森基金 実地調査

「総合地域整備法の分析 ―占冠村トマムリゾートを事例に―」

成 崇(修士1 80031784)

 

―目次―

1.問題意識

2.トマムリゾートの概要

3.トマムリゾート開発の経緯

4.トマムリゾート開発に伴う環境問題

5.トマムリゾート開発の経済的効果と特徴

6.トマムリゾート開発における問題と発生原因類型

7.リゾート法の評価と課題

)付属資料

 

1.問題意識

 総合保養地域整備法(通称リゾート法、以下同)は地域にどのような影響を与えたのだろうか。またそれはどのような仕組みによってもたらされたのであろうか。

 本分析の大きな目的は北海道占冠村のトマムリゾートを題材にしながら、リゾート法が地域に与えた影響とその政策過程を分析することである。この事業は地元である占冠村が第三セクター方式で立案・経営ともに深く関わり、また国によりリゾート法の指定を受けている。したがってとくに行政面に着目してその政策過程を分析することが重要である。そして、占冠村特有の個別的事情を考慮した上で、リゾート法の全体的な評価、政策としての問題点の一般化を試みたい。

 さて、行政によるリゾート事業推進はバブル崩壊以降、かつてほど盛んではないと言われている。当時実施された事業が自治体の財政に深刻な影響を与えていることもしばしばでその痛手は小さくない。しかしながら、産業や若年労働力が慢性的に乏しい地域では観光事業による振興以外に有力な政策を打ち出せない状況には変わりがない。そのため、自治体や公的組織による観光事業への関心は依然として高い。つまり、リゾート法の経験を踏まえてもなお事態は何も変わっていないと言える。したがって、逼迫する財政事情にも関わらず、過去への反省も中途半端なまま観光事業へのさらなる支出、優遇措置を検討する地域も少なくないのが日本の現状である。このような状況の中で、リゾート法に対する評価・精算を行うことは急務だと考えられる。

2.トマムリゾートの概要

 

 アルファリゾート・トマムは北海道勇払郡占冠村にある。占冠村は、雄大な日高山脈と夕張山脈にはさまれていて、上川支庁管内の最南端に位置する美しい自然がひろがる静かな山村、山岳観光地である。北海道のほぼ中央に位置する立地を活かし、各観光地からの交通のアクセスにも重点をおいて開発・発展してきた。交通は、札幌駅からトマム駅までJR石勝線の特急で約110分、新千歳空港駅から特急で約70分、帯広駅から特急で約55分である。車では札幌から約3時間20分、富良野から約1時間30分。飛行機では新千歳空港、旭川空港、帯広空港の利用が可能である。

 まず、「豊かな自然と共存する観光と農業の里」占冠村の概況を見ることとする。

 

  1. 占冠村の概況 
  2. 明治35年、最初に入植者が入り、その後次第に人口が増加し、林業と農業の村として発展してきた。占冠とは、アイヌ語でシモカプ(shimokapu)から由来して名付けられた村名である。シモカプとは、「甚だ静かで平和な上流の場所」という意味である。 

     占冠村の気候は、北海道の内陸部に位置していることや、近接した高峻な山岳に囲まれていることから、気候は内陸性である。つまり、気温の日較差、夏冬格差も大きく、風は主に西風、西南風が多く吹く。降水量は、年間約1400mmに達し、積雪も100cm前後となる。簡単に言うと、夏涼しく冬寒い地域と言える。      

     占冠村の人口は平成12年3月現在1658人で、世帯数は815戸。うちトマム地区は352戸である。後で具体的数字を提示しているのでおわかりいただけると思うが、明らかに人口密度の低い過疎村である。

     占冠村の面積は571.33キロ平方メートルで、これは、東京23区とほぼ同じくらいの広さである。そのうち山林が占める割合は94%にのぼる。そこで、林業は、農業と共に村を支える大切な基幹産業である。占冠村では現在、森林と共生しながら林業に関するさまざまな取り組みを行っている。除間伐材などを使った木炭生産や、ナメコ栽培をはじめ、山つくりを体感できる「ニニウの森」(注:「ニニウの森」とは、バーべキューや、なめこ狩りが楽しめるレクリエーションの森で、占冠駅の近くにあるアウトドア施設のこと。ちなみに、ニニウとはアイヌ語で「樹木の多いところ」という意味である。)造成事業、山作りに興味のある人たちが集まって結成した「森林人(もりびと)林業グループ」など村全体で大切な森林資源を守り、有効活用するよう努力している。

     また、大小の河川も多く、きれいな水と空気、そしてまだ手付かずの自然環境が豊富に残る「豊かな土地」である。このような特徴を活かし、山菜の生産量・売上げ高、山菜加工は北海道随一を誇っている。

     その他の産業としては、まず農業についてふれておかねばならない。作付面積は約720haで、鵡川とその支流沿いに拓けた帯状の平地にあり、社会的・経済的変化に伴い大部分が飼料畑となっている。その他ではメロン、ほうれん草、ジャガイモ、かぼちゃ、とうもろこし、てん菜(ビート)の栽培がさかんである。また、忘れてならないのが、肉用牛・黒毛和牛と、乳用牛の飼育である。平成12年2月1日現在では、それぞれ348頭、655頭が飼われている。特に、肉用牛の産地としては道内でもっとも古い場所として知られている。

      

    【占冠村の概要】 

    <地勢>

    1、位置:日高、夕張の2大山脈に挟まれた上川支庁管内の最南端に位置する。

    2、面積571.33キロ平方メートルで、そのうち山林が約94%を占めている。

    3、人口:1658人(H12年3月現在)、世帯数815戸(うちトマム地区は352)。

    4、気象:内陸型で、気温は日較・夏冬較差が大きい。年間降雨量は1400mm、積雪は1mを超す。

    5、地名:占冠とは、はなはだ静かで平和な上流の場所というアイヌ語を語源とする。

    <産業>

    1、農業:作付面積は約720haで鵡川とその支流沿いに拓けた帯状の平地にあり、社会的・経済的変化に伴い大部分が飼料畑となっている。

    2、畜産:肉牛348頭、乳牛655頭(平成12年2月現在)

    3、林業:素材7762?、チップ4122?、ナメコ827kg

     

     では次に、アルファリゾート・トマムそのものについてみていくこととする。

  3. アルファリゾート・トマムの概況

標高1239mのトマム山の南東斜面一帯に広がる広大なゲレンデが広がるスキー

場である。北海道随一の気温の低さのために、シルキースノーの軽い雪質に覆われている。 

 面積は1017ha。そのうち国が466ha、公が190ha、民が361haを所有している。ゲレンデの面積は145万u。ちなみに道内のその他のスキー場と比較してみると、ルスツが170万u、キロロが115万uであるから、トマムは道内でも有数の広大なゲレンデをもっていると言えるであろう。

 また、このスキー場の特徴として、見逃せない点として他のスキー場と比べて「高級感あふれる」ことを売りにしている事がある。まるで新宿の高層ビル街をほうふつとさせるような幾何学的美意識に基づいており、均整のとれた・洗練されたデザインの宿泊施設が立ち並ぶ。前項で指摘した占冠村の「豊かな自然あふるる」場所とはどこかミスマッチな感じさえする。バブル経済期にはこのイメージが吉となり、「通年型山岳高級リゾート都市」開発が順調にすすんだ。会員権制で、その値段も決して安価ではないにもかかわらず、このスキー場のもつイメージにシンパシーを感じた、主に関東地方在住で、「家族が一緒に過ごす休日」のために、団塊の世代のサラリーマンたちが、会員権を購入し、このスキー場の主な利用者となった。道内のその他のスキー場では、主な利用者の6〜7割が道内客であったのに対し、トマムだけは6割が道外客であった。つまり、日帰り客よりもむしろ、泊り客の方に主眼が注がれたのである。

 そういった事情のため、1983年12月のホテルアルファ・トマム(155室、534人収容)の開業を皮切りに、85年11月ザ・ヴィレッジアルファ(305戸、3500人収容)、87年12月ザ・タワーT(403室、1637人収容)、89年12月ザ・タワーU(376室、1460人収容)など、次々と建設・完売されていった。そして、現在では10の宿泊施設をもつまでに至っている。

 また、「通年利用・長期滞在型」をうちだし、スキー場以外にもゴルフ場(18ホール、パー73、パブリック)、テニスコート(19面、全天候型)、ヴィズ・スパハウス(造波プール、サウナ室他)、パラグライダ−スクール、サイクリングコース、バレーボールコート、バドミントンコート、ゲートボールコート、芝生公園などのスポーツ・レクリエーション施設がスキー場の拡張とともに建設された。あるいは、15店舗が並ぶレストラン街、水の教会、公共の占冠ヘリポートなどその他の施設も数多くつくられた。

 しかし、アルファ・コーポレーション倒産により「高級」のイメージはもろくも崩れ去り、現在では利用客のうち旧会員の占める割合はなんと、約20パーセント程度にまで落ち込んでいる。私がアルファリゾートの総務課の方に電話インタビューした時に受けた印象は、このスキー場は伸び悩んでいるでいるようである。やはり、一度倒産したリゾート地としてのレッテルは、加森観光に事業主体が変わった現在でも、まだ拭いされていないようである。イメージ戦略をうちたてていたトマムにとってはこれが逆に凶となってしまったのは、容易に想像のつく話である。

 

アルファリゾート・トマムのまとめ

1、位置:トマム山(1239m)南東斜面一帯を対象としたJR北海道トマム駅隣接地

2、面積:1017ha(国466ha 公190ha 民361ha)ゲレンデ面積は145万u

3、特徴:昭和58年12月22日開業、同じ北海道内にあるルスツやキロロと比べて新宿の超高層ビル群をほうふつとさせる宿泊施設がある事などから、「高級感あふれる」「贅沢を味わう」リゾートとして、道内だけでなく全国から利用客がこの地を訪れる。

4、宿泊施設:10の宿泊施設がある。代表的なものとしてはホテルアルファ・トマム、ザ・タワーT・U、ザ・ヴィレッジアルファなど。

5、スポーツ・レクリエーション施設

トマムスキー場(標高1239m、17コース、ゴンドラ1基、リフト10基)

    トマム・ゴルフ場(18ホール、パー73、パブリック)

    テニスコート(19面、全天候型)

    ヴィズ・スパハウス(造波プール、30×80m、サウナ室他)

    パラグライダ−スクール

    サイクリングコース

    グリーンコース(バレーボールコート2面、バトミントンコート1面、ゲートボールコート1面、芝生公園など)

6、その他の施設

  レストラン街(15店舗)

