[ 国際共同研究・フィールドワーク研究 ]

研究課題 ポストモダン・マーケティングの日米合同研究
氏名 M2山本真郷 M1渡辺寧 M1米永隆
帰属 ITビジネスプログラム 
サイバースペースマーケティング・プロジェクト  桑原研究室
渡米時期 2002年2月



■ 研究報告書目次 ■

  1. 研究プロジェクト概要

  2. 問題設定

  3. アプローチ

  4. 研究成果項目

    • ホルブルック教授との意見交換
    • 米国インフォーマントによるステレオ・フォト・エッセイ解釈プロジェクト
    • 日米における「消費経験」の合同解釈用ウェブサイトの構築

  5. 今後の展望

  6. 参考文献




今日、消費者研究における潮流に『ポストモダン消費者研究』というものがある。これは、科学的・実証的パラダイムに基づく、従来の消費者行動研究とは異なり、より自由な知識のあり方を受け入れ、消費者の姿をより深く捉えようとする新しいパラダイムである。その為、実証的データだけでなく、エッセイ、写真、音楽、文学作品、そして演劇などの消費者の関与度の高いものを取り上げてるのが一つの特徴である。本研究は、ポストモダン消費者研究の一手法であるステレオ・フォト・エッセイ法を用い、同じ消費社会に属しながらも異なる文化をもった日米における消費者の違いを、「ペットと人間の関係」を中心に考察することを目的としている。 ニューヨークコロンビア大学のモリス・B・ホルブルック教授のもとへ訪問し、意見交換、共同研究の打合せ、データ交換、そして帰国後の日米共同研究用のウエブサイト構築に向けた打合せを行った。

 

桑原研究室 ではポストモダン消費者研究の活動の一貫として、このステレオ・フォト・エッセイ法に基づく消費者アプローチを実践してきた。桑原武夫助教授、及び過去の研究会に所属する学生による研究成果をレビューしていく中で、日本と海外の消費者を比較研究することで消費者研究の領域に貢献をしたいと考えるに至った次第である。 今回の研究では、コロンビア大学のホルブルック教授がサンプリングしたステレオ・フォト・エッセイとその解釈結果に加えて、日本で集められたフォト・エッセイも考察の対象とした。本研究では、特に『ペット』という対象に焦点を当て、それにまつわる日米の消費者意識の差異を測ることをその主要なテーマとする。

動物と人間との関わりは古くからあるが、動物が愛玩の対象、つまりペットとして人間の生活に根付き始めるのは、欧米では18世紀後半から19世紀にかけてで、日本では明治に入ってからである。現在は空前のペットブームと言われているが、飼い主の意識やペットを取り巻く社会的な環境の整備はペット先進国と言われる欧米にはまだ遅れているところがある。(宇都宮、1999)事前に十分な知識や情報を得ないでペットを飼い始めた結果、「大きく育ちすぎた」や「手間がかかる」といった理由で飼うことを放棄してしまう飼い主や、ワクチンや衛生管理などの責任を十分に果たさないまま売ることだけを重視する業者、また動物虐待に対する基準が不明確な法律など問題は多い。しかし、動物に関わる法律の整備を求める団体の発足や飼い主の意識を向上する多数の専門書の存在、ネットを媒体とした飼い主間のコミュニティの形成など、徐々にではあるがペットを取り巻く環境は欧米などに近づきつつある。(宇都宮、1999)「コンパニオンアニマル」や「ペットロス」などの言葉からも分かるように、ペットの存在が消費者の生活にもたらす意味は大きくなりつつあり、今後もますます意味をもってくるであろう。また、1999年に発売されたソニーの犬型ロボット”アイボ”を初めとしたペット型ロボットも消費者の人気を集めており、こうした自律型ロボットが今後消費者の生活とより密接な関連を持っていく可能性は大いにある。今後もし、アイボのような疑似動物がペットとして定着していくのであれば、ペットと人間の関わり方にも変化が起きるだろう。こうした背景のもと、ペットという存在を消費者がどのような受け止められ方をしているのか、ということを捉えることにも意義があると考える。「対人関係の希薄化」や「個性化」といった言葉が今の時代の風潮を表す言葉として使われて久しいが、人間と深い関わりをもつペットが果たせる役割を飼い主自身の視点から知ることによってペットの位置づけを調査するのが今回の研究の目的である。

