近代日本とアジア・北太平洋プロジェクト  2001年度森基金フィールドワーク費報告書 
「開発の新しい視点〜開発のローカル・イニシアティブと人材開発」
 近代日本とアジア・北太平洋マルチメディアデータベースプロジェクト(以下JANP)では、「開発の新しい視点〜開発のローカルイニシアティブと人材開発」という題目のもと、タイ、ベトナム、日本、韓国をフィールドとし、また各国の研究機関との提携のもと研究をおこなってきた。
 2000年度までには、「グローバル・ディアスポラ」と「ジェンダーと開発」の二つのテーマでのデータベースを開発した。いずれも一次資料や国内外のフィールドワークのデータを主要なコンテンツとし、前者では在日外国人労働者や出入国管理に関するデータ、後者では途上国農村でのジェンダー(男女役割)の生活情報や女性支援組織に関するデータを格納してきた。また、協力関係にある各国の研究機関とのあいだにPAC(太平洋アジア研究・人材開発コンソーシアム)を実験的に立ち上げ、フィールドワークにおける協力と3回のワークショップでの成果報告を行ってきた。

 本年度の森基金国際フィールドワーク費による研究では、(1)二つのデータベースのコンテンツの拡張、(2)PACのネットワークを利用したフィールドワークの推進、(3)あらたなデータベース、"Digital Archive for Sustainable Development"(DASD)の立ち上げを行った。

(1)「ジェンダーと開発」「グローバル・ディアスポラ」データベースの蓄積
 昨年度より引き続き、リサーチオンザネット(RoN)のコンテンツの継続的蓄積を行った。このデータベースは、SFCのほか、タイ、韓国、ベトナムなどの提携機関の協力で構築され、経済開発の現場における人の移動や助成の地位に関する一次データを収集している。蓄積されたデータは、提携機関だけでなく、開発の現場で活動する個人やNGOなどにも公開、共有されている。
 RoNホームページ

(2)PACのネットワークを利用したフィールドワーク推進と成果発表
 今年度は、修士課程5名、博士課程1名が、PACの提携機関の協力を得て、タイ、フィリピン、横浜、愛媛、沖縄でのフィールドワークを行った。このうち、博士課程の渡部厚志は国際開発学会97回月例報告会(2001年5月、上智大学)において、「タイ東北部出身の移動労働者と『想像の生活圏』」という題目の報告を行った。また、修士課程2名(倉戸ミカ、ジャルロジンダー・ウィ−ラワン)は、それぞれ修士論文として成果を発表した。

(3)"Digital Archive for Sustainable Development"
 あらたなデータベースであるDASDは、「持続可能な開発」という共通テーマをもち、たとえば環境、過疎、産業発展などの個別で具体的なテーマについての研究成果をウェブ上に報告するものである。今年度は、試験的なコンテンツとして、埼玉県小川町におけるバイオガスの利用を取り上げた。DASDでは、調査したデータを文書にとどまらず、音声、画像、映像といったマルチメディアを利用してより分かりやすく、また第三者が利用しやすい形で提供することを目標にしている。
 DASDホームページ

 なお、今年度メンバーが行った具体的なフィールドワークの成果は、以下のとおり。現在のところデータベースに格納、公開が完了していないものもある。

A.近代沖縄の海外移民研究―移民先県出身者ネットワークの考察を中心に―
担当:佐久川紀尚(政策・メディア研究科修士課程)
時期 2001年11月1日〜2001年11月4日
場所 沖縄県宜野湾市 及び 名護市
目的 1)沖縄県の移民年表作成のための資料収集
    2)沖縄県出身の海外移民者への聞き取り調査
成果 1)沖縄公文書館にて沖縄の「歴史と未来展」資料入手
     沖縄県庁にて「海外沖縄県人会・ウチナー民間大使人材バンク」資料入手
    2)海外移民者及び海外移民経験者への、聞き取り調査を行った。海外移民を
    した動機や、移民先での生活、特に移民先における県出身者のネットワーク
    の現状について、聞き取りを行った。

B.アジアの伝統芸能と近代化−カンボジア・沖縄・日本の宮廷音楽の比較−
担当:田中まり(政策・メディア研究科修士課程)
時期:2001年7月25日〜8月2日
場所:沖縄県
目的:御座楽の復興過程・現状などに関して御座楽復元研究会長である比嘉悦子氏をはじめ沖縄県立芸術大学教授に直接インタビューを行い、希少な御座楽の資料を収集する一方、今後他の関係者へのインタビュー、研究協力の依頼を目的とした。
成果:沖縄の御座楽は伝承が一度完全に途絶え、旋律を復元するために最も重要である楽譜資料が今のところ発見されていなく復元が大変困難な状況にあるにも関らず、この5,6年にその音楽的内容についての研究が非常に進展した。今回沖縄を調査したことによって、今後沖縄以外で伝統芸能の保存・復興研究をする場合に備えてその手法を学び、なおかつ琉球王国と中国や東南アジア諸国との交易・交流に関する資料を収集し、今後の研究への協力を依頼できたことが成果だと考える。

