2001年度森基金 海外フィールドワーク報告書

「英国における民間との連携と学校格差」

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

ネットワークコミュニティプロジェクト 教育改革調査チーム

報告書文責:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程2年 木幡 敬史


 

本研究は継続中の研究であり、今回の報告書は現段階での調査結果をまとめ、来年度の調査への留意点をまとめる形としていることをお断りしておく。

 


 

主なフィールドワーク対象校

Ansford Community School (Somerset LEA)

Five Ashes Church of England Primary School (East Sussex州)

Wandle Primary School (London,Wandsworth LEA)

Hallfield Infant School (London,Westminster LEA)

 

フィールドワーク実施期間

第1回 2001年6月14日〜2001年9月13日

第2回 2002年2月14日〜2002年3月4日


1.本研究の背景

2.本研究の目的

3.研究の概要

(1) Education Action Zonesの分析

(2)学校理事会

4.日本の教育行政へのインプリケーション


 

1.本研究の背景

教育現場への民間活力の導入 〜官民連携による教育条件の整備〜
 
  イギリス(ここでは、イングランドとウェールズとする)では、国家財政再建と、経済対策としての側面を持つ政策として、民間活力を利用した社会資本整備の取り組みである、「Private Finance Initiative」(以下PFI)が先進諸国に先駆けて行われている。日本では1999年7月、「民間資金等の活用による公共設備等の促進に関する法律」が成立しその取り組みが注目されている。PFIの定義は「従来、公的部門によって行われてきた社会資本の整備、運営等の分野に、民間事業者の資金、経営手法を導入し、民間主導で効率的、効果的な社会資本の整備を行う手法」とされる。 
  イギリスにおけるこのPFI政策は、教育行政の分野においても一部の地域に対して用いられ、学校の施設・設備の建設・維持から、公立学校の運営にまで及んでいる。日本では公教育に対しての民間によるビジネス展開として捉えられ、その行方が注目されている。

 

 イギリスでは、教育行政において教育水準向上を重点的に目指した政策を進める上で、地域を限定したPFI政策がとられている。PFI政策の最上位の概念として、「民間の経営手法の導入」があることを考えると、学校理事会との役割の明確化が問題となっている。学校理事会とは、各公立・私立学校に設置される最高意思決定機関であり、校長・教員代表、そして親代表・地域代表などから構成され、学校の運営方針を決定する機関である。この学校理事会の役割は非常に重要で、学校の運営状況が悪化し、教育困難校とされた学校はPFIによって民間会社に経営を委託されるというケースも存在する。

 保護者・地域住民が学校運営の最高意思決定機関として学校理事会を運営に加わる、という学校参加のモデルを全国一律として行っているが、そのパフォーマンスはそれぞれの学校で異なっている。ここで注意したいのは、PFI政策がとられているのは、運営が悪化した学校だけではなく、福祉・生涯教育といった、従来の学校運営にはなかった教育サービスの基点となっている学校も存在しているという点である。この政策は指定された99の地域で限定的に行われているが、それぞれの学校・地域のパフォーマンスごとに、「民間事業者」、「保護者・地域住民」、「学校」の三者の関わり方は異なっている。

 

2.研究の目的 

 本研究は、イギリスの教育行政におけるPFI政策を、「民間事業者」、「保護者・地域住民」、「学校」という三者の関係性から分析し、教育行政における民間事業者のコミットメントのフレームワークを構築することを目的とする。日本における教育行政での民間とのパートバーシップを考察するうえで、イギリスにおける実践例を調査・分析することは、今後の学校を中心としたガヴァナンス形成のために有益な示唆をもたらすものであると考える。


3.研究の概要

(1)Education Action Zonesの分析

Education Action Zonesの概要

 