今回は、日本、アメリカ、二つの国の消費者のペットに対する意識の比較も行う。動物に対する見方というのは、国や文化、宗教によって多様である。例えば、アニマルライトという概念を例にしても、このような「動物の権利」という発想は主にキリスト教やイスラム教などの一神教から出ているとされる。動物が権利を持つという思想の背景には人と動物も同じ神によって創造されたものであるから、そのかぎりにおいて両者は平等であり、人は動物にも一定の権利を認めざるを得ないという認識があるというのがその説明である。その一方で仏教の教義では、人間の世界は動物、つまり畜生の世界よりも上に存在するというより明確な人間中心主義の考えを持っているが、殺生の戒めにより動物と人間の地位のバランスを保っているという見方がある。(中村、1997)この例は飽くまで人間と動物全般との関わり方を宗教という側面から見た例に過ぎず、ペットと飼い主との関わり方に直接関わるとは簡単には言えない。しかし、成熟した消費社会に属する二つの国の消費者がペットに対する意識にどのような共通性があるのか、もしくはないのかということを調査することができれば、それは今後の研究の枠を広げることにもつながると考える。

 

 

消費経験への注目

伝統的マーケティングの領域では、消費者の購買行動における意思決定プロセスやその決定要因が主な焦点となっており、合理的な枠組みの中で厳密な仮説検証や詳細なモデル構築が重要な位置をしめていた。その一方で消費者の情動的な側面に着目し、消費者の喜怒哀楽に代表されるような感性的な側面を重視したいわゆるモチベーション・リサーチが消費者行動研究の一環として行われたのは1950年代頃のことである。その後、1980年前後に、購買後における商品評価や商品使用の実態、生活の中での消費者にとっての商品の意味や役割など、消費という行為をより広範な枠で捉えて研究するという流れが着実に根づき始めた。

今日では、消費者研究が対象とする領域は、従来の購買行動の領域を大きく超えている。通常の商品やサービスに加え、イベント、知識、芸能人、そして場所にまでもを対象とし、購買による『獲得』だけではなく、『使用の過程から廃棄に至るプロセス』へと拡大され、また、そこに生起する消費者価値(consumer value)こそが、消費者のニーズを満たすものであり、これと深く関わる消費経験の探求が消費者研究の重要な研究課題となっている。(モリス・B・ホルブルック)

 

説明から理解へ

科学的、客観的、実証的枠組みによる従来の消費者研究の手法から、消費者の『消費』という行為に関わる感性的な側面やその人の人生の物語的な側面、つまり消費経験を研究対象とするアプローチへの変化は一般にモダン、ポストモダンの対比として捉えられる。(桑原、2001)後者を一般にポストモダン消費者研究と呼ぶのだが、この分野にはさまざまなアプローチ方法がある。解釈主義的なアプローチとも呼ばれ、人のもつパースペクティブに着目するのがこのアプローチのひとつの特徴である。社会的な事象を事象として独立させるのではなく、その人自身がそれをどのように捉え、どのように把握するのかという個々の世界観に着目し、それを解釈していくという試みである。そのほかにも、CMやテレビ番組、広告などの社会文化現象を解釈するという手法もある。この根底にある目的は実証主義的なアプローチが行う『予測』や『説明』よりもむしろ『理解』にあると考えられている。

 

