2000年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

 

マイクロビジネスへの信用付与に関する研究

〜ジョブマッチングシステム構築を通して〜

 

本研究では、SOHO事業者をはじめとするマイクロビジネスが新規取引先を探すためのジョブマッチングシステム(eC-jobネット)の開発を行い、試験的に運用を開始した。本報告書では、今回構築したマッチング・システムの概要と現状での実績に関して報告を行う。

 

eC-jobネットのサービス概要

eC-jobネットでは、ソフトウェア開発のアウトソーシングを希望する企業とそれを請け負う中小のソフトウェアハウスやSOHO事業者のマッチングを行っている。大手SIから出される常駐作業案件も取り扱うが、SOHO事業者が受注しやすい小規模短納期のプロジェクト単位のソフトウェア開発案件も取り扱う。このため、サービスの対象者としては、受注者にはSOHO事業者や中小のソフトウェアハウスが、発注者にはSIやソフトウェアハウスとエンドユーザーの両方が含まれる。また、SOHO事業者が大きな仕事を受注するために、協同受注する別のSOHO事業者を探す、といった使い方も想定されるため、発注者としてのSOHO事業者もeC-jobネットの対象者になり得る。

eC-jobネットでの取引は以下の流れで行われる(図1)。

@案件情報の登録

発注者が、ソフトウェアの開発プロジェクトに関わる諸条件(案件概要、要求スキル、予算、スケジュール等)を入力すると、あらかじめデータベースに登録されていた受注者の中から5(社)名程度がマッチングされる。

A案件情報、受注者プロフィールの開示

この5社(名)にはマッチングの報告がされると同時に開発プロジェクトに関する諸条件が開示される。受注者がこのプロジェクトの受注を希望すると、発注者は受注者のプロフィールを確認することができる。

B直接交渉

発注者は、受注者のプロフィールを参考にしながら受注者と交渉を行い、双方で条件の合意が得られれば契約を行う。開発作業は契約条件に従い進められる。

Cプロジェクト完了−受注者評価

プロジェクトが完了すると発注者は受注者評価を行う。評価情報はデータベースに蓄積され、以後の発注者に開示される。

 

 

図1 eC-jobネットでの取引の仕組み

 

 

システムの概要

ソフトウェア開発の取引をWeb上で行うために、eC-jobネットでは以下の機能の開発を行った。

l         基本機能

ユーザー登録、ユーザー認証、ユーザー間コミュニケーション用掲示板等のサイト運営全般に渡る機能の提供を行う。

l         受注者情報管理機能

案件情報確認、スキル情報管理、受注条件管理、評価情報参照、スケジュール管理等、受注者向けの機能の提供を行う。

l         発注者情報管理機能

案件情報管理、受注希望者確認、受注者評価等、発注者向けの機能の提供を行う

l         マッチング機能

プロジェクトと受注者のマッチング機能の提供を行う。マッチングの仕組みの詳細に関しては6.3でふれる。 

l         データベース

上記機能と連携する各種テーブルの提供を行う。

 

それぞれの機能の関連および構成は図2に示すとおりである。

 

図2 eC-jobネット機能関連図

 

 

 

システムの特徴1:マッチング・システム

前述のように、eC-jobネットでは、発注者がソフトウェアの開発プロジェクトに関する諸条件を入力すると、スキル・データベースより条件のあう5名程度の受注者が自動的に抽出され、彼らにのみ案件情報が開示される。その後、マッチングをされた受注者が受注希望を示すと、プロフィールが発注者に開示される。発注者は、自力で一件一件受注希望者を捜す手間をかけずに、当該開発案件に適当な受注者に案件情報を知らせることができる。また、限られた受注者のみへの案件情報の開示を行っているため、発注者が冷やかしの問い合わせに煩わさせられる可能性も低い。eC-jobネットでは、このような自動マッチング機能を提供することによって、発注者のアクセス・コストを削減することを試みている。以下では、マッチング・システムの仕組みについて見ていきたい。

まず、受注者は事前に受注条件、自己のスキル情報のそれぞれを登録する。受注条件には、受注可能なスケジュール、希望作業場所、希望作業形態、希望人月単価が記入される。一方、スキル情報には、経験業種や対応可能な機種、OS、開発言語、開発ツール等の情報を登録し、さらに自己判断でそれぞれのスキルのレベル登録を行う。

 

 

図3 受注条件登録画面(左)、スキル登録画面(右)

 

 

 一方、発注者はプロジェクトの登録を行う際に、開発プロジェクトの概要の他に、開発スケジュール、作業場所、作業形態、予算、要求スキル等の諸条件を登録する。プロジェクトの諸条件が登録されると、即時にマッチング・システムが起動し受注者の抽出が行われる。