 Education Action Zones(以下EAZ):教育対策特別地域は、1998年、ブレア政権の教育改革政策により導入される。特別区を設けることにより、地域コミュニティ全体の活性化が求められることとなった。公立学校がその中心となり、地方教育当局(Local Education Authority:LEA) ・企業・大学・ 地域コミュニティの代表が集まり、学校に対して援助・協力を行っていく。イギリス教育技能省(Department for Education and Skills) は、なんらかのアドバンテージを持つ地域に対して、教育水準の引き上げを目標に掲げ、特別区域として重点的に政策をうっている。

 1998年9月〜1999年1月の期間に25地域、1999年9月〜2000年6月の期間に48地域が実施をはじめ、さらに自治体主導による特別活動がスモールゾーンとして25地域加わった。現在は、78地域、スモールゾーンが40地域となっている。イギリス全体で98の地域で官民連携のプロジェクトが実施されており、一つの地区に対して政府資金が75万ポンド、民間資金が25万ポンド投入される。現在まで民間企業から3700万ポンド(約74億円)が投資された。

 

 

1998年からEducation Action Zonesとして活動をはじめた主な地区

・Kitts Green and Shard End
・Leicester
・Plymouth
・Salford and Trafford
・South Tyneside
・Sheffield North East
・North East Lincornshire
・Barnsley
・Thetford Education
・East Brighton
・East Basildon
・New Addington
・Newham
・North Southwark
・Middlesbrough
・Herefordshire
・Halifax
・Kingston upon Hull
・North Somerset
・Nottingham (Bulwell)
・Aston and Nechells
・CfBT/Lambeth

・Blackburn with Darwen

各Zoneの目標(ヴィジョン)主な活動予想される成果関係機関対象学校数に関しては、ここを参照のこと。(Microsoft Word文書)

 

 

■ PFIの概念図 ■

 

PFIの範囲とEducation Action Zonesの取り組み

現在、官民連携スキームとしてのPFI政策は次項の図のような範囲として概念化される。

A.公共投資・・・採算が低く、民間セクターでは対応しきれず、運営管理も公         共セクターの方が望ましい場合。

B.民設公営・・・採算上民間投資は可能だが公平性 の観点から公共セクタ         ーによる運営あるいは規制(ある程度コントロール)する事業。

C.公設民営・・・低採算性のために民間セクターによる建設は難しいが運営は         可能な事業。

D.民間投資・・・すべて民間セクターに任せる場合。

 このグラフから考えると、EAZにおける各事業はPFIの概念の中で、B/Cとして位置付けられる。今回、その事業形態を、「運営管理」そして「採算性」の面から分析して位置付けをする。具体的な事業内容としては、学校運営のコンサルティング、指導法・学習法のコンサルティング、学習カリキュラム構成、IT関連設備設置とサポート、生涯学習、業者テスト、就職情報提供、ホームスクール、スペシャルニーズの子供への対応などがあげられる。

 

学習の効果

以下のグラフはイギリス教育技能省が公表したEAZの効果の一指標である。イングランドにおいて導入されている全国統一試験の結果に基づいて、全国平均とEAZ平均とが比較されている。英語(リーディング、ライティング)と数学のスコアが示されているが、1998年から2000年にかけて、EAZの学校では大きく改善をしている。

試験の結果を重視しているEAZもあるが、これは、それぞれの学校が統一試験制度によって学習計画を立案できる状態にあり、比較指標を持たない状態よりもより効果的に学習を進めることができるといえるであろう。

(2)学校理事会

学校理事会の歴史的背景

 サッチャー政権によって本格導入された学校理事会と学校理事員の根底にある考え方は、イギリスの教育行政にとっては斬新なアイディアではないようである。"Laymen"と呼ばれる「教育の素人」つまり教育行政に携わっていない、保護者や地域コミュニティの人々が学校の財政やマネジメントに参加するという方法は、その歴史をたどると600年ほどさかのぼり、15世紀に見ることができるという(イギリス教育省白書1977年)。そして、学校が存在する地域コミュニティからそれぞれの学校に学校理事会を設置するという考えは、1833年に初めて初等学校に公的資金が導入されたころに始まっている(Leonard M "The School Governors Handbook" 1989 Blackwell Oxford)。 その時の資金は学校の施設・設備の整備と維持のために使われたという。学校理事会はその際に投入された資金の管理と出納を目的として設置された。