C.愛媛県における、生涯学習への自治体の取り組み
担当:渡辺大輔(政策・メディア研究科修士課程)
2001年8月22〜29日の8日間にわたって、愛媛県越智郡大三島町において調査を行った。目的は、大三島町にて公民館を中心に行われている「生涯学習大学」事業の取り組みの実態調査を主とし、同島内のもう一つの自治体である上浦町における取り組みについても比較するためである。
・インタビュー調査(事業の資金調達の在り方、具体的な事業内容の決定の在り方など基礎的であるが基本的には公開されていない情報を公民館長、健康福祉課職員、観光開発課長などへインタビューをすることによって得た。9件)
・公開資料の渉猟(町の議事録、公民館関係の資料など)
 調査によって、過疎地域における生涯学習事業の取り組みの構造、事業における公民館の位置づけの重要性、ならびに事業内容決定における住民参加の在り方と現状の不十分さが把握できたことが主な成果である。

D.50才代後半男女における老いの社会的形成
担当:権永詞(政策・メディア研究科修士課程)
 50代後半の男女が、老いていく自己をどのように把握しているのか、その仕方を分析するため、1月初旬から2月にかけて、横浜周辺に居住するインフォーマント10人程度に、アンケート及びインタビュー調査を行った。インフォーマントの大部分は、老いを世代交代がなされるまさにその時であると捉えている。老いは社会維持のために必要な構造的外部の秩序であり、彼ら自身はそのような秩序を意識的に内面化することの必要性を強調していた。

E.フィリピン(ボホール州)における開発事業に対する住民の関与
担当:倉戸ミカ(政策・メディア研究科修士課程)
場所:フィリピン、ボホール州およびセブ州
日程:2001年7/31〜8/20
目的:フィリピン、ボホール州で建設されているバユンガン・ダムを事例として、そのような協議の場に住民の代表を出席させるにあたり、誰を代表とするのか、あるいは村落内でどのように協議が行われ、意思決定が行われたかを明らかにすることを目的として、フィールド・ワークを行った。その際、地方自治体機関としての意思決定だけでなく、住民組織内での意思決定にも注目した。
調査対象:
・インタビュー(住民30名、住民の反対運動をサポートするNGO、プロジェクト・マネージャー、当該自治体首長)
・資料収集(灌漑プロジェクトの概要、フィリピンにおける灌漑の概観、灌漑事業実施予定地の住民から国家灌漑庁と国際協力銀行に宛てた要望書、ボホール州の概要)

F.タイ東北部における農村女性の小規模事業と地位変化
担当:ジャルロジンダー・ウィーラワン(政策・メディア研究科修士課程)
  農村女性が自分たちによる小規模事業を活動することによる社会的・経済的向上について、タイ東北部を事例に挙げ調査した。7月30日〜9月4日まで現地東北部ロイエット県を訪れに約1ヶ月かけてフィールドワークを行った。フィールドワークでは、事例の女性へのインタビュー調査を重視しており、インフォーマルな聞き取りの形で一人に平均1時間をかけ家計状態、織物グルプ参加の活動成果を語ってもらい、合計102名(グルプ参加している女性62名、参加していない女性40名)のインタビュー調査を行った。また、女性についての時計データや論文などの資料収集を行った。農村女性についての論文はおもに女性の役割、男女別の価値観、ステレオタイプについて書かれたものである。

G.タイ東北部出身の移動労働者によるネットワーク
担当:渡部厚志(政策・メディア研究科博士課程)
場所:タイ、バンコクおよびコンケン
期間:2001年8月18日〜9月6日
内容:タイ東北部・コンケン県の農村とバンコクのスラム地区をフィールドに、移動労働者の形成しているネットワークについて、2つの側面から調査した。
 まず、農村に残された家族に、都会や外国に関する情報、金、物がどのように伝わっているのか、それが人びとの意思決定にどのように影響しているのかを調べるため、農村部での10世帯程度のインフォーマントと、都会ではたらくコンケン県出身者へのインタビューを行った。次に、バンコクのスラム地区において、移動者の生活をささえるNGO「ドゥアン・プラティープ基金」の協力を得て、同基金が行っているスラム地区のの労働環境、住環境、家族との連絡などの改善プログラムとその効果を調査した。



JANP