2000年森基金報告書

介護しやすい、されやすい介護老人保健施設の設計

〜介護老人保健施設サンダイアルにおける調査報告〜

 

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 修士課程1年

飯塚慶子

80031089  iizuka@sfc.keio.ac.jp

(1)調査目的

先日、ベネッセホームくらら戸塚を見学した。某ゼネコン会社の独身寮を買収した上での改修工事であった。改修の目的は「介護スタッフの動線」を確保すること。入居者層が変わる改修は困難を極める。設計には社内の不動産チーム、介護スタッフが加わり、想定される利用者を介護できるかどうか、を考え尽くされた施設として生まれ変わった。それに対して、私が勤務していた横浜市内の老人保健施設では、建築に知識のある者はなく、設計・施工会社のなすがまま施設が完成した。

設計管理のできる施設経営主体は少ない。その結果、介護がスタートした後、スタッフ、利用者からハード面に関するクレームが多発してしまう。では、実際にどのような不備が発生しているのか、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科、葉教授(建築家)の設計した老人保健施設サンダイアル(久留米市)を調査する機会を得たので、その結果分析を以下にまとめる。

(2)調査概要

調査概要

調査対象:老人保健施設サンダイアル

[住所]福岡県久留米市 

[運営主体]医療法人社団 堀川会

[設計]葉デザイン事務所 [施工]大成建設

ヒアリング対象者:看護婦、ケアワーカー、利用者

調査方法

以下の6種の設備空間に関して、「介護」面での使い勝手を考える。介護する側であるケアワーカー、看護婦、介護される側の利用者からの意見によって評価する。

日常的介護設備

A個室

Bナースステーション

C廊下

D痴呆専門棟

オプション的設備

Eアトリウム/デイルーム

Fプール/サウナ

(3)調査結果

A個室

100床全室が個室(写真@)である。老健法の制約では半分の50床しか有料個室として認められていない。電気代にしても個室利用者から使用分を徴収できないため、施設全体で使用制限をせざるをえない。利用者に痴呆症状があれば、トイレや洗面を汚すため、掃除量が必然的に増える。また、多床室のように同室者同士の相互監視ができないため、スタッフによる監視に頼らざるを得ない。冷蔵庫完備であるが、食事制限のある利用者にはカギをかけて対応する。個室のバス、トイレも介助が必要な利用者は使用できない。外から見えるようにガラスで囲まれたバストイレ(写真A)は、唯一使用可能な自立者にとっては恥ずかしく、落ち着かない、という意見があった。

以上、スタッフによるケアの倍増、内装設備の実質的な利用率の低さから考えて、個室が一番の居室スタイルとは言い切れない。あくまでもアメニティを考える上での選択肢に過ぎないのではないだろうか。

 

Bナースステーション

図A(2階平面図)のNがナースステーションの位置である。居室が完全に死角になっていることがわかる。隣接する談話室、目の前のトイレのみが監視可能範囲であった。利用者の生活に目を配るべきステーションから利用者が見えないのは、決定的な不備である。ケアワーカーのお話では、トイレの位置とナースステーションを交換して欲しい、とのことであった。ステーションがあえて、アトリウム側にあるのは、隣接部をガラスばりにしてアトリウムの監視棟としての役割を担わせたわけだが、一番監視すべきスロープまで約15m距離がある上に、反透明性版で覆われており、実際には監視どころか見えてさえいない。

 

C廊下

4m幅廊下には所々にテーブルと椅子がおかれ、テラス風にアレンジされている(写真B)。移動の最中でもちょっと一息、ほかの入所者とおしゃべりできる空間の演出である。実際、座り込んでおしゃべりに夢中になる女性も多かった。しかし、介護する側とすれば、車椅子は一度に2台押したいものである。一斉に移動する場合などは、時間を短縮できる。建築法上の規制も車椅子が2台すれ違える広さを要求しているが、このテラスが車椅子1台分の幅を占拠してしまっている。

 