 

1861年には、当時の主だった9つの私立学校において運営の改善のために私立学校委員会が設置された。その委員会における審議においては、それぞれの委員は、めいめいの責任権限と、校長と委員の意思決定の優先度が定義されていた。当時の報告書には、今後の学校理事会というものがどういうものであるべきかが示されている。("Public School Commission" 1864※1974年教育省白書より重引)


 「この学校理事会は、学校の恒久的な利益を保護し受託する上で存在していかなければならない。委員会を構成するメンバーの個人的な利益や特定の地域の利益や地位、偏見などから影響を受けてはならないであろう。」

学校理事の権限に関しては、以下のように述べられている。

「少なくとも学校の財産の管理と出納の権限を含まなければならない。そして、校長の指名と解雇である。学校理事会全体の権限定義、入学金や支出金の決定、教員の給与決定、入学者の決定、休日の決定、生徒指導法の決定、そして学校全体の衛生管理を含めた学習環境の整備である。」

 授業の方法や生徒指導法、そして教職員の雇用に関する権限に関しては、校長の責任権限であるであるが、授業内容・カリキュラムに関しては、公的に認められた人間が設定していた。


 1895年の中等教育王立委員会の報告によると、中等学校は地方教育当局の権限下に移管するということが言われている。先行研究(Baron G and Howell D.A. "The Government and Management of Schools" 1974 Athlone London)によると、「その時から、学校理事会は中央集権的官僚制から学校を守るための組織となった」ということが言われている。1902年の教育改革法では地方教育当局の権限が拡大し、中等学校だけでなく、初等学校もその権限下となった。この法律によって、初等学校においては、地方教育当局から運営担当者が派遣され、中等学校では学校理事員として地方教育当局のメンバーが参加することとなった。

 1944年の教育改革法(バトラー法とも呼ばれている)では、中等教育を無償とすることが決定され、地方教育当局はその促進にあたることが決定された。この法律では初等教育において運営委員を置くことを決定し、中等教育ではすべての学校に学校理事員を置くことが決定された。その法律の中では、学校理事会の一般的な権限を定義しているが、

「地方教育当局が学校の教育方針と地方教育行政における位置付けを決定し、学校理事員はその学校のカリキュラムの指示にあたる」

と規定された。この法律によって、学校理事会は財政面、カリキュラム、そして組織に対しての影響力を失ってしまった、と指摘されている(Leonard M "The School Governors Handbook" 1989 Blackwell Oxford)。 1944年法では、学校理事会の構成や責任権限が不明瞭であったともいわれている。校長の権限や内部組織管理に関する責任の明記、学校運営や規則など、地方教育当局と学校理事会の権限分離の明確化が行われなかった。そして、ほとんどの地方教育当局は、1944年法の意図を無視する形で、学校をその権限下においた。1967年の時点では、公立学校に学校理事会が設置されているのは、イングランドとウェールズを合わせた4分の1以上の州でしか見られなかった。

1970年代に入ると、教育行政における効率性の議論が頻繁に起こるようになる。1976年、ラスキン大学において労働党のキャラハン首相は当時の公立学校の能力と現場の主観的な教育観を痛烈に批判したことで注目を集めた。その後、
National Association of Governors and Managers(学校理事会支援協会)などの団体が、学校理事会の役割の改革とコミュニティの参加を求めるようになった。

 政府はこれらの要求に対して調査委員会を設置して、地方教育当局・学校理事会そして地域コミュニティとの関係とその役割権限について調査を行った(DESイギリス教育省白書 1977年)
この委員会によってまとめられた報告書には、地方教育行政における、保護者と学校スタッフ、地域コミュニティ、そして地方教育当局との連携の重要性と、特定の利害に影響されない平等な関係の必要性が言われている。こうして1980年、1986年そして1988年法として学校理事会の権限について法制化が進められていった。