   水の教会など

 

3.トマムリゾート開発の経緯

 

 本分析では、主に北海道のトマムリゾートに焦点をあて、特にリゾート法との関係から考察を進めるものであるが、考察の前提として、このリゾート開発がどのような経緯で行われてきたのかをふまえておく必要があろう。こうした問題意識から、この章ではトマムリゾートの開発の経緯について概観していく。

 トマムリゾート開発に関連しては、様々なアクターが様々なレベルで関与してきた。具体的な開発の経緯を述べる前に、まずこれら多様なアクターを整理する必要がある。このリゾートに関わった(関わっている)主なアクターは以下の通りである。

 

【トマムリゾート開発に関連する主なアクター】

 

関兵精麦株式会社…仙台に本社がある。トマムのアルファリゾート内の宿泊施設、レストランなどスキー場に付帯する施設の開発を行っている。

株式会社ホテルアルファ…関兵精麦の子会社。関兵精麦から委託され、アルファリゾート内のホテルの運営を行う。

株式会社シムカップ・リゾート開発公社…アルファリゾートにおけるスキー場関係の開発を行う。資本金9800万円で、内訳は、占冠村5000万円(51%)、ホテルアルファ2800万円(28.6%)、関兵精麦2000万円(20.4%)となっている。代表取締役は観音信則占冠村村長が務めている。

関兵馬…関兵精麦のオーナー。

関光策…ホテルアルファの社長。関兵馬の次男。後にアルファコーポレーションを設立する。

関和治…関兵馬の四男。関兵馬の死亡後、関兵精麦の社長に就任。後にホテルアルファの社長も務める。

アルファコーポレーション…次男(関光策)が設立した会社。独自にアルファリゾート内の宿泊施設、レジャー施設の開発を行う。後に経営破綻する。

アルファホーム…アルファリゾート・トマムの会員権を販売。アルファコーポレーションと共に、後に経営破綻する。

加森観光…アルファコーポレーション破綻後、リゾートの経営に参画。

リゾートマネージメント…加森観光の子会社。アルファリゾート内のホテルの運営等を行う。

占冠村…シムカップ・リゾート開発公社に出資するなど、開発の当初から関わっていたアクター。アルファコーポレーション破綻後に、同社所有の施設を購入し加森観光に無償貸与する形でリゾートに関与している。

 

以上が、アルファリゾート・トマムに関与する主なアクターである。アルファリゾートの開発には、これらのアクターが重層的に関与しており、以下ではこれらアクターの関わりを中心に具体的な開発の経緯を追っていく。

 

【リゾート構想浮上の時期(1970年代後半?1980年代前半)】

 トマムのアルファリゾートは、リゾート法による重点地域の指定をうける以前からその開発が進められてきたリゾートであった。従って、アルファリゾートはリゾート法の適用後に開発が進められるようになったリゾートと比べると異なった特徴を有しているものとして考えられる。本分析では、他のリゾートとの比較を行っていないため、具体的な相違点を比較研究から導き出すことはできない。ただ、アルファリゾートに関する分析を行うにあたっては、このリゾート法適用前から開発が行われていたという事実を考慮する必要があろう。

 1960年代初頭には人口が4700人以上いた占冠村は、1980年には人口が1600人まで減少し、北海道の中でも過疎化が進んでいた地域であった。人口の急激な減少は地域社会における諸活動を停滞させており、村の活性化が課題としてあげられていた。

 過疎対策として村は、肉牛の飼育、野菜や園芸作物の栽培、淡水魚養殖、山菜加工などを試み、産業振興をはかったものの、どれも具体的な成果をあげることができなかった。そこで、浮上したのが村にある山を利用したスキー場の開発計画であった。

 1974年には占冠駅北側の三角山にスキー場を開発する構想が生まれたが、スキー場に適さないということで計画を断念した。しかし、1980年頃からトマム山の開発調査が行われるようになり、1981年には鉄道弘済会北海道支部長を座長として、北海道開発局、北海道、上川支庁、北海道東北開発公庫、北海道拓殖銀行、日本交通公社、占冠村を交えて「石勝高原総合レクリエーション施設開発協議会」を結成し、具体的な事業計画を話し合うようになった。

 実際のリゾート開発にあたっては、事業計画が大規模化すること、リゾート経営に民間企業のノウハウが必要であることから、民間企業からの出資を仰ぎ、第三セクター方式で開発することが決定した。こうして、資本金9800万円、うち占冠村5000万円(51%)、ホテルアルファ2800万円(28.6%)、関兵精麦2000万円(20.4%)という共同出資の形態をとり、シムカップ・リゾート開発公社が設立された。代表取締役は占冠村村長である観音信則が務めていることからも、このリゾートにかける村の意気込みが感じられる。

 開発体制としては、スキー場関連をシムカップ・リゾート開発公社が、付帯する宿泊施設やレストランを関兵精麦が担当し、実際の運営を関兵精麦の子会社であるホテルアルファが担当するといったものであった。後に、開発体制が変化するためこの開発体制を「第1期開発推進体制」と名付けるならば、それは図表3-1としてあらわされる。

 

            図表3-1:第1期開発推進体制

 

 (スキー場関係の開発)     (宿泊施設、レストラン等付帯施設の開発)

シムカップ・リゾート開発公社           関兵精麦

                           (運営委託)

                       ホテルアルファ

 

 この第1期開発推進体制によって、19829月からスキー場とホテルが着工され、198312月にはゴンドラ1基、リフト4基を持つスキー場として営業を開始した。営業開始当初は、本格的スキーリゾートとして人気を集め、初年度のリフト利用者は74万人を超えるといったものであった。

 

【リゾート拡張期(1980年代半ば)】

 19845月には、アルファリゾートの新たな開発計画が策定され、宿泊施設、ゴルフ場、野球場、屋内体育館、ショッピングモール、キャンプ場、国際会議場、ヘリポートなどの新設が計画された。

 また、リゾート開業と同時期に、スキー特別列車「アルファエクスプレス」が運行を開始し、札幌からのアクセス性を高める努力がみられた。アルファリゾートは、国鉄との協調戦略をとることによって、リゾートへのアクセスの不便さを解消しようと努力していた。

 宿泊施設の拡充は、客室稼働率の上昇といった課題をつきつけていた。アルファリゾートは、基本的にスキーリゾートとしての性格が強いため、どうしても冬季に利用が集中する傾向にあった。課題は、夏期にも一定数の顧客を確保し、ホテルの稼働率を高めることにあった。こうした課題に対応して、19865月から18ホールのゴルフ場の造成が開始され、同年の7月には19面のテニスコートをオープンさせた。

 この時期は、まさにバブル経済の真ん中にあり、資金調達が比較的容易であったことから、関兵精麦を中心としたリゾート開発が活発に行われていた。さらに、リゾート開発の追い風となったのが、1988年に行われた総合保養地域整備法(リゾート法)の適用という出来事であった。リゾート法の適用によって、資金調達がより容易になり、行政のお墨付きを得たことでリゾート開発はより活性化した。

 この時期には、地上36階、401部屋をもつ会員制ホテル「ザ・タワーT」、同じく地上36階、376部屋を持つ会員制ホテル「ザ・タワーU」が相次いで開業した。これら施設の開業により、トマムリゾートの宿泊施設の収容人数は、リゾートオープン時の10倍にあたる4700人強となった。

 この時期は、スキー場の利用に関しても順調で、1989/90年のシーズンには、開業時の3倍にあたる225万人がリフトを利用している。スキー場事業に関しては、この時少なくとも単年度黒字であったと推測されている。スキー場開発も順調に進み、アルファリゾートは、北海道でも有数のスキーリゾートとして成長した。

 

【第2期開発推進体制の時期(1980年代後半?1990年代後半)】

 アルファリゾートの開発を主に担当している関兵精麦は関兵馬氏がオーナーであり、アルファリゾート内の施設の建設、所有をしていた。リゾート施設の運営を行っているホテルアルファは、関兵馬氏の次男である関光策氏が社長を務めていた。当初、こうした事業の分業体制が確立されていたものの、ある時期から関家の中で問題が発生し、従来の開発体制が変更されるようになっていった。

 原因は特定されないものの、関光策氏は1989年に突如別会社であるアルファコーポレーションを設立し、社長に就任した。このアルファコーポレーションは、1990年代に入り、関兵精麦グループとは別に、アルファリゾート内の開発を独自に進めるようになった。アルファコーポレーション設立に伴い、アルファリゾートの開発体制は図表3-2に示されるような「第2期開発推進体制」を迎えることとなった。

           図表3-2:第2期開発推進体制

 

 (スキー場関係の開発)     (宿泊施設、レストラン等付帯施設の開発)

シムカップ・リゾート開発公社    関兵精麦   アルファコーポレーション

                    (運営委託)

                ホテルアルファ

 

 アルファコーポレーションは、既存のアルファリゾートの外の開発も行おうとし、新たなスキー場建設を計画したが、地域住民から自然保護の観点から反対され、結局リゾート地域の拡張計画は断念せざるを得なくなった。

 それでも、既存のエリア内の開発は継続させ、新たなホテルを次々と開業していった。この時期の日本経済は、株式のバブルが崩壊し、余剰資金が不動産事業に向かっていた最終局面であり、アルファコーポレーションの建設着工時期には比較的資金調達が容易であったと想像される。

 しかし、その後、日銀・大蔵省の金融政策の変更をうけ、資金は先細りの様相を呈し、アルファコーポレーションは資金不足に悩むようになったと考えられる。アルファリゾートでは、会員権の販売が資金回収の大きな要因となっていたが、バブルの崩壊に伴い500億以上の会員権が売れ残っていたとされている。

 198412月には、アルファコーポレーションが長期借入金の返済に関して資金難に陥り、大林組などゼネコン3社と、北海道東北開発公庫や発起道拓殖銀行を中心とする8金融機関に対する668億円にのぼる債権の利息支払いの猶予を仰ぐ事態になった。この当時、アルファコーポレーションの社長であった関光策氏は、同時にホテル等の運営をしているホテルアルファの社長もかねていたことから、ホテル事業の運営委託をホテルアルファに行うなどして経営破綻を免れていたが、関兵馬氏の死亡に伴い、関兵精麦の社長が四男の関和治氏にかわり、これまでホテルアルファに委託していた事業を加森観光の子会社であるリゾートマネージメントに切り替えるようになった。

 関光策氏は、運営委託の切り替えに反対したが、関和治氏はホテルアルファの臨時株主総会で関光策氏を社長から解任したうえで、自らが社長に就任し運営委託の切り替えを断行した。

