2001年度 森泰吉郎記念研究振興基金 
研究助成金報告書
「国際共同研究・フィールドワーク研究費」

研究課題名:
災害リスクマネージメントの研修ツールの運用可能性

研究代表者:
慶應義塾大学総合政策学部・教授・梶 秀樹

1.研究の背景と目的

本研究は、国際連合地域開発センター(UNCRD)、米国太平洋災害センター(PDC)、アジア防災センター(ADRC)の3機関と共同で実施している、アジア太平洋諸国の防災情報ネットワークシステム構築プロジェクトの一環である。本年度は、昨年から開発に着手した、開発途上国の防災関係者の防災能力向上を目的とした、災害予防計画策定に関わる研修用プログラムを、フィリピン火山地震研究所の協力により、試験運用しその運用可能性を探ることを目的とする。

2.モデルの構造
本研究では、以下に示すモデルの構造(図1)となっている。
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図1:モデル概念図
本研究で取り上げるの問題の構造は次の通りである。第1段階は、研究対象となる街(行政区もしくは街区や小地域)において、防災計画を実施の有無によって街がどのように変化するかを、予測モデルによって予測すること。第2段階では、それぞれの街の状態で、もし、地震が発生したと仮定した場合、どのような被害が発生するのかを地震被害予測モデルによって予測を行う。
まず、第1段階ではシステムダイナミクスを用いた都市成長モデルを用いて、都市居住者数の予測を行った。ここでは、単に時系列に従った都市居住者数の予測を行うだけではなく、土地利用の変化(ニュータウンの開発、用途地域の変更、工場や商業施設の新設立地)を考慮した都市居住者数の予測を行っている。これに加えて、本研究では、都市に災害(ここでは、地震が発生すると仮定)が発生した場合、どのような都市防災計画が有効であるかを計画策定者(たとえば、行政担当者や街づくり)検討することが主眼であるため、建物不燃化促進事業、公園や道路の新設といった事業を行った場合の事業費を勘案した都市の将来予測を行っっている。
第2段階では、都市において地震が発生した場合、どの程度、被害が発生するかについて予測を行わなくてはならない。そのためには、ある前提条件の下での被害予測シミュレーションモデルが必要となる(この被害予測のフレームワークは、次章で詳しく述べる)。ここで行うことは、地域防災計画の種類と整備の順序を検証することが可能となっている。その方法は、以下の通りである。

表1:都市の状態における被害想定
 現状(A)将来・整備なし(Bt)将来・整備あり(Ct)
被害想定E(A)E(Bt)E(Ct)

 ここで、現状の都市の状態をA、いづれの防災事業を行わない都市の状態をB、いづれかの防災事業を行った都市の状態をCとして表すこととする。ただし、防災事業は長期(例えば5年計画)に渡って実施される場合があるので、実施年度をtとして明示的に導入する。さて、被害予測シミュレーションモデルによる結果をEとして表すと、それぞれの状態における被害想定は、それぞれ、E(A),E(Bt),E(Ct)として表すことができる。これらを用いることによって、次の比較を行うことが可能となった(表2)。ここでは、整備事業を行う順序をsとして表す。

表2:防災事業の評価
 基準項目比較項目
防災事業の整備順序E(A)E(Bst)
建物等の老朽化による被害E(A)E(Ct)
時代変化を考慮した個別防災事業の効果E(Bst)E(Ct)

まず、E(A)とE(Bst)を比較することによって、防災事業の整備順序の検討を行うことが可能となる。つまり、ある防災計画事業(ここでは、a,b,gの3種類しかないとする)をどのような順序で行えばよいかということについては、6通りの組み合わせがある。計画立案時にはどのような順番で整備を行えばよいかということについては、類似都市を参考にしたり、過去の経験に従って立案されることが多い。しかし、対象となる都市では、その都市独自の特徴(たとえば密集市街地からなる都市であったり、住民の多数が老齢者であるなど)があり、これらの特徴をふまえた防災計画(整備順序を考慮する)
を立案することが必要である。そこで、t=1にはa整備事業を、t=2にはb整備事業を、t=3にはg整備事業を実施する防災計画をsとする。すると、E(A)とE(Bs1)、E(A)とE(Bs2)、E(A)とE(Bs3)の比較をすることによって整備段階における被害を予測することが可能となる。さらに、整備事業の順序を変え比較することによって、地震の被害を最小にする事業の実施順序を明らかにすることが可能となる。
次に、E(A)とE(Ct)を比較することによって、建物の時代効果というべき老朽化の影響を明らかにすることができる。つまり、いづれの防災事業を実施しないとすると、時代が経つにつれ建物は老朽化し地震によって倒壊しやすくなり、その効果をE(A)と時代ごとE(Ct)ごとに比較することによって明らかにすることができる。
最後に、E(Bst)とE(Ct)を比較することによって、時代変化を考慮した個別事業の効果を測定することが可能となる。ここでは、時代(t)をそろえることによって、同じ時代でも、防災事業を行った場合とそうでない場合を比較することによって、防災事業の効効果をネットで測定することが可能となる。