 

学校理事会の合理性

 イギリスの政策の中でも、公共活動重要な指標は、その施策が「予算に見合った効果をあげている」(Value for Money)がどうかであり、教育政策も例外ではない。この考え方は学校理事会の歴史を通して持たれていたものである。マホニーによれば、約100年前の学校に設置されていた学校理事会では「公的資金が学校財政に運用されるのであるから、その地域コミュニティに所属する納税者であるメンバーが、その資金が堅実に運用されるかどうかを確かめるために学校理事会に参加する必要がある」といわれている。

近年、日本においてもアカウンタビリティ(説明責任)という言葉が用いられる機会がふえているが、アカウンタビリティの概念は、この学校財政に関する議論までさかのぼることができる。学校財政だけでなく、学校の有効性の評価やカリキュラムを含めた学校全体のマネジメントに対してのものである。

「参加」という考え方は、学校理事会の存在理由を把握する上で重要なキーワードである。学校の運営に、地域コミュニティの「教育の素人」が参加していくことは、様々な批判や圧力を受けていたが、1967年の「プローデン報告」においては、初等教育における保護者の参加が指摘されていた。

1970年代に行われた学校理事会の調査では、イングランドとウェールズにおける学校理事会の現状をまとめている。1944年法によって規定された学校理事会は地方によって設置されている学校にばらつきがあり、その構成も統一的なものではなかった。そして労働党キャラハン政権下の1977年6月に『われわれの学校のための新しいパートナーシップ』(テイラー報告書)が出され、各学校に学校理事会を設置し、保護者・地域コミュニティと責任を分担し、協働することによって、学校教育の質の向上をさせていくことが提言された(小松郁夫「ボランティアの国の"不思議な"学校経営」月間高校教育 1999年1月号。 )


保守党政権における学校理事会に対する政策

〜保護者の参加〜

 1977年に提言されたテイラー報告書は当時の労働党政権下では実現されることなく、1979年に保守党のサッチャーへと政権が移ってからその重要性が認識されるようになった。経済問題やフォークランド紛争をはじめとした重要事項が山積していたサッチャー政権にとって、教育政策は当初の段階では優先度が低いものであったが、1984年にはテイラー報告書に対応する形で、『保護者が学校に与える影響』(Parental Influence at School)という白書がまとめられた。

 これは、民主主義的観点からの参加という議論の観点からではなく、教育システムにおける"消費者選択"を保証するための参加という観点を持つものであった(Bristow S "Parents, Power and Participation" Talking Politics Vol.2 No.3 Spring 1990)

この白書によって、1980年代の保守党政権の教育政策の基本的な理念が提示されている。学校の統治、ガヴァナンスにおいて保護者が広範に参加していくことで学校を改善していくという一つの概念が提示されたのだが、この段階では、その参加による協力関係がもたらす結果は明確に言われていないものの、保護者が学校理事会において多数派になるための法制の整備を提案していた。

1984年の白書では、「政府の見解としては、公立学校、特別学校における学校理事会では、教育における児童・生徒の保護者をパートナーとして位置付けるために、保護者は多数はとして構成されなければならない」と書かれている。

学校における保護者の存在を認めることで、政府は当時学校理事会の委員の多数派を占めていた地方教育当局の力を排除していくことを目的としていた。
しかし、実際のところは保護者が学校理事会でその責務を果たすために充分な権限が与えられておらず、明確ではないという指摘もある(Morgan A. "Parent Governor? That doesn't mean a lot, does it?" School Organization, Vol.10 No.1 1990)。 また、学校における保護者の地位はすでに強いものであり、法制によってその地位が確認されただけであるとも言われている(Dobson J. "The New Distribution of Power" Education Vol.175 No.13 March 30 1990)