 1997年には、北海道拓殖銀行が経営破綻し、アルファコーポレーションの財政状況にも大きな影響を与えるようになった。アルファコーポレーションは、リゾート法の適用を受けて、北海道から地域総合整備資金10億円の無利子融資を受けていたが、199711月には返済不能に陥った。

 結局、19985月に、アルファコーポレーションは、負債総額1061億円で自己破産し、同時にアルファリゾートの会員権を販売していたアルファホームも負債122億円を抱えて自己破産する事態となった。

 

【アルファコーポレーションの破綻処理と現在の体制】

 第2期開発推進体制によって、アルファリゾートは全体の6割を関兵精麦が所有、残りの4割をアルファコーポレーションが所有するようになっていた。今回破産したのは、アルファコーポレーションの4割分で、残りの6割は関係がなかったものの、アルファコーポレーションの破産は、アルファリゾート全体の破産との印象を与え、一時的に顧客は減少してしまった。

 こうした事態は、地元占冠村にも大きな影響を与えた。アルファコーポレーションと、アルファホームの占冠村に対する債務は46700万円にのぼり、40億円程度の歳入である村にとって、約一割の債務不履行は財政に大きな影響を与えることとなった。

 アルファコーポレーション所有の施設は、月額にして2000万円の管理維持費がかかるため、破産管財人を中心として売却先をはやく決める必要があった。しかし、固定資産総額が200億円となり、固定資産税の負担が重く、不動産所得税や登録免許税など20億近い計費がかかることから売却交渉は難航していた。

 当時、有力な売却先であったのは、ルフツリゾートを経営する加森観光であったが、買収に関わる経費などもあり、慎重な姿勢をとっていた。そこで、考案されたのが、図表3-3で示されるような、アルファコーポレーション破綻処理に関する新たなスキームであった。

    図表3-3:アルファコーポレーションの破綻処理スキーム

 

         アルファコーポレーション

                (債務処理)

             破産財団

                (所有施設を購入)

             占冠村(購入代金を寄付)加森観光


      (15年間無償貸与)   

             加森観光

                (管理・運営委託)

          リゾートマネージメント

 

 このスキームは、まずアルファコーポレーション所有の施設を占冠村が52500万円(購入価格+消費税)で破産財団から買い取り、加森観光へ15年間無償貸与し、加森観光の子会社リゾートマネージメントが運営するというものである。村と加森観光の双方に依存がなければ、貸与期間は継続される。加森観光は、村が施設を購入するに際して、52500万円を村に寄付するというものである。この方法であると、村が所有するため免税となり、購入にかかる費用と固定資産税が発生しない。

 このスキームにより、加森観光は村の働きかけに応じることとなった。このスキームは、加森観光に有利であるため、占冠村の村議会からは疑問の声があがった。村議員の疑問の声をうけ、村と加森観光は、村が所有することで生じる施設維持管理費用と損害賠償などの一切の費用を加森観光が負担し、リゾートにおける地元雇用の優先、地場産品の購入、リゾート経営に関する地域との話し合いの場の設定などを盛り込んだ協定書をかわした。

 こうした経緯に従って、現在のアルファリゾート開発推進体制は第3期を迎えている。19993月には、以前アルファリゾートのホテル、レストランの運営を担当していたホテルアルファが負債総額42億円で破産し、この破産によってアルファコーポレーション関連の企業はすべて倒産することとなった。こうして、アルファリゾートは、図表3-4で示すような第3期開発推進体制のもと、現在でもその経営が行われている。

 

      図表3-4:現在の開発運営体制(第3期開発推進体制)

 

(所有)   関兵精麦(約6割所有)     占冠村(約4割所有)

ホテルアルファ               加森観光

(運営)       リゾートマネージメント

 

4.トマムリゾート開発に伴う環境問題

 開発と環境問題は決して切り離して考える事の出来ない問題である。ここでは環境問題をめぐって、開発主体であるアルファ・コーポレーション(AC社)と地元住民、占冠村、道がどのように対立したかを明らかにする。

 アルファリゾートでは開発が急ピッチで進められた1980年代末から1992年ごろにかけて、環境よりも開発が優先されていた。予想以上に増加するリゾートへの顧客数などに対応しきれなかった結果、1991年ごろゴミの処理方法が問題となっている。その後さらにAC社は開発を進めようとしたが、1992年ごろから地元住民によって環境を保護すべきであるという意見が出され始めた。住民による環境保護運動の結果、AC社による事業拡大計画はストップがかけられた。以下、その経緯を追う。

1 開発優先期(〜1992

 アルファリゾート・トマムを抱える占冠村は19894月、北海道内で初の景観条例をスタートさせた。リゾート開発が叫ばれる中で、開発にブレーキをかけることになり得る景観条例を道内で初めて導入したことは、占冠村が環境問題に強い関心を持っているように映る。この時期にはリゾート開発やゴルフ上の建設が続いたために、自然や生活環境破壊の懸念が高まり、横路知事も「リゾート開発について目安となる指針づくりの検討に入る」と発言している。

 しかしアルファリゾートはその後も環境を顧みることなく、開発を続けていった。急速な開発に伴い観光客も増大していく中で、199112月に占冠村が道知事に無届で一般廃棄物処理施設を使用していたとして、富良野保健所から使用停止を命じられ、し尿の汚泥投棄場にも改善を求められるという事件が起きた。この事件はリゾート開発によって過疎脱却を図ってきた占冠村が、ゴミ問題という暗い現実から目を背けてきたことを如実に示している。

2 環境優先期(1992〜)

 年が明けた19921月、新たな環境問題がアルファリゾート・トマムを襲った。AC社によるリゾート拡張事業計画に関する道の公聴会が行われ、反対意見が多数を占めたのである。AC社が作成した環境影響評価書をもとに公述人25人中10人は、「税収増、雇用の確保など波及効果が大きい」「過疎に歯止めがかかってきており、開発を成功させるしかない」などといった賛成意見を述べた。しかし反対派15人は、「ゴルフ場の農薬で村内や下流域の飲料水が汚染される危険が大きい」「計画地の土地を売却する意思はない」など、自然保護の立場から反対意見や疑問点を述べた。

 この公聴会を受けて、2月から道環境影響評価審議会がAC社による拡張事業に関する環境影響評価(アセスメント)書を諮問した。8月には占冠村民によって設立された「トマム自然環境保護協会」から横路知事、評価審議会に対して慎重審議を求める要望書が提出された。要望書によれば、AC社によるアセスメント書はゴミの発生推定量を少なく見積もっている、天然記念物のシマフクロウなど生息の可能性のある動物について触れていない、といった不備な点が多いとしている。また同協会は、AC社がリゾート施設からの排水のBOD(生物化学的酸素要求量)を10ppm以下にするとしながら、30ppmの浄化能力しかない浄化槽を設置しているなどの問題も指摘した。

 地元住民による運動と並行して行われてきた道環境影響評価審議会は、11月に知事への答申内容を決定した。その内容は自然環境への影響が大きいとして、AC社に評価書の再提出を求めるものであり、実質的に計画の見直しを迫る異例の厳しい内容となった。審議会は、絶滅の恐れがあるイトウがかなやま湖下流に生息しているのにその影響について予測・評価していない、狩振岳周辺の森林に貴重なエゾマツ林やクマゲラ生息地があり、自然環境への影響が大きい、水質・騒音の予測に関し、観光客数の設定が低い、水質汚濁についての現況把握が不充分、の4点を指摘した。

 環境影響評価審議会の諮問を受けて、横路知事は1222日、AC社が提出した環境影響評価書に対し、修正をもとめる審査意見書を公表した。AC社は翌19931月中に修正した環境影響評価書を提出すると約束したが、実際に修正案が提出されたのは6月となった。

 しかし同時期にACの経営状況の悪化が表面化し、環境問題は隠れてしまった。ACは経営再建のために奔走せざるを得なくなり、事業拡大のための環境影響評価も膠着状態となった。結局19955月にACは環境影響評価書の道への申請を取り下げ、拡張計画を事実上凍結した。

 このようにアルファリゾート・トマムでは、1992年以前は環境に対して大きな配慮を実質的には払うことなく開発が進められていった。しかし地元住民がリゾート開発のあり方に異を唱え、自然環境、生活環境という2つの意味での環境を重視すべきであるという声が大きくなった。その結果として北海道環境影響評価審議会はAC社による乱開発に事実上のストップを命じた。またAC社の経営が悪化するという時期的な問題もあり、AC社は開発にブレーキをかけざるを得なくなったのである。アルファリゾートにおける環境問題は、リゾート開発と環境、開発業者と住民の関係を考える上で非常に重要であると言えよう。

 

5.トマムリゾート開発の経済的効果と特徴

占冠村への経済的効果

 本章ではリゾート開発が占冠村に及ぼした経済的効果を明らかにする。まず、1985年以降における経済諸変数の変化を占冠村単独で見ることにする。しかしこの作業だけでは、諸変数の変化がリゾート法によるものなのか、それともどの市町村にも当てはまる時代的・地域的なものなのかが判別できない。したがって次に、地理や経済規模が占冠村と類似した自治体を北海道内でいくつか選び、占冠村との経済的効果の比較を行う。

1.占冠村単独での考察

【人口 / 人】

 人口(住民基本台帳人口)は、1981年5月に1,432人と北海道内で最も人口の少ない村になった。リゾート開発を機に、1993年3月末で2,054人まで増加したが、その後リゾート施設運営の縮小等により減少し、2000年3月末までは1,658人に。

 

【新設住宅着工件数 / 戸】

 定住人口の増加を計るひとつの指標として新設住宅着工件数があげられる。この指標もやはりリゾート開発が盛んな時は大幅に増加したが、それ以降はほとんど着工されていない。一過性の増加を示すに止まっている。

【産業別就業者数 / 人】

 農林業・工業を中心とする1次・2次産業が衰退し、サービス業を中心3次産業に置き換わっている。とくに、2次産業の増減は著しい。この現象はリゾート開発が盛んな時は建設労働として雇用され、それがおさまるとサービス業にシフトしたのではないかと推測できる。

 

【事業所総従業員数 / 人】

 急激な増加の後、緩やかな低下を描いている。この現象の理由を前項の産業別就業者数の推移から推測すると、2次産業部門での従業員数の減少を3次産業部門が吸収しきれなかったことにあると思われる。

 

 

【占冠村の歳出総額 / 百万円】

 5年という短期間に村の歳出が倍加している。リゾート開発のために、自治体が多大な支出をしたことがうかがえる。その後、リゾート事業の縮小とともに減少する。1987年と1997年では人口は260人の増加だが、歳出は約1.44倍に増加している。