第一条件としてスキルでの抽出を行い、その後スケジュール、作業場所、作業形態で絞り込みを行い、最後に金額での抽出を行う。さらに、ここまで全ての条件を満たす受注者がマッチング希望件数を超えている場合には、当該スキルのレベルが高い順番に希望件数分が抽出される。このようにして、発注者の開発プロジェクトに最適な受注者のマッチングが行われ、マッチングした受注者のみに案件情報が開示される。

 

 

図4 案件情報登録画面

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


システムの特徴2:評判システム

eC-jobネットでは、発注者が受注者希望者の中から最終的な発注先を選ぶ際の参考情報として、また、受注者が自己のスキルレベルを見直すための情報として、評価情報の提供を行っている。評判システムでは、開発プロジェクトが完了すると、発注者によって、受注者の技術力の評価(スキル評価)と、受注者の責任感や協力度などに対しての満足度評価が行われる。

具体的な、評価の方法は以下の通りである。

まず、スキル評価に関して見ていきたい。発注者は、マッチング条件として挙げた受注者のスキル項目に対してスキル評価を行う。例えば、プロジェクト登録時にマッチング条件として、OS環境はWindows NT、データベースはOracle、開発言語はVBCといった条件が挙げられていたとすれば、Windows NTOracleVBCというそれぞれのスキル項目が評価対象となる。発注者はこれらの各項目に対して、あらかじめ受注者自信が登録しているレベルと、実際に開発プロジェクトを通して発注者が感じた評価の差異をスキル評価値として登録を行う。この差異は、期待に満たなかった場合は-1、期待通りならば0、期待以上であれば+1という3段階評価であらわされる。このようにして登録されたスキル評価情報はその累積値が受注者のスキル情報と共に表示され、後の発注者が受注者を決定する際に参照ができるようになっている。また、受注者自身が、自己のスキルレベルを客観的に判断し変更をする際の参考情報としても使われる。スキルレベルが変更されると、変更履歴を残し、当該スキル評価値はリセットされる。

次に、満足度評価に関して見ていきたい。プロジェクトが完了すると、「受注者とのコミュニケーションは十分に取れましたか?」や「受注者は責任をもって仕事に取り組んでいましたか?」といった10項目の質問に対して、5点満点で点数を付けるという方法で評価を行っていく。また、この数値的評価に加えて、発注者は受注者に関してのコメントを自由記入することもできる。これら満足度評価の情報は、受注者当人が確認し開示することを了承すれば、開発プロジェクトの概要と共に蓄積され、業務経歴書の追加的情報として後の発注者に開示されていく。また、受注者は評価情報の開示を拒否することもできる。

もし、評価情報の開示が拒否されたならば、受注実績としての開発プロジェクト概要を含めて、当該プロジェクトに関しての全ての情報が非公開とされる。つまり、受注者はそのプロジェクトに関する全ての情報を公開するか、全てを非公開にするかの選択をすることになる。

 eC-jobネットでは、以上のような評判システムを提供することによって、発注者が抱える能力判断コストを削減するための情報提供を試みている。

 

 

図5 満足度評価確認画面

 

 

会員登録状況

 2000102日の登録受付開始以来、登録者数は徐々に伸びており20001221日現在で、受注者登録4371024人、発注者登録111社に達している。表1で示すように受注者登録のうち約4割が個人登録者であり、資本金1000万円未満の法人を加えると全体の約8割に達する。SOHO事業者向けの広報活動を中心に行ってきたためだと思われるが、受注登録者のうちSOHO事業者もしくは零細ソフトウェアハウスが占める割合が非常に高くなっている。

 また、発注者の登録者の内訳は、図6で示すように、SIやソフトウェア開発業の登録者が圧倒的に多かった。つまり、現在のところ、eC-jobネットにおいて取引される案件はは同業者間の下請取引が中心というわけである。また、同業種ではないがHPデザイン会社の登録が目立った。デザインと一緒にシステムの相談を受けることが多いのかもしれない。登録者を集めるためのプロモーションをインターネット関連の媒体を中心に行ったために、エンドユーザーの登録が少ないといった状況をもたらしたとも考えられる。

 

 

表1 eC-jobネット登録者の内訳(資本金別)

 

 

受注者(件)

発注者(件)

個人

 

174

11

法人

 

263

100

 

資本金1000万円未満

183

20

 

1000万〜5000万円

69

41

 

5000万〜3億円

8

25

 

3億円以上

3

14

合計

 