それゆえ、近年の政府による保護者の理事の参加促進に関する運動においては、民族的マイノリティや労働者階級、そして女性の参加に焦点をあてている。
アン氏の指摘によると学校理事会のほとんどは中産階級の白人によって占められているという。


 「保護者の参加」は1979年来の保守党教育政策の根幹となり、1980年代を通して次々に法制化され、教育システムを競争原理によって統制していくことを目的としていた。基本的な平等という概念が、競争原理に置き換わっていったとの指摘もある。

「教育改革法の主眼点は、機会の平等を保障するという観点から、市場原理による差異や違いを重視するようになった。市場原理の要素とは、選択、競争、多様性、財政と組織化である」 (Ball S. "Politics and Policy Making in Education" Routledge London 1990, P61)


〜1986年教育法と1988年教育法〜

1986年の第2教育改革法と1988年の教育改革法によって学校理事会の権限や役割が再構築されることとなった。1986年法によって学校理事会の構成が変更され、保護者代表と共同選出代表が増加し、地方教育当局代表が減少する。そしてこの法制度によって地方教育当局によって定められていた学習カリキュラムをそれぞれの学校において修正することが可能になった。だが、これは1988年の教育改革法によって、イングランドとウェールズに対してナショナルカリキュラムが導入されたことによって、それぞれの学校はこれに従うこととなった。

 これらの教育改革法によってイングランドとウェールズにおいて提供される教育サービスは急激に変化した。この法制化は第3次サッチャー政権のもっとも大きな政策であり「おそらく1979年にサッチャーが政権について以来、社会政策全般における政府の介入がもっとも大きかった分野」 (Bash L. and Coulby D. "Contradiction and Conflict: The 1988 Education Act in Action" London Cassell 1991) との指摘もある。 しかし、その指摘のなかでは1988年法は概念用語の矛盾や経済政策との不一致も言われている。

また、1988年教育改革法によって、各学校の理事会は予算の運用権という大きな権限を地方教育当局から委譲されたのだが、予算の運用権が各学校に委ねられたことで、各学校の理事会は予算の範囲内で教員定数を定めることもできるようになった。

予算の配分は入学した生徒一人あたり(Per Head)で配分されるため、多くの生徒を入学させればさせるほど、自主的に運用できる予算を多く獲得できることから、入学者の獲得をめぐって各学校を競争させ、これを通じて教育の質と効率の向上を図ろうとするものである。逆に入学者が少なければ学校は縮小し、ついには廃校ということにもなる。


 

学校理事会の構成とその役割・機能について

〜学校理事会の構成〜

学校理事会の構成・役割に関しては、本研究の共同研究者である国立教育政策研究所の梶間みどりの文献を参照させていただいたことをお断りしておく。

 現在、イングランドとウェールズでは約24,500の学校理事会があり、34万人が理事として学校運営に関わっている。

1999年9月からの理事員構成は以下のようになっている。

・保護者代表理事(Parent Governors):保護者の中から選出された代表
・地方当局代表理事(LEA Governors):地方教育当局代表
・教員代表理事(Teacher Governors):教員の中から選挙で選出された代表
・職員代表理事(Staff Governors):職員の中から選挙で選出された代表
・創立者代表理事(Foundation Governors):各学校の創立に関わった諸団体の代表
・共同選出理事(Co-opted Governors):地域の教会、警察、産業界などの代表
・校長(Head Teacher)
・パートナーシップ理事(Partnership Governors):詳細は今後省令により規定
・第一号理事(First Governors):地方補助学校のみのもので、公立学校から地方補助学校に移行するときの公立学校当時の理事のことで、以降後数年間だけ設置される。