D痴呆専門棟

写真Cが痴呆棟と一般棟との境界壁である。通常は半透明性の部材を使用するが、サンダイアルでは痴呆棟からも、外界が見えるように、透明の壁を採用している。透明であっても、施錠された壁であるから、自力で外には出られない。出られない世界が目に入るということが、痴呆重度利用者の好奇心を刺激し、壁を強く殴打したり、壁ぎわで外界を凝視する姿が2名あった。この透明の壁については論議の分かれるところだが、中途半端に外界との接点を提供することが、「痴呆抑制の効果」に繋がるとは思えにくい。

 

Eアトリウム

広すぎる体育館

広大なアトリウム(写真D)はサンダイアルの一番の「売り」である。しかし、写真にあるように広い面積に対して利用者100名では寒々しい感じさえ受ける。見学に伺った間に、利用者は1名もなかった。この広いアトリウムに対して、入所者用のデイルームはその20分の1にも満たない。体育館で運動するよりも、デイルームで体操するほうが、利用者にとっては日常的である。アトリウムの広さよりも、デイルームの狭さが目立っていた。

 

孤立する散歩コース

居室から食堂に下りて行くには、アトリウムを迂回するスロープ(写真E)で下りても、階段で下りても、エレベーター(写真F)で下りてもいい作りになっている。その時の気分や体調にあわせて、行動パターンを決められるのが特徴である。しかしスタッフにとってみれば、ただでさえも多忙な移動の時間に、利用者の動線が複雑化し、目の届かない空間ができてしまう。

この施設では平均して週に1人、骨折者が出る。事故現場として多いのが、アトリウム横のスロープである。元来、散歩とは誰の目も気にせず気ままに歩くものだ。しかし、緊張感の低下する散歩時ほど、骨折も多くなる。このスロープに一部始終手すりが附帯されているということは、自立歩行がままならないし利用者の歩行も想定されて、設置されたのであろう。その場合、介助者がいないことが骨折の危険に直結してしまう。

高齢者骨折の多くは、大腿部頸部を損傷するため、大手術となり、経営主体である堀川病院では対応できず、協力病院まで搬送するそうである。現在、あまりにも骨折が多いためこのスロープでの散歩は奨励されていないようだった。

 

Fプール/サウナ

サンダイアルを訪れて一番驚かされたのは、20m屋内プールとその横にはジャクジー、サウナ(写真G)が完備されていたこと、さらにはそれが稼動していなかったことだ。医療法の適用によりこれらの利用料を利用者から徴収できないゆえ、運転を見合わせているそうだ。他施設との差別化としての発案であり、パンフレット(資料の最後に添付)にも使用できそうなプールが大きく掲載されているが、使わない設備であれば、利用者やその家族には無駄にしか見えないだろう。そのコストやスペースをデイルームの拡充に投入すべきであると思う。

 

(4)総括と今後の課題

設計を担当された葉祥栄先生は湘南藤沢キャンパスの教授でもあり、建築家として様々な功績をお持ちである。しかし、介護の現場に携わる機会はなく、コンセプトの中で図面は出来上がったと思われる。

今回取り上げた6設備において、建築物に対する強い思いや新しい試みは十分に推測できる。サンダイアルという施設は老人保健施設という枠を越えて、建築物としても評価されるべきであろう。あと、ここに充足すべきは、介護スタッフの声と利用者のニーズではなかろうか。

病院や施設の改修にあたって、医師が設計監理をする話を聞く。しかし、図面上に描かれた空間が医療や介護の現場で本当に動き出すかどうかは、建築家を交えた上で、実際にその空間を使うメンバーによって論議されるべきである。この段階を踏み外した施設は、デザイン性とは裏腹に使いにくい空間に陥ってしまう実態を今回の調査を通して、痛感した。

 

(5)調査協力者

氏   名

所属・職名

学位・専攻・専門

春口晴美

 

 

サンダイアル看護主任

介護支援専門員

正看護婦

施設見学案内

 

 

以上