「東北タイ出身の移動労働者:拡大する『想像の生活圏』」(改題)

渡部厚志 [watabe@sfc.keio.ac.jp]
89932493
政策・メディア研究科修士課程2年
近代日本とアジア・北太平洋のマルチメディアデータベースプロジェクト所属

修士論文要旨:
 タイ東北部、コンケン県の三つの農村をフィールドとして、バンコクへの季節労働や、海外への出稼ぎを行う人、留守家族の生活の変化についての聞き取り調査を行った。
 タイ語でイサーンと呼ばれる東北部は、タイの四地方のうち最も貧しい地方であり、また最も多くの移民を輩出する地方としても知られている。先行研究においては、当事者の経済状態と移動の選択を直接結びつけ、移民を個人の選択として描く議論が多くなされている。そこで、経済状態がよくなれば移民は抑制できると考えられ、近年は東北部においても農村開発政策が盛んに行われている。しかし、今回の調査では、移民は必ずしも貧しい世帯から輩出されているわけではないこと、三つの村のうちで最も豊かであると思われる村から日本や台湾への出稼ぎが多く出ていることがわかった。こうした、先行する議論では説明できない事例について、本論ではA.アパデュライの「エスノスケープ」の概念を用いて説明する。
 マス・メディアや先行移民、開発政策によって農村部にもたらされる情報が、農村の人々にとって、いままで知らなかった、または不可能だと思われた新しい生活を、手に届くものだと思わせる。そのため、農村の人々は、新しい生活を自分たちに可能なものとして想像し、その生活を送る生活圏の一部として都会や海外といった場所を取り込み、移動するようになる。そのため、農村開発には、移民を抑制する効果と同時に、農村の「想像の生活」を拡張し、新たな移民を呼び起こす副作用もある。
「想像の生活」は、一見すると個人個人のものであるように見えるが、村内、近隣、親類などにおいて共有されているものでもあり、個人の行動は、共有される「生活」に影響を受けている。この点で、移民を個人の選択であると断定する説明は不適当である。

調査歴:
  • 99年8月〜9月 第一回タイ調査
     バンコク・チェンマイにて資料収集
     ランプン県メータ郡にてインタビュー調査
  • 99年10月〜00年1月
     日本国内にて、収集した資料の検討
    1. 移民理論・開発論について概念構築
    2. タイ経済発展史についての学習
  • 00年2月 第二回タイ調査
     バンコク・チェンマイにて資料収集
  • 00年4月 第三回タイ調査
     コンケン県の三か村にてインタビュー調査
     コンケン市/バンコクにて資料収集
  • 00年8月 第四回タイ調査
     コンケン県の三か村にてインタビュー調査
     コンケン市/バンコクにて資料収集