 理事の任期は4年となっており、欠員が生じたらその都度選挙が行われる。保護者代表選挙は、全ての親に選挙権と被選挙権があり、立候補を募る。立候補者は公約をあげ、その旨、全ての親にニュースレターで通知される。投票は郵送・無記名で行われる。立候補者がいないときには他の理事員により任命される。共同選出理事は簡単にいうと地域代表ということだが、共同選出理事の選出法は、他の理事員が選出し、3分の2以上の支持が必要となる。共同選出理事に関しては、学校財政管理の面から、会計学の知識を持つ人が重要視されている。

 以下に学校理事会のそれぞれの人数構成を示す。

出展:School Standards and Framework Act 1998, HMSO 1998

ここで着目したいのは、それぞれの学校理事会員の構成において単独では多数派となることができないということである。たとえば、生徒数600人以上の「中等学校標準規模」学校の学校理事会では理事員全体が20名となる。保護者単独では6名となっており、意思決定を行うためにはその他の構成者との意見の確立が必要となってくる。

イギリスの学校理事会を現地調査した梶間は、この意思決定にあたって校長のリーダーシップの必要性を強調している。「学校理事会が最高意思決定機関であるにしても、日常的な学校経営の責任は校長にあるので、校長の立場からすると学校理事会の信頼を獲得し、その上でどのような経営展開をするかが、自らの経営能力およびリーダーシップの質を規定するといえよう。」と述べている。


以下の表では、学校運営における校長と学校理事会の役割について簡単にまとめた。

区分
校長
学校理事会

 

教育課程(カリキュラム)

・法令及び学校の方針の枠内で教育課程を策定(全国共通カリキュラム8割・学校裁量カリキュラム2割)・教育課程の実施

・校長と協議の上、法令の定める範囲内で性教育を含む幅の広い均衡のとれた方針の決定

・宗教教育を含む全国共通カリキュラムに基づく教育課程の編成

・監査(Inspector)と校長からの報告による教育成果の確認

 

 

 

 

人事

・教職員の配置計画

・理事の委任に基づく教職員の人選

・教職員の指導・管理

・規律の維持、苦情・不満の処理について理事会あるいは人事担当委員会の求めに応じて報告

・理事会に代わって教職員及び団体と協議

・教職員規模の決定

・教職員の任用手続きの決定

・校長及び副校長の任命。その他の教職員の任命に関してはその任用手続きに従って参加

・教職員の給与、勤務条件、規律、定職及び解雇の手続き策定

・校長及び副校長の給与の決定、及びその他の教職員給与方針の承認・実施

※LEAは管理職教員の選考に助言を行う義務がある。

※職員給与は教育雇用大臣が定める全国教員給与等級表に従う。

 

財政

・学校予算案の作成

・予算の執行

・理事会(財務担当委員会)に定期的に会計報告

・予算についての最終的な責任

・予算の検討及び承認

・予算執行の監査及び結果の評価

・以上の点は、予算の承認を除いて校長を含む財務担当委員会に委譲可能


出展:文部省「諸外国の教育行財政比較」 1999


 学校理事会のメンバーは無報酬のボランティアの理事たちによって組織され、運営されている。保護者や地域代表といった人々が学校の運営に参加し、各学校の最高意思決定機関の一員として活動していくにあたり、多くのNPO団体や政府が学校理事としての能力の向上を支援している。政府がまとめた統計では、理事会の議長は学期あたり約40時間、その他の理事員は20時間を費やしている。学校理事員になるためには、地方教育当局による講習を受ける必要がある。政府は学校理事会メンバーへの情報提供のためにインターネットを通して様々な情報提供を行っている(イギリス教育技能省ホームページwww.dfes.gov.uk/schoolgovernors/index.shtml)。  また、学校理事員を支援するための機関としてはNational Association of Governors and Managers(学校理事会支援協会)があり、運営面に関する情報提供を行っている。

 