 

【地方税収入額 / 百万円】

 地方税収入額は全体的には大幅に増加していると言える。しかしながら、毎年その変動が大きく、安定性に欠ける。

 

【課税対象所得額 / 百万円】

 村民の所得はどのように変化しているのだろうか。5年間という短期間で約1.9倍にも課税対象所得額が増加している。ただし、これは総額であるので、その内訳つまり一人一人の所得については明らかでない。また、農林業の減少により現物所得が減っているだろうから、実質的に生活が豊かになったかどうかについても別に調べる必要がある。

2.占冠村と類似自治体との比較

 占冠村と類似自治体との比較を行う。類似自治体の選定方法は章末の補則に付した。

 

【人口 / 人】

 人口は他の自治体と比較すると、急上昇を遂げた後に、急降下している。やはりリゾート開発と縮小による一過性の現象と判断できる。

 

 

【新設住宅着工件数 / 戸】

 人口と同様に、急上昇の後に急降下を描いている。他の自治体も同時期に上下しているがその変化幅は比較的小さく、また、幾分安定的であるといえる。

 

 

【産業別就業者数(1次) / 人】

 どの自治体でも農林業への就業者数は大幅に減少しているといえる。

 

 

 

 

 

【産業別就業者数(2次) / 人】

 工業分野への就業者数は占冠村以外の自治体は比較的停滞状態にあるといえる。それに比して占冠村の変化は上下が著しく、明らかにリゾート法の影響を受けていると考えられる。

 

 

 

【産業別就業者数(3次) / 人】

 どの自治体も第3次産業は増加しているが、伸び率は占冠村が圧倒的に高い。リゾート開発によってサービス業への需要が著しく高まったことがうかがえる。

 

 

 

【事業所総従業員数 / 人】

 この指標も他の自治体と比較して、急激な上昇を示しており、明らかにリゾート法の影響があったと考えられる。

 

 

【課税対象所得額 / 百万円】

 どの自治体も全体的には増加している。ただし、デフレーター調整が考慮されていないことを留意する必要がある。また、占冠村が他の自治体と異なって上昇の後、下降するというカーブを描いていることは開発の影響であるといえよう。

 

 

【占冠村の歳出総額 / 百万円】

 占冠村は大幅な増加の後、下降するというカーブをここでも描いている。しかし他の自治体にも類似した曲線を描いているところもあるので、歳出の項目別の内訳やリゾート開発意外の要因にも注目して検討する必要がある。

 

 

【地方税収入額 / 百万円】

 地方税収入額に関しては明らかに他の自治体と異なる動きをしている。リゾート関連施設の収益の増減が村の財政に大きく連動しているといえる。ただし、歳入に占める地方税収入額の割合を考えたときに、このような変動が村の財政にどれくらいのインパクトを持つのかは考慮する必要がある。

 

3.小括

 本章の分析結果を小括すると、以下の表のようになる。占冠村のリゾート開発による諸変数への影響を、◎=非常に大きい、○=明確である、であらわしている。いずれの変数も比較的顕著な影響が認められると言える。ここでは影響が明確にあることと、その特徴を指摘するに留める。これらの影響の問題点については6章で述べる。

項目

人口

住宅着工

産業構成

事業所従業員数

村民所得

歳出

地方税収

開発による影響の有無

 

 

   ○

 

 

 

)補則

 経済規模が類似する自治体を選ぶにあたっては以下のようにした。まず、占冠村と地理的環境が似ている内陸部の市町村を相当数ピックアップした。次に、それらを1985年時点での人口順に並べ換えた。そこで都市化度をみるために第三次産業比率と人口密度を考慮した。さらにリゾート法の適用地域である日高・南富良野町を除外した。結果、白滝村、中札内町、陸別町、穂別町の4町村を選定した。

6.トマムリゾート開発における問題と発生原因類型

 

 本章ではまず、これまで概況してきた中からトマムリゾート開発における問題を整理したい。次に、問題発生の原因を類型化する。そして、占冠村での開発における問題がどのような種類の原因から引き起こされているのかを考察する。

 

6−1.トマムリゾート開発における問題点

 ここでは、問題を経営上のもの、環境に関わるもの経済効果に関わるものに大まかに分類してまとめている。問題は単純ではないため、必ずしもその分類にのみ属するわけではない。

 

【経営上の問題】

問題点:民間企業によるリスキーな経営戦略

 企業が業容の拡大を計り、集客の増加以上に宿泊施設の収容能力を増加させた。宿泊施設は投資額も大きく、高い宿泊室稼働率を確保しないと投資回収が困難である。リゾート経営戦略として宿泊施設の増設は高いリスクを伴う。トマムリゾートでは結果的にこのリスクに耐えられなかった。

問題点:民間企業に対して抑制する機能がない

 拡大指向の民間企業に対して、自治体が抑制する法的権限・調整機能を持たない

問題点:資金や政策における急激な変化

 企業のリゾート拡大戦略を国や金融機関が資金的・政策的に支援する経済状況にあったが、バブルの崩壊と共に財政・経営の引き締めが行われた。借入金金利の上昇が収益を圧迫し、地価の下落は担保価値を低下。

問題点:消費者心理の冷え込み

 高額の会員権販売方式が停滞。通常の一般向けホテルだと資金回収が長期間にわたる。これを会員権方式でホテル利用権を販売することにより、短期間で投資を回収しようとした。

問題点:際限のない設備投資の必要

 何もしないで自然の中でゆっくり休暇を楽しむというライフスタイルは、日本人の中ではあまり根づいておらず、リゾートは魅力あるレジャー施設を常に提供しなくてはならない。宿泊施設の収容人員を増加させるためにレジャー施設の集客力を高めていく必要がある。アルファリゾート・トマムは冬期間の入り込みが多く、ゴルフ場や造波プールを作ってもスキーリゾートの性格が強かった。

問題点:多くの競合他者の存在

 ニセコやルスツなど人気のある競合他者が多い。また、スキー場以外の造波プールの料金やレストランの値段も高く、お金がかかる高級リゾートと感じられる。それをアルファリゾート・トマム側でも認識していたのか、レジャーに関するハードの充実と共にソフト面での充実を積極的に行って、集客に努めている。例えば、氷のドームや施設を飾るイルミネーションなどでエンタテイメント性は他のスキー場に対して高い。また、スキーやスノーボードのオフピステツアーやそれ以外の各種の遊び方を提案しており、レジャーのソフト面での充実度は高い。しかしながらそれでも宿泊施設の増加と比べれば不十分である。

 

【環境問題】

問題点:自治体は開発側にあり環境を軽視

 環境問題に対して行政は監督する立場にある。しかし、開発が滞ることをおそれて、占冠村は本来行うべき許可申請や検査を意図的に行わなかった事例が少なくない。村が企業と一体となって開発推進の立場に巻き込まれてしまっては適切な環境保護は難しい。

 

【経済効果にみる問題】

問題点:産業構造が1つの民間企業に集中

 観光事業を中心とするサービス業に産業構造が急激にシフトした。そのため、ひとつの企業の経営動向が村民の所得に直結した。企業の業績が悪化すれば人員削減、給与削減が行われる。農業を中心とする昔の仕事に戻ろうとしても、農地も既に転換利用されていたり、ノウハウや機械設備が失われているため難しい。

問題点:自治体財政が1つの民間企業に依存

 1980年代後半には20億円程度の歳出規模が1996年度には409900万円に達する。アルファ・コーポレーションの経営破綻から施設が占冠村所有になったことにより、年間3億円程度の固定資産税が徴収できなくなった。この金額は村の歳入の7?8%にあたる。上下水道やゴミ処理など公的なインフラへの経常経費の割合は経営状態に関わらず一定であるため、財政が不安定になっている。

問題点:持続的な発展がなされない

 人口や財政支出、所得などが一時的に増加するのみで非持続的である。いわゆる「への字型」の曲線を描くことが特徴。リゾート法が持続的な地域振興を目指していたのならば本来の制度趣旨に叶っていない。

 

62.問題発生原因の類型

 本章では、トマムリゾート開発における問題点をもとにそれがどのような原因によってもたらされるのか、問題発生の原因の類型化を行う。諸問題の原因は制度や法体系、特有の時代背景、地理的条件、政策過程、経営上あるいは偶然的要因など様々に考えられるが、ここでは大きく次のように分類した。

 

 

【問題発生の類型化】

@外的問題発生…バブル経済の崩壊などの時代的な要因、偶然的要因

A企業経営上の問題発生…拡大開発指向、企業内の紛争による要因

B行政(他の民間企業や金融機関も一部含む)による問題発生

  …行政を中心とする他のアクターの対応による要因

C内的問題発生…リゾート法そのものや政策過程による要因

 

  1. 外的問題発生

 1980年代後半には好景気の影響もあって、資金調達も容易に行うことができアルファリゾート・トマムは順調に拡大を続けていた。1988年に総合保養地域整備法(以下リゾート法)が適用されると、リゾート開発は加速度を増すようになる。

 3章の「開発の経緯」で述べたように、バブル経済全盛期の198712月には地上36階、401部屋を持つ会員制ホテル「ザ・タワーT」が完成し、それをホテルアルファが運営した。リゾート法が適用されたあとの198912月には地上36階、376部屋を持つ会員制ホテル「ザ・タワーU」が開業する。

 しかし、株式市場のバブルが崩壊した時期にも拡大は続く。199112月にはアルファコーポレーションが、地上32階スイートルーム100室を持つ会員制ホテル「ガレリア・タワースイートホテル・サウス」と地上8200室を持つ会員制ホテル「ヴィラ・スポルトT」を、19926月には地上32100室を持つ会員制ホテル「ガレリア・タワースイートホテル・サウス」を、同年12月には地上6187室の会員制ホテル「ヴィラ・マルシェ・ホテルアビチ」と地上4108室の会員制ホテル「ヴィラ・スポルトU」を次々と開業していく。

 この時期は余剰資金が不動産事業などの投資に向けられた最終段階の時期であり、アルファーコーポレーションは、これらの開発の建設着手段階ではこうした宿泊施設を建設する資金を容易に調達することができたと思われる。

 ところが、大蔵省・日銀の金融政策が変更となり、資金流入が減少した不動産業界は全国的にも苦境に陥る。それはアルファコーポレーションも同様で、宿泊施設を開業するころには資金不足に陥りつつあったのではないか。