437

111

 

 

図6 eC-jobネット発注者の業種別内訳

 

 

取引実績

サービス開始以来、20001221日までに、「重電メーカー向け調達システム」や「大手物流会社向け経理システム」等の大規模開発プロジェクトでの常駐作業案件や、「中小企業向け受注管理システム」等の比較的小規模な持ち帰り案件が合計45件登録され、うち2件が契約まで至っている。これらの案件の金額規模は、常駐作業の案件では人月単価50万円〜100万円の比較的高いスキルが求められない案件が中心であった。また持ち帰りの案件では大きなものでも100万円、一番小さな案件は5万円とかなり規模の小さな案件が登録されていた。

 契約まで至った案件の一つは、発注者が東京にある大手SIで「既存の業務用パッケージソフトウェアのDB部分のカスタマイズ」を行う持ち帰りの案件であった。要求スキルに対して、6名の受注者にマッチングされ、そのうちの一人である静岡県在住のSOHO事業者が受注した。この案件は既に開発が終了したが、現在も別の新たな仕事の契約が行われているとのことである。

 もう1件は、発注者は東京の中堅ソフトウェアハウスで、「大手メーカー向け資産管理システム」開発を常駐作業で行う案件であった。こちらは、1名がマッチングされその受注者と20013月末までの契約を行い業務が開始されている。

 また、長野県のSOHO事業者がマッチングした案件では、契約には至らなかったが、その発注者の関連会社を紹介され、業務の開始に至ったということもあった。

 

ユーザーの反応

eC-jobネットの効果や事業化に向けての課題を探るため、ユーザーに対して簡単な対面もしくは電話でのヒアリング調査を行った。eC-jobネットを介して契約までいたった受発注者を含めて計4名の話を聞くことができた。ヒアリング調査では、eC-jobネットの特徴としてもあげた、マッチング・システムと評判システムの効果に関して中心にご意見を頂いた。評判システムに関しては、まだ評価段階まで達しているユーザーがいないので、口頭でシステムの仕組みやコンセプトの説明を行った後に意見をお聞きした。以下がそれぞれのヒアリング対象者の反応である。

 

マッチング・システムに関して

l         当社のように技術者単位で外注先を探す会社にとっては便利だと思う。特に今回のように、突発的に人員増の要求があった場合に協力会社の中でスケジュールの空いている技術者を見つけるのは困難なので非常に助かった。また、案件情報を一般公開するのには抵抗があるが、マッチングした受注者以外には開示されないのであればそれほど抵抗感はない。(発注者登録 大手SI K社)

l         以前、別のSOHO向け発注情報の掲示板に掲示をしたときには、希望者が殺到したがまともな業者には出会えなかった。eC-jobネットではまともな業者が見つかった。自動マッチングを行っているおかげかもしれない。今回マッチングされた業者とは案件自体が無くなったため契約には至らなかったが、別の機会に仕事のお願いができればと思っている。(発注者登録 HPデザイン T社)

l         受注できる可能性の高い案件のみが紹介されるので営業をする手間が省けて良いと思う。ただ、案件が紹介されるのを待っているだけではなく、受注者側から積極的にアプローチできる方法があれば、尚良いと思う。(受注者登録 SOHO事業者T氏)

l         当社では数名の技術者を登録しているのだが、スキル情報等を更新するのが手間になりそう。余計な情報が届かないので、自動マッチングという方法は良いのではないかと思う。(受注者登録 ソフトウェア開発 S社)

 

評判システムに関して

l         基本的には、業務経歴書と面接で大方の判断はできる。発注元との相性もあるので、前の発注者の評価が参考するに値するかは疑問。それから、今日説明を受けるまで、評価の仕組みを理解していなかった。もっと簡単にはできないものか。(発注者登録 大手SI K社)

l         数値評価だけでなく、定性評価と組み合わせてある点は面白いと思う。特に数値評価の量が集まるまでは、発注者のコメントは発注先を決める際に参考にすることができると思う。(発注者登録HPデザイン T社)

l         過去の評価情報の蓄積はアピールポイントとしてつかえるかもしれない。業務経歴書に添付して提出できれば(業務経歴書の)信憑性もあがるだろう。(受注者登録 SOHO事業者T氏)

l         評判システムのコンセプトは理解できるが、極端に悪い評価を付けることでSOHOや零細ソフトハウスを閉め出すことが可能なのでは。もし、発注者が評価情報を重視するようならば、受注側も良い評価を得るためにより力を入れて作業に取り組むかもしれない。(受注者登録 ソフトウェア開発 S社)

 

以上