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本研究課題全体にわたる共通の問題意識として、脳神経回路発達の研究の 有効性を強調したい。現在の脳研究においては発達を終えた脳の研究が圧倒的に多 いが、発達を終えた複雑性の高く、また個体差の大きい脳神経回路網の情報伝達モ デルの解明は、脳神経回路網発達のプロセスの解明に比べてはるかに難解である。 それに対し、脳神経回路発達の研究は、段階的な脳機能の発達と対応付けることが できる。
「ミクロ・マクロ双方の規模における大脳皮質神経回路形成プロセスのモデル構築」 という研究課題名の文字通り、今年度からはミクロ・マクロ双方の規模に おける研究を行った。それぞれのアプローチの問題意識は以下の通りである。
<マクロな規模における大脳皮質神経回路形成プロセスのモデル構築>
特に高次脳機能は、ミクロレベルでの神経細胞の活動に基づくものではなく、大脳 皮質全体の活動が統合された結果によって実現されている。従って、このような脳 機能解明のためには、これまでのようなミクロレベルでの研究ではなく、大脳皮質 全体を取り扱うマクロな視点からの研究が必須となってくる。
<ミクロな規模における大脳皮質神経回路形成プロセスのモデル構築>
一方、ミクロレベルでの神経活動のモデリングにおいても従来の神経細胞のモデル は主として電気的特性のみに焦点が当てられており、生物学的に意味のあるモデル は皆無に等しい。
マクロなアプローチからの研究は、データベースではカリフォルニア大学、 モデル構築ではロンドン大学脳認知発達研究所とコラボレーションを行った。1つ のコンパートメントを細胞群で表現し、population density approach (Nykamp et al., 1999)を用いて、多数の神経細胞の活動を近似する手法で、局 所回路モデルの実装を永安を中心に進めた。また、福田は前頭葉と大脳基底核を中 心とした神経回路網の発達のコネクショニズムモデルの実装を進めている。
ミクロなアプローチからの研究は、E-cellシステム上に構築中であるバー チャル神経細胞(E-neuron)に成長円錐の伸展モデルとシナプスの LTP(長期増強)モデルを構築し、既存のモデルの追実験を中心にシミュレー ションを行い、既存モデルの結果と高い整合性を持つことができた。また、既に追 実験を超えたオリジナルの反応経路を加えた研究も始めている。
今年度のはじめに以下の5つの研究計画を掲げたが、それぞれの研究がが バランスよく捗ったということができる。特にWWW上でアクセス可能な解剖学的デー タベースシステムの構築、ヒト大脳皮質の発達における神経回路網の変遷とその考 察の研究については、多数の学会発表を行った。
- WWW上でアクセス可能な解剖学的データベースシステムの拡張
- 解剖学的データ解析による哺乳類の諸動物とヒトとの認知発達・行動発達の比較検討
- ヒト大脳皮質全体にわたる発達過程のモデル構築
- バーチャル神経細胞E-neuronの拡張
- E-neuronによる成長円錐伸長シミュレーションモデルの構築
それらは、多数の学会発表や論文発表等のかたちで成果として表れている。 以下は今年度の活動概要である。
日時 場所 活動内容 文献番号 2001年 5月 島根県民会館
福田が2001年度人工知能学会全国大会に参加/発表。 前川が2001年度人工知能学会全国大会に参加/発表。 永安が2001年度人工知能学会全国大会に参加/発表。
1 2 3 2001年 6月 Boston, USA 福田がFifth International Conference on Cognitive and Neural Systemsに参加/発表。
4 2001年 7月 Pacific Grove, USA 福田がComputational Neuroscience Meeting 2001に参加/発表。
5 2001年 12月 パシフィコ横浜
渕側が第24回日本分子生物学会年会に参加/発表。 菊池が第24回日本分子生物学会年会に参加/発表。
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カリフォルニア大学(UCI)
本研究に関する結果のうち、カリフォルニア大のグループの成果は数々の学術論文 以外にも2000年1月4日のNew York Timesの科学面1面で取り上げられている など、幅広い関心を集めている。カリフォルニア大学医学部解剖学科教授のFallon 氏には、解剖学的知識を、カリフォルニア大学認知科学科助教授のShankle氏には、 データ解析の手法や、認知科学的知識を提供し続けてもらっている。我々の研究は、 Computational Neuroscienceという分野にあたるのだが、学際的な最新の知識の必 要を迫られており、かつ、日本が遅れをとっている分野でもあり、国際共同研究は 我々にとって不可欠のものと言える。また、データを共同で解析しておりことや新 たなデータの提供がカリフォルニア大のグループにもたらされることから、今後と もカリフォルニア大との共同研究は大きな成果をあげていくことが期待されている。
ロンドン大学脳認知発達研究所(CBCD)
ロンドン大学脳認知発達研究所(CBCD, Centre for Brain and Cognitive Development)は、ヒト大脳皮質の発達に関して、実験からモデル構築まで様々な アプローチからの研究が行われている。ここ2年の間にも、モデルと実験の双方で Science, Nature Review (Neuroscience), Current Opinion in Neurobiologyなど の学術論文誌に論文を掲載しているほか、2002年1月15日付けの産経新聞1面で紹介 されるなど日本でもその知名度が高い。本研究では、主にJohnson教授、Mareschal 博士、Spratling博士の協力のもと、ヒトの高次認知発達において重要な役割を果 たすであろう神経回路として、前頭葉と大脳基底核を中心とした回路に着目し、関 連論文をサーベイするなどし、議論を重ねた。マクロなアプローチからの研究では、 モデル構築から、それに関連する実験計画(ERP測定など)の知見をCBCDの研究者 から得ることができるという効果は大きい。
以下に今年度の成果として、それぞれの発表を列挙する。
- 福田 竜太, 原 淳子, William R. Shankle, 冨田 勝,
"ヒト大脳皮質の解剖学的データベースに基づく脳全体の発達のネットワークモデ ルの推定",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- 前川 盛行, 小川 健二, 渕側 太郎, 安部 路子, 福田 竜太, 冨田 勝,
"E-Neuronプロジェクト: E-CELLシステムを用いた神経細胞モデルの構築へ向け て",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- 永安 悟史, 福田 竜太, 冨田 勝,
"population density approachと解剖学的データを用いたヒト大脳皮質コラム構造 モデルのシミュレーション",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Estimating cortical connectivity of developing human cerebral cortex",
Fifth International Conference on Cognitive and Neural Systems (ICCNS), Poster Presentation, Boston, U.S.A., June, 2001.
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Developmental Transition of Human's Cortical Connectivity",
Computational Neuroscience Meeting 2001 (CNS*2001), Poster Presentation, Pacific Grove, U.S.A., July, 2001.
- 渕側太郎,小川健二,前川盛行,安部路子,福田竜太,菊地進一,冨田勝,
"E-Neuron プロジェクトにおける化学シナプスの構築",
第24回日本分子生物学会年会, ポスター発表, パシフィコ横浜, 2001年12月.
- 菊地進一,北川統之,安部路子,渕側太郎,小川健二,柚木克之,竹居光太郎,冨田 勝,
"E-CELL システムを用いた神経成長円錐のシミュレーション",
第24回日本分子生物学会年会, ポスター発表, パシフィコ横浜, 2001年12月.