 バブル崩壊は資金調達の面だけでなく、徐々に売上の面でも影響していったと思われる。会員制のホテルは会員権の販売が順調であれば通常のホテルとは異なり、短期間で資金回収が可能であったはずであるが、資産デフレがおきつつある状況で、法人向けに4000万円程度もするリゾートホテルの会員権販売は困難を極め、500億円以上の会員権が売れ残ったとされている。

 バブル崩壊前にほとんどの施設を開業していた関兵精麦が所有するリゾート施設に関しては、宿泊客が減少したりで収益性が低下していたものの、投資資金を回収できており、十分苦境を乗り切れるだけの体制を整えていた。このように、バブル崩壊を期にリゾート開発の前途が大きく影響されたのは明白であり、後に続く景気停滞もアルファコーポレーションの経営に大きく影響した。

 アルファコーポレーションにとっての最大の悲劇は、バブル経済の崩壊が進行していく過程で、宿泊施設を開業し開発を拡大していったことである。上記のように、会員権の販売が厳しくなり、借入金の金利の上昇が収益を圧迫し、地下の下落は借入金の担保価値を低下させた。バブル経済の崩壊によって、アルファコーポレーションの資金繰りが一気に悪化し、同社の倒産に至る大きな要因となった。

 

A企業経営上の問題発生

 アルファリゾート・トマムは、かってはもっとも成功したリゾート開発として賞賛を浴びていた。それでは、なぜアルファリゾート・トマムは躓いたのであろうか。最大の理由は、アルファ・コーポレーションの過大なリスクを取った戦略である。アルファリゾート・トマムは計画的なリゾートである。まったく何もない占冠村トマム地区にスキーリゾートを創り上げることで地域振興を図ろうとする占冠村と、世界的な大規模リゾートを創造しようと考えた民間企業の協動である。そのプロジェクトを担っていたのは、関兵製麦グループの経営陣の一人であったホテルアルファ社長の若い関光策氏であった。日本でも類を見ない計画された大規模リゾートは、目新しさもあり集客も順調であった。しかしながら、集客の増加以上に宿泊施設の収容能力の増加があった。宿泊施設は投資額も大きく、高い宿泊室稼働率を確保しないと、投資回収が困難になる。リゾートの経営戦略として、宿泊施設の増設は高いリスクを伴うものである。そのリスク管理がアルファ・コーポレーションに関して甘かったのではないかと思われる。具体的な数値によって、アルファ・コーポレーションの戦略が如何にリスキーかを検証してみたい。
 
198912月には地上36階、376部屋を持つ会員制ホテル「ザ・タワーU」が開業する。関兵製麦の所有する「ザ・タワーU」の開業により、コンドミニアム形式の施設を含めてアルファリゾート・トマムの宿泊施設の収容人員はリゾート・オープン時の10倍にあたる4700人強となった。北海道経済部が調査する観光客入り込み数では、占冠村の198912月から19903月までのスキーシーズンの宿泊観光客数は251661人である。そのうち、どれだけがアルファリゾート内に宿泊したかは分からないが、全員がアルファリゾートに宿泊したと仮定すると、1日あたりの宿泊者は2080人。宿泊施設の稼働率は44%程度と推定される。アルファリゾート内の宿泊は高いため、占冠村の他の宿泊施設を利用した観光客がいるであろうから、実際の稼働率は4割程度ではないか。1年を通じてで計算すると、稼働率はもっと低くなる。「ザ・タワー」が開業してフルに稼動した1990年度の占冠村の宿泊客は498301人で、全員がアルファリゾート・トマム内で宿泊したと仮定しても、1日当たり1365人。宿泊施設の稼働率は、3割を切ってしまう。スキーリゾートだけあって1月がもっとも宿泊人数が多いが、それでも前述の計算によれば6割程度の稼働率である。もっともこうした稼働率にはコンドミニアムや会員制のホテルが含まれているため、この稼働率をもってホテルアルファトマムの経営に関して言及はできないものの、少なくとも宿泊施設にはこの頃既に過剰感があったのではないかと考える。
 このような宿泊室の稼動状況でありながら、ホテル・アルファ社長の関光策氏は関兵製麦とは別にリゾートの拡張計画を立案する。時はバブル経済の頂点の時期、右肩上がりの日本経済を国民の大多数が信じていた時期である。将来的には経済成長がこうしたキャパシティーの過剰を解消するであろうと野心家の関光策氏が予測し、いっそうの成長を求めて拡大路線を取ったとしてもおかしくはない。そして、この時代は、余剰資金が株式市場や土地市場へ流入し、また、ゆとりある生活スタイル確立のために官民あげてリゾートを支援する風潮にあった。関光策氏の野心的リゾート拡張戦略を資金的に支援する経済状況にあったのだ。

 また、関兵製麦グループ内における関光策氏の位置づけの変化、すなわち同族経営陣の中での権力に関して、関光策氏はなんらかのアクションを起こそうと考えたのではないかと推測される。関光策氏はアルファ・コーポレーションを新たに設立し、アルファリゾート・トマム内で積極的な設備投資を行い、自らの利益を拡大しようとしていく。通常の一般向けホテルだと資金回収が長期間にわたるため、アルファ・コーポレーションは会員権方式でホテル利用権を販売することにより、短期間で投資を回収しようとした。

 当時、関兵製麦が所有するアルファリゾート・トマム内の施設は、共に関光策氏が社長を務めていたことから、ホテルアルファが運営していたのをアルファ・コーポレーションへさらに運営委託をして、アルファ・コーポレーションの経営を支援していた。しかしながら、関兵馬氏の死亡から社長が兵馬氏の四男である関和治氏に変わった関兵製麦は1997年に、経営の悪化したホテルアルファへの自社所有施設の運営委託を解除し、加森観光の子会社であるリゾートマネージメントへ新たに運営委託を行った。運営委託先の変更に反発した関光策社長を、ホテルアルファの臨時株主総会で関和治関兵製麦社長がホテルアルファの代表取締役社長から解任し、自らが社長の座に就いた。    

 このような、関光策氏による野望的なリゾート開発と企業内の権力争いは、着実に経営の悪化を進行させつつあった。199412月、アルファ・コーポレーションが長期借入金の返済に関して資金難に陥り、大林組などゼネコン3社と、北海道東北開発公庫や北海道拓殖銀行などを中心とする8金融機関に対する668億円にのぼる債権の利息支払いの猶予を仰ぐ事態に追い込まれた。アルファ・コーポレーションの売上高は100億円程度で、19959月以降、金利だけで33億円の返済を迫られ、このままでは経営破綻を免れない財務状態であった。

 そして、199711月の北海道拓殖銀行の経営破綻が、資金不足のアルファ・コーポレーションに追い討ちをかける。アルファ・コーポレーションは総合保養地域整備法(通称リゾート法)の適用を受けて、北海道から地域総合整備資金10億円の無利子融資を受けていたが、同年11月には制度融資の返済が不能となった。そこで、北海道は融資の連帯保証人であった北海道拓殖銀行に6億円の支払いを履行させた。そして、19985月、アルファ・コーポレーションは負債1061億円を抱えて自己破産する。同時にアルファリゾート・トマムの会員権などを販売していたアルファ・ホームも負債122億円を抱えて自己破産した。

 この経緯から考えられるのは、リゾート開発事業からもっと早く撤退ないしは計画の縮小という経営判断が出来なかったのかという問題である。関兵精麦の企業内紛争が、結果的に事業拡大への一要因となった可能性は高い。結果的に、こうした企業としての経営判断が、リゾート開発における企業倒産を引き起こしたと言えるのではないか。

 

B行政(他の民間企業や金融機関も一部含む)による問題発生

 トマムリゾートの開発に当たっての行政の関与は、基本的には民間企業の主導のもと開発を行うという考え方のもと行われてきたが、国が制定した総合保養地域整備法(リゾート法)のもと、北海道開発庁、北海道、占冠村の行政機関が関与してきた。

 道開発庁は、リゾート法の対象地域が各地方12箇所、複数の市町村からなる約15万f以下の地域とされておるものを、「北海道は土地が広大で自然が豊富なことから、有力候補地とみており、その際、北海道は特例として面積の上限にとらわれることなく、より広い地域で整備が可能となるよう」国土庁などに要請した形跡がある。

 北海道庁はリゾート法の制定を受けて、関係各部局による庁内連絡会議を設置させるとともに、道内の学識経験者13人による道総合保養地域整備促進委員会を発足、当時、リゾート法の適用希望に名乗りを挙げていた道内5地域(富良野・大雪地域《トマム含む》、中空知地域、ニセコ・羊蹄周辺地域、オホーツク・網走周辺地域、大沼周辺地域の5地域)のうちから道として、リゾート法の一次指定を受けるための最有力候補を絞る調整を行っている。さらに、トマムリゾートの開発に影響を与えたものとして、北海道庁の環境行政が挙げられる。当初、道はリゾート開発に対して積極的だったものの、19921月、アルファコーポレーションによるリゾート拡張事業計画に関する公聴会を行い、そこで道の公述人から多数の(25人中15)が反対意見を表明する。その後、地元住民による運動と並行して行われてきた道環境影響評価審議会による道への答申を通じて、横路道知事はアルファコーポレーションが提出した環境影響評価書の修正を求め、アルファコーポレーションの事業拡張計画を事実上凍結した。

 このように、国、道開発庁、道はそれぞれリゾート開発における実施前段階では関わってきているが、リゾート事業の実施、運営段階ではこれといった関与がなされてきたわけではない。平成101221日、アルファコーポレーション倒産後の処理をめぐる占冠村の村議会において、相川議員の「国、道への働きかけをしているというが、具体的にどのようなものか」という質問に対して、村長は「国、道への働きかけだが、内容も十分に説明させていただいた中で、自治体がこれを取得しなければならない状況にあることは、道に話し合いをさせていただいている」と述べ、国や道の積極的な対応がなかったことを明らかにしている。

 それに対して、占冠村役場は過剰ともいえる関与をしてきている。村の過疎化対策として、農業・畜産業・漁業などに加えて観光事業にのりだし、昭和4912月に大規模なスキー場建設のため、占冠駅の西側にある三角山を予定し、道観光連盟に観光診断を委託。地質調査で三角山が地滑り地帯であるため再検討した結果昭和55年、トマム山スキー場建設に関する動きをはじめ、村は旭川営林署支局や上川支庁への陳情やトマム地域開発特別委員会を設置などを行い、昭和563月には石勝高原総合リクリエーション施設開発協議会世話人会(座長・鉄道弘済会北海道支部長、世話人・北海道開発局、道、上川支庁、北東公庫、拓銀、()日本交通公社、村等から19)を発足させ、施設開発には第三セクター民間資本を導入し推進することを決定する。同年11月には、シムカップ・リゾート開発協議会(座長・鉄道弘済会北海道支部長、世話人・北海道開発局、道、上川支庁、北東公庫、拓銀、()ホテルアルファ、村等から9)を発足させ、広域開発構想を了承。昭和573月、株式会社シムカップ・リゾート開発公社を代表取締役社長に当時の占冠村村長、観音信則氏を据えて設立する。この時、村は同社設立に際して、5000万円出資している(資本金総額9800万円、全体の51)

