさらに行われる。

■情報の内容
 ・他者の感想








2-3.美術館、博物館
図3.美術館でのシステム利用イメージ

美術館や博物館を訪れる者は、その展示物に関する知識を得と考えている場合が多い。その時、同じ展示物を見た他者の意見や疑問を知ることで新しい視点に気付き、さらに興味や関心を持つことができる。興味や関心を持つことは新しい知識の理解や習得のモチベーション向上につながる。

■情報の内容
 ・他者の感想
 ・他者の意見
 ・他者の疑問




3.先行研究
現実世界の物や場所と関連した情報を実空間にいるユーザに提供する研究として、拡張現実感(Augmented Reality)と言われる研究がある。拡張現実感とは、場所や物を情報によって拡張するという意味である。この分野の研究では、ユーザが自然に物や場所と関連した情報を得るインタフェースの研究[1][2]やユーザの位置や趣向など現実空間にいるユーザの状況をいかにシステムで得るかといった研究[3][4]が多い。これらは情報の生成についてはあまり着目されておらず、提供される情報は事前に誰かが制作することを前提としているものがほとんどである。本システムは提供する情報の生成に着目し、情報がそこを訪れた不特定多数の人によって作られる点で異なる。また垂水らはSpaceTagという時空間限定でアクセス可能なオブジェクトを提案し、それによって実現する世界の構想を述べている[5]。SpaceTagでは、一般ユーザが情報を作成し、作成した情報はその場で貼り付けることを想定している点で本研究と同じである。しかし情報取得に関するシステム設計については述べられているものの、情報の生成に関しては具体的なシステムは提示されていない。
また、従来「いつでも」「どこでも」と言われるモバイル・インターネットを使ったサービスでは、いつでもどこでも「情報が得られる」ことを意味しているものが多かった。例えば外出時にインターネットにつながる携帯電話から電車の時刻表などを検索できる「駅前探索クラブ」[6]がある。本研究では現実空間で情報の入力も行うサービスという点で従来の多くのサービスと異なっている。


4.Hear Hereの設計

4-1.課題
本研究では、本システムの特徴の一つである「他者の活動履歴の取得」という課題に焦点をあて、システム設計を行った。ユーザの携帯端末による情報発信促進には、心理的、物理的にも、データ入力のモチベーションを向上する工夫が必要である。以下に課題をまとめる。

@心理的な問題
 a.いつ情報入力をするか
 b.どこで情報入力をするか
 c.エンターテイメント性

A物理的な問題
 a.情報入力項目の数や内容
 b.入力方法

4-2.システム設計
4-1で述べた課題を考慮し、Hear Hereのシステムを提案する。

  

図4.Hear Hereイメージ図


4-2-1.その場で情報入力
本システムは入力する情報は経験したその場で入れることとする。それは、本システムではユーザが入力する情報と一緒に位置情報をデータベースに蓄積するが、その時位置情報はGPSなどを使って自動収集できるほうが良いからだ。また、経験した場で入力する方が、のちに別の場所で思い出して入力するよりも記憶が鮮明であるため、情報の信頼性が高く、入力のモチベーションも高いという副次的な効果も期待している。

4-2-2.その時に情報入力
本システムは、ユーザがある場所を利用した経験の度に情報を入力してもらいたい。しかしユーザにとって1回1回の入力に対するメリットがそれぞれ大きくなければ、まめに情報を入力することは期待できない。そこで、「おそらくユーザが場所を利用して何か特別な経験をしているだろう」という時にシステムからプッシュ型でユーザに問い合わせることとする。具体的には「ユーザの歩くペース」が変化した時にそこの場所で何か特別な経験を始めたと仮定する。本システムは、経験に基づいた情報を得たいので、経験している途中か直後に情報の入力を求めたい。そこで万歩計や位置情報を利用し、ユーザの歩くペースが変化し一定時間たった時に端末にユーザに問い合わる入力画面を表示し、バイブレーターなどで表示したことをユーザに知らせる。

4-2-3.自分の飼っているキャラクターとの会話による情報収集
本システムは、携帯端末で自分が育てるキャラクターと会話をするような感覚でユーザから情報収集を行う。キャラクターを使うメリットとして、ユーザが頻繁にプッシュ型で問い合わせられる不快感をキャラクターを使うことで、「一緒にいる子どもや友人は頻繁に問い掛ける」という日常では普段の状況にしている。また、キャラクターを育てることで愛着が湧くので、ユーザに入力の問い合わせをする画面の無視をあまりしなくなり、回答率が向上することを期待している。さらに、ユーザの入力に対しキャラクターの返答を行っていくことで、ユーザが会話を楽しむ感覚によって情報入力のモチベーションをあげられると考えている。

4-2-4.簡単な情報入力方法
街中で別のことを目的にやっているユーザが情報入力を不快感なく行うためには、物理的に簡単な情報入力の仕組みでなければならない。本システムでは携帯端末を利用することを想定しているが、一般的に携帯端末の文字入力は大きさの制約から文字入力のキーの数が限られるため、いくつかのキーを組み合わせて複数回のクリックによって1文字を特定する場合が多い。その為文章の入力は複数のキーを何度もクリックをしなければならず手間がかかる。そこで、選択キーのクリックだけで情報入力できる仕組みにする。具体的には、質問に対する答えの選択肢を用意し、ユーザはそれを選択していく。また、位置情報は自動的に収集する。
この方法は、2000年度秋学期に行った実験秘書支援システムi-topやリアルタイムアンケートシステムi-feelを参考にする。