ステレオ・フォト・エッセイ法

そして、解釈主義的なアプローチの提唱者の一人であるニューヨークコロンビア大学のモリス・B・ホルブルック教授は、具体的な消費者へのアプローチ方法として、ステレオフォトエッセイ法を総合政策学部の桑原武夫助教授と推し進めている。インフォーマントである消費者は、ある与えられた消費に関するテーマに対し、写真を撮る場面を自ら選択し、また写真に纏わる文章(消費物語)を一定の長さで書き上げる。この一連の作業を通じて、消費者は自分と向き合い(セルフイントロスペクション)、今まで考えたこともない自らの消費について深く考えることとなる。こうして得られたデータは、通常の質問紙調査による市場調査とは異なり深い情報(人生の物語的な側面)を含んており、分析者のハーマニューティクス(合同解釈)を経て隠れた消費の意味が浮かび上がってくる。このようなアプローチは現象学的でかつ、主観主義としての要素を多分に含んでいる。成された解釈に正解はないし、不正解もない。ハーマニューティクス(合同解釈)に関しても、複数の人数で解釈することで有効性を高めようとするものではなく、『響きあい』の中から新しい知見を求める活動として行われている。これが我々が今回、実施する研究の方法論である。

対象に対して、消費者によって主観的に語られた思い(物語)を集め、それらを解釈していくことによって、質問紙調査などの実証的分析では測れない部分が見えてくる可能性は大いにある。そして、そのような解釈を異なる言語をもつ者同士が行い、共有することによって、同じ消費社会に属しながらも異なる文化をもった日本、アメリカという国の消費者の姿の違いとを捉えるということが今回の研究の方向性と望まれる成果である。

 

 

ホルブルック教授との意見交換
ポストモダンマーケティング研究に取り組む中で、私たちはこうしたやや抽象的な手法がどのようにして実際上のマーケティング活動へ適応が可能であるのかということに関して議論を重ねてきた。数量的なアプローチと異なり、特にステレオフォトエッセイの解釈によるアプローチは、一人一人のインフォーマントのエッセイと写真の解釈を通じて消費者の理解を行うことを目的としている。マーケティングの実務に携わる人びとにとって、「マーケット規模」は大きな関心事である。この為、ポストモダンマーケティング的な手法を通じて得た消費者理解を一般化してよいのかどうか(言い換えれば、少数のデータの解釈を経て得た知見を大きな消費者セグメントの話として一般化してよいのか)ということは、実際上のマーケティング活動への適応を考える上で大きな問題となる。ポストモダンマーケティングは、豊かな消費者理解を目的としているため、マーケティングへの適用に関しては重きを置いていない。しかしながら、「豊かな消費者理解」を実際上のマーケティング戦略に結びつけることが出来たならば、これはマーケティング実務に携わるものにとっても大きな収穫となる。こうしたポストモダンマーケティング手法のアプリケーションに関して、ホルブルック教授と意見を交換した。今回の意見交換の中で、やや意外だったのは、ポストモダンマーケティング領域で研究成果を発表しているホルブルック教授は、伝統的な数量ベースのマーケティング研究を止めたわけではなく、両方の立場を踏まえながら研究を行っているという事実である。これがおそらく、"Walking on the Edge"(異なる立場の接合点を歩く)という立場を折に触れて表明しているホルブルック教授の実際なのだということを改めて確認した。ポストモダンマーケティング手法は、「抽象的である」「現実的なアプリケーションに欠ける」「物語に過ぎない」というような批判を受けることが多い。こうした批判はポストモダンマーケティングを単体として見た場合(つまり、Edgeの片方だけに着目した場合)に起こるものである。伝統的マーケティングとポストモダン的マーケティングの両方を見つめつつ活動を進めたときに、ポストモダン的手法を用いることの意味はより一層大きくなるのだというメッセージを伝えることは、今回のプロジェクトに参加し、ホルブルック教授の考えを学んだ我々の義務であると考えている。