 スキー場は国有地を使用するため、林野庁の方針でスキー場開発会社へ地元自治体が出資することを求められているため、トマム山開発でもこの開発公社がスキー場開発をするというやり方を採用する。このように、占冠村はリゾート開発事業の開発段階から、積極的に関与している。

 さらに、アルファコーポレーション破綻時にも、村は多大な関与をしている。破綻したアルファコーポレーションとアルファホームの占冠村に対する債務は、46700万円近くにのぼり占冠村の財政(1996年度の歳入41億円の1割以上を占める)を大きく圧迫した。それにもかかわらず、占冠村はアルファコーポレーション所有の施設を52500万円(購入価格+消費税)で破産財団から買い取り、加森観光へ15年間無償貸与し、加森観光の子会社リゾートマネジメントが運営、村と加森観光の双方に異存がなければ、貸与機関は継続される、という措置をとった。この措置は、村が施設を購入し、所有することから免税となり、購入に関わる費用と固定資産税の経費がなくなる。ただし、加森観光は占冠村へ52500万円を用途指定寄付金として寄付する。

 さらに、村が所有することで生じる施設維持管理費用や損害賠償支払いなどの一切の費用は、加森観光が負担するという協定を結び、その協定で、地元雇用の優先、地場産品の購入、リゾート経営に関する地域との話し合いの場の設定などを盛り込んでいる。

 この段階で占冠村の村議会では、リゾート開発に対する村の責任、特定企業に対する便宜供与等の問題で疑問の声が上がり、議員と村長をはじめとする村側で激しい議論が繰り返される。その議事録から、村とリゾート開発との関わりに関する問題点が浮かんでくる。平成1069日の村議会定例会では、相川議員が「アルファコーポレーションの破産による固定資産税の納入不能と村有資産の使用料未払いなどをあわせると、村財政に及ぼす影響は極めて大きい。大規模リゾートに開発を推進してきたことが占冠村の行政執行に当たって本当に適切であったと言い切れるのか。無謀とも言うべき大規模リゾート開発のあり方そのものが一つの大きな構造的な罪であり、アルファコーポレーションは村民に対する裏切りを行い、一方、村は福祉不在、リゾート優先の道を進み、財政危機の状況へと陥った」と憤慨しており、それに対して村長は「雇用や消費の拡大といった点で利点も大きかったが、事業主との関係で調整機能を十分に果たしていなかった。その面についてはお詫びしなければならない」と率直にリゾート開発における問題点を認め、謝罪している。

 さらに、自治体がリゾート施設という営利施設を所有することに関して、同議会において占冠村企画課長は「自治体は本来営利活動に関するものは、一部公共的な目的を持つもの以外については、持つべきでないと考えていた。しかし、村の中で産業構造の占める位置が大きいので、過渡的に所有し、時間経過後民間の営利活動を行う企業に運営してもらうべきである。民間企業が運営するので、そこに行政機関が援助するという形になるので、特定企業の便宜供与という社会的な批判もあるかと思うが、狭い範囲での地域的な経済対策として行うのであれば、やはり期限を区切って持つべきであろう」と述べ村の対応が一見矛盾したものであり、リゾート開発に対する村の対応は村としてやむを得ないものであるということを認めている。

 

C内的問題発生…リゾート法そのものや政策過程による要因

 そもそもリゾート法は、建設、国土、農水、自治、運輸、通産の六省庁が足並みをそろえ、共同提出されたもので、民間活力を利用しながら地域にスポーツやレクリエーション施設、ホテル、会議場などを整備し、長期滞在型のリゾート基地を建設するという構想であった。

 21世紀にかけて国民の余暇時間は着実に増えていくと見込まれ、レジャーの過ごし方も一地域への滞在型が多くなると予想されたため、そうした観光需要に応じ得る地域作りをして、同時に地方の振興と内需拡大を目指そうと考えられたのである。

 トマム地区は、北海道が策定した「北海道富良野・大雪リゾート地域整備構想」(富良野市、東川町、美瑛町、上富良野町、中富良野町、南富良野町、占冠村、日高町、新冠町)の承認を平成元年に受けたもので、同法の適用により、課税の特例(法人税、所得税、特別土地保有税、事業所税)や地方税の不均一課税(不動産取得税、固定資産税)に伴う減収補填措置、政府系金融機関による低利融資、出資及び無利子貸し付け、地方債の特例措置、公共施設の整備、農地法等による処分についての配慮、国有林野、港湾水域の活用についての配慮、等の支援措置がとられる。

 しかし、結果としていくつかの問題点が浮かび上がってくる。第一に、なぜ六省庁の共同提出という形をとり、またその中に環境庁が入っていなかったのかという点である。例えば、リゾート法の制定後、関係省庁間で縄張り争い的な行動が起きた。建設庁が他省庁に相談せずに関連事業の地域指定を打ち出し、リゾート法の取りまとめ役である国土庁がそれに対して激怒した件がある。これは建設省が、「複合リゾートカントリー整備計画調査」の指定地として15地区(北海道は含まず)を指定したもので、これに対して国土庁は「これから国の基本方針を六省庁でまとめるというのに、それに先だって自分の省の関連事業の地域指定を勝手に公表しては、それが本指定として独り歩きしてしまう」として、「都道府県が誤解しないように文書で通知する」と述べている。これに対して建設省は、「リゾート開発はもともと建設省が言い出したもの。調査の計画はすでに決まっていた」主張している。他にもリゾート法が国会に提出される直前に文部省が一枚かみたいと要求して法案提出がずれ込んだ経緯があるいわくつきのものだった。関係省庁の担当官は「リゾート開発は最終的には民間企業が中心になるが、地域指定次第では関係業界の利権、省庁からの天下り先にも影響が出てくる」と解説しており、縦割り行政による縄張り争いだけでなく、利権争いの様相も呈していた可能性がある。

 さらに、環境庁が法案提出時に関わっていなかったことにより、先に述べたようにあとあと開発に関する環境問題をめぐって開発業者と地元住民、自治体が争うといった問題も出てきている。リゾート整備構想をめぐって、自然環境の保護との兼ね合いや、民間資本と地方自治体の関係など、それなりに配慮と工夫を要する部分があるにも関わらず、リゾート法では十分な配慮がなされていなかったと言わざるを得ない。

 第二に、法体系の問題で、罰則規程がないことが挙げられる。同時に、リゾート開発にあたって、責任の所在を法的に明確にすることを義務付けていないことも問題となる。法律の性格上、リゾート法はリゾート開発を推進するために策定されたものではあるが、トマムのケースで見られるように、リゾート開発事業が行き詰まった場合、行き詰まりの過失に対して誰が開発、運営の責任者で、どのように責任をとるのかということが明確でなく、結果的にトマムの場合、占冠村が施設を村所有とし、特定企業に事実上無期限無償貸与という特異な形で決着をはかるということになった。これは、トマムリゾートの開発が、過大なリスクを負ったリゾート拡大の戦略がアルファコーポレーション単独で行われ、リゾート開発と所有が2社により行われた結果、経営のリスクが分散され、占冠村役場がそれに対処できたという極めて特殊な事例であり、リゾート行き詰まりに対する今後の好例とは必ずしもなり得ない。むしろ、企業が自治体への寄付を対価に事実上の無期限経営権を取得する今回のケースは、ある意味では脱税行為に近いという指摘さえもある。すなわち、企業は不動産取得税や固定資産税を支払う必要がないためである。このような、不均一課税は公平性の面から見て手放しに評価できる方法ではないだろう。

 第三に、同法の目的「民間活力の活用等による内需の拡大」、特長として挙げられる「都道府県が基本構想を策定し、国の承認を受ける形式」、「民間活力の導入を主眼とし、国は税、金融、財政上の支援措置等を講じる」など、国や都道府県が推進するものに対して、最終的には民間企業によって実施されていくものと規定しているのに、行政のチェック機能に関して何の取り決めもなされていない点である。リゾート法の制定から、開発の段階では行政の関与は積極的になされるが、運営の段階で民間企業の経営に対して何のチェックもなされないというのは大きな問題なのではないだろうか。

 アルファコーポレーションの破綻に関しても、経営者である関光策社長のリゾート拡大への無謀な野望や、関兵精麦内での企業内紛争など、様々な運営上の問題点を行政は何のチェックもしてこなかった。この行政によるチェック機能が行われていたならば、もっと早く拡大事業から撤退していたのではないか。撤退が遅れたのは、このチェック機能がなかったからだと言うこともできるであろう。さらには株式会社シムカップ・リゾート開発公社設立時の社長は当時の観音村長が就任したが、アルファコーポレーション破綻時には既に村長が変わっており、村側の開発に関する担当者も時間の経過につれて変わってしまうという問題も出てくる。

 先述の村議会において同じく相川議員が「800億とも900億とも言われる巨大なリゾート施設を自治体が所有することへの不安、反対がある。15年という長期にわたって巨大リゾート施設を村所有として進むことが本当に住民の利益につながるのか。大きなつけを若い世代に残すことになるのではないか。15年もたつと、村長も変わり、助役も変わる。議員もほとんど変わる。そうした中で、村民、特に若い人達は心配している。今、占冠村は、ある意味で自治体がリゾートの失敗の後処理を課せられた最初のテストケースとして、国も、道もその行方を見守っているのではないか」と、占冠村とリゾート開発に関して鋭く質問しており、その回答として村長が、「リゾート法が始まった15年前、逆に振りかえってみても、こんな状態になるとは誰も想定していなかった。民活民活でこの事業を進めてきたところにもやはり問題点があったのかなと、そういう反省をせざるを得ない。リゾート法でこの指定を受けた中でも、民間によりこれを推進するということが当時の時代背景ではなかったかということを考えると十分反省する余地はあろうと思う」と述べ、リゾート法が国や都道府県の推進のもと、民間活力を導入するということの問題点を指摘している。民活を期待するあまり、その自由度対して行政による制限を付けなかったのは大きな問題であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