3.被害想定のフローチャート
本研究で想定している被害想定は、以下の通り(図2)である。
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図2:被害想定のフローチャート
まず、モデルの前提条件として、地震の規模を任意に設定する。そこで、この地震が発生したとした場合、建物の構造や築年数を考慮して、建物の倒壊数を建物東海モデルを用いて予測する。さらに、地震によって火災も発生する(過去にも関東大震災、福井地震、阪神淡路大震災発生時には火災が発生している)と想定し、1棟延焼モデルによって焼失建物数の予測を行う。この被害想定モデルによって測定できる項目は、1)対象地域の建物全壊数、2)対象地域の延焼建物数、3)避難完了時間、4)避難開始のための最遅時間、の4つである。

4.途上国での運用可能性
本研究で構築したモデルは、東京都練馬区をモデルとして策定しているため、途上国において有効に活用できるかどうかを検証する必要がある。そこで、このモデルを運用可能性を検証するために、フィリピン火山地震研究所と共同で、Oriental Mindro県でのヒアリング調査を行った。
Mindro島は、マニラの南約130Kmに位置する美しい島である。面積は山梨県程度で、人口は約100万人ほどであり、Oriental Mindro県は島の東側に位置する。Oriental Mindro県では、1990年から「Mindro 2000」という地域総合開発計画を行っていたが、1992〜93年に3つの台風によって総額12億ペソ(約50億円)の経済的ダメージを受けている。これは、Mindro 2000に防災計画が含まれていなかったために起因するとして、その後、Mindro 2000を大々的に見直し、防災計画を含んだものとして改訂されている。
今回、調査に訪れた結果、以下の通りである。1)防災計画の有効性が不明なこと、2)防災計画の実施の困難さ、である。1)については、防災事業(たとえば橋梁の強化)を、防災計画に従って行っているが、現在でも、雨期になると河川の水量が増し橋梁が
破損してしまうなど、事業の効果に対して疑問が出ている。これは、明らかに事業手法や事業の実施順序が不適切であるために発生していることと考えられる。すなわち、河川の拡幅やダムの設置といった事業といった河川の水量に影響を与える要因をコントロールすることより、安価で整備できる部分から整備した結果、依然として治水を実現することができない状況に陥っている。2)は非常に大きな問題が根底にあることが明らかになった。93年時点において、台風によって津波も同時に発生しているが、これにより多数の住民がなくなっている。これらの人々は、途上国特有の不法占拠住民であり、現在も、多数の住民が危険な箇所に居住している。行政としても、より安全な箇所への移住事業を進めているが、なかなか進んでいないのが現状である。その原因として、失業による低収入が問題となっているが、地元NGOが事業を興して収入確保の手段を提供しているが、単純労働が主であるため低賃金であり、不法占拠地域から抜け出すほどの収入を提供できているわけではない。
実際に調査によって、本研究で構築したモデルを途上国に適用するには、インフォーマルセクターをモデルの中に組み込む必要性があることが明らかになった。


5.結論
本研究では、東京都練馬区を対象とした災害リスクマネージメントのための研修ツールの基礎となるモデルの構築を行った。しかし、途上国においては、独自の問題(社会の中に占めるインフォーマルセクターの比率の大きさ)があり、本研究で構築した研修ツールをそのまま適用することはできないことが明らかになった。今後の課題として、単に災害だけを取り扱うのではなく、社会学的なアプローチが必要なことがあげられる。

付録1.研究体制
梶 秀樹慶應義塾大学・総合政策学部・教授予防計画に含むべき対策の整理
塚越 功慶應義塾大学大学院・政策メディア研究科・教授予防対策の被害低減効果の検証
石橋 健一慶應義塾大学・総合政策学部・講師ユーザーインターフェイスの改良
藤岡 正樹慶應義塾大学大学院・政策メディア研究科・博士課程シミュレーターの検証
(外部協力者)  
吉村 輝彦国際連合地域開発センター(UNCRD) 
Paul A. Deer米国太平洋災害センター(PDC) 
小川 雄二郎アジア防災センター(ADRC) 
R. Punonbayangフィリピン火山地震研究所 
   


