研究課題
硬直化した近代的・中枢システム的環境を超克する自律・分散・協調
的(ネットワーク論的)環境をデザインする方法として、複雑適応系の
システム理論を応用した建築や都市における空間構築モデルを実証研
究する。その手段として、3次元コンピュータグラフィックスを用い
たシミュレーションツールを開発し、これを活用することで前述の環
境構築に必要な相互ネットワーク的パラメータを抽出・操作する。
これをもとにいくつかの建築・都市的な環境モデルを対象としてその
応用可能性を考察・検証することを目指す。
研究の背景
近代的・中枢的システムによる計画手法の限界

現在、建築・都市の計画手法が行き詰まりを見せている。近代建築・
都市計画がシステムを特定の計画者の描いた青写真を実行するという
中枢的システムとしてのみ捉えられていたからである。前世紀初頭か
ら現在まで続いていた近代的・中枢システム的設計手法では解決する
ことができない問題が都市に溢れ、都市のあるべき活動が麻痺してい
る。団地・ニュータウンにおける均質的空間、非人間的空間、東京の
カオス的状態、人の行動を計画当初に規定してしまうために新たなア
クティビティを誘発することができない計画手法など、多くの問題が
その範疇にある。

複雑適応系システムの背景

この問題は都市や建築のみではなく、現在の多くの学問・社会の分野
における問題と同じ根を持つものであると言える。遺伝子工学・社会
学・数学・ニューロシステム論・経済学などの多くの分野において、
非線形・離散・カオス・フラクタル・複雑系・複雑適応系・オートポ
イエシスなどの広義の複雑系的概念が用いられていることからもわか
るように、中枢的システムから分散的システムへの展開は、分野に関
係なく現在の研究アプローチの新しい潮流となりつつあり、近代的・
中枢システム的思考の限界を超克する可能性を持つ新しいシステムの
捉え方として、このシステムが注目されている。

(左上)均質で非人間的な団地空間

(上)わい雑で無秩序な都市空間

(左)遺伝子工学への複雑系科学の適用

複雑適応系システムの建築への適用事例

現在の複雑系的アプローチによる建築への適用事例として、形態自動
生成、つまり利用の分布からなる形態決定をおこなうというオートポ
イエシス理論を用いた渡辺誠(地下鉄大江戸線飯田橋駅がこの例の代
表)、フラクタル性を用いた建築のデザインをおこなうコロンビア大
学のGreg Lynn等の研究者の事例が挙げられる。またダニエル・リベ
スキンドとセシル・バルモンドのヴィクトリア&アルバート美術館で
は、実際の建築にフラクタル性を用いた自己相似型のタイルが開発さ
れ、新しい形態を生み出されている。

しかし、これらの形態生成のレベルでは、複雑系的なシステムを用い
ていると言えるが、人間と空間との相互作用や適応・学習能力が欠け
ているために、複雑系的システムの一部の可能性を用いているに過ぎ
ない。

建築への適用事例:

(左上)地下鉄大江戸線飯田橋駅

(上)Greg LynnのCyber-Architecture

(左)Victorea & Albert Museum

複雑適応系システムの挙動を示す建築・都市研究事例

早稲田大学の門内輝行は論文「街並の景観に関する記号学的研究」に
おいて、「都市の成長代謝原理は類似と差異のネットワークで成り立
っている」と記している。街並形成を考えた場合、任意の住人Aに対
してその隣人Bが魅力的な家を建てると、それに似せたいという類似
願望と、今までになかったAでもBでもないものを作りたいという差
異願望の相反する2つの願望の相互作用によって成立しているという
モデルを抽出した。他にもクリストファー・アレグザンダーは、都市
はつりーではなくラティス構造であると捉えたパタンランゲージの手
法を抽出している。また、槙文彦のグループフォルムなども挙げられ
る。彼らの研究は、複雑系的システムの適用を意図したものではなく
またその定理の後ろ楯となる理論やツールも存在しなかった。しかし
これらのコンテクスチュアリズムの研究も複雑適応系システムの枠組
みの中で捉えるならば新たな価値を見出すことができる。

多様性と統一性をあわせ持つ都市空間には
都市の構成
要素の間にルールが存在する。

 (左上)ミコノス島の街並み

 (上)ミコノス島の街路

 (左)金沢の街並み

研究目的
空間を複雑系的ネットワークの集合体として捉えることによって、近
代建築の前提事項であった命題を問い直し、建築設計におけるパラダ
イムの転換、建築設計の新たなる手法の開発をおこなうことを最終的
目標とする。また、本研究の第一の目的は、実際に領域への適応・モ
デル構築を行うと共に、さらなる適応領域を開拓することである。
ここで構築された複雑系的システムの3次元空間モデルにより建築・
都市デザインを行うことは、近代・中枢的システム下でのデザインと
以下の2点で異なる大きな成果を挙げることができる。
・内外部の環境の変化に対して適応能力・学習能力のある空間の構築
 が可能となる。
・自由度と多様性を保ちながら同時に、全体が統一的にオーガナイズ
 された状態を保つ空間の実現が可能となる。
つまり、現在限界を示している近代・中枢論的な方法論を打破する可
能性があると考えられる。このような空間モデルを構築するための方
法論を理論立て、その理論を実際にデザイン行為に対して有用なツー
ルとして開発すること日本研究の意義がある。
シミュレータの構築

3次元アニメーションモデルの提示

◆整理したモデルの中からより可能性のあるものを取り上げ、ファク
ター/パラメータを抽出する。適用イメージ事例を分類・整理し、空
間のデザインプロセス分析を行うことによりそれらのファクターを明
らかにし、これにより抽出されたパラメータをもとに空間モデルを構
築する。
◆抽出したファクタ/パラメータをもとに、シミュレータを構築する。
複雑系的な挙動をとる要素(エージェント)にそれぞれの間のルール
を設定し、取り上げられたモデルに対してその挙動を示すシミュレー
タを構築する。構築したシミュレーターをもとにファクター/パラメ
ータを検討・再抽出し、シミュレータの更新を随時行っていく。
◆シミュレータから得られた結果を三次元グラフィックスのモデルと
して提示する。"Vector Script"を用いた三次元アニメーションモデル
としての出力を行う。

以上の3つの段階を横断するプロセスとして3つのサイクルを設定
し、このサイクルの中でフィードバックを行うことによって研究を進
め、最終的にこのモデルをもとにした空間デザインを行う。