63.問題点とその発生原因

 次ぎに、諸問題がどのような発生原因によるものなのかをマッチングしてみる。

【経営上の問題】

 

                   

 

                  

【環境問題】

 

【経済効果にみる問題】


 

                                

 

 

 

 こうしてみると、リゾート法によって進められた事業の問題発生原因の特徴が見えてくる。すなわち、内的問題発生が特に多いことが分かる。時代背景や企業の経営方針ももちろん重大な問題発生原因であることには間違い無い。しかしそれ以上にリゾート法はリゾート法そのものに内的欠陥を持っていることが明らかになった。

7.リゾート法の評価と課題

 リゾート法の評価はたいへん難しい。リゾート法そのものを評価するためには、まずリゾート法に基づいて行われた個別の事業ひとつひとつを評価することが必要である。しかし、そういった作業はまさに個別的であるから、ある事業における成否が直接的に遡ってリゾート法の功罪にまで還元されることは簡単ではない。ある事業の失敗が、その事業に特有な原因によるものなのか、それともリゾート法におけるなんらかの不備によるものなのか、その判別が難しいのである。したがって、「リゾート法自体は悪くないがその運用が悪かった」というような評価が出てくることになる。このような評価は建設的であるとは言えないだろう。どのように運用されるかが予測できない、あるいは運用者の善意に期待しているような法律はやはり問題があると言わざるを得ない。

 また、「リゾート法には悪いところもあったが良いところもあった」というような主張も少なくない。このような主張はもっともで、たしかに良いところも少なくない。例えば、リゾート法によってリゾート事業そのものが国民に広く認知され、余暇やゆとりへの関心と議論が高まったことは大きな功績といえる。また、過疎に悩む地方がリゾート法によって明るい展望を描き、経済的・精神的にも多少なりとも豊かになった時期があったことも功績である。しかしながら、こういった「良いところもあった」型の主張はリゾート法の評価としては不十分であると思われる。

 その理由としては第一に、「悪いところ」と「良いところ」のどちらがどの程度大きいのかという議論が伴わないことが多いことである。これはリゾート法に限ったことではなく政策全般に言えることでもあるが、良いところが多くてもそれ以上に悪いところが多くては政策としては失敗である。もちろん、「悪いところ」と「良いところ」をそれぞれ正確に計量し比較することは容易ではない。しかしだからと言って、比較しなくてもいいということにはならない。

 第二に、そしてこれがより根元的な理由であるが、「良いところ」あるいは「良い」という基準が明らかにされていないことが問題である。リゾート法は誰にとっての「良い」を想定しているのであろうか。占冠村の例を挙げるならば、リゾート事業に必要な上下水道やゴミ処理施設などの公的インフラの建設、維持は新たな地方債の発行や交付税負担によってまかなわれている。つまり、国からの移転財源であり、もともとは当該自治体外の住民の税金である。リゾート事業によって地元の住民は潤う、すなわち「良い」かもしれないが当該自治体外の住民にとっては税金の恩恵を受けているとは必ずしも言えない。また、またリゾート事業はどれくらいの期間を設定しているのであろうか。占冠村では人口や所得が一時的に増加したものの、それは持続的なものではなかった。リゾート法はおそらく長期的な事業計画が「良い」と期待しているのであろうが、企業に長期で取り組ませるような規定はとくに設けていない。そのため、開発企業が短期的な資金回収に走ってもそれを抑制することはできなかった。長期的な計画が「良い」という価値ことを明確にしていない、少なくとも実効性を伴う形では担保仕切れていない。

 「リゾート法自体は悪くないがその運用が悪かった」あるいは「リゾート法には悪いところもあったが良いところもあった」という多用される表現を通じてリゾート法の評価について論じてきたが、総じて言うならば、リゾート法は立法趣旨がきわめて曖昧な法律であると言えるだろう。

 さて、本分析では占冠村のリゾート事業における失敗が異なる種類の、かつ複数の要因によって引き起こされていることを明らかにした。そして次に、そのような失敗の諸要因のうち、リゾート法自体に問題の発生原因を求められるものがかなりのウエィトを占めることを明らかにした。これは、問題の発生原因がその事業特有の個別的な事情(地域、経営主体、偶発的要因など)によるものではなく、リゾート法に必然的欠陥があることを明らかにしている。もちろん、本分析は占冠村の分析であり全てのリゾート事業を分析しているものではない。しかしながら、占冠村における失敗の諸原因のうち、その多くがリゾート法の内的欠陥によって必然的にもたらされたならば、他の地域における事業にも同じような失敗原因がもたらされていると考えるのは自然である。仮に、他の地域でそのようなリゾート法に基づく失敗原因が「まだ」認められていないとしても、近い将来に失敗原因がもたらされる可能性は極めて大きい。その意味で本分析は一地域のケーススタディでありながらも、ある程度リゾート法に基づく事業の問題の一般化に成功していると言える。

 さて、リゾート法は制定後十数年立った現在でも健在である。そして過疎地域の振興および観光事業を取り巻く状況は当時と根本的には変わっていない。そのような現状を踏まえつつ、今後のリゾート法についてはいくつかの選択肢がある。それは次のようなものである。

@リゾート法を現状のまま継続する 

Aリゾート法を改正して継続する 

Bリゾート法を廃止する

 リゾート法に内的欠陥があることが明らかになったことから、本分析では提言として@は選択しない。問題は、Aを選ぶのかBを選ぶのかである。

 結論から言えば、本分析だけではA、Bのどちらが望ましいのかは決定できない。Bを選ぶのは簡単だが問題の根本的な解決としては適当ではないだろう。というのも、過疎地域の振興が実質的に観光事業が主体となっている現状において、行政から観光事業への一切の支援を打ち切ってもよいのかどうかは疑問が残るからである(もちろん、リゾート法の廃止が即座に観光事業支援の一切の打ち切りを示すわけではないが、ここでは現行のリゾート法を通じて行政の観光事業への支援全般を問題にしている)。したがって、行政あるいは政府が自治体とくに過疎地域の観光事業についてなんらかの支援すべきかどうかについての研究がひとつの課題だろう。そして、もし今後も観光事業への支援(もしくは総合保養地域整備事業)を行っていくのだとすれば、Aを選択することになる。リゾート法をどのように改正するのかについて、本分析で得られた知見が一助になることを期待したい。

 

 

 

 

 

 

)付属資料

 

)付属資料1:参考文献

今村都南雄編著『リゾート法と地域振興』1992

大橋昭枝『リゾート王国』NTT出版

佐藤誠『リゾート列島』岩波新書、1990

河西邦人「スキーリゾートの経営」札幌学院商経論集第16巻第3・4号、20001990
  *今回の報告では河西氏の同論文をとくに参考させていただいた、お礼を述べたい

占冠村役場編『占冠村のリゾート開発〜自然体感占冠』1999

占冠村役場編『占冠村勢要覧〜資料編』1999

占冠村役場編『しむかっぷ議会広報No72』(1998年6月9日召集第2回定例会議事録収録)1998

占冠村役場編『しむかっぷ議会広報No73』(1998年9月21日召集第4回定例会議事録収録)1998

占冠村役場編『しむかっぷ議会広報No74』(1998年12月21日召集第6回定例会議事録収録)1998

占冠村役場編「トマムリゾート新たな段階へ」1998

北海道新聞

前田繁一他『総合保養地域整備法の研究』晃洋書房,1999

リゾート・ゴルフ場問題全国連絡会編『検証・リゾート開発[東日本編]』緑風出版、1996

近畿弁護士会連合会公害対策・環境保全委員会編『ストップ・ザ・リゾート開発』リサイクル文化社、1993
)付属資料2:村議会議事録

平成1069日召集 第2回定例会

福井議員…アルファコーポレーション及びアルファホームの一連の自己破産による村の

     財政欠陥は46000万以上。厳しい状況の中での村長の基本的な考えは?

村長…固定資産税をはじめ歳入に対する影響が非常に大きいことは間違いなく、責任を

   痛感。上川支庁等の助言を仰ぐ。リゾート対策本部を設置したが、行動に入ろう

   とした時点で今回(自己破産)の事態になった。財源不足等を考えると、今後何年 

   間かは大変厳しい中で、行政が執行されるであろう。

福井議員…対策本部については自己破産後に動いたという感じは否めない。後手後手に

     回っていた。自己破産以前の対応と、人員構成を伺いたい。

村長…関係する課長をもって対応しようとしていた。対応について、税の問題について

   相手方と協議をしていた。アルファコーポレーションの社長とのお話で5月上旬、

   あるいは中ごろまでに一つの回答を頂ける状況だった。

赤坂議員…村の固定資産税のほか、債権総額が46700万円と明らかになった。今後     

     の村の財政に多大な支障をきたすものと懸念する。財政運営とその対応策に

     ついて質問したい。

相川議員…今後の村財政健全化策について尋ねたい。アルファコーポレーションの破産

     による固定資産税の納入不能と村有資産の使用料未払いなどを合わせると、

     村財政に及ぼす影響は極めて大きい。大規模リゾート開発を推進してきたこ

     とが占冠村の行政執行に当たって本当に適切であったと言いきれるのか。無

     謀とも言うべき大規模リゾート開発のあり方そのものが一つの大きな構造的

     な罪であり、アルファコーポレーションは村民に対する裏切りを行い、一方、

     村は福祉不在、リゾート優先の道を進み、財政危機の状況へと陥った。

村長…雇用や消費の拡大といった点で利点も大きかった。しかし、事業主との関係で調

   整機能を十分に果たしていなかった。その面についてはお詫びしなければならな

   い。

相川議員…トマムの開発についてリゾート法の第1号ということもあり、開発にあたっ

     ては国・道が積極的に推進してきた。しかしこのような現状の中で、国・道か

     ら何の手立てもない。働きかけをしていくべきだ。

村長…すでに道において現在のところいろいろな対策を講じていく中で、支援を頂いて

   いる。

相川議員…トマムリゾートスポーツの役員の中に、前村長である観音さんも入っている

     わけで、そうなると占冠の前最高責任者がこの中に入っていて、そして代表

     関光策氏と話しをしてもさっぱり話しが進まないと、そういう時に村として

     前村長に話しをすることができないのか。

村長…法律のなかで対応していかなければならず、管財人を通じながら対応していく。

相川議員…執行側は今日までの対応のまずさと責任の所在を明らかにし、現状の把握と

     今後の対応に備えるべき。議員も村の財政面へのチェック機能を十分果たさ

     なかったことを自ら認め、議員定数の削減をしながら身の施し方を考えてい

     くべき。

坂本助役…今までの対応が大変遅い面もあっていろいろな面で支障を来した。しかし、

     税や使用料等の業務に関しては、できるだけのことはやってきた。

村長…この問題に関し、決して手をこまねいてきたわけではない。これからも全力で取

   り組んでいく。その後、一つの時期が終わった時に、態度を明らかにさせていた

   だきたい。

 