付録2.データ
東京都練馬区土地データ    
 単位北町1丁目北町2丁目北町3丁目
土地面積 ha25.9225.2616.27
人口 452261491833
人口密度人/ha174.5243.4112.7
宅地面積ha17.8717.499.3
公共用地ha1.611.751.96
商業用地ha4.043.31.9
住宅用地ha10.3311.83.43
工業用地ha1.890.642.01
空地系ha3.091.971.83
屋外利用地ha1.941.191.16
未利用地 ha1.150.780.67
公園・運動場ha0.180.650.34
公共系ha0.180.510.34
民間系ha00.140
農地ha000.08
森林・原野ha000
河川系ha000
交通系ha4.785.154.72
鉄道ha0.260.170.24
道路ha4.524.984.48
住宅用紙内数(独立住宅用地)ha6.914.271.54



東京都練馬区建物データ    
 単位北町1丁目北町2丁目北町3丁目
合計    
棟数1062706333
建築面積平米829907601439655
耐火    
棟数14218749
建物面積平米289163818713529
準耐火    
棟数12913953
建物面積平米7693963210429
防火    
棟数580314115
建物面積平米35269238366764
純木造    
棟数21166116
建物面積平米1111343568933
1階建て    
棟数15511950
建築面積平米799882377695
2階建て    
棟数724403202
建物面積平米457973194314470
3階建て    
棟数1219848
建物面積平米14105117828054
4階建て以上    
棟数448633
建物面積平米15090240529435



東京都練馬区・その他データ    
 単位北町1丁目北町2丁目北町3丁目
平均階数2.72.92.8
中高層化率18.231.623.8
建蔽率46.543.542.6
容積率126.8128117.4
木造家屋密集度17.911.29.6
不燃化率44.162.960.4
住宅地比率57.867.536.8
平均敷地面積平米168.2247.7279.3
独立住宅の平均敷地平米116.3161.3115.7
独立住宅の床面積平米103.3130.394.1
戸数密度戸/ha204.2223.2247.2



   公共施設の配置及び規模     
   道路拡幅道路延長公園・緑地建築面積敷地面積総事業費
  hamm平米平米平米(億円)
1西神田3丁目北部東地区0.953.9433 27001620%205
2神保1丁目南部地区2.581775 810014100673
3西神田3丁目北部西地区0.930.35310 19006020250
4晴海1丁目地区1066.5990 695001702001521
5月島駅前地区0.931.8334 34005680242
6日本橋浜町3丁目西部地区1.851.5443 61008800361
7日本橋人形町1丁目地区0.620195 19003400128
8六本木1丁目地区3.250560 1430014200856
9六本木6丁目地区11942350 586007153002450
10白金1丁目2.5557001070860015900434
11西新宿6丁目地区2.226540 860014820692
12西新宿6丁目第1地区1.449.8470 503010010797
13新宿3丁目東地区0.631120   160
14後楽2丁目東地区1.11.2370 62408900242
15小石川柳町地区0.833270 36005500144
16古石場2丁目地区0.87.9107 310026900132
17白河3丁目地区0.635275 23003900129
18白河・三好地区2375703000700025200237
19豊洲駅前地区1.3970 47007200200
20大崎駅東口第2地区5.924.5887140022900424001666
21西大井駅前南地区0.815255 34005600110
22東五反田2丁目第1地区1.923.556015506740014000273
23東品川4丁目地区9.668.414252500467001452001500
24上目黒2丁目地区1.239400120435006980350
25祖師ヶ谷大蔵駅南地区0.313.5150 1800560059
26野沢4丁目地区0.550.5260 1600240067
27二子玉川東地区117720702520546001446001300
28代官山地区2.225.5495365820017200598
29中野坂上中央1丁目西地区0.947.8310 29004800212
30東池袋4丁目地区1.648.5580150053009400590
31東日暮里5丁目地区0.721.5299 30004800113
32町屋駅前南地区0.616339 29004700142
33ひぐらしの里西地区0.31994 1200176583
34浮間船駅前地区0.56224 2400410079
35石神井公園北口地区1.624400 60008715298
36大泉学園前地区2.149600 57107510716
37北千住西口地区2.6421370 990010342480
38竹ノ塚駅西口南地区0.926.5395 39006000141
39八日町第2地区0.822340 38006700194
40八王子駅南地区21290 820010300235
41立川駅南口第1地区0.614116 31003400102
42府中駅南口地区3.890.7810 72665950253
43国領駅南地区1.54738083058007293216
 平均値236.903528.631593.91183736567456.51



東京都練馬区防災事業
 名称
1防災生活圏促進事業 
2都市防災不燃化促進事業 
3市街地再開発事業 
4住宅市街地整備総合支援事業 
5密集住環境市街地整備促進事業総合住環境整備事業コミュニティー住環境整備事業 を含む
6街なみ環境整備事業 
7東京都木造密集地域整備促進事業 

謝辞:
本研究を進めるにあたり、梶研究室・矢作真理君には資料収集を助けていただいた。ここに感謝の意を表したい。