今回のフィールドワークにおいて、ホルブルック教授より直接的にご指導頂けたことは、我々にとって非常に貴重な経験となった。モダン及び、ポストモダン・パラダイムに対するスタンス、ポストモダンへの転機、またマーケティング全般に対する考え方など、実りのあるお話を通じてポストモダンという領域に今まで以上に惹きこまれることとなった。今回の過密なスケジュールにも関わらず対応頂けたことをこの場を通じて感謝したい。

 

米国インフォーマントによるステレオ・フォト・エッセー・データの解釈プロジェクト

帰国後も継続的に国際共同研究を実施したい旨を伝え、米国のインフォーマントからサンプリングされたステレオ・フォト・エッセーのデジタルデータを提供してもらうことができた。題材は「私にとってペットとは」と「私の幸せ」の二つで、それぞれ100サンプル程度掲載されている。ホルブルック教授による解釈結果も掲載されたデータということで、非常に興味深い。

Data sample

sv40f Cuban-American Computer Consultant

Happiness is (fortunately/?unfortunately) not a 'thing-out-there' that can be photographed. For me, happiness is a choice, a consciousness, a state of mind. I took a picture of one of my cats, April. To me, this picture signifies the love that creates happiness -- not only because she is warm, safe & relaxed, but because she brings me the sense of love that defines our relationship.

 



日米における「消費経験」の合同解釈用ウェブサイトの構築

事前の研究活動を通じて、「消費経験」の合同解釈を実践することのできるウエブサイトを構築していたので、その精度を検証することした。現在、クローズドの掲示板を使用しているが、スレッド形式への変更とコメントチェーンを視覚化する機能を取り入れる。

 

最後に、今回のフィールドワークの実状に触れたい。基金申請当初は、昨年9月に1ヶ月間の米国滞在を予定していたが、ニューヨーク同時多発テロの影響で先送りとなり、今年の2月に1週間程度の滞在となってしまったことが非常に残念である。その為、現地の研究者と本格的な共同研究とまでは行かなかった。今後は、現地で得られた結果や知見、そしてネットワークを活かし、また提供頂いたデータを使い、Web上でのステレオフォトエッセイ解釈の実践をクロスカルチュラル的に行っていく。また、研究成果を公に発表していきたいと考える。   

 

井上崇道(1999)「消費者行動研究の新潮流」『明大商学論叢』81(3,4)349-365

井上崇道(2000)「消費者行動研究における文化論的視点の重要性」『明大商学論叢』82(1)160-174

Hirshman,Elizabeth C.,and Holbrook,Morris B.(1992) "Posmodern Consumer Research:The Study of Consumption as Text" Sage Publications

桑原武夫(2001)「ポストモダンアプローチの展開と構図」『ハーバードビジネスレビュー』26(2)、118−122、ダイヤモンド社

Holbrook,Morris B.(1988)The Psychoanalytic Interperetation of Consumer Behavior:I Am an Animal.Research in Consumer Behavior,Vol.3,149-178

Holbrook,Morris B.(1996)Special Session Summary.Customer Value: A Framework for Analysis and Research,23,138-142

Holbrook,Morris B.,Chestnut,R.W.,Oliva,Terence.A.,and Greenleaf,Eric.A.(1984)Play as a Consumption Experience:The Role of Emotions,Performance,and Persolnality in the Enjoyment of Games.Journal of Consumer Research,11(September)728-739

Holbrook,Morris B.,and Hirshman,Elizabeth C.(1982)The Experimental Aspects of Consumption: Consumer Fantasies,Feelings and Fun. Jounal of Consumer Research,9(September)132-140

中村禎里(1997)「アニマル・ライトの思想」『動物と人間の文化誌』170-181 国立歴史民俗博物館編 吉川弘文館

宇都宮直子(1999)『ペットと日本人』(文春新書)文藝春秋

 

 


2001年度 森泰吉郎記念研究振興基金 助成研究報告書
ポストモダン・マーケティングの日米合同研究