平成10921日召集 第4回定例会

相川議員…アルファコーポレーションの破産から4ヶ月が経過。村民から雇用不安の声も

     上がっている。928日には債権者会議が予定されているが、いかなる方策を

     考えているのか。

村長…現時点では複数の企業と売却の交渉をしているように聞いている。トマムリゾート

   が占冠村の産業の大きな柱の一つであると考えると、施設は早い時期に売却し、稼

   動されることが大変大事。売却に際し、固定資産税の問題がでてくるのではないか。

   新策を検討していかなければならない。

 

平成101221日召集 第6回定例会

・議案審議

総務課長…歳入は財産購入費寄付金52500万円で、株式会社アルファコーポレーショ

     ンの施設、土地等の購入寄付金。

福井議員…関兵、加森の関係はよく認識して進めているのか、契約内容等は掌握しておら

     れるのか。

助役…企業の内容等は、詳細は当然知る機会がない。

企画課長…自治体は、本来営利活動に関するものは、一部公共的な目的を持つもの以外に

     ついては、持つべきでないと考えていた。しかし、村の中で産業構造のい占め

     る位置が大きいので、過渡的に所有し、時間経過後民間の営利活動を行う企業

     に運営してもらうべきである。行政機関がそういう施設を運営することはまず

     長期間は無理。加えて、民間企業が運営するので、そこに行政機関が援助する

     という形になるので、特定企業の便宜供与という社会的な批判もあるかと思う

     が、狭い意味での地域的な経済対策として行うのであれば、やはり期限を区切

     って持つべきであろう。

鈴木議員…無償貸与期間はなぜ5年から15年になったのか。また、使用料は15年間無料

     でそのまま貸す予定なのか。

村長…使用料としての料金徴収は行わない。

藤原議員…加森社長の5年なら白紙撤回、15年ならいいという理由を再度説明して欲しい。

村長…相手方が5年では運営が無理だという話し。

相川議員…800億とも900億とも言われる巨大なリゾート施設を自治体が所有することへ

     の不安、反対といった声が各地区で出されている。中でも、運営会社が撤退し

     たあとどうなるのか。15年という長期にわたって巨大リゾート施設を村所有と

     して進むことが本当に住民の利益につながるのか。大きなつけを若い世代に残

     すことになるのではないか。雇用の場が確保されるというが具体的な数字はど

     のようなものか。国、道への働きかけをしているというが具体的にどのような

     ものか。

村長…国、道への働きかけだが、内容も十分説明させていただいた中で、自治体がこれを

   取得しなければならない状況にあることは、道にも話し合いをさせていただいて

   。地域振興のことを考え、これからの村のことを考えるならば、やはりリゾート

   全体が稼動していくことが大事だという考えの下、現在まで進んできた。

相川議員…15年たつと村長も変わるだろうと、助役も変わるだろうと、私たちも代わる人

     がほとんど出てくる。そうした中で、村民、特に若い人たちは心配している。                

     今、占冠村は、ある意味で自治体がリゾートの失敗の後処理を課せられた最初

     のテストケースとして、国も道もその行方を見守っているのではないか。何ら

     かの形で、国、道に対してバックアップ体制を強力に要請する必要があるので

     はないか。

村長…過剰設備で採算に問題が多い、施設の固定資産税が大変高くつくことによって売買

   費用、諸経費等が高額になる。そういう中で、占冠村が取得して加森観光がこれを

   運営するというC案が浮上した。リゾート法が始まった15年前、逆に振り返って

   みても、こんな状態になるとは誰も想定しなくて民活民活でこの事業を進めてき

   たところにもやはり問題点があったのかなと、そういう反省をせざるを得ない。将

   来の占冠村を考えると、15年は過ごしていかなければならないと考える。国や道の

   支援について、確かに申し上げてきている。ただ、リゾート法でこの指定を受けた

   なかでも、民間によりこれを推進するということが当時の時代背景ではなかったか

   ということを考えると十分反省する余地はあろうと思う

 

 

 

 

 

 

)付属資料3:占冠村企画課へのアンケートと回答

 

 200012月に占冠村企画課へアンケート調査を行った。以下はその回答である。

 

問1  なぜ、トマム地区がリゾート法の適用を受けたのか。受けた経緯。また、適

用以前から開発が予定されていたものに、リゾート法が適用されたことの意義は何

か。

 

⇒北海道が策定した「北海道富良野・大雪リゾート地域整備構想」(富良野市、東川

町、美瑛町、上富良野町、中富良野町、南富良野町、占冠村、日高町、新冠町)の承

認を平成四年に受けた。

 リゾート法の目的としては、@ゆとりある国民生活の実現、A地域資源を活用した

第三次産業を中心とする地域振興の推進、B民間活力の活用等による内需の拡大が挙

げられている。

 同法の特長としては、@6省庁が共管する法律であること、A都道府県が基本構想

を策定し、国の承認を受ける形式となっていること、B民間活力の導入を主眼とし、

国は税、金融、財政上の支援措置等を講じることとなっていること、Cプロジェクト

の熟度の高さが要求されたこと、などが挙げられる。

 リゾート法が適用されたことにより、法律では以下のような支援策が得られるよう

になっている。

○課税の特例(法人税、所得税、特別土地保有税、事業所税)

○地方税の不均一課税(不動産取得税、固定資産税)に伴う減収補填措置

○政府系金融機関による低利融資、出資及び無利子貸し付け

○地方債の特例措置

○公共施設の整備

○その他

  ●農地法等による処分についての配慮

  ●国有分野、港湾水域の活用についての配慮

 

 なぜ、トマム地区がリゾート法の適用を受けたのか。〜確かなことは分かりません

が、地域指定をするにあたって、リゾート開発計画の事業規模などから2期開発計画

があったトマム地区を入れた中で地域指定をしたのではないかと思います。

 リゾート法が適用されたことの意義としては、当時、2期開発計画があったため、

リゾート法が適用されたことにより、税制上の減免措置や政府系金融機関の低利融資

などの支援が受けられる。

 

問2  リゾート法の開発は、シムカップリゾート開発公社が事業主体として行なっ

てきたが、この第三セクターが設立するまでの経緯は。

 

⇒トマム山スキー場開発の計画立案のための「石勝高原総合リクリエーション施設開

発協議会」での協議の結果、民間企業との第三セクターを設置。計画の推進は、主と

して企業が行い、許認可関係を第三セクターが行なってきたと聞いている。その後、

第三セクターから全面的に民間企業が行った。

※資料「占冠村のリゾート開発」(3頁)参照

 

問3  現在のアルファリゾートは、スキー場とプールといったものが中心となって

いると思うが、これらをリゾートの中心に据えていくという決定は、いつ、どこで、

どのような形で行われたのか。

 

⇒リゾートのプロジェクトは、民間企業によるものであるため、わかりません。

 

問4  リゾート開発に対する村としての「考え」「態度」は、全面的に協力すると

いったものだったのか。現在まで変わらず続いているのでしょうか。それとも時代の

変遷、リゾートをめぐる環境の変化に伴い、変わっていったのか。

 

⇒リゾート開発に対して村からの金銭面の支援は行っていません。地域住民と協調を

図りながら観光振興を図ってきている。

 

問5  リゾート開発に対する村の関与はどのようなものだったのか。また、現在

は。第三セクターを設立しての管よ以外に具体的にはどのように関与しているのか。

 

⇒村の関与はありません。

 

問6  リゾート開発に伴ってどのような影響が村にあったのか。

 

⇒リゾート開発に伴って、人口の増加、固定資産税などの税収の増加、観光客の増

加、ペンションや飲食店などの関連産業の立地を見ました。

 また、上下水道の整備、公共施設建設、街並みの整備が行われ、増加する人口に対

応するため、公営住宅、独身用住宅も建設されました。

 一方、短期間での大型リゾート施設の建設は、飲料水の不足やゴミ処理対策の遅れ

なども招きました。(ゴミ焼却炉や一般廃棄物最終処分場を建設)

 人口は(住民基本台帳)は、昭和56年5月に1,432人と北海道内で最も人口の少

ない村になった。リゾート開発を機に、平成5年3月末で2,054人までになりました

が、その後、景気の後退等によりリゾート施設運営の縮小等により減少し、平成12

3月末までは1,658人になっています。

 

 ・村の財政〜リゾート開発を機に、村の財政規模は拡大してきました。

【決算状況】

(単位;千円)

区分 昭和58年度  昭和63年度  平成5年度  平成10年度  平成11

年度

歳入  2,186,122 2,584,654 4,565,150 4,171,756

3,585,911

歳出 2,159,033 2,535,743 4,214,070 4,059,213

3,445,684

※一般会計、特別会計の合計です。

※資料「占冠村のリゾート開発」(11頁)・「占冠村勢要覧資料集」(21頁)参照

 

 ・村民の所得〜資料がないため分かりません

 

問7  リゾート開発に関連した住民運動というのはあったのか。

 

⇒ありません。

 

問8  アルファコーポレーションの経営破綻による村への影響はどのようなもの

だったのか、破綻後の処理はどのような処理で行われたのか。

 

⇒管財人により処理されました。※資料  住民への広報資料・議会広報抜粋・新聞

記事切り抜き

 

問9  破綻時の議会の様子はどのようなものだったのか。

 

⇒※資料  議会広報抜粋(平成10年6月9日召集  第2回定例会)

 

問10  関兵精麦や加森観光と村との関係について、具体的にどのような関係が

あったのか。また、加森観光以外に選択肢はなかったのか。

 

⇒関兵精麦は、一部施設の所有者で、97年秋に関兵精麦が加森観光子会社 リゾー

トマネジメントに施設の運営委託を行っています。選択肢については分かりません。

 

問11  最後に、このリゾートをめぐる今後の展望は。

 

⇒破綻したリゾート施設も再生に向けて力強く動き出し、関係者の営業努力によりそ

の成果が現れております。今後ますます多地点訪問型の観光客が増加することが予想

されており、広域観光を積極的に推進するとともに、観光キャンペーンを継続して道

内外客の誘致を行っていきます。

 また、トマムリゾートや地域では、地域資源を活用した自然体験型の観光メニュー

(パンフ参照)を行っている。地域観光資源の開発や人材の育成を図り、地域資源を

活用したリゾートの推進を図っていきます。