図5.情報入力画面イメージ


4-2-5.有益な情報提供
本システムは、実世界のある場所にいるユーザに有益な情報の提供を最終的な目的としている。ユーザにとって有益な情報とは、ユーザの目的、ユーザの趣向、に適した情報だと考えられる。前者に関しては、キャラクターによって事前にその時のユーザの目的を取得する。後者に関しては、情報提供を受けるユーザと趣向の近いユーザが入力した情報を提供するようにする。ここについては、情報フィルタリング技術を使う。

4-3.使用機材
ユーザが持つ端末は、ユーザの入力情報に自動的に含まれる位置情報の取得、ユーザが立ち止まったかどうかの取得が必要となる。そこで現在は、市販のPDAにGPSと万歩計をつけることを考えている。
またサーバへのデータアップを少なくするため、ユーザが入力した情報はある程度端末に貯蓄し、一定時間ごとにサーバーへアップするか、携帯端末内のデータをPCにシンクする際にデータをサーバーにアップする仕組みにする。



図6.システム構成

5.試作状況

図7 試作システム
キャラクターとユーザが対話し、その中で後の情報提供時に役立ついくつかのユーザの答えを情報をデータベースに蓄積するシステムを試作した。試作システムはDoCoMoのi-modeでの使用を想定している。また、phpとpostgreSQLによって制作した。

@入力インタフェース
物理的な入力のやりにくさは、システム利用のモチベーションの低下につながる。そこで、はじめに行うユーザ登録以外は選択ボタンのクリックのみで利用できるようにした。具体的にはユーザの答えの選択肢をすべて用意し、それぞれ選択されるとGETメソッドを使ってCGIを呼び出すようにした。

A場所の選択
試作システムでは位置情報は自動的に取得できないため、ユーザがはじめに場所を選択を行うようにした。この部分は将来的には可能な限り自動で行われるようにする。現在は以下のような選択を用意した。

・飲食のお店
・洋服のお店
・装飾品のお店
・雑貨のお店
・食材のお店
・図書館
・美術館
・水族館
・映画館
・演奏会ホール
・遊園地

Bキャラクターとの会話
@で選択された場所のカテゴリーごとに、キャラクターの質問とユーザの答え(選択肢)が登録されている会話用データベースを用意した。ユーザが選択した答えによってキャラクターの次の質問をデータベースから取りだし表示している。また、ユーザが質問攻めにならないようにキャラクターの感想「それは良かったね!」などといった相槌も用意した。

C場所プロファイルへの情報蓄積
Bのユーザとキャラクターの会話用データベースの中のユーザの答えの中からいくつか情報提供時に役立つ答えを事前に決めた。この答えをユーザが選択した時は、場所のプロファイル用データベースに答えが登録される。ユーザがキャラクターと会話し答えている中で何度か、場所プロファイル用データベースに、場所、ユーザ、質問、答え、日時の値がデータベースに蓄積される。

Dユーザプロファイルへの情報蓄積
Cの場所プロファイルと同様に、Bのユーザとキャラクターの会話用データベースの中のユーザの答えの中から、いくつかユーザの趣向を知るのに役立つ選択肢を決めた。この答えをユーザが選択した時に、ユーザプロファイル用データベースに登録される。ユーザがキャラクターと会話し答えている中で何度か、ユーザプロファイル用データベースに、質問、答え、日時の値がデータベースに蓄積される。

Eユーザの特定
システム利用前にユーザ登録を行い、利用する際にはユーザを特定するようにした。ユーザの特定をする理由は、将来は情報提供をする時にユーザの趣向と提供される情報を入力したユーザの趣向によって、提供する情報にフィルターをかける為である。


6.今後の予定

現在主に3つの課題が残っている。
1つ目は、ユーザと自然に行うキャラクターとの会話を改良することである。作成したプロトタイプのユーザに提示する選択肢が適切か、キャラクターの返答が適切かについて、使用実験を通して改良する。
2つめは、「歩くペースが変化して一定時間たった後に問い合わせる」仕組みが本当に有効かという問題だ。これは実際の使用実験を通して検証する。現在handspring社のVisorと現在開発中の株式会社ハギワラシスコム社の万歩計モジュールでプロトタイプを作り実験を行う予定をしている。
3つ目は情報提供部分の実装である。
今後以上3点の課題について研究を進める。


7.関連研究

[1]暦元純一,綾塚祐二,林一輝:Augment-able Reality:実空間と情報空間を融合した情報交流,pp.115-pp.124,WISS'98,1998
[2]脇田敏裕,長屋隆之,寺嶌立太:2時限コードを用いたWWWと髪メディアとの融合の試み,pp.1-pp.6,情報処理学会ヒューマンインタフェース76-1,1998
[3]加藤清志,芦田和正,兼吉昭雄:加速度による携帯端末向け状況センシング方式の開発,pp.7-pp.12,情報処理学会ヒューマンインタフェース87-2,2000
[4]中村哲也,松尾真人,板生知子:適応型通信サービスにおけるコンテクスト情報提供方式,pp.83-pp.90,情報処理学会モーバイルコンピューティング12-10,2000
[5]垂水浩幸,森下健,上林弥彦:SpaceTagのアプリケーションとその社会的インパクト,情報処理学会グループウェア33-6,pp.31-pp.36,1999
[6]株式会社東芝 駅前探索クラブ http://ekimae.toshiba.co.jp/