4.日本の教育行政へのインプリケーション

 統一試験制度と教育改革

2002年1月8日、アメリカのブッシュ大統領は全米の小中学生に毎年学力テストを実施するように義務付けるなどの包括的な教育改革法案に署名した、と報道された。 法案が義務付ける学力テストは、全米の公立学校に通う3年生から8年生(日本の小学3年から中学2年生に相当)の生徒が対象となっており、各州は2005年から毎年、全国基準の国語(読解)と算数のテストを実施しなければならない。各学校には成績の目標が示され、基準に達しない学校には、連邦政府から補助金が出される。それでも成績が上がらない場合、その学校の生徒は公費で家庭教師につくか、別の公立学校への転校が認められるという。

 初等・中等学校の生徒に対して全国統一試験を導入するアメリカの教育改革が、イギリスをモデルとしたかどうかはさておき、先進国の中でも、イギリスとアメリカが公教育を改善するために試験を行っているということになる。今後、アメリカでこの試験の結果がどのように利用されるのかは非常に興味深いところである。

 中央政府による全国統一試験の結果を基に、同様な条件を持つ学校・地区が比較されることで、校長や地方教育当局はその責任を言い逃れることができないという厳しい現実がある。しかし、それは同時に他の学校・地区の取り組みと比較することで、自分自身に足りないものを発見し、改善すべき点やその手法が明確になり、具体的な行動を促すこととなる。また、保護者や地域の環境が社会的に恵まれながらも、その人的・物的資源を生かすことのできない学校にはより厳しい目標が設定され、さらなる向上が求められる、ということである。

 一般的に言えば、教育の効果は測りにくいものである。人間を取り巻く、多くの環境要因が複雑に交錯し、因果関係が明確にしにくいものである。たった一度の試験で効果を測定し、推論を行うことは非常に困難であるが、この取り組みも、毎年行うことで、時系列的に扱うことが可能になり、なんらかの推論を行い、他の学校との比較も可能になってくる。

教育学者である藤田英典は、日本の教育改革論や教育問題で言われるスローガンを、次元と社会的なレベルという視点から、以下のようにその問題を分類している (天野郁夫、藤田英典、苅谷剛彦「教育社会学」放送大学教育振興会 1998年)


       レベル          次元

ミクロレベル 

(個人・相互作用)

ミドルレベル

(組織・制度)

マクロレベル

(文化・社会)

生活・活動 校内暴力・いじめ 校則・管理教育 ゆとり・豊かさ
文化伝達・社会化 落ちこぼれ・没個性 画一性・学力偏重 個性・多様性
選抜・配分 受験戦争・塾通い 内申書・偏差値 学歴主義
動機づけ・正統化 無気力・無関心 (信頼・公平) (正義)

日本における教育改革議論では、教育行政の組織・制度に対して「管理教育」や「画一性・学力偏重」という批判が存在する。試験は学力偏重を生み出すものであるという認識が強いことから、試験による弊害の指摘が根強い。

 イギリスの事例から明らかになったことは、教育行政組織が「同条件の他者との比較」で自らの組織の改善を試み、別の組織からも評価を受ける。そして評価を行う組織は、情報を出す、公表することで自らが評価をうけることになる。試験結果は自分自身の評価を行うための一つの指標であるということだ。

ここで、教育行政を簡単にモデル化してみる。教育行政は官僚ヒエラルキ組織である。自分にとって不利益な情報を提供すると、自分の立場が弱くなる状況においては、下位グループは上位グループに対して進んで情報を提供しない。
また、同位グループであるA、B、そしてCも互いに相手に対して、自分が不利になるような情報は提供しない状況である。

互いに協力関係をもつ、つまり情報の共有を行うことで、相手と自分を相対化することが可能になり、自らの改善のためのインセンティブ(誘引)となる。

このα組織系統とは異なる権限系統をもつβ評価機関がα組織系を評価するということは、上位グループと下位グループ間、そして同位グループ間の情報のやり取りを活性化させるということを意味している。情報が公表される範囲を特定することによってグループ間の情報の流通も制限することが可能になるが、イギリスの場合では評価に関する情報がほとんど公表されている。

イギリスの場合は、その際の評価の一手法として試験の結果が